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21 悪役令嬢のつくりかた3

こうしてリリーは、アリサと一緒にこれからについて話し合うことにした。風邪のアリサのことを考えれば今日のところは話し合いはほどほどにしようとリリーは提案したけれど、アリサが自分は大丈夫だと頑なに言うので、2人はじっくり作戦を練ることにした。2人はソファーに座り、ローテーブルに紅茶のカップを乗せて、紅茶がすっかり冷え切るまで2人で考えあった。


「お姉様が私を虐める芝居、というのは、どういうものになるんですか?」

「そうね…1度、ルークの前で思い切りあなたを虐めましょう。私があなたに酷いことをしているところを、ルークに目撃させましょう。目の前でしてしまえば恐らくルークが止めに来るだろうから、あなたはルークの影に隠れていなさい。あとは私に任せてもらえばいいから」

「でもお姉様、人を虐める役だなんて、こんなにお優しいお姉様にできるのかしら?きちんと考えないと…」


アリサの言葉に、リリーはぐぬと固まる。


「(あなたを虐めたことがある、だから、虐めるということはだいたい何をするかは想像ができる、できるけれど、胸が痛い……)」

「お姉様?」

「ほっ、本をたくさん読んでいるでしょう私は、だから、こういう悪役の想像は容易につくのよ。アリサあなたは何も心配しないで」


リリーが早口で捲し立てれば、アリサは、そ、そうですか…、と納得してくれた。リリーは、ごほん、と咳払いをする。


「あなたをなぜ虐めることにしたか、理由を考えておこうかしら」


リリーが、ううん、と腕を組む。アリサが、あっ、と閃いたような顔をする。


「ルーク様を取り合って…というのはどうでしょうか?」

「なるほど。…いえ、駄目ね」

「どうしてですか?」

「…あなたは休んでいたから知らないと思うけれど、私は今日ルークとは決別してしまったのよ」

「け、決別?」


リリーは今日のカフェテリアでの出来事をアリサに話した。アリサは口元に手を当てて、まあ、と声を漏らした。リリーは、はあ、とため息をついた。


「そういうわけで、ルークを好きな人間がまさかしないであろうことをしてしまっているのよ」

「…そうですか…」


リリーはそう言いながら、まあそもそも私がルークを好きだなんて演技でもしたくない、と鳥肌を立てながら心の中で呟く。

リリーは、他のストーリーを考えようと頭を悩ませる。こんなとき、カトレアならすぐに思いつくのだろうかと、彼女の脚本能力がリリーは羨ましくなる。


「まあ、そうね…ねえ、あなたって、お父様から結婚相手の話とか聞いている?」

「いいえ、特には…」

「ならこうしましょう。私はお父様から卒業後の婚約者を勝手に決められてしまって、自由にルークと恋愛しようとしているあなたが妬ましくて、それで犯行に及んだ。どうかしら」

「わかりました」

「なら決まりね」


リリーは、この動機の匂わせを、サーシャあたりに漏らしておこうかと考える。彼女に言えばすぐに噂は校内を駆け巡るだろう。リリーが親に決められた婚約を嫌がっているなんて噂が学校中に回っていることを知ったら、エドモンド侯爵は激怒するだろうか。リリーは少し背筋が凍るけれど、しかし、それでもいいや、とあきらめる。べつにそれでもいい、アリサのことがうまくいくのならもうそれで、と。


