20 最高の失恋4
初めての集団稽古を、リリーは何とか台詞の暗記を終えて迎えることができた。
台本を片手に持ちながら、動きを交えての練習が始まった。ルークやマークはさすがというか、難なくこなしていた。モモやアリサ、エリックもそれなりにこなしている。前世でも皆最初からそれなりにうまくこなしていたので、リリーは特に驚かなかった。
「(問題は、シリウスよね…)」
リリーは台本片手に演技をしながらそんな事を考える。自分が始めたこととはいえ、シリウスの演技力は未知数であった。リリーは自分の台詞が終わり、それに対するシリウスの台詞を待った。
「おれはそんなことより、かりにいきたいんだ」
予想以上の棒読みに、周りの空気が固まった。シリウスは、周りの空気には気がついているようで、バツが悪そうに頭をかく。
「…こんなもんでどうだろうか」
「いいわけないでしょ」
野次馬に来ていたらしい小物係のサーシャが突っ込む。マークが、まあまあ、と宥める。
「初日なんだし、こんなものだよ。さ、次に行こう」
マークの声かけに、周りは気を取り直して再開した。しかし、シリウスの大根演技はかなり浮いたままで終わった。
脚本役や演出役からの提案や、修正などを重ねて、初日の練習は終わった。カトレアは、終わるとすぐにシリウスに駆け寄った。
「あなたは居残りよ」
「…だろうな」
「ほら姫、こっち来なさい」
カトレアが、台本を片付けていたリリーを手招きした。リリーは、えっ、と思いつつ、これも素敵な失恋のため、と思いながら近づいた。
カトレアに見守られながら、リリーはシリウスと向かい合った。そして、台詞の練習を始めた。前に話した時は、このまま清々しい気持ちになれそうな予感がしていたのに、今日はなぜかまたリリーは気まずい気持ちになっていた。
「(シリウス、俺に演技なんかさせやがってって怒ってないかしら…)」
リリーは台本越しにシリウスを盗み見る。シリウスは眉間にしわを寄せながらも、必死に台詞を読み上げる。
「(…どっち、怒ってる?怒ってる?)」
「…リリー」
「えっ?」
「次、君の台詞」
「あっ、し、失礼、えっと、この素敵な花束をくださるなんて、」
「鳥の鳴き声が可愛らしいわね、よ」
カトレアからの指摘に、リリーは慌てて台本をめくる。カトレアは、そんなリリーにため息をつく。続く棒読みのシリウスに、さらにカトレアはため息を重ねる。
「あなたたち、やる気ある?」
「ある、あるけど…」
「一応」
「気が入ってないのよ!役になりきってご覧なさい!」
カトレアが、はいやり直し、と丸めて台本