3 再会と誓い2
使用人との話の後、リリーは、パーティーから帰ってきた母に声をかけた。母は部屋で、使用人の手を借りて着飾った格好を解いていた。
「どうしたの?リリー」
「あのねお母様、私の親しくしている使用人の方が辞められると聞いたんですけれど。その話を、なかったことにしてほしいの」
「あら、そんなこと」
使用人の手により、母のアップにした髪を下ろされ、長い母の髪が彼女の背中に落ちた。彼女の金髪は、リリーと同じ色をしている。
「もう決まったことよ。そんな話をしにきたなら、部屋を出てちょうだい。今、着替えるのにいそがしいの」
「でも、でもお母様、私、新しい使用人に代わるのは不安です」
「昔からの使用人って、嫌なのよ。昔の奥様はああだったとか私に言ってくるのが気に障るの」
「でも、でもお母様…」
「そのスカートにしてちょうだい」
母はクローゼットから着替えの服を使用人に指定した。使用人は、はい、と答えるとその服を取り出してきた。リリーは、む、と口をつぐむ。母は、使用人に着替えを手伝ってもらったあと、リリーの方を見た。
「ねえリリー、そんなことより、もっと社交の場に出るようになさい。お父様がとっても怒っていらっしゃるわ。エドモンド侯爵家に、こんな引きこもりの娘がいたら恥だって」
「…でも、私、ああいう場は苦手ですから…」
「もう13歳でしょう?しっかりなさい。いつまでもこどもぶってるんじゃありません。あと数年したら本格的に社交界デビューがあるのよ?それからすぐに結婚相手も探さなくちゃいけない。そんな出不精の令嬢に声を掛ける殿方なんていませんよ」
母は、少しきつくそう言うと、リリーの金色の髪を優しく撫でた。リリーはおずおずと母を見上げる。
「大丈夫よ、自信をもって、あなたはとっても顔が美しいんだから。胸を張りなさい」
母の励ましが、リリーには呪いの言葉に聞こえて、リリーは背中に寒気が走った。
「(…顔が美しくなければ、自信は持てないのかしら)」
そんなことが恐ろしいと、前世でもリリーは思っていた。美しくなければいけない、周りから褒められて、騒がれて、羨望の眼差しで見られなくてはいけない。そんなプレッシャーに、リリーはいつも押しつぶされていた。
母は、リリーの瞳を見つめるとにこりと微笑んだ。リリーと良く似た母の顔に、母も周りからそんな風な呪いを掛けられていたのだろうか、とふとリリーは思う。母は顔が綺麗で、テラー子爵からもエドモンド侯爵からも愛されて、それでもアリサが憎くて虐める。彼女も前世のリリーと一緒で、どこか満たされないのだろうか。だから、アリサを虐めてしまうのだろうか。
「…お母様は、アリサが嫌いなの?だから、彼女の味方になる使用人を辞めさせるの?」
リリーはぽつりと尋ねた。リリーの言葉に、母は目を丸くした。母は使用人を、もういいわ、と言って部屋から出した。そして、また母はリリーを見た。
「…どうしたの、急に」
「…そう思ったんです。お母様をみていて」
「……」
母はじっとリリーの目を見た。そして、小さくため息をついた。
「…あの子は、エドモンド侯爵の前妻に良く似ている」
「…」
「…だから気に食わないのよ。…まあ、リリーには関係ないわ」
もうすぐ夕食の時間よ、あなたも準備なさい、と母はリリーに言った。リリーは、ねえ、お母様、と声を掛ける。
「私とアリサは、来年には学校へ行くでしょう?学校を卒業したらもう16、7歳。そうしたらすぐ結婚して家を出る。アリサと接する時間なんて、ほんのわずかじゃないかしら」
「…だからなに?」
「アリサと一緒にいる時間なんて一生中でほんの少しの時間だけよ。その少しの時間だけ、アリサを虐めるのはやめてほしい。いくら前妻が嫌いでも、その方とアリサは別人なのですから。…私、お母様が人を虐めるところなんて見たくない」
リリーの言葉に、母は目を丸くした。そして、目を伏せて、ため息をついた。
