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21 悪役令嬢のつくりかた5

騒がしいカフェテリアにて、アリサはルークと話しながら、食べ終わった食器を片付けるためにトレーを持って歩いていた。その前からリリーが近づく。アリサはリリーに気が付くと体を震わせる。リリーはアリサを憎しみのこもった瞳で睨みつける。それに驚いたアリサの体はふらふらと揺れてバランスを崩し、倒れそうになる。しかし既のところでルークが片腕で抱きとめる。けれどアリサの手にあったトレーは、アリサの手から離れて下に落ちてしまう。割れた食器が床に広がる。リリーは、何も言わずにその場から歩き去る。ルークが怒りを隠さない声で、おい!と呼び止めるけれど、リリーは振り向かない。アリサは、姉から責められる辛さから目に涙をためるけれど、ルークには無理に笑顔を作ってみせて、あわてて広がった食器の破片を拾い集める。アリサが無理していることは完全に見抜いているルークは、眉をひそめてアリサを可哀想な気持ちで見つめる。一部始終を見ていた生徒たちが、アリサを哀れに思って食器の破片を一緒に拾い集める。リリーは、周りの生徒達からの冷たい視線を浴びながらも堂々とカフェテリアを通り過ぎていく。途中一人の勇敢な男子生徒が、まてよ!と悪女リリーの腕をつかむ。リリーはその男子生徒を一瞥する。恐ろしいほど整ったリリーの氷のように冷たいその表情に、活きが良かった男子生徒はカチカチに固まってしまい、い、いえ、なにも、と情けなく声を漏らすと、ばっとリリーから手を離し、すごすごと逃げていった。リリーはその男子生徒などいなかったかのような顔で、この場を去っていった。





リリーの悪役令嬢生活も数カ月が過ぎ、もうすぐ卒業式が見えてきた。

リリーはアリサと試行錯誤しながら悪役令嬢を演じ続けた。ルークはすっかりリリーを敵認定して、アリサからリリーを守る騎士となった。そうやってリリーからアリサを守るうちに、ルークは確かにアリサへの愛情が芽生え始めたのをリリーは感じていた。そんなルークに、単純な男だと冷笑的な態度をリリーはとってみせるけれど、アリサの選んだ男だというのだから、リリーはもう余計なことは何も言わない。この調子でいい。リリーはそうは思うけれど、アリサを虐め続けることのつらさから、あんなに気が重かった断罪デーが1日もはやく来てほしいと願うようになっていた。

リリーは完全に生徒の憧れの的から、学校の女王へと変貌していった。アリサを虐め、ルークと敵対するリリーのことを、生徒たちは誰もとめることはできなくなっていた。生徒たちは遠巻きに彼女を眺めて、彼女の悪い噂をするばかりだった。

リリーはアリサを公衆の面前で虐めながら、こういうのは普通隠れてするものだけれど、と自分で自分に突っ込む。しかし、アリサを虐める主な目的の性質上、こうする他ないのだから仕方ないと、リリーは諦める。

リリーは学校の中で完全な悪者となり、アリサは悲劇のヒロインとなり、ルークは哀れなヒロインを守る騎士となった。




リリーがアリサを虐め始めてしばらくすると、ルークの口添えか、アリサはモモと一緒の部屋に移ることになった。そのため、リリーは一人部屋となり、アリサと情報共有ができなくなっていた。リリーは仕方がないと思いながらも、アリサと普通に話せる時間が本当に全くなくなってしまったことにがっかりしていた。





