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壱 はじまり

◆20:00頃投稿していきます。



これは、人と人非ざる者とが心を交わしながら暮らしていた頃の物語。

 村はずれの竹藪の、そのまた奥にある“(しろがね)(やしろ)”。

これから社の参拝へと向かう人々を、とある老夫婦が笑顔で迎えている。

神職の者ではない。ごく普通の村人夫婦だ。

しかしただの村人よりはほんの少しだけ、二人とも名が通っていた。


 男はこの辺りで名を知らぬ者はいない剣の達人で、一線を退き浪人となった今は村の子どもたちに剣術や読み書きを教えている。

女は村で大人気の団子屋“桃太郎”の店主だ。彼女の作る団子はどれだけ作っても必ず売り切れてしまうほどの絶品で、参拝を口実に彼女の団子を食べにやってくる人がほとんどなのであった。


 ある日のこと。男の道場では村の子供たちが一生懸命稽古に励んでいた。

見渡す限り、十歳前後の少年ばかり。

その中にたったひとりだけ、少女の姿があった。

年端も行かぬ可憐な少女であったが、そこいらの少年たちよりもずっと強い。

彼女は名をヒナと言った。


 ヒナには両親が居ない。

赤子の頃、社に捨てられていたところを老夫婦に拾われて育ったそうだが、ヒナは彼らのもとで素直な心を持った優しい子へと育った。


 老夫婦のために団子屋を手伝いながら剣術を磨き、お供え物の団子を毎日社へと運ぶ。

その団子がどこへ供えられるかというと……。


 ヒナは団子を抱えて社へやってきた。

縁の下を覗きながら、「おいで」と何かを呼んでいる。

ヒナが呼ぶと、影からその何かが現れた。銀色の髪をした、薄汚れた少年だった。


「ヒナ、ヒナ」


 彼は彼女の名を口にしながら堂の前に腰かけると、嬉しそうに団子をほおばった。

隣に座るヒナも、それを嬉しそうに眺めていた。

少年の食事が終わると、ヒナはそこらに落ちていた棒切れを少年に渡した。

ヒナは自分の持っていた木刀を構える。


「今日こそ負けないぞ」


 ヒナは稽古が済んだあとも、毎日日が暮れるまでこの少年と特訓をしていたのであった。


「……やはりおまえは強いな。では、また明日な」


 ヒナは息を切らして言った。少年は、汗ひとつかかずにうんと頷いた。



 それから十年ほどの時が過ぎ、ヒナは十七の娘になった。


「シロ!」


 ヒナが呼ぶと、あのときの少年が現れた。

時が経った今、彼はもう薄汚れた少年ではなく立派な美丈夫へと成長していた。


「これからまつりのための動物を狩りに行くのだが、手伝ってはくれないか」


 自身も立派な剣の腕を誇るものの、

ヒナは社の傍で暮らしていたこのシロという少年を誰よりも頼りにしていた。


 山でいくらか動物を狩り、ヒナは村の老夫婦のところへ戻ろうとした。

すると途中、漆黒の美しい馬を見かけた。

あまりの美しさに気を取られ、気がつくまでに時間を要したが、その馬の額には一本の鋭い角が生えていた。

神仙も妖もいるこの世界だ。

驚きはしなかったものの、生まれて初めて目にしたその生き物にヒナはしばらく釘付けになっていた。

過ぎ去って見えなくなり、ようやく我に返った。

早く戻らなくては。


 村へ帰るとなにやらざわめいている。ヒナは慌てて老夫婦のもとへと駆けつけた。


「おおヒナよ、戻られたか。

……大変だ、社の宝剣“銀牙(ぎんが)”が盗まれてしまった」


 “銀牙”とは、この“銀の社”の神器だ。それが何者かに盗まれてしまったのだという。

村の人々はうろたえ、不安を隠せずにいた。

 何か手がかりは……ヒナは、一人“銀の社”へと向かった。

堂のまわりをぐるりと見渡すと、あることに気がついた。

宝剣が収められていた鉄の扉にくっきりと付いた、何かで打ちつけられた痕。


 またすぐに村へと戻り、扉の傷のことを話した。


「爺さま。おそらくこれは、鬼の仕業でしょう」


 “鬼”という言葉を聞いて、村人たちは言葉を失い、青ざめた。


「鬼の仕業とあっては、人間ごときでは到底太刀打ちできまい。