「…もう行きなさい」
「お母様…」
「使用人を辞めさせること、辞めるわ。これでいいんでしょう」
母の言葉に、リリーは安心したように微笑んだ。そして、お母様、と言って母の腰に抱きついた。
「ありがとう、ありがとうお母様…!」
「でも、まるで私がアリサを将来的に虐めるのが確定しているかのような言い草だったわね」
「えっ、え、ええと…」
「…でも、もしかしたらそうなってたかもしれないわね。一歩間違えていたら」
母はそう言うと、額に手を当ててため息をついた。そして、アリサの方を見ると、さあ、夕食の時間よ、あなたも準備なさい、とリリーに告げた。
母の部屋を出たリリーは、ぐっとガッツポーズをした。これで、母はアリサを虐めなくなる未来がきたのかもしれないと、そう思った。
「(…前世でだって、少しでも私が踏み込んでいたら変わったことなのかもしれない)」
もともと母は優しい人だったのだから、自分が豹変していく母をもっと早く止められていれば。リリーはそんなことを考えて、1度目の人生を歩んだ自分を責めそうになるが、いや、こんなことができたのは未来がわかっていたからだ、と思い直した。
「(でも、こんな風に未来を修正していけば、私にとってもアリサにとっても良い未来が来るのかもしれない)」
リリーはそう考えて、もうすぐやってくる学校生活も、より良い未来のためにどうやって過ごそうかと作戦を練ることにした。
そして、リリーが14歳、アリサが13歳の夏が来た。
この9月から、3年制の全寮制のパブリックスクールへ、2人は通うことが決まっていた。貴族の子女が通う名門の学校で、ほとんどの子どもが14歳から通うが、特に明確な年齢の決まりはないため(実際、同じ1年生でも、12歳から17歳まで様々な年齢の子どもがいる)、リリーはアリサも一緒にこの9月から通うことを望んだ。前世のときもそうだったが、アリサを一人残すことが心配だったためである。
届いた制服を、リリーとアリサは2人して、リリーの部屋で体に当ててみてはしゃいでいた。アリサは、学校に行くことが楽しみでしょうがないようだ。前世では、2人ともそこまで勉学が実ったわけではないが、ルークの属していたグループの生徒たちを始め、様々な生徒たちとの交流があったため、なかなかに充実した学校生活を送っていた。
「(まあ、今回の学校生活は、おとなしく、目立たないように、静かにしていよう…)」
「ルーク様もこの9月から入学するみたい。前のパーティーでそう仰っていたわ」
アリサが、頬を染めて嬉しそうにそう言う。リリーは、そんなアリサに視線が行く。
「(…そっか、今回は私はパーティーとかに出ていないから知らなかったけど、私の知らない間に2人は出会っていたのね)」
アリサの、楽しみだわ、という言葉が、ルークと学校生活が送れるからという意味合いが濃いことを、リリーは、2回目の人生だから気がつけたような気がした。こんなに早くからアリサはルークの事が好きだったのか、と思うと、可愛らしいなと思う気持ちと同時になんだか切なくなる。
「(2人って、この頃から両思いだったのかしら。…私って、ずっと実らない片思いをしてたわけね。なんだか、虚しい…)…ルークとは仲が良いの?」
「えっ?あ、いえ、ここ1年前くらいから、お互い同じパーティーに参加していたら、軽く挨拶をする程度です」
顔を赤くして、両手を振って否定するアリサが可愛らしい。リリーは、達観したようにゆっくりと目を細める。
「そういえば、お姉様はルーク様と親しいのでしょう?ルーク様から聞きましたわ。昔からの知り合いだって」
「親しいってほどじゃないわよ」
リリーは、首を振り否定する。アリサは、そうなんですか、と呟く。リリーはそんなアリサをみて、また微笑む。
「楽しみね、学校」
「ええ、とっても!」
にこりと微笑むアリサに、リリーはまたつられて笑った。