エピローグ 湖の畔にて
夏本番のある日、リリーとシリウスは叔父夫婦に誘われて、彼らと一緒にテラー子爵家の別荘に訪れた。
家族や親戚、友人たちが集まった結婚式が終わったと思えば、シリウスはマークの補佐の仕事が始まり、それは想像通りの激務で、2人はゆっくり新婚生活を送れていなかった。久しぶりの2人で過ごせる休みに、この別荘を訪れられたことをリリーは喜んでいた。
昼食を終えた昼下がり、シリウスは久しぶりに湖で釣りを楽しんでいた。ハナの夫が持っている豊富な釣り道具に目を輝かせるシリウスは、少年時代の面影が蘇っており、そんな彼を見たリリーはつい微笑んでしまった。
叔母は、待ち望んだ第一子を懐妊していた。この冬に産まれるようで、その話をリリーたちが別荘に訪れた日に初めて聞いたハナとハナの夫は、涙を流して喜んでいた。
テラー子爵家にて、少しずつ膨らんできた叔母のおなかをリリーが触らせてもらったとき、側にいた母に、あなたもこんな風にお腹にいたのよと優しく言われて、リリーは不思議な気持ちになった。ずっと願っていたことが叶った叔父と叔母を見て、リリーは幸せな気持ちで微笑んだ。
シリウスが釣りに熱中している横で、リリーは木陰を見つけて読書をしていた。湖のすぐ前で、水面を時折見つめながら、夏のさわやかな風をリリーは感じていた。
「やり直し人生はどうだった?」
湖の方から声がして、リリーははたと顔を上げた。湖の上に、あの時の妖精がいた。
「…あなた…、ここに住んでいるの?」
「そうだよ。君のお父さんの更にお父さんの、そのまたお父さんの…もうずっと前の時からね。君のことも、赤ん坊のときから知っていたんだよ」
妖精の言葉に、そうなの…、とリリーは呆然としながら呟く。妖精は、そんなリリーにねえどうだった、と答えを急かす。
「やり直したおかげで、シリウスと結婚できて…」
リリーはそう言いかけて固まる。変な汗をかきながら、でも、と声を漏らす。
「でも、私がやり直したせいで、本来シリウスと結婚していた人はどうなってしまったのかしら…」
「気になる?」
妖精がリリーの方を見る。リリーは、聞きたいような聞きたくないような気持ちで戸惑う。そんなリリーの返答を待たずに妖精は口を開く。
「最初の人生のとき、君がルークによって社会的に殺されてしまったあと、失意の中にいる君に、シリウスが求婚して、そのまま結婚したんだ」
「えっ…」
「出会ったときからずっと、君のことが好きだったみたいだよ」
妖精の言葉に、リリーは固まる。そんなリリーを見て妖精が微笑む。
「やり直す必要なんかなかった、って思ってる?」
妖精の言葉に、リリーは少し固まったあと、小さく微笑み、いいえ、と頭を振る。
「私、最初の人生のままだったら、せっかくシリウスと結婚できても幸せになれていなかったと思う。私は本当にたくさんのものが見えていなかった。自分で自分を不幸にしていた。これからはきっと、もっとたくさんの幸せを見つけられると思う。…ありがとう、あなたのおかげで気づくことができた」
リリーの言葉に、妖精は嬉しそうに微笑む。
「君は今、とってもきれいだよ。鏡なんかなくたってわかるでしょう?…お幸せにね」
妖精の言葉に、リリーは目を丸くする。それからリリーはゆっくりと微笑み、ありがとう、と伝えようと口を開いた。
「どうしたんだ?」
はっとしてリリーが振り向くとシリウスがいた。リリーは、今ね、と言って、先ほど妖精がいた場所を指さした。すると、そこには湖が広がっているだけだった。
「…」
「何かあったのか?」
「…そこにね、妖精がいたの」
リリーは、水面を見つめながらそう言った。シリウスは、妖精?と首を傾げた。
「その妖精のおかげで、今の私がいるの」
リリーはそう言って微笑む。風が吹いて水面が優しく揺れる。昔と変わらずに綺麗な青緑色の湖が、夏の太陽に照らされてきらきらと輝く。水面には、幸せな二人が映っている。
「そうか。なら、礼を言わないとな」
シリウスはそう言って、リリーの視線の先を見つめる。リリーはそんなシリウスの横顔を見つめる。この人の横顔をこんなに側で見つめられることが嬉しくて、リリーは微笑みがこぼれながら、うん、と頷いた。シリウスはリリーの瞳をみて優しく微笑む。リリーはシリウスのことが大好きでたまらなくて、シリウスに抱きついた。シリウスはその拍子に、体が揺れる。
「あ、あぶない!」
シリウスは、湖の方へ反っていく体を意地で止めて、なんとか体勢を整える。リリーは、くすくすと笑いながらシリウスの首元に頬ずりをする。シリウスはそんなリリーを見て困ったような顔をしたあと、優しい瞳で見つめて、それからリリーの肩を両手で優しく掴むと、ゆっくりリリーにキスをした。唇を離すと、リリーの額に自分の額をくっつけて、瞳を閉じたままシリウスは口を開く。
「君のことが好きだ」
そう言うシリウスの頬を、リリーが両手で包み込み、今度はリリーからキスをした。シリウスはそんなリリーに少し驚いたように目を丸くすると、優しく微笑みながらしばらくの間じっとリリーのことを見つめていた。
「どうしたの?」
「…君が、可愛かったから、途方もなく」
シリウスはそう言うと、少し頬を染めて視線をリリーから反らした。リリーはそんなシリウスを見つめて、幸せな気持ちで微笑む。
「前もそう言ってくれたわよね。その時も私、とっても嬉しかった」
「…そんなことあったか?」
「あったわ。ものすごく遠い昔のことだけれど」
不思議そうに首を傾げるシリウスを、リリーが愛おしい気持ちで見つめる。静かな夏の風が2人のそばを通り抜ける。晴れ渡った空を見上げながら、来年もここへシリウスと来たいと、リリーはそう思った。
ここまで読んでいただきありがとうございました。ブックマーク、いいね、評価や感想、本当にありがとうございました。とっても励みになっていました。
カトレアとサーシャの掛け合いや、本性が出てからのマークとそれに圧倒されるリリーの会話を考えるのが楽しくて、もっと書きたい…と思ってしまうほどでした笑
このお話はこれで完結です。
また新しいお話を書くことがあれば、その時は読んでいただけると幸いです。本当にありがとうございました。
3/7 各話誤字脱字修正しました。ご報告ありがとうございました。