リリーは授業の合間にお手洗いに向かった。用を済ませて個室から出ようとしたところ、モモの声が聞こえてきた。どうやら、手洗い場で友達と話しているようである。


「…でも、ほんと余計なことしてくれちゃったわ、リリーったら…」


はあ、と気だるそうに言うモモの声を初めて聞いたものだから、リリーは固まってしまった。モモと一緒にいた友人も、ほんとよね、と苦笑いを漏らす。


「リリーが、アリサをいじめるおかげでルーク様とアリサは急接近…。ルーク様ったら本当にアリサのこと好きになっちゃったんじゃない?」

「あーもう、ほんとうにどうしてくれるのよリリーってばあ…」


モモは、あーあっ、と悔しそうに声を漏らす。


「まだルークはリリーを追いかけてる方がましだったかも」


モモの言葉に、えっ!と友達が驚きの声を漏らす。


「ルーク様ってリリーが好きだったの?」

「まあ、あのグループにいたら察するわよ。リリーならまだ、ルークのことぜんぜん好きそうじゃなかったから、私にもチャンスあったと思ってたのに、アリサだなんて…」

「ルーク様に好かれてなびかないリリーって、何者なのかしら…」


友達が、うーん、と頬に手を当てる。


「あんなに美人で性格もいい、って評判だったのにあんなことになるなんて、…謎よね、リリー・エドモンド」


友達の言葉に、モモは、確かにね、と呟く。


「ルークとアリサのことはむかつくけど、でも、…アリサが虐められるのはいい気味かも」


モモはくすくすと笑う。あの、リリーが前世でよく向けられていたあの嫌な声だった。友達は、確かに、と言ってモモとそっくりの嫌な声で笑う。


「アリサのこと、ずっとキライだったのよね」

「そうそう。なんか男性に媚うってるかんじとか、守られたいオーラを作ってる感じとかさ」

「モモもそうじゃない」

「ふふ、同族嫌悪ね」


くすくすと笑いながら、2人は手洗い場から去っていった。リリーは、その場からなかなか動き出せなかった。









昼休みになり、リリーは誰もいない中庭のベンチで、ぼーっと座っていた。ぼんやりしながらも、さっき聞いたモモたちの話が頭から離れない。


「(アリサのことがキライだなんて、そんな人とアリサは同室で大丈夫かしら…)」


リリーはアリサを心配するけれど、リリーがどうすることもできるわけもなく、ただ黙ってみているしかない。リリーは、はあ、とおもいため息をつく。


「(あんなに親しそうにしてたのに、モモって…。そっか…。本当に、人生の中で私が見えているものなんて本当にわずかなのね…)」


リリーは、モモをとっ捕まえて、アリサがどんないい子か説きたい気持ちを抑え込む。もう一度重いためいきをついたとき、リリーの前に誰かが立ったのに気がついた。顔を上げるとそこには、いつもの笑顔のマークがいた。


「…マーク…」

「元気なさそうだね〜。大丈夫〜?」


マークはそう言うとリリーの隣に腰掛けた。その手にはランチボックスがあり、彼は今から昼食をとるようである。リリーは、彼を横目で見たあと、すぐに視線を空に映した。


「リリーはもう食べた〜?」

「…まだだけれど」

「そうなの〜?今から買ってきたら?ここで一緒に食べようよ〜」

「…」


リリーは、いつものように話しかけるマークが理解できずに黙り込む。最近食欲がなくてほとんど食べられないこと、一時はキツくなっていたスカートのウエストもすぐにまた緩くなったこと、今までなら言えた話も、もう今のリリーには話せない。リリーは少し長い間黙ったあと、ねえ、とマークに聞いた。


「なあに〜?」

「…学校中の嫌われ者の私に、よく普通に話せるわよね。やめたほうがいいわよ。…まああなたなら、周りから白い目で見られることもないのかもしれないけれど」


マークは、いつもの笑顔のままリリーを見つめている。リリーはそんなマークを横目で見たあと、はあ、とため息をつく。


「…あなたの優しさは嬉しい。けれど、あなたがいい人だからこそ、私にはもう関わってほしくない。さよなら」


リリーがベンチから立ち上がり、この場から去ろうとした。するとマークが、僕はさ、と口を開いた。リリーは立ち止まり、マークの方を振り返る。


「他人のことなんてどうでもいいんだ。心がないんだよね。だから君がどんなに周りから嫌われようと僕には関係ないし、興味がない」


マークは笑顔のまま、立ち尽くすリリーを見上げる。リリーはそんなマークを見つめながら、心の底で、やっぱりあなたもなのね、と呟く。


「(薄々気がついていたけれど、見ないふりをしていた。あなたにも私の知らない裏があった)」


リリーは、脱力しそうになる。しかし、なんとか踏ん張りマークを見つめる。マークはそんなリリーに、少し驚いたように目を大きくする。


「あれ、僕のこと意外とすんなり受け入れるんだね」

「…なんとなく、薄々、察していたもの。…アリサに水をかけた時、あなた笑っていたでしょう」

「やっぱり見られてた?ちなみに、君がモニカをルークから庇ったときも笑いを堪えるのに必死だったよ。あの虚を突かれたルークの顔、僕の家の応接室に飾る絵画にしたいくらいだよ」

「ずいぶんないい草ね。ルークはあなたの友だちでしょう?」

「僕は一度だってそう思ったことはないよ」


マークは朗らかな笑顔をやめない。リリーは、そうくるか、と思いながらマークの瞳を見つめる。


「…私に随分な暴露をしているけれど、いいのかしら?」

「構わないよ。君の言葉を聞く人間がこの学校にもう残っていないからね」

「…」


リリーは、笑顔だけれど感情の読めないマークに内心冷や汗をかきながらも、はあ、とため息をついた。マークはそんなリリーを見て、あはは、と笑う。


「ルークを言い負かしてしまった君のファンになりそうだよ〜」

「それはどうも。…話はそれだけかしら」

「ううん、まだだよ」

「…何かしら」


リリーは怪訝そうにマークを見た。マークは、笑顔を少しずつやめながらリリーの瞳を見つめる。


「僕には心がない。だから君のことなんてどうでもいい。でも、シリウスは優しい人だから、君のこと、きっと心配してる」


マークの言葉に、リリーは固まる。


「シリウスにだけでも、理由を話してあげられないかな。君がこんな事をしたわけを」


マークがそう言い終わったあと、あっ、こっちだよ〜と、リリーの向こう側にいる人物に手を振った。マークの視線の先を見ると、足を止めて立つシリウスがいた。マークはベンチから立ち上がり、シリウスの横に立った。


