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捌 シロ

◆20:00頃投稿していきます。



白い獣に気を取られていたヒナたちは見張りの僧に見つかってしまった。

「誰だ!」


 臨戦態勢に入るもなんだか力が入らない。

耳障りな不協和音が脳に響き渡る。

船乗りの言っていたおかしな術とは、この経のことだったのだ。

一行はまんまと僧たちに捕縛されてしまった。


 三人は巨大な仏像の足元に鎮座する僧のもとへと突き出された。

この距離でならアマハの目にも蝶の模様がはっきりと映る。

眠れる獣は十中八九シロだ。

変わり果てた姿のシロを見ながら、ヒナは僧に言った。


「シロと……宝剣を取り返しに来た」


 僧は錫杖の先でヒナの顎を持ち上げる。


「これはこれはヒナ様。ようこそ錫の社へ。

私の名はイッカク、この錫の社の守り人だ」


 ……なぜ私の名前を?

ヒナは経の力でぐらぐらになった三半規管に鞭打ちながら、イッカクをきつく睨み付けた。

イッカクは眉のない錫色の目でヒナを見下ろす。


「ヒナ様は何も知らない。

貴女も早く我らが長にお会いしなければならない……息を引き取る、その前に」


「寝ぼけたことを。私は貴様らの長など知らぬ……」


 イッカクの不可解な発言、響く僧たちの声、身体中がめちゃくちゃになっていく気さえした。

……すると、いつの間にか縄を抜け出たアマハが二人の縄を小太刀で断った。


「悪いな。おれ、馬鹿だからそういう難しいものはわかんねえわ」


「……術を破っただと?」


「だ、か、ら!お経とか読まれたって意味わかんねえって言ってんだよ!

頭の悪さがばれるだろう、何度も言わせんな!」


 自由を妨げるものはなくなった。しかし、術が解けたわけではない。

ヒナとエンキはふらふらしながら立ち上がった。


「ヒナ殿、あの薬だ」


 ヒナはエンキに言われ、懐の薬瓶を取り出した。

エンキは、すっと手を差し伸べる。


「大丈夫。眠りから覚ます良い機会だ」


 エンキはヒナの持っていた薬を半ばふんだくるように手に取る。

ありったけの薬を、勢いよく飲み乾してゆく……。


 空になった瓶は、音を立てて転がった。

右腕の小手は力を抑えきれずに弾け飛び、赤黒い魔物が大きく脈打っているのがわかる。

禍々しい唸り声とともに、エンキの意識は徐々に薄れてゆく。


 ……そこに立っているのはヒトではない。

焔に包まれた獣……武鬼“アカガネ”だ。


「エンキ殿っ!」


 アカガネは一瞬で周りの僧たちを薙ぎ払い、咆哮した。


「ヒナ!あんたはふわふわのところへ急げ!」


「わ、わかった!」


 アマハの合図でヒナは駆け出した。

立ちはだかる僧たちの合間を縫ってシロのもとへと向かう。


 シロ、おまえ、シロなんだろう?

なあ、目を覚ましてくれ……いつものように、私の名を呼んでくれッ……!


 縺れる足を必死に動かし白い獣に近づく。

そして、倒れ掛かるようにしてその場に座り込んだ。

そっと寄り沿い、蝶の痣に触れる。

苦しいか?痛いか?……獣はふたつの硝子玉からヒナをじっと覗き込む。

話しかけたところで反応はなく、獣は再び瞳を閉じた。

それでもヒナは、しばらくの間獣のたてがみに顔をうずめていた。


「シロ、君は覚えているだろうか。初めて会ったあの日のことを」



-----

 十四年前。竹藪の中で迷子になったときのこと。

……ここはどこ?ヒナは社で座り込んで泣いていた。

すると社の縁の下からなにかが現れた。

年の近そうな少年が、そっと近づいてくる。

手には、ヒナが家でいつも目にする“桃太郎”の団子。

小さな掌にひとつずつ持っているそれを片方、少年はそっと差し出した。

『くれるの?』

 ヒナが恐る恐る尋ねてみると、少年は小さく頷いた。

-----



「君は見ず知らずの私を村まで送り届けてくれた。

次の日から、シロのいた社まで団子を持っていくのが私の日課になったんだよ。

また会いたくて、また会えて。それが当たり前だったよね。

爺さまから剣術を習うようになってから、秘密の特訓もするようになった。

それも、当たり前になっていたね。

私は当たり前に甘えていた。こうして君に会えないことが、辛くてたまらない。

でも、やっと会えた。だから、それだけで嬉しいんだ……」


 獣はいつものあの声でヒナの名を呼んだ。


「今はまだ、言えないことがたくさんある。それでも俺を、友でいさせてくれるか?」


 人の姿に戻ったシロの胸に抱かれて安心したのか、

ヒナはようやく涙を流し、その笑顔を取り戻した。


「もちろんだよ……シロ!」



 その頃アマハは堂の中に忍び込み、奪われた宝剣を探していた。


「だだっ広い寺だな……あ、社だから神社なのか?

まったく、どっちかにしろっての紛らわしい……」


 広い広い堂の中、最深部の床の間でただならぬ気を放つ、一振りの刀。

これが、宝剣“銀牙”……。

刀を持ち上げようとするも、貼りついているかのようにびくともしない。

 アマハは諦めてヒナの所に戻るが……。


「コラ!ふわふわてめえ!ヒナも年頃の娘だぞ?自覚を持て自覚をッ!」


 一糸纏わぬシロをヒナから引き剥がし、慌てて自分の上着を羽織らせた。

言われてからそのことに気がついたヒナは、ぼっと頬を紅潮させる。


「……あんたが傍に居てやらなくて、どうすんだ……」


 アマハは俯いて、ぽつりとつぶやいた。

それより、とアマハは先ほど最深部で見つけた剣の話を切り出す。

ヒナとシロも剣のもとへ向かおうと一歩踏み出すが、ヒナは止まって振り返る。


 エンキとイッカクを何とかしなければ。

イッカク(アオガネ)

錫の社の守人。

経典の力で結界を張ることができる。


錫の社

神仏習合の巨大な社。

イッカクと人間の僧たちが出入りしている。

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