第十六章:支配者の演説
「それが…僕が手に入れたものだ」
小島は、声に力を込めて言った。
「それが…幸せだ!!」
彼の言葉は、城塚総長の支配という思想に対する、明確な拒絶だった。
それは、岩崎が命を賭して守ろうとした、人間の尊厳と自由の叫びでもあった。
城塚総長は、小島の予想外の反応に、一瞬言葉を失った。彼の計画に、想定外の変数が発生したのだ。
小島光太という「コア」は、単なるエネルギー媒体ではなかった。
彼の中には、支配では決して屈することのない、人間の「心」が存在していた。
そして、その心は、田中健一と加藤莉子という、平凡な二人の人間との出会いによって、確かに育まれていたのだ。
物語は、核心へと迫る。
魔法陣の真実。支配者の思惑。
そして、一人の青年の、命を賭した抵抗。
田中と莉子は、牢獄の中で、小島の運命をどうすることもできない。
しかし、彼らの友情が、今、この世界の根幹を揺るがそうとしている。
小島の力強い言葉に、城塚総長は一瞬、虚をつかれた表情を見せた。
彼の完璧な計画に、人間の、それも彼が「コア」として利用しようとしている存在の「感情」が、これほど明確な反論となって突きつけられるとは、予想外だったのだろう。
しかし、その驚きは一瞬で消え失せた。
城塚総長は、小島の言葉を、まるで取るに足らないもののように、鼻で笑った。
「ほう…それが、お前の得たものか」
城塚総長は、僅かに目を細めて呟いた。
その声には、侮蔑の色が多分に含まれていた。
そして、次の瞬間。
城塚総長は、声を上げて大笑いした。高らかに、響き渡るような笑い声。
それは、小島の言葉を完全に愚弄し、嘲笑うかのような笑いだった。
笑いが止まると、城塚総長の表情は、再び冷徹なものに戻った。
しかし、その目には、嘲りの炎が宿っている。
「お前は…何も分かっていない」
城塚総長は、吐き捨てるように言い放った。
そして、小島に背を向け、広大な部屋の中央へとゆっくりと歩き出した。
まるで、聴衆を前にした演説者のように。
「人間、というのは…管理されなければ、何もできない、とても不完全な存在なのだ」
城塚総長の声が、部屋に響き渡る。
それは、静かでありながら、圧倒的な力を持っていた。
「歴史を見ても明らかだろう。
人間は常に混乱を招き、過ちを繰り返してきた。
自由を与えれば、欲望に溺れ、互いを傷つけ合う。
彼らはあまりにも弱く、あまりにも愚かだ」
城塚総長の言葉には、説得力があった。
歴史上の戦争や紛争、現代社会の抱える様々な問題。
それらは全て、人間の不完全さに起因しているように思えた。
「そして…人間たちは、その不完全さを、無意識に自覚している」
城塚総長は、巨大なディスプレイパネルに再び目を向けた。
画面には、管理された街のシステムの中で、何の疑問も抱かずに生活を送る人々の姿が映し出されている。
「だからこそ、彼らは管理されたがっているのだ。
誰かに導かれ、誰かに決められたレールの上を進むことを、心の底では求めている。
自由という重すぎる責任から逃れ、支配されることを、むしろ望んでいるのだ」
彼の言葉は、人間の深層心理に突き刺さるようだった。
それは、健一のような平凡な人間が、大きな変化や責任を避け、流れに身を任せて生きてきたことと、無関係ではないのかもしれない。
「君も…学んできたんだから、分かるだろう?」
城塚総長は、小島に視線を戻す。
その言葉は、小島が幼い頃に受けた、「生贄」となるための英才教育に触れていた。
その教育は、まさに人間の不完全性と支配の必要性を説くものだったのだろう。
「今のこの科学力で、人間はどれだけ堕落して生きているか」城塚総長は続ける。
「過剰なまでの便利さ。
何も考えず、ただ与えられるものを享受するだけの生活。
それは、人間たちが自分で選んだことだ。
楽な方へ、楽な方へと流され、求めて、こうなったのだ」
街の繁栄は、魔法陣システムという危険な基盤の上に成り立っている。
そして、人間たちはその恩恵を享受し、思考を放棄している。
その堕落は、彼ら自身が招いた結果である、と城塚総長は主張する。
「なぜ…魔法陣のコアが必要になった? なぜ、君のような存在が、その役割を担わねばならなくなった?」
城塚総長は、小島に問いかける。
その言葉の奥には、魔法陣システムが生まれた根源的な理由が隠されている。
それは、単なる支配欲だけでなく、人間の不完全さ、そして過去に起きた何らかの悲劇に対する、歪んだ解決策として生み出されたシステムである可能性を示唆している。
「もともとなんで、こんな世界になったのか…その大元を、よく考えてみなさい」
城塚総長の言葉は、魔法陣の「人間を媒体とする」という、あまりにも非人道的な真実を直接的には明かさない。
しかし、その恐ろしいシステムの必要性が、人間の根源的な不完全さと、過去の過ちから来ていることを、誰もが納得せざるを得ないような論理で、静かに、しかし確実に小島に、そして読者に突きつけてくる。
城塚総長の演説は続いた。
人間の愚かさ、弱さ、そして支配されることへの潜在的な願望。
彼の語る世界観は、あまりにも冷徹で、しかし、どこか真実を突いているように感じられた。
それは、小島が田中や莉子と共に得た「幸せ」という価値観とは、全く相容れない、恐ろしい思想だった。
小島は、城塚総長の言葉を、ただ黙って聞いていた。
彼の顔には、苦悩と、そして反発の色が浮かんでいる。
彼が、この恐ろしい思想に対し、どのように向き合い、そして何を選択するのか。
物語は、クライマックスの対決へと向かっていく。