「それじゃあ、僕は用事を思い出したから」


マークはそう言うと、シリウスとリリーを置いて立ち去ってしまった。リリーはそんなマークの背中を見つめたあと、シリウスの方を見た。シリウスは、頭を掻いたあと、視線を空に向けて、それからゆっくりとリリーの方を見た。そして、しばらく黙ったあと、ゆっくりとリリーの方に近づいてきた。久しぶりに見つめるシリウスに、胸が詰まる。きっぱり区切りはつけたはずなのに、それなのに近づけばまだこんなにこの人を好きな自分がいて、リリーは自分に呆れ返ってしまう。


「…何があった」


シリウスが、心配そうに瞳を揺らす。リリーはシリウスのことを見ていられずに視線をそらす。


「何もないわ」


リリーは、そう早口で答えると、シリウスの横をすっと通り過ぎた。シリウスは、リリーの背中を振り返ると、俺は!とリリーの背中に呼びかける。リリーはそれに振り返らない。


「俺は知ってるから、君が、周りが思うような人間じゃないって」


シリウスの言葉に、リリーは何も反応せずに歩き続けた。シリウスを置いて、リリーはその場を去った。涙の1つもこぼしてはいけない。リリーは固くそう心に決める。私は悪役なのだからと。演じきると決めたのだから、と。








とうとう卒業式の日が来た。リリーは卒業生の輪に入れるわけもなく、ずっとひとりでぽつんといた。アリサの周りにはリリーから守る護衛のような生徒達が数人いて、その中にはルークもいた。

リリーは、式が終わればそそくさと教室を後にした。まだ卒業式の余韻に浸る生徒達の間を縫って、リリーは廊下を歩き続ける。


「帰るの?」


声がして、振り向くとモニカがいた。モニカも卒業生の輪に馴染めないようだった。リリーは、ええ、とだけ返すと、すぐにモニカから離れるように歩き出した。


「私はあなたのこと責めないから」


モニカはそうリリーに伝える。リリーはモニカを振り返る。モニカは、リリーの瞳をまっすぐに見つめる。


「それだけは、覚えておいて」


モニカはそう言うと、リリーから背を向けて歩き出してしまった。リリーはモニカの背中をしばらく見つめてしまった。





宿舎までの道のりを、リリーは足早に進んだ。もう家に帰る準備は済んでおり、明日には迎えの馬車が来る。それに乗って、リリーとアリサは家に戻る。そこでもリリーはアリサを虐め続ける。ルークからの断罪が行われるその日まで。


「り、リリーお姉様…」


また声がして、振り向くとそこには、前に手紙をくれた下級生達の中の一人だった女子生徒がいた。リリーに代表で手紙を渡してくれた子だった。その子は、リリーの方をとても悲しそうな瞳で見つめていた。


「…」


リリーは黙って彼女を見つめ返した。彼女は、リリーに見つめられて一度視線を落としたあと、またリリーの方を見た。頬を少しずつ赤くして、ひたいに汗を描きながらゆっくり口を開いた。


「演劇祭のお姫様の役、とっても素敵でした」


彼女は、震える唇でそうつむぐ。前に手紙を渡してくれた彼女以外の生徒たちはもうリリーを見限っているのだろう。しかし彼女だけは、こんなことになってじった今のリリーにわざわざ言いに来てくれた。彼女は、リリーを見つめる瞳に涙をためながら、わたし、わたし、と繰り返した。


「わたしほんとうに、お姉様のこと、尊敬していました…」


彼女は、さようなら、と震えた声でリリーに言うと、リリーの前から去っていった。リリーは、彼女の背中をまた見つめる。

失っていく。リリーはまたそう思う。自分の手からどんどん、こぼれ落ちていく。すべてを手には入れられない。それでも、自分の手にあるものを落としていくさまは、見ていて耐えられるものじゃない。


「(でも、私は決めたの)」


リリーは震える胸を押さえるようにそう自分に言い聞かせる。この先どんな未来が待ち受けていようとも、私はアリサさえ幸せになればそれで良いのだと、そう心の中で何度も唱えた。

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