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21 悪役令嬢のつくりかた2

モニカと別れたリリーは、昼休みが終わる前に教室に戻った。リリーが教室に入ると、生徒全員がリリーの方を見た。リリーはその視線に体をビクリとさせる。リリーはおそるおそる席についた。生徒たちの視線をチクチク感じながら、リリーは教室を見渡す。どうやらモニカはまだ帰ってきていないようだった。

すると、カトレアがやってきた。


「あなたどうしちゃったの?劇で主役級をやって気でも大きくなったの?」

「ええと、もしかしなくても、カフェテリアでのことかしら?」

「当然よ」


カトレアが驚いた瞳でリリーの方を見る。リリーはその瞳が見られずに視線をそらす。すると、サーシャが目を輝かせてこちらへやってきた。


「すごいことになったわね!ルークとリリーの大喧嘩!」

「い、いや、というよりも、あれを喧嘩っていうのかしら?」

「ルークが絶交したモニカに救いの手を差し伸べるリリー。生徒たちも意見は半々よ。ルーク派とリリー派に別れてるわ」

「そっ、そんな、派閥なんてできてるの?」


目を丸くしたリリーの側に、ジェーンとケイがやってきた。


「私たちはもちろん、リリーの味方ですわ」

「そうですわ、もちろん!」

「あ、ありがとう、でも私、派閥なんてつくったつもり…」

「ちなみに私は中立よ。ジャーナリストはつねに中立の立場で報道しなくてはならないのよ」


胸を張るサーシャに、はいはい、と軽く返すカトレア。リリーは視線を感じて、ふと目線を移すと、こちらを冷ややかな目で見ているモモと、その友人たちがいた。どうやら彼女たちはルーク派のようで、そして、ルークももちろんリリーをよく思っていないことが彼女たちの態度から感じ取れる。


「(…どうしよう…)」


リリーは、頭の中が真っ白になった。これからこれまでのようにアリサのアシストができないという事態に、これから先どうしたらいいのか全く見えずに、途方に暮れてしまう。


「(今からルークに謝ればいいかしら?)」


リリーはぽつりとそんな事を考えるけれど、すぐにサブイボが全身に立つのが分かった。なんで私があんな男に謝らなくてはいけないのかという気持ちが勝ってしまったのである。強情な自分にリリーは苛立つ。こんなことに足を取られて、大きな目標を見失うなんて大馬鹿者だ。


「(…でもあのとき、ルークの手を振り払わなかったらきっと私、後悔してた)」


リリーは、そんなこともぽつりと考える。自分のしてしまったことを正当化したいだけかもしれないけれど。


「(…とにかく、してしまったことはもうしょうがない。他になにか、方法があるはず……)」


そう頭をぐるぐるとさせるリリーに、始業のチャイムが鳴り響く。リリーの周りに集まってくれた友だちが皆席に戻る。カトレアはリリーの肩をポンとたたく。


「モニカを庇う気は毛頭ないけれど、私はあなたの味方だから」


カトレアはそう言うと、自分の席に戻った。リリーはそんなカトレアを見つめて、ありがとう、と心の中で呟いた。





放課後になり、リリーは一人中庭にやってきた。ぼんやりと空を見上げながら、何か他の方法に考えを巡らせていた。人けのない辺りはしんと静かで、リリーの頭も騒がしい中で考えるよりも少しずつ動き出す。


「(…これからはアリサのアシストはできない)」


リリーはそうぽつりと心の中で呟く。そもそも、ここまでアシストしてきたというのに、なぜルークはアリサを好きにならないのだろうか。入学当初からどんどんルークはアリサへの好感度をあげているはずなのに。アリサだって十分可愛い。それに加えて、リリーの援助だってある。それなのになぜ。


「(…ひとえに、私の顔のほうが奴の好みだからか…)」


リリーは、単純な事実に大きなため息をつく。いくらアリサが優しくても、良いところをアピールしても、あの男には仕方がないのだ。なぜならぱ、リリーの顔がどうしようもなく好きなのだから。


「(…一度初心に帰ろう。最初の人生、アリサとルークが結ばれた時、一体どうして結ばれたのだろう)」


リリーはうーん、と考える。もうずいぶん昔のことで、リリーは思い出すのにだいぶ苦心した。

確か、リリーとルークは普通に親しくしていた。それに、あの男ならばリリーの自分への恋心は感じ取っていただろう。だから、ルークはリリーのことが好きだったはず。ならばいつ、彼はアリサを好きになったというのだろうか。


「(王弟との婚約が決まった時、彼は私を説得しに来た。その時はまだ私を好きだったのだろうか?)」


リリーはそう考える。しかし、その直後、抱き合うアリサとルークをリリーは目撃している。2人があんなふうに抱きしめ合う仲というのなら、もっと以前から好き同士だったのだろうか?


