表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
72/73

最終話 悪役令嬢のその先に3

応接室に2人は向かった。さすがフィリップス家とでも言うような大きくて豪奢な部屋に、リリーとシリウスは緊張する。使用人たちがお茶の準備をスムーズにしていく。2人の向かいに座るマークは、話っていうのはね〜と、話し始める。


「ああそうそう、その前に。さっきのあのルークの顔!僕の中の最高傑作を塗り替えたよ〜」


笑顔で本性になるマークに、リリーは飲んでいた紅茶を吹きそうになった。気持ちを落ち着かせながら、ばっとリリーは横に座るシリウスを見つめる。シリウスは、やれやれ、とでも言いたげな顔をしている。


「えっ、シリウスって、マークの本性知ってたの?」

「本性?そもそもマークはこういうやつだろ」

「(…そうなの?2人は特に仲が良かったからもうそういうのはオープンになってたってこと?それともシリウスが鋭すぎるの…?)」

「あー面白かった。学生時代から他国にお世話になってるくせにそれが当然のような大きな態度でいるところ、ほんとに気に食わなかったんだよね」


笑顔で毒づくマークに、ならなんで一緒にいたの、とリリーが聞くと、彼の事情を僕は知らされてたから、お目付け役になってたんだよ、とマークが答えた。


「本当はもっと早く学校に入学して勉強したかったのに、彼の入学するタイミングに合わせさせられたから、そこも不愉快だったんだよ」

「(恨みは深そう…)」

「でもあの様子だと、リリーの結婚相手がワグナー男爵家の嫡男だってわかったから、大国の力を振りかざしてリリーを奪いに来るかもね〜。ワグナー男爵家ならこの国も庇わないだろうし」


にこにこ笑顔で言うマークに、リリーとシリウスは固まる。リリーは、いいえ、と頭を振る。


「私は絶対にルークのところへは行かない。もし連れ去られたとしたら、這ってでもシリウスのところに帰りますから」


リリーの言葉に、マークが、あはは、と吹き出す。


「いいね〜。やっぱり僕、リリーのファンだよ〜」

「…心にもなさそうだけれど」

「まあ、ルーク撃退の手助けにでもって話じゃないけど、本題に入るね、シリウス、僕の右腕として働かない?」


マークの言葉にシリウスが、え、と漏らす。マークは、実はね、と話し出す。


「国王には跡継ぎとなる男子がいない。年齢的にも新しい子どもは望めない。継承順位1位の王弟は、貴族達からの人望がただでさえ絶望的になかったのに、今回の後妻の件でそれが決定的になってしまった」

「…それって、私がルークを怒らせたから…」

「それもある。でもそれ以上に、王弟の年不相応に若い令嬢を漁っていたところがとっても軽蔑されてね。そういうことがあって、総合的に考えて、次期国王はフィリップス家から出したほうが良いんじゃないかって話になっているんだ」


朗らかな笑顔で話すマークに、えっ、ちょ、ちょっとまって、とリリーが話に割り込む。


「え、えっと、その令嬢たちを呼んでいたのはフィリップス家じゃ…」

「王弟の好みに沿っただけだよ。それに、若すぎると拒否できたのに彼はしなかった。自分の欲に負けて堕ちた。それだけさ」

「…少女たちを犠牲にして、自分の野心に利用したってわけね」

「そういう意味では、リリーは良いことをしたね〜。こんなふうになってしまって王弟はもう後妻をさがせなくなったから、今後王弟の犠牲になる人はいなくなったね〜。まあ僕にとってはどちらでも良かったけど」


マークは朗らかな笑みのままそんなことを言ってのける。リリーは、そんなマークを睨みつける。もし、ルークに断罪される自分以外の少女が選ばれていたとしたら。そう思うとリリーは寒気がした。

するとシリウスが、そんなに悪ぶるな、とため息をついた。


「君のことだから、王弟の評判を落としたあとは、王弟と結婚しなくて済むように助けてやってただろ」


シリウスの言葉に、リリーは、え、と声をもらしてマークの方を見た。マークは少し目を丸くしたあと、吹き出した。


「それは、僕のことを良いように言い過ぎだよ」

「そんなことはない。君はそういう人だ」


シリウスの言葉にマークは少しだけバツが悪そうに視線をそらす。そんなマークにリリーは意外な気持ちで彼に視線を送る。


「(…このお茶会も、私と私の友だちを呼んでくれてた。マークってやっぱり本当は)」

「…話がそれたね。それで、次期国王をフィリップス家からという話になって、フィリップス家の男子は僕しかいないから、僕がその候補になった。そういうことがあって、前段階として国の重要なポストに就くことになった。その僕の補佐として、シリウスにはこれから働いてほしいんだ」


