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22 待ちわびた瞬間3

とうとう、フィリップス公爵家でのパーティーの日になった。

リリーはエドモンド侯爵とともに馬車に乗って会場へ向かった。アリサについては、リリーのいつもの意地悪ということで参加させなかった。エドモンド侯爵は、リリーが選ばれることを確信しているのか、リリーの言う通りにしてアリサが参加しないことを許した。

向かいに座る上機嫌のエドモンド侯爵を横目に、リリーは馬車の窓から見える景色をぼんやりと見ていた。リリーが身に着けているのは、薄桃色のドレスで、リリーが着るには少し少女趣味に思えるデザインのものだった。これも王弟の好みだろうか。恐らくエドモンド侯爵が事前に調べて作らせたのだろう。


「…お父様」


リリーは、気がつけばエドモンド侯爵に話しかけていた。エドモンド侯爵は、どうした?とリリーに尋ねた。


「…お父様は、私に幸せになってほしいと、そう思ってくださっていますか?」


リリーの質問に、エドモンド侯爵は、どうしたんだ急に、と笑った。


「当たり前じゃないか。お前は私の大切な娘だ。娘の幸せを願わない父なんかいない」

「なら、もし私が、良家との婚約を結べなかったらどうしますか?」


リリーはエドモンド侯爵を見つめる。エドモンド侯爵は、そんなリリーに向かって失笑を浮かべる。


「そんなことあるわけがないだろう。お前ほど美しい娘なら、かならず良縁に恵まれる」


エドモンド侯爵はそういうと、窓の外を見た。もうすぐ到着だな、と柄にもなく楽しそうにしているエドモンド侯爵の横顔を、リリーは冷えた心で見つめていた。





フィリップス公爵家へと到着した。会場に着けば、華やかな景色が広がっていた。フィリップス家といえば、エドモンド侯爵家ですら霞む由緒正しき家である。これまで参加してきたパーティーとは一段違う規模の豪華さに、前世でもみたはずなのにリリーは少しだけ怯む。

リリーは、参加している令嬢たちを見渡す。すべて良家の令嬢で、全員年齢はリリーくらいか、少し下くらいの少女しかいなかった。王弟クリフの性癖がにじみ出ており、リリーは鳥肌を立てた。


「久しぶりね」


声をかけられて、振り向けばモニカがいた。そういえば、前もモニカは参加していたことをリリーは思い出す。リリーは渋い顔をモニカに見せる。


「…やめて、私に話しかけないで」

「どうして?」

「私といたら、あなたまで噂が立つわよ」

「あら、構わないわよ。私はもうそういう世界に生きていないから」


そう言ったモニカは、清々しい顔をしていた。リリーはつい、そんなモニカに呆然と見とれてしまう。自分の生きるべき場所を見つけたような、そんな安定感が彼女にはあった。


「…吹っ切れたようね」

「あなたのおかげよ。…自分のしたことは後悔してる。夜中に思い出したら苦しくて、自分の罪から逃げたくて、私が傷つけた人たちに謝りたくてたまらなくなる。でも、もう会わないの。それが私にできる最大限の謝罪だから」


モニカはそう言うとリリーの方を見た。リリーは、そんなモニカをとてもうらやましい気持ちで見つめる。


「こんな風に思えたのはあなたのおかげよ。あなたが許してくれたから。ありがとう」

「…モニカ」

「アリサと何があったかわからないけど、私はあなたの味方でいるから。噂を聞く限りあなたしか悪くないけど、まあ、恩返しってことで」


モニカはそう晴れやかに笑う。そんな彼女に、1度目の人生で見てきた、竹を割った性格のような彼女をリリーは見た。

モニカは怪訝そうな顔で、周りを見回した。


「…それにしても、変なパーティーよね。こんな若い女性ばっかり集めるなんて」

「…そうよね」

「私、おなかもすいたし、料理をいただいてくる。あなたも一緒に行きましょう。ケーキもあるわよ」


悪役人生を始めてから、リリーには慢性的に食欲がなくなっていた。ケーキという単語にも心を躍らせることができず、リリーは頭を振った。


「…私は遠慮するわ」

「そう?それじゃあね」


モニカはそう言うと、リリーに手を振った。リリーはモニカの背中を見送った。


リリーは、会場の中を歩いた。何も知らずに楽しそうに雑談をする若い令嬢たち。王弟が登場するのが待ちきれずにそわそわする彼女たちの父親たち。リリーは、彼らを横目に会場内を歩く。


「あれ、リリー。やっぱり君も来てたんだ〜」


聞き覚えのある声にリリーが振り向くと、マークがいた。マークはいつもの朗らかな笑みを浮かべているが、本性を知った今、彼の腹の底が分からな笑顔がリリーには不気味に見えた。マークの手にはブドウのジュースの入ったグラスがあった。リリーは前世を思い出し、胸が少しだけ痛む。