「わからない…わからない…」


リリーは頭を抱える。二度目の人生では、ルークが王弟との婚約が決まった時リリーを連れ去ってしまった。それとの違いを考えると、やはりルークは1度目の人生の、王弟との婚約が決まった時にはリリーを好きではなかったのだろうか。でもしかし、ルークは隣国の王子という立場上、リリーと結婚しようと思うのならなるべく、自分が国へ帰れることが決定したタイミングでリリーに思いを告げようとするはず。二度目の人生でのルークは、リリーが自分から離れていきそうで焦っていた。王弟との婚約ならば、自分なら破棄できる力があるとわかっているのなら、かつリリーの心が自分から離れようとしていないのであれば、1度目の人生ではそれほど焦る必要はなかった。ならば、1度目の人生のあのタイミングでも、リリーを好きだった可能性が捨てきれない。


「…そういえば」


リリーははたと、あの時、オクトー公爵家での公開処刑の日のルークの台詞を思い出す。


「(確か、私のことを気に入っていたのに、こんな酷いことをするなんて、がっかりした、というようなことを言っていた…)」


リリーは、思い出したくない記憶を掘り起こしたため、詰まった息をゆっくり吐いた。


「(ルークは、女が虐める姿をイヤに嫌う。母の姿を見てのトラウマらしいけれど、だとしたら…)」


リリーは考えを巡らせる。


「(だとしたら、私の、アリサを虐める姿を見て失望した可能性が高い)」


リリーは、そんな答えにたどり着き、胸が詰まる。苦しい胸を押さえながら、リリーは考えを続ける。


「(結ばれた1度目の人生では、アリサを責める私を見て、私に失望して、私に責められるアリサを庇う中でアリサのことを好きになった……という可能性がある)」


そうなると、2人が抱き合っていたタイミングがよくわからないけれど、それでも、その考えがリリーには一番しっくりきた。抱き合っていたのも、アリサが王弟との結婚が決まったリリーを気の毒に思って泣いていたところをルークが慰めていた、というシーンだったかもしれない。


「(つまり私が、アリサを今世でも虐めて、そして、ルークに庇わせて、そして結びつける…)」


ルークとのつながりが切れた今、自分にできることはそれだけのような気がリリーにはした。リリーは、ぐぬ、と頭を抱える。


「(でも、またアリサを虐めるなんてそんなこと、絶対にしたくない…!)」


リリーに虐められて、悲しそうに眉を曲げるアリサのあの顔を思い起こす度、リリーは過呼吸になりそうになる。

しかし、こんな考えが浮かぶと、もう自分にできることなんてそれしかない、としか思えなかった。

リリーは、はあ、とため息をつく。頭を垂れてしばらくの間ベンチで座っていた時、2人の女子生徒が仲よさげに話をしながらリリーの前を通り過ぎていった。リリーは何気なく2人を視線で追った。


「本当に素晴らしかったわよね、今年の演劇祭!」

「先生たちも、最高傑作だって、太鼓判を押していらしたわよね」

「リリーお姉様、夢のようにお美しかった…」

「でもなにより」

「ええ、マーク様!」

「あの悪役っぷり!普段のお姿からは想像がつかなくって、どきどきしてしまいましたわ…!」


楽しそうにそう話す2人の言葉に、リリーは固まる。そして、少し長い間考えた。


「そっか…演じればいいんだ…。そして、演技だってわかってもらえていれば、本当じゃないことになる」


リリーはそうつぶやいた。リリーが例えアリサを虐めたとしても、それがアリサに演技だと、そう説明していればアリサが1度目の人生のように心が傷つくことはない。


「(…いやいや、でも、アリサがそんな話良いというかしら)」


リリーは頭を振る。あのアリサが、姉が自分の恋愛のために悪役を買って出ると申し出たとして、それを素直に受けるだろうか。

それに…。


「(それに、悪役になれば、友だちも失う。お父様やお母様も、妹を虐める私を見てどう思うのかしら。しかも、またあの日のようにルークから大勢の前での断罪もされるでしょう)」


リリーはまた頭を抱える。ルークの前でアリサを虐めることになれば、ルークの怒りを買って、モニカの二の舞になるだろう。そうすれば、モニカのように学校での居場所をなくす。完全に悪役のリリーを庇う人なんか居ないだろうし、友だちもすぐにいなくなるだろう。今まで築いてきたリリーの学校での評判だって吹き飛ぶ。そして最終的にはあの公開処刑である。

リリーは、冷静になろうと深呼吸を何度も繰り返した。しかし、アリサとルークを結ばせるならば、自分が悪役になる道しかないと、そうとしか思えなかった。

自分は、後悔しないだろうか。大切な友人や、学校で築き上げた評判を捨て去ってしまっても。リリーはじっと考える。そして、絶対に後悔する、後悔する気しかしないと頭の中で呟く。

でも、アリサのことを諦めてしまえば、それも後悔するに違いないとしか思えない。

リリーは黙って静かに考える。きっと全ては手に入らない。それはもう身に沁みている。なら、リリーにとって何が一番大切か。


「(…3回目の人生、あんなに上手く行っていたのに、私はアリサのことで今後の人生を生きていけないと思うくらいに後悔した。私が1回目の人生をやり直したせいで奪った彼女の幸せを、私はもとに戻す必要がある)」