「まずはルークの目の前であなたを虐めることよね。ルークに目撃させる方法はあるかしら」 

「ええと…あっ、明日の放課後、皆で図書館に集まって課題をしようって約束をしています」

「なら、図書館へ向かう道中で、私がアリサを虐めましょう」 


アリサはリリーの言葉にはい、と頷いたあと、目を伏せた。


「…でも、皆さん不審に思いませんか?あのお姉様が、急に私を虐める悪役に豹変したりしたら」


アリサの純粋な疑問に、リリーは胸が詰まる。リリーはアリサの目を見られずに目を逸らし、おかしくなんかないわ、と早口で答えた。


「…誰にでもあるもの、きっと。急に人が変わってしまうような出来事が」

「そうでしょうか」

「とにかく、私の悪役の方は心配しないで。それよりアリサよ。私ができるのはアシストまで。あなたがばっちりしっかり決めてね」


リリーが微笑むと、真剣な瞳でアリサは頷いた。リリーはそんなアリサに目を細める。前の人生で、叔父は

リリーのことをいつまでも子どもだと思っていたと言っていた。その気持ちがリリーにはよくわかる。アリサはリリーにとっていつまでも小さな可愛い、大切な妹のままだ。それでも確かに、ルークと結ばれようとする女性に成長している。リリーは一度瞳を閉じて、それからアリサを見つめた。


「…これから私たちの仲は険悪、っていことになる。だから、あなたと私はこれから容易く話せない」

「…わかりました」

「健闘を祈るわ」


リリーがアリサの手を握ると、アリサは、はい、と芯のある声で頷く。


「お姉様の想い、決して無駄にはしません」


そう言ったアリサが、リリーにはやはり、成長した女性に見えて、淋しくもあり、嬉しくもあった。








翌日、風邪の治ったアリサは登校することになった。リリーは朝からアリサとは話さず、周りの友人達と会話をしていた。いつも通りの他愛のない会話を繰り広げながら、こんなことができるのも今日で最後かと、リリーはまだ実感のわかない気持ちで思った。


「あなたはどの本が最近ではおもしろかった?」


いつもの友だちとの会話の中で、カトレアがリリーに尋ねる。リリーは一瞬、いつものカトレアを見つめてしまった。


「(…私はこの放課後から、学校の悪役になる)」


リリーはそう心の中で呟く。そうなればカトレアもリリーから離れてしまうだろう。せっかく最後の人生でも仲良くなれたのに。リリーは息が詰まりそうになる。


「(それでも私は、アリサとルークの恋を実らせるための道を行く。でもこれは当然のこと。1度目の人生で結ばれていた2人を、最初のとおりに戻すだけ)」


リリーは、ゆっくり深呼吸をする。そんなリリーを、不思議そうにカトレアが見つめる。


「…どうしたの?」

「…ごめんなさい、昨日は遅くまで本を読んでしまって」

「あら、何の本?」

「えっとね…」


リリーは友だちとの会話を続ける。リリーの話に笑う友だち、そして、友だちの話に笑うリリー。そんな時間が、次の授業が始まるまで続いた。






授業の合間の休み時間に、リリーは一人で座っていたサーシャのそばへ来た。サーシャは、リリーの方を見上げると、あ、と呟いた。


「どうかしたの?あなたが私のところに来るなんて珍しいじゃない」

「あらそうだったかしら。ただお話をしに来ただけよ」

「へー、またまた珍しい。どうかしたの?」

「たいした話じゃないわよ」


リリーはそう言って笑うと、他愛のない話をサーシャと繰り広げた。しばらく雑談をしたあと、リリーは、それにしても、とため息をついた。これからサーシャに、リリーがアリサを妬んでいるという情報を匂わせておき、このあと2人のいざこざが起こったあと、そのいざこざの原因を彼女に流布してもらうためである。