マークの登場に、周りの令嬢たちが色めき立つ。リリーはそんな彼女たちをちらりと見る。マークを見ながら無邪気にはしゃぐ彼女たちが、リリーにはまぶしい。


「(私は危うく、彼女たちを不幸にするところだった。よかった。私は何も間違っていない)」


リリーはそう心の中で再確認した。すると、マークが、失礼、と声を出した。リリーがえ、と声を漏らすと、マークがリリーに手を伸ばして近づいてきた。そして、マークはリリーの髪に優しく触れる。


「ここから帰った方が良い」


リリーの耳元に口を近づけたマークが、リリーにしか聞こえない声でそういった。マークはリリーからゆっくり離れると、リリーと目を合わせて微笑んだ。


「糸くずかな?とれたからもう大丈夫だよ〜」


マークはそう言うと、控えていた使用人を呼び、手についていたものを捨てるように渡した。リリーはそんなマークを見つめる。そして、にこりと微笑む。


「ありがとう。私、今日がとっても待ち遠しかったの。じっくり楽しませていただくわ」


リリーの言葉を聞いて、マークは少しだけ目を丸くした。そして、目を細めて、そっか〜と朗らかに返した。


「そう言ってもらえると嬉しいな〜。楽しんでいってね」


マークはそう言ってリリーに微笑む。リリーはまたマークに笑顔を見せると、それでは、と言ってマークの側から離れようとした。

すると、あっ、というマークの声と、水が服にかかる音がした。リリーの薄桃色のドレスに、マークの持っていたぶどうジュースがかかり、赤紫色の大きな染みが広がるのが見えた。周りは、リリーのドレスが汚れてしまったことにざわつく。マークは、控えている使用人たちに、誰か布を、と声を掛ける。


「ごめんね〜。これじゃあパーティーに出られないね、本当にごめんね〜」


マークはリリーにそう言う。マークに呼ばれて来た使用人たちが、リリーのドレスの染みに濡れた布を押し当てる。リリーは、謝罪の顔を作るマークを見据える。そして、大丈夫ですわ、と微笑む。


「こんなこともあろうかと、替えのドレスがありますので。それに着替えてまいります」


リリーの言葉に、とうとうマークの顔が引きつるのが見えた。マークはしかし、すぐに安堵の表情を取り繕う。


「そうだったんだ〜。それならよかったよ〜。それじゃあ、着替えができる部屋に案内するね」


マークはそう言って、使用人にリリーを部屋へ通すように伝えた。リリーは、その使用人の後ろに続いて歩いていった。







リリーは、持参していた替えのドレスへと着替えた。必要ないだろうというエドモンド侯爵の言葉を聞かずに持ってきた、バラのように赤いドレスである。着替えた自分を、リリーは姿見にうつして眺める。こちらのほうが自分によく似合うと、リリーは思う。

ドアがノックされ、返事をするとマークがやってきたのが鏡越しにリリーには見えた。マークはリリーの姿を見ると、本当にごめんね〜、と謝った。リリーは、本当に大丈夫よ、と鏡越しに微笑んで返す。

マークは、リリーの着替えを手伝った使用人に、彼女に謝罪がしたいから席を外してほしいと伝えて、部屋から出ていかせた。2人きりになった瞬間、マークはため息をついた。


「君はもっと頭が良いかと思ってたよ。それとも勘が鈍すぎるのかな」


マークは、リリーの前においてあるソファーに座る。リリーは、姿見に映る自分と見つめ合う。一度目を伏せたあと、リリーはマークの方を振り向いた。


「…私、頭なんか全然よくないわ。どんなに長い時間勉強しても、あなたに勝てなかったもの」

「…それは、僕の努力を軽視しすぎているよ」

「あら、あなただって私がどれだけ長い時間勉強したか知らないでしょう?」


リリーはゆるく微笑む。彼はリリーが4度目の人生を生きていることを知らない。4度の学校生活を送ってもリリーはマークには勝てなかった。だから、リリーには自分の頭が良いだなんてとても思えなかった。

微笑むリリーを見たマークは、また小さくため息をついた。


「頭と勘が悪い君には直接言うよ。このパーティーからは逃げた方が良い。これは王弟クリフの後妻選びのためのものだ。このままここにいれば、間違いなく君が叔父さんに選ばれるよ」


マークの言葉に、リリーは冗談めかすように笑いながら口を開く。


「あら、クリフ様の女性の趣味をよく知っているのね」

「叔父さんの趣味を調べて参加者を集めたのは僕の家だからね」

「あら、主催者がフィリップス家なのね。…って、そもそも会場がフィリップス邸だものね、そうよね。…まって、あなたの家が女性を集めたのだとしたら、あんまりにも候補の女性が若すぎるわよ。もう少しどうにかならなかったの?」

