漆 錫の社
◆お休みをいただいておりました!!
一行は再び老婆の家にやってきた。
「おばあさん!シロ!薬を頂いて……」
家の中に、誰もいない。三人は家の中を見回る。
土間、囲炉裏、シロが寝かされていた場所、裏の物置小屋……。
「おい、ババア!」
庭からアマハの声がした。
「……死んでる……!」
「コラ、勝手に殺すんじゃないよ」
井戸の傍で倒れていた老婆は、アマハの肩を借りてゆっくりと起き上がった。
「おばあさん、怪我は……?」
「ああ、私はなんともないよ。
それより彼が……おかしな奴らに攫われてしもうた」
老婆を布団に寝かせると、アマハが口を開いた。
「あいつ、目覚めたんだってな。よかったじゃないか」
「アマハ殿!」
エンキが声を荒げる。
ようやくシロに会えると思っていたのに……ヒナは空を見ながらひとり佇んでいた。
「アマハ……。私はもう、どうすればいいかわからない」
「生きてる限り会いに行く、それだけだろ」
「だが、どこにいるかも……」
アマハは震えながら怒鳴った。
「そんな簡単に諦めんの?今動かないでどうするんだ!
この先一生会えなくなってもいいのかよ!
……ああもう、本ッ当にいらいらする……」
「ごめん、アマハ。私……」
「いや……怒鳴ったのはおれが悪かった。ごめん。
気なんかぜんぜん遣えないし、思ったことすぐ口にしちゃうけど、
伝えられるうちに自分の口から言っておきたいから……最初に謝っとく」
「……それぐらいのほうが、頼もしいよ」
老婆の話によると、二日ほど前に僧が数名訪ねてきたらしい。
シロを見つけるなり読経を始め、それを聞いて目覚めたシロはそのまま彼らについていってしまったそうだ。
なんでも、僧から不思議な剣を授かって……。
“銀牙”だ……!
老婆は慌てて引き留めようとしたものの、ついてきた沙弥たちに阻まれてしまった。
掴んだ拍子にだれかが落としたであろう数珠から、彼らは“錫の社”の者たちであるとわかった。
一行は早速錫の社へと向かう準備を整えた。
シロと再会できなかったヒナ。
それどころか、宝剣と共に敵陣にいるという。
ヒナはシロの身を案じる反面、この最悪の事態を心のどこかで否定していた。
「錫の社は海の近くか。まったく……あそこにはいい思い出がねえ。
クソ領主にクソわかめ、あいつらのせいで商売あがったりだ」
アマハは笠を深くかぶった。
「しかし今ウルシに出くわすのは極めて危険だ。
あやつは奇妙な術を操る、それに……」
エンキはヒナを横目で見た。
「心配いらない。私なら大丈夫だ」
ヒナはまた笑っていた。
シロがいない、シロに会えない、今にも壊れてしまいそうな脆い笑顔。
エンキはその危うさに、なんともしてやれない自分の無力さを重ね合わせた。
一行は、再びワシウへとやってきた。
「ちょっとちょっと……なんだよもう、わけわかんねえ!
知らないうちに人相書きになってるんだけど!」
アマハが立札の張り紙を破きながら言った。
「おれはこんなに不細工じゃねえっ!
黒子しかあってねえよ……ったく、もっとまともなの描けよ!
っていうかなんでおれだけなんだ!」
まあまあ、とエンキはなだめた。
一通り怒鳴り終えたアマハは笠をより深くかぶる。
エンキの言う通り、脅威を避けて通れるものならそうしたい。
社ぐらいなら一般の船乗りでも舟を出してくれるだろう。
「社へ舟を出してはいただけないか?」
船乗りの男は口籠もりながら答えた。
「あ、あそこはやめておいた方がいいぞ。
おかしな術を操る坊さんがいるからな」
間違いない。ヒナは船乗りに舟を借りることにした。
山育ちのエンキは舟など乗ったことすらなく、もちろん他の二人も漕げるはずがない。
困った三人を見かねたのか、船乗りはため息をついて笑った。
「わけはきかないが……送るだけ、送ってやる」
これで、社へと向かうことができる!
霧が立ち込める不思議な空間。
三人は固唾をのんだ。
船乗りは一行を降ろすとさっさと港へ帰っていった。
ヒナは腰の刀にそっと触れた。
思えばシロのことをあまりよく知らない。
物心ついた時からずっと側にいてくれた。
あまりに当たり前すぎて、今後もそれは続くと思っていた。
宝剣を取り返しに行くと決めたとき、シロはついてきてくれた。
シロがいれば何も怖くなかった……。
シロは?シロはどうなんだろう。
宝剣を取り返すために自分と行動を共にしただけだったのだろうか。
彼にとって、宝剣“銀牙”とは……?
霧の彼方から、かすかに読経の声がする。
こっちだ。一行は声のもとへ足を進めた。
林を抜けると、そこには見たこともないほど巨大な堂があった。
「エンキ殿、アマハ、あれを見てくれ」
ヒナが指さす先、仏像の足元の、錫杖をもった僧の隣の、白くて大きな、角をもつ獣……。
「狛犬のようであるな」
「その、もっと、首のあたりを見てくれ!」
「あんたらどんだけ視力いいんだよ……」
首元に刻まれた、紅い蝶の模様。
ウルシと戦ったときにシロが受けたものと酷似しているそれは、ヒナにひとつの確信を抱かせた。