マークの言葉にシリウスは目を丸くする。それが決まれば、シリウスは大出世となる。このままシリウスがマークについて働き、マークが今後国王になれば、ワグナー男爵家の地盤は更に強固なものとなる。

マークはシリウスの方を見ていつもの笑みを浮かべる。


「君にとってもワグナー家にとっても、悪い話ではないと思うよ」

「有難い話だとは思うが、俺で良いのか?もっとちゃんとした名家の人間を選んだ方が良いんじゃないか?」

「僕は本気でこの国をもっと強くて豊かな国にしていく。他国に大きな顔をされなくても済むような、ね。その仕事に、家柄だけが良い人間は要らないんだ。これから城の中でたくさんの策略や思惑が行き交うことになる。それらに勝ち続けるために、僕は側に、信頼ができる頭の良い人間を置きたい。信頼できるっていう時点でもう、君しかいなかったんだ。まあもちろん、君が使えなければ直ぐに切り捨てるけれど」


マークは微笑みを絶やさずにそういう。張り詰めた空気の中、リリーは恐る恐るシリウスを見た。するとシリウスは、口元を緩めた。


「そう言ってもらえて安心した。お友達採用からのお情けでの雇用継続だったら恥ずかしくて素直に喜べない。君の役に立つように働くよ」


シリウスの言葉にマークは一瞬目を丸くしたあと、それなら決まりだね、と微笑んだ。





マークとの話が終わり、リリーとシリウスは部屋から出た。使用人に案内されながら、お茶会の会場へ戻るため2人で向かった。


「…ねえ、いきなりあんな大役大丈夫なの?」


リリーが心配そうにシリウスの方を見た。シリウスは、まあ、やるだけやるさ、と返す。リリーは、それでもまだ心配そうに目を伏せる。


「マークが国王になるとしたら恐ろしいわよね。あの人って優しそうなところもあるけれど、非情にも見えるところがあって」

「…フィリップス家から国王を出すのがこの家の悲願だったらしく、その目標のために、家族に強いられて色々辛い思いしてきたんだと思う。その過程で歪んだところもあるけど、心根はいいやつだよ。この国が良くなるように、いつも考えている」

「マークが言っていたの?」

「言葉の端々から察しただけだ」


シリウスの横顔を見ながら、リリーは、王弟の婚約者選びのためのパーティーでの出来事を思い出す。本当のマークが分からずに、リリーは混乱する。きっと何度生き直しても、他人の本質などわからないだろう。だとしても、シリウスがついていっても大丈夫な人なのだろうか。シリウスが良いように使いつぶされてしまわないだろうか。その結果、シリウスが壊れてしまわないだろうか。リリーはそれが不安で目を伏せる。シリウスはそんなリリーを見て、ゆっくり微笑む。


「大丈夫だ。家のために、領民のために、もちろん君のために、うまくやってみるさ。ルークに君を奪われてしまわないように」


シリウスの言葉に、リリーは少し怒った顔をして、もう、と言った。


「冗談を言っているのではなくって、」

「まあ、無理ならすぐ手を引く。そうなったら、俺のできることを他に探してみるさ。方法なんていくらでもあるんだから」


シリウスはそう言ってリリーの手を握る。リリーはシリウスを見あげてゆっくり微笑む。


「…でも、本当に無理はしないでね」

「わかってる」


2人で、繋いだ手に力を込めた。これからどんなことが起こるのだろう。先が見えない未来は不安で、やり直しの効かないことに恐怖すら覚える。失敗したとしても、後悔したとしても、きっと前を向ける。隣を歩くこの人が側にいてくれるのなら、どんな未来でも受け入れられるのだと、そう思えるから。