「その方がいいんだよ。…とにかく君はもう帰った方が良い。君の父上にはどうとでも言っておくよ」

「えらく私に親切ね。人の心を持ち合わせていないんじゃなかったの?」

「君が心配なわけじゃない。…シリウスがあんまりにも気の毒だからだ」


シリウスという言葉に、リリーは笑顔が固まった。マークは、リリーの弱点を突いたことを察し、言葉を更に続ける。


「身を切る思いで諦めた女性が、父親くらいの年の差がある悪評高い男の慰み者になったなんて知ったら、シリウスがどう思うか、って考えたらね」


マークの言葉がリリーの頭の中で反響する。マークは、自分の言葉がリリーに効いたと思い、ほら、帰りなよ、とリリーを促す。

リリーは、1度目を閉じる。ゆっくりと深呼吸をして、それから目をゆっくり開いてマークを見つめる。そして微笑んだ。マークはそんなリリーに、少しだけ目を大きくする。


「あなたって、やっぱり人の心があるわよ。シリウスにそんなに優しくできるんだもの」

「…話題をそらさないでくれるかな」

「人の心がある聡明なあなたならわかるでしょう。私が逃げたら、他の誰かがその慰み者になるだけよ」

「…」

「それに、…それにもう、私にとってシリウスのことはもういいの。ここで逃げたところで、また別の、家が大きいだけの男と結婚させられるだけ。あんなに息巻いていたのが恥ずかしく思えるわ。だって私には、最初からシリウスと一緒になれる未来なんかなかったのだから」

「あったよ。君が見落としていただけで、やりようなんかいくらでもあった」


マークは、そう冷静に答える。リリーは、そんなマークを見据える。リリーは少しだけ黙ったあと、震える唇で、そうね、と返した。


「きっとそう、私には思いつかないような最良の選択肢がきっとあって、私はそれを選ぶチャンスを自分から失ってきたのかもしれない。…ええ失ったわよ、たくさんの大切なものを失った。もっとああすればよかったとか、こうすればよかったとか、いくらでもあるわ、考えたらきりがないほどに。でもね、私はその選択肢が目の前にあった時、人生の岐路に立った時、いつも懸命にそれを選んできた。後から思えば間違いだったようなことでも、その時の私が懸命に考えて、そして出した最良の選択だったの。そんな私が辿り着いた今のことを、私以外の全ての人間に、口出しする権利なんかない」


リリーは、言い終わると肩で息をした。誰にも何も言わせたくない。自分が選んできた人生が、たとえどんなにやぶれかぶれになったとしても、それでも、一生懸命に道を選んだあの時の自分を、自分だけは讃えてあげたい。よくやったと、そう褒めてあげたい。

リリーは深呼吸をして心を落ち着かせて、またマークの方を見た。


「…私には、守りたいものがあった。それが守れればもう、それでいいの」


リリーの言葉に、マークは少しだけ黙る。そして、ゆっくり口を開いた。


「…突然始めた悪役の芝居も、その守りたいものってやつのためなわけね」

「…芝居って…」

「安心してよ。周りは皆、君のことをすっかりアリサを虐める悪役だと思い込んでる。大衆なんてそんなものさ」


マークはソファーから立ち上がった。そして、リリーの方を見た。そして、いつもの朗らかな笑みを見せた。


「今日は本当にごめんね〜。ドレスのお詫びは必ずするからさ。今日、楽しんでいってね〜」


マークはそう言うと、ドアの方へ向かった。


「また後でね、甥っ子マーク」


リリーがそう声を掛けると、マークは一瞬固まり、その後笑顔でリリーの方を振り向き、また後でね〜と手を振り、部屋から出ていった。








リリーが会場に戻ると、エドモンド侯爵がリリーを探していた。会場には王弟がもう来ており、エドモンド侯爵は今まで見たことないほど腰の低い笑顔で王弟に近づくと、リリーを王弟に紹介した。王弟は一目でリリーを気に入ったようだった。リリーはいつもの完璧な笑顔を王弟に見せつけた。王弟はその後も参加している令嬢の挨拶を受けていたけれど、ずっとリリーの様子が気になっているようだった。



後日、正式に王弟からリリーを婚約者にしたいという話がエドモンド侯爵にきたようだった。

エドモンド侯爵はこれまでにないほど喜び、リリーを褒め称えた。

母は、娘があまりにも不憫で、祝福ムードのエドモンド侯爵から離れて部屋に引きこもってしまった。

リリーは、これでよかった、そう思うしかなかった。



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