このわしの剣を持ってしても、安易に立ち向かおうとは思えぬ」


 村一番の剣豪が恐れをなしてしまうほどだ。

村人は、祟りでも起きないだろうか、安寧が乱されやしないだろうかと次々に肩を落とした。


「私が宝剣を取り返してきます」


 村人たちは、ヒナの突然の申し出に一斉に驚いた。そしてもちろんみな反対した。

若い娘が人智を超えた力を持つ化け物に挑もうなど、狂気の沙汰である。


「馬鹿を言うでない。いくら道場で一番強かろうと、

このわしでも敵わぬような相手と戦おうなど、無謀にも程がある。

それに第一……おまえはおなごだ」


 ヒナは男の言い分に顔をしかめ、更に強く言った。


「私は女である前に剣士です。爺さまに育てられ、ずっと鍛錬して参りました。

剣士が守るべきもののために刀を振るってはいけないのですか?」


 村人はヒナの危険な言い分に猛反対したが、男だけが話を聞いてくれた。


 しかしそれには条件がひとつ科せられた。


「ではヒナよ、このわしを負かしてみよ。

明日、おまえとわしで一本勝負を行う。わしに勝てたらこの件はおまえに任せよう。

だがおまえが負けた場合は、村の皆の気持ちを汲んで諦めてもらう。よいか?」


 ヒナは強く頷いた……!



 村の剣術道場。道場内も庭先も、多くの見物客で埋め尽くされていた。

ヒナは親でもあり師でもある男に木刀を向ける。

下手な情けをかけては村の平穏を守ることは出来ない。

ヤアと声をあげ、男めがけて勢いよく走った!

しかしいくら老いたとはいえ村一番の名は飾りではない。

ヒナは稽古の時のようにうまく動きを読めず、みだりに振るうばかりであった。

そろそろか、と男はヒナの隙を突いて一刀……誰もが諦めかけた、そのときだった。


「先生の攻撃がかわされた!」


 村人は、ヒナの華麗な動きに目を奪われた。

他の村人の中に気づいた者はいなかったが、男だけがふと感づいた。

これは自分の教えた剣とは違う……。


 ヒナの攻撃が、美しく決まる。わずかな静寂を挟んだのち、男は木刀を降ろしヒナの頭を撫でた。


「見事であった。しかしヒナよ……その太刀筋は誰に習ったのだ?

会えるのならば是非会ってみたい」


 ヒナは村人たちから少し離れて座っていたシロに目をやった。

ヒナの目線に合わせ、男もシロをじっと見た。

男の剣術を見る目は確かであったが、当のシロは訳が分からずぽかんとしていた。


「シロ殿。良かったらヒナとともに行ってはくれぬか?

君が本当にヒナの剣を見てくれていたのであれば、実に頼もしい」


 シロはちらりとヒナのほうを見た。ヒナは笑顔で頷いている。

シロは立ち上がり、男に深くお辞儀した。


「必ずやその身をお守りいたします」


 畏まったシロを見てヒナはなんだかくすぐったさを覚えるものの、この上なく嬉しい気持ちになった。


「では行って参ります」



 翌日。ヒナが村人に別れの挨拶を済ますと、老夫婦が慌てて駆け寄ってきた。

男はひとふりの刀を差し出した。臙脂色の柄巻きの、たおやかな刀。

不思議なことに、刀はまるでヒナに合わせて作られたのかと思うほどぴったりであった。

いくらか構えたり振るったりしてみて、良しと一つ頷くとそっと佩刀した。


 女はかわいらしい髪留めを差し出した。大好きな桃の花の色だ。

ヒナは受け取った髪留めを咥えながら、束ねられた総髪を器用に結い直した。


「爺さんはおまえを立派な剣士として鍛えてきたけれど、同時に年頃の娘だ。

女としての誇りも、忘れずにね」


 ヒナは老夫婦とぎゅっと抱きあった。そして、振り返らずに村をあとにした。

豊島屋ヒナ/としまや・ひな

主人公。

鬼から村の宝剣を取り返すべく、幼馴染のシロと旅に出る。


シロ

ヒナの幼馴染(兼保護者)。 剣術に秀でている。


村の老夫婦

ヒナの育ての親である夫婦。

男は剣術道場の師範で、女は人気団子屋“桃太郎”の店主。

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