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富の病  作者: たけやん
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第一章: 貧困と野心

1. 倉庫作業員の毎日


一郎の朝はいつも倉庫の冷えた空気で始まる。午前8時、時計が鳴ると同時に作業場のシャッターが開き、コンベアの音が耳をつんざく。そこには誰もが無言で荷物を運び、汗を流している景色が広がる。リーダーの吉田が「もっと早くやれ!」と怒鳴る声が響くたび、一郎は歯を食いしばって段ボールを積み上げた。


「杉本、お前まだ遅いぞ。これじゃあラインが止まる」

吉田の叱責が続く。一郎は「すみません」と小声で謝るだけだった。彼にとって、この仕事はただの生活の手段でしかなかったが、それすらも耐えるには辛いものだった。


昼休み、同僚たちがタバコを吹かしながら笑い合う中、一郎はスマホの画面をじっと見つめていた。ネットで「副業」「成功者」「億万長者」という言葉を検索しては、現実とのギャップにため息をつく。


ある日、ふと目に飛び込んできた広告が彼を引きつけた。

「無料投資セミナー。成功者になる第一歩を踏み出そう」


この瞬間が、彼の人生の転機となるとは、そのときの一郎はまだ気づいていなかった。


2. 初めてのセミナー


土曜日の午後、薄曇りの空の下、一郎は新橋のオフィスビルへと足を運んでいた。スマホの地図アプリを確認しながら進むと、広告に書かれていたセミナー会場の看板が目に入る。「未来投資アカデミー」という大きな文字が、ビルの一室を示していた。


会場にはスーツ姿の中年男性やカジュアルな服装の若者が並び、それぞれ期待と不安の入り混じった表情をしていた。一郎もその列に加わり、胸の高鳴りを抑えながら受付を済ませる。


薄暗い部屋の中、プロジェクターが光を放ち、スクリーンに次々と映し出される「成功者たちの実績」。高級車、海外の豪邸、そして笑顔で写真に収まる人々。一郎は息を呑んだ。


「これが、俺にも手に入るのか?」


そう思った瞬間、壇上にスーツ姿の男が現れた。彼の名前は岸田修司。40代半ばながら、洗練された佇まいと、鋭い目つきで観客の視線を一身に集めていた。


「みなさん、ようこそ。この会場に足を運んだ時点で、あなた方はすでに第一歩を踏み出しています」


岸田の声は力強く、それでいてどこか柔らかさを帯びていた。


「金は道具です。それ以上でもそれ以下でもない。ただし、正しく使う者にとって、それは世界を変える武器になるのです」


その言葉に、一郎は心を掴まれた。岸田の講義は投資の基礎から始まり、次第に「金の本質」について語られるようになった。


「世の中には二種類の人間がいます。金を追いかける者と、金を引き寄せる者です。そして、引き寄せる者になる方法は非常にシンプルです。それは、正しい知識と行動を持つこと。それだけです」


講義が終わるころ、一郎は熱い感情に突き動かされていた。自分にも「金を引き寄せる力」が手に入るかもしれない。そんな期待を抱きながら、講義終了後に岸田に話しかけた。


「先生、今日の話に感動しました。自分も成功したいです。どうか教えてください」


岸田は微笑みながら、一郎の肩を軽く叩いた。


「君は良い目をしているな。熱意が伝わってくるよ。ただし、成功には覚悟が必要だ。君にその覚悟があるなら、手を差し伸べよう」


こうして、一郎は岸田の指導を受けることになった。


3. 最初の成功


岸田の下で学ぶ日々は、一郎にとって衝撃の連続だった。株式投資の基礎、リスク管理、そして情報収集の重要性。これまでの自分がどれだけ無知だったかを痛感させられると同時に、新しい知識が一郎を支えていくようだった。


最初に手を出したのは、岸田が進めてきた「中小企業向けの成長株」だった。岸田から与えられた情報をもとに、貯金の半分を投じた投資は、わずか1カ月で20%の利益を生み出した。


「これが……金が増えるということか」


通帳の数字が膨らんでいくのを見て、一郎は初めての達成感を味わった。そして、次第に岸田のアドバイスを超えて、自分自身で投資先を選ぶようになり、さらに利益を重ねていく。


しかし、この成功は序章に過ぎなかった。一郎の足元では、さらなる野心が芽生え始めていた。


4. 裏社会への足音


ある日、岸田が一郎にこんな話を持ちかけた。


「杉本、君には才能がある。この調子で行けば、もっと大きなチャンスを掴むことができるだろう。ただし、表の世界だけでは限界がある。裏の世界にも目を向ける必要があるんだ」


一郎は戸惑った。「裏の世界」とは何なのか。岸田は説明を続けた。


「例えば、税金対策のためのペーパーカンパニー設立、不動産取引における裏金の流用、あるいは政治家とのコネクション作り。これらを駆使すれば、さらに効率的に金を動かせるようになる」


一郎は悩んだが、岸田の言葉に逆らうことはできなかった。すでに岸田への絶対的な信頼を抱いていた一郎は、次第に「グレーゾーン」の取引に足を踏み入れていく。

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