「困ってしまうわ。私、お父様に勝手に婚約者を探されているのよ」

「まあ、そういうものじゃないかしら。結婚っていうのは、家と家がするものですしね。…ちなみに、誰か決まっているの?」


目を光らせるサーシャに、リリーは、誰とは決まっていないけれど、と濁す。するとサーシャは明らかにつまらなさそうに、そう、と返す。


「その点アリサは羨ましいわ。特にお父様から結婚について言われていないんだもの」

「まずは姉のあなたってだけでしょう?そのうちアリサだって決められるわよ」

「そうかしら。…そうにしたって、なんだかずるいわ、あの子は自由で。羨ましい」


リリーはそう言って窓の外を見る。そんなリリーに、呆れたようにため息をつくサーシャ。


「あなたねえ、そんなに美しくて、頭がよくて人気があって、家だってものすごく大きくって、それでも他人を妬むの?ないものねだりは身を滅ぼすわよ」

「うっ、わ、わかってる、わかってるけど、う、羨ましいのは仕方がないじゃない…」

「まあそれはそうね」


サーシャは、ふーん、とリリーを見つめたあと、少し首を傾げる。そんなサーシャに、リリーはぎくりとする。


「…なんだか変ね。あなたなら私の口が噂の発信機だってわかっているはずなのに、そんな話をわざわざ私にしに来るなんて」

「えっ?た、ただの雑談よ…」

「雑談にしてはリスキーな話題じゃないかしら?ましてや私に話す内容にしては。私からその噂が婉曲されて困るのはあなたのはずなのに」

「あの、婉曲するの前提で話すのはやめてもらえる?あなたのジャーナリズムとは?」

「噂は生物だもの。人から人に伝わるごとに変化していくのよ」


サーシャがそんなことを大真面目に言うものだから、リリーは可笑しくて吹き出してしまう。くすくすと笑いながら、可笑しいはずなのにリリーの目に笑い涙ではない涙が浮かんできた。


「(面白い、はずなのに、哀しい。もう終わってしまう、こんな日常が。積み上げてきたものすべてが。自分の手によって、意志によって)」


リリーは、目にあふれる涙を指でぬぐう。笑い涙だと思ってもらうために、笑い声は止めないままに。サーシャは、そんなに笑うこと?と怪訝そうにリリーを見つめる。リリーは、そうよ、と誤魔化す。


「はあ笑った。ありがとう、それだけよ」

「そんなに笑ってもらえたならよかったわ」


リリーはサーシャに手を振ると、自分の席に戻った。椅子に座り、次の授業の準備をしながら、またあふれてくる涙を必死にこらえた。









とうとう放課後がやってきた。リリーはアリサと、ルークのクラスから図書館へ向かう道中にある廊下で向かい合った。リリーの手には、水の入った花瓶が握られている。リリーはアリサと静かに、ルークがここへ来るのを待っていた。


「(…どんな風に彼女をルークの前で虐めるか、頭の中でシュミレーションをばっちりしてきたわ)」


リリーは、心の中で考えてきたことを繰り返す。どんなふうにすれば意地悪く見えるのか、どんな言い方が良いのか。リリーは、深呼吸をしてその時を待つ。

すると、遠くからルークとマーク、エリックにモモがやってくるのが見えた。リリーは心臓がどきりと跳ねるのを感じた。花瓶を持つ手に力がこもる。


「(これで本当に、私は悪役へと変貌する)」


リリーはまた深呼吸をする。自分の意志でもって、リリーは悪役になる。


「(前世と違うのは、これがアリサのためであるということ)」


リリーは、それをまたもう一度心の中で繰り返す。もちろん、自分のためでもあるということも。

リリーは震える手にさらに力を込める。どんどんルークが近づいてくる。さあ今だと、リリーはアリサに向けて花瓶の口を向ける。そして、その中に入っていた水がアリサに向かう。アリサは、水をかけられたことで目を瞑る。リリーは、うまく水がアリサに向かったことに心の中でよしと呟く。

そのとき、ルークの少し後ろから、シリウスも歩いてくるのがリリーに見えた。

この瞬間が、ひどくスローモーションにリリーは感じた。水によって濡らされるアリサ、驚くルーク達の顔、そして、目を見開くシリウスの表情。

ばしゃん、と言う音が廊下に響く。リリーの荒い呼吸と、アリサの小さな呼吸が静かな辺りに響く。


「…許さない」


リリーは震える唇で言葉をアリサに投げつける。リリーはアリサを憎しみの表情で睨みつける。今から始まる悪役ショーに気合を入れるように、リリーは語気を強める。


「許さないから、アリサ」

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