リリーはそう考える。絶対に、この最後のやり直し人生でアリサとルークの恋を実らせなければ、リリーは後悔するだろう。なんのためにやり直したのかと自分を責めるだろう。シリウスとの人生をあきらめてまでやり直したのにと、そう悔やむだろう。そうなりたくはない。

自分の後悔しない人生のためには、アリサがルークと幸せになることが絶対に必要なのだ。成し遂げたいことは何も成し遂げられていない。だからこそこれだけは絶対に成し遂げたい。







宿舎へ戻り、リリーは自分の部屋に帰った。ベッドには風邪のアリサが寝ていた。アリサはリリーに気が付くと、おかえりなさい、と赤い顔でリリーの方を見て微笑んだ。リリーは、ただいま、と硬い笑顔を向けた。アリサは、いつもと様子が違う姉に首を傾げた。アリサはゆっくりベッドの上で上半身を起こすと、リリーに向かって口を開いた。


「お姉様、どうかなさったの?」

「…ねえアリサ、あなた、ほんとうに、本当にルークのことが好き?」


リリーはアリサのベッドのそばで膝をついて、まっすぐにアリサを見つめた。アリサは目を丸くした。そして、はい、と頬を更に赤くして頷いた。


「本当の本当に?」

「は、はい」

「ぜったいのぜったいのぜっったい?」

「あの、お姉様…?」

「結婚したいのよね、ルークと、そうよね?」


真剣に尋ねるリリーに、アリサは目を丸くしたあと、赤い頬のまま、はい、と頷いた。そんなアリサを見て、リリーは決意が固まった。


「なら、私と芝居を打たない?」

「し、芝居…ですか…?」

「私があなたをこれから、ルークの前で虐める演技をする。あなたはルークに守られる。そうして二人の距離を縮める。どうかしら」


リリーの提案に、アリサは絶句した。アリサはすこしかたまったあと、いけません、と頭をふった。


「そんなこと、…そんなことお姉様にさせられません」

「させてほしいの」


リリーは、アリサの手の上に自分の手を重ねた。そして、優しい力で妹の手を握ると、まっすぐに彼女の瞳を見た。


「あなたには幸せになってほしい。もうそれだけが、私の願いなの」

「でも、でもそんなことしたら、お姉様が周りの方からなんて言われるか…そう、シリウス、お姉様の想い人のシリウスにだって、どう思われるかわかりません」

「…シリウスならもういいの。失恋したのよ。お父様からも反対されていた。…そもそもかなわない恋だった」

「…お姉様…」

「でもあなたは違う。オクトー公爵家ならお父様は反対しないし、あなたみたいな素敵な女性ならかならずルークも好きになる。あと一押しが足らないの。その手助けを私にさせてほしい」

「…でも、…でも、これまであんなにお姉様に助けていただいたのに、私のせいでうまくいっていないし、…それに、…それにルーク様はお姉様のことがお好きなんです。私なんかよりずっと。それに、芝居を打つだなんて嘘をついてまで、ルーク様と結ばれても…」


瞳に大きな涙をためて、震える声でそういったアリサの手を、さらにつよくリリーは握る。


「(…あなた゛なんか゛じゃない。ルークがただ私の顔だけが好きなだけ)」


リリーは内心また苦々しい気持ちになるけれど、アリサが好きだというルークと結ばれることを最優先にさせると何度も誓ったのだからと、湧き上がる気持ちを押さえつける。


「ねえアリサ、芝居は打つけれど、決して嘘を付くわけじゃないわ。最終的には、アリサのその良さをルークが好きになるかどうかまではコントロールできない。芝居をするとは言っても、まだルークが気がついていないあなたの素敵なところに気が付かせるだけよ」

「…お姉様…」

「これからしばらくはこれまでどおりあなたとは話せない。あなたとルークが結ばれたあとでも、ルークは私を嫌うだろうから、あなたとはいつまたこれまでのように仲良くできるかわからない。それでも、」


リリーは、まっすぐにアリサを見つめる。アリサは目にまた涙を浮かべる。リリーはそんなアリサを優しい瞳で映す。


「それでも私は、あなたに幸せになってほしいの。私の願いを叶えると思って、この提案を受けてほしい。…もちろん、無理にとは言わない。お父様やお母様にまで芝居をすることになるし、…優しいあなたには耐えられないことが他にも出てくるかもしれない」

「……お姉様がそこまでおっしゃってくださるのなら」


アリサは一度目を閉じてそう言った。目を閉じた拍子に、涙が頬を伝った。リリーはそんな彼女をじっと見つめて、それからゆっくり微笑んだ。リリーは、唇を震わせるアリサを優しく抱きしめて、その頭を撫でた。


「…このことは、お互い墓場まで持っていきましょう」

「…おね、…おねえさま……っ」

「私、あなたにこれからつらいことをしたり、言ったりする。けれど傷つかないで。私はあなたのことを大切に思っているから」

「はい…はい…っ」


リリーはまたアリサを責めることになる。しかし、1度目の人生とは全く違う。それはすべてアリサのためであり、そして自分のためでもある。自分は決して、あの時のような化物ではない。強い意志と目標を持って悪役を作り上げ、そして、演じきってみせる。リリーはアリサを胸の中に抱きしめながら、そう誓った。







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