お茶会の会場に2人が戻ると、また学生時代の友人たち、カトレアやジェーン、ケイ、サーシャが集まって話をしていた。彼女たちはリリーに気がつくと手を振った。


「またみんなで話をしていたの。あなたもきてよ」


カトレアがリリーに言う。リリーがシリウスの方を向くと、シリウスが小さく笑って、俺はあっちに行ってるから、と言った。

するとサーシャが、そういえば、とリリーとシリウスに話しかけた。


「あなたたち、式はもう挙げたの?」

「ええと、来週よ」

「来週?私には招待状がまだ届いていないけれど」


サーシャの言葉にリリーは、う、と固まる。


「…その、来てくれる人がいるわけないと思って、だから本当に身内だけの式の予定で…」

「あら、あなたの結婚式なら都合つけるわよ」


カトレアがそう言う。ジェーンとケイも、私たちも、と返す。


「知人の連絡先は大体把握しているから、私が学生時代に親しかった人たちに至急連絡してみるわ」


サーシャがそう名乗り出る。私も当たってみる、と他の3人も申し出た。突然の展開に、リリーは理解が追いつかずにまばたきを繰り返す。


「僕も参加させてもらおうかな〜」


背後から声かして、振り向けばマークがいた。シリウスが、マーク、と呟く。


「来てもらえるなら喜んで歓迎するが…」

「僕の方はシリウスの知り合いを誘ってみるよ」

「いや、手間をかけるから、自分でやる」

「手間になるほど君の知り合いはいないから大丈夫だよ〜。君は君の準備があるからそっちに集中してね」


マークに笑顔で胸に刺さることを言われて少し固まるシリウス。そんなマークに嬉しそうに眼鏡を光らせるカトレア。

マークは笑顔のまま、式楽しみにしてるよ〜、とシリウスとリリーに話す。


「…人数がいきなり増えるから、おもてなしの準備が間に合うかしら…」


最低限の身内しか呼ばない予定だったため、突然の嬉しい変更にリリーは戸惑う。そんなリリーの肩を、カトレアがぽんと叩く。


「いいのよ、何にも足りてなくたって。あなたたちが笑ってて、参加者も笑ってたらそれで十分なんだから」

「いいこと言うじゃない!私も全くそのとおりだと思うわ」


サーシャがカトレアを褒める。カトレアはサーシャの方を見て、あら、あなたにもそんな風に思える心があったのね、と言う。そんなカトレアにサーシャが、御存知なかったの?と笑って返す。リリーはそんな2人に少し目を丸くしたあと、ありがとう、と微笑む。視界が滲む。嬉しくて、幸せで、ああこの瞬間が訪れてくれるのなら、あの日々もこの瞬間の過程だというのなら、自分のしてきた選択を愛せると、リリーはそう思えた。


「…ありがとう、私本当に、…本当に嬉しい。きっと、かならず、素敵な式になります。ありがとう、本当にありがとう」


リリーが微笑むと、周りの皆が優しくリリーを見つめ返す。他の参加者たちは、怪訝そうにリリーを見つめる者も少なくない。これからいつまでこんな風に見られるのか、一生このままなのか、それはわからない。それでも、もう今のリリーなら生きていけると、そう信じられるのだ。









「なんだか、驚くことばかりで疲れたわね…」


結婚式についての話がひとしきり終わったあと、皆とまた別れてから、リリーはシリウスにそう話しかけた。シリウスは、そうだな、と返したあと、テーブルに用意されたスイーツを見つけた。


「ほら、休憩したらどうだ。甘い物好きだろ」


シリウスに言われて、リリーは、うーん、と悩む。


「どうしたんだ」

「…いや、来週にはもう結婚式だと思うと、あんまり食べすぎるのは…と思って」


不健康すぎる痩せ方から、母やアンナたちの協力によって以前よりはかなり健康的な体型に戻ったリリーは、今度は式に向けて細い体を維持したい気持ちになっていた。そんなリリーに、またそんなことを言って、とシリウスが呆れる。


「不健康に太るのはよくないが、不健康に痩せすぎるのだって同じくらい悪いぞ」

「うっ、その塩梅って難しいのよ?」

「たくさん食って、しっかり動けば良いんだ」

「か、簡単に言ってくれるけど…。そういえば、シリウスって、痩せてる私と太っている私どっちの方が好みなの?」

「は?」

「小さい頃は太っていて、今は痩せている。どっちの方が良いのかなって」

「どっち…」


シリウスは困惑して固まる。少しの間黙ったあと、シリウスは、俺は、と話し始めた。


「俺は君の、幸せそうに食べている顔が好きなんだ。出会ったときからずっと」


シリウスの言葉に、今度はリリーが固まる。そして、少しずつ顔を赤くしていく。シリウスは頬を少しだけ赤くして、リリーから目を逸らして空を見ている。リリーはその横顔を見上げながらゆっくり微笑む。


「なら、ずっと幸せな顔で食べることにするわ。もちろん、長く生きられるように、長く一緒にいられるように、健康の範囲内でね」

「……そうしてくれ」


シリウスはそう言って、ゆっくり微笑む。そんなシリウスを見つめて、リリーは幸せな気持ちで声を上げて笑った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