第三部: 崩壊の序曲
1. 地盤の崩れ
三宅の計画に乗った一郎は、架空ファンド「グローバル・キャピタル・インベストメント」を立ち上げた。これまでの成功が信頼の証となり、投資家たちは次々と金を預けた。一郎はその資金を一部運用に回し、残りを裏金として政治家や裏社会との取引に使った。
「これで完璧だ。誰にも捕まらない」
そう信じていた一郎だったが、少しずつ綻びが生じ始めた。ファンドに投資した顧客の中に、金融庁や警察と繋がりのある人物が混ざっていたのだ。
「杉本さん、ファンドについて詳しい説明をお願いしたいんですが」
ある投資家が電話でそう尋ねたとき、一郎は冷や汗をかいた。
「近々報告会を開きます。それまでお待ちください」
そう答えたが、彼の心中は穏やかではなかった。資金の流れを完全に隠し通すことは、もはや不可能になりつつあった。
2. 裏切りの予兆
さらに、一郎を支えてきた岸田との関係にも亀裂が生じ始めていた。ある日、岸田が一郎にこう告げた。
「杉本君、少しやりすぎたな。このままでは君も私も危険だ」
「何を言っているんですか。先生がこれまで教えてくれた通りにやってきただけです」
岸田は溜め息をつき、目を細めた。
「君は私以上に才能がある。だが、その才能を過信するな。金は人を狂わせるんだ。それがわからないなら、君も遠くは行けない」
「先生、何を言っているんですか?今さら逃げるつもりですか?」
一郎の声には苛立ちが滲んでいた。岸田は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに冷静さを取り戻し、静かに言った。
「逃げるつもりはない。ただ、私は潮時を見極めることができる。お前もそうするんだ。一度立ち止まれ」
だが、一郎は聞く耳を持たなかった。
「俺には止まる理由なんてない。これだけの金を動かして、今さら何を恐れる必要があるんです?」
岸田はそれ以上何も言わなかったが、部屋を出る前にこう言い残した。
「忠告はしたぞ、杉本君。後悔しない選択をしろ」
その日から、岸田との関係は冷え切っていった。一郎は、これまで築き上げてきた師弟関係が終わりを迎えつつあることを薄々感じていた。
3. 崩壊の序曲
岸田との不和が表面化する中、さらに追い打ちをかけるような事件が起こった。架空ファンドの運用状況を調査していた金融庁が、一郎の会社に立ち入り調査を行うとの通達を送ってきたのだ。
「……杉本さん、どうしますか?」
秘書の高山が青ざめた顔で尋ねたが、一郎は表情一つ変えなかった。
「どうもしない。問題のあるデータは全て処分しておけ。それで済む話だ」
だが、事態は一郎の想像を超えていた。金融庁だけでなく、警察も裏取引の疑いで動き出しており、税務署も資金の流れを追っていた。一郎の周囲は、いつしか包囲網が狭まりつつあった。
そして、ついに事件が起こった。ある夜、一郎の元に匿名の脅迫メールが届いた。
「お前の裏取引は全て掴んでいる。金を払えば黙っていてやる」
一郎はそのメールを見て、ついに自分が追い詰められていることを実感した。
4. 孤立無援
脅迫メールをきっかけに、一郎は次々と周囲の人々に裏切られていった。信頼していた秘書の高山も、一郎の資金の一部を横領して姿を消した。さらに、岸田の紹介で知り合った三宅も、突然連絡が取れなくなった。
「皆、俺を見捨てるのか……?」
豪邸の一室で、一郎は独り言のように呟いた。これまで多くの人々に囲まれていた彼だが、成功の上に築かれた人間関係は、危機が訪れると同時に脆く崩れ去った。
さらに追い打ちをかけるように、警察が一郎の自宅に捜査令状を持って踏み込んだ。膨大な量の書類や電子データが押収され、一郎は取り調べを受けることになった。
5. 富の病
取調室で、一郎はただ呆然と座っていた。これまで自分が築き上げてきたすべてが、わずか数日のうちに崩れ去ったのだ。彼の目の前には、検察官が並べた証拠の山があった。
「杉本一郎さん、あなたは脱税、詐欺、さらには組織犯罪に関与した疑いが持たれています。すべてを認めたほうがいい」
一郎は乾いた笑いを漏らした。
「富を手に入れるってのは、こういうことなんですね……」
かつて自信に満ちていた一郎の姿は消え、目の前にいるのはただの疲れ果てた男だった。