第二部: 台頭と成功
1. 金の流れを支配する男
一郎は岸田の指導のもと、次々と新しい事業に手を広げていった。不動産、海外投資、さらには仮想通貨など、多岐にわたる分野で莫大な利益を上げた。特に、低価格で購入した土地を再開発して高値で売却する手法は、一郎の得意分野となった。
「杉本さん、また大成功ですね!」
社員たちは一郎を崇拝するようになった。一郎の会社「サクセス・キャピタル」は、短期間で業界内にその名を轟かせた。しかし、その成功の裏では、常にリスクを伴う取引が行われていた。
岸田から紹介された海外の金融ブローカーを通じて、脱税のためのペーパーカンパニーを設立。複雑に張り巡らされた資金の流れは、もはや誰にも追跡不可能だった。一郎はそれを「完璧な仕組み」と称し、周囲にも得意げに語った。
だが、成功を収めるごとに、一郎の内面には微かな不安が芽生えていた。
「もし、この仕組みが崩れたら……?」
そんな考えが頭をよぎることもあったが、一郎はすぐにそれを打ち消した。
「俺には岸田先生がいる。間違いはない」
2. 政治との接触
一郎の野心は止まることを知らなかった。ビジネスの成功だけでなく、社会的な影響力も手に入れたいと考えるようになった彼は、岸田を通じて政界の人物と接触するようになる。
「杉本君、これからのビジネスは政治家との繋がりが鍵だ。彼らを味方につければ、ルールそのものを変えられる」
岸田に連れられて出席した非公式の会合には、地方議員や国会議員が集まっていた。一郎は最初、緊張していたが、持ち前の洞察力と口達者さで次第に彼らの信頼を得るようになった。
ある議員が一郎に耳打ちした。
「杉本さん、君のプロジェクト、ぜひ協力させていただきたい。ただ……少し支援が必要でね」
これが、政治家への資金提供を通じて一郎が影響力を持つきっかけだった。一郎は巧みに彼らの裏資金を操作し、公共事業の入札や規制緩和を自らの利益に繋げる術を学んだ。
「金を動かせば、人も動く」
一郎はその法則を確信し、さらに多くの政治家を取り込む計画を立てた。
3. 華やかな成功と孤立
やがて、一郎は雑誌やテレビでも取り上げられるようになった。「新時代の若き富豪」「投資界の革命児」といった称号が彼を飾り、高級車や豪邸、そして愛人たちに囲まれる生活が日常となった。
しかし、表の華やかさとは裏腹に、一郎の内面にはぽっかりと空いた穴があった。かつて共に苦労を分かち合った家族や友人たちは、今の彼とは完全に疎遠になっていた。
「一郎、最近帰ってこないな」
父親の茂は、一郎に電話をかけることすらやめていた。母親の春子も病気がちになり、実家は荒れ果てていたが、一郎はそんなことに気を留める余裕すらなかった。
一方、ビジネスのパートナーとして付き合い始めた人々も、金や利益が目的の関係ばかりだった。愛人の一人がこう言った。
「一郎さんって、本当の友達とかいるの?」
その言葉に、一郎は笑って返すしかなかった。
「金があれば、友達なんていらないさ」
だが、その笑顔の裏で、一郎は何かを失い始めていることに気づいていた。
4. 不正の匂い
一郎の急激な成功に目をつけたのは、彼を妬む競争相手だけではなかった。税務署や警察も、一郎のビジネスに対して疑いを抱き始めた。
ある日、一郎の会社に匿名の告発状が届いた。そこには、一郎のペーパーカンパニーや裏取引の詳細が記されていた。一郎はその告発状を手に取り、怒りに震えながらそれを燃やした。
「誰だ……誰が俺を潰そうとしている?」
だが、彼はその恐怖を表に出すことなく、さらに大胆な取引に乗り出した。裏社会との繋がりを深め、政治家や海外の金融機関を巻き込むことで、より複雑な資金運用を行い、捜査の目をかわそうとした。
しかし、その行動がさらなる破滅の引き金となることを、一郎はまだ知らなかった。
5. 疑惑の影
一郎の豪邸の前には、いつものように高級車が並び、夜ごと豪華なパーティーが開かれていた。しかし、その華やかさとは裏腹に、一郎の周囲には薄暗い影が差し始めていた。
「杉本さん、最近税務署がうちの動きを調べているようです」
秘書の高山が報告した。その言葉を聞いた瞬間、一郎の眉間に深い皺が寄る。
「税務署か……岸田先生には相談したのか?」
「はい。ただ、これまで以上に慎重に動いたほうがいいと言われました。少し派手すぎたかもしれませんね」
一郎は苛立ちを隠せなかった。派手に稼ぎ、成功者として認められることこそが彼の目指してきた道だった。それを否定されるのは、まるで自分自身を否定されるかのように感じた。
「俺が稼いだ金だ。誰にも文句を言わせるつもりはない」
そう言い放ったものの、その夜、一郎は久々に眠れない夜を過ごした。
6. 裏社会の誘惑
そんな折、一郎にさらなる危険な誘いが舞い込む。岸田の紹介で会ったのは、暴力団とも繋がりがあると噂される「金融コンサルタント」の男、三宅だった。
「杉本さん、あなたの資金運用の腕前には感服します。ですが、世の中にはもっと効率的に金を増やす方法があるんですよ」
三宅の言葉に、一郎は眉をひそめた。
「もっと効率的に?」
「そう。例えば、架空の投資ファンドを立ち上げるんです。資金を募り、高額な配当を約束すれば、金は雪だるま式に集まります。その一部を運用し、残りをうまく隠せば……」
その話は、明らかに詐欺行為だった。一郎は表向きには首を縦に振らなかったが、内心では心が揺れていた。
「金を動かせば、人も動く」
岸田から教えられた言葉が頭をよぎる。一郎は、危うい橋を渡る覚悟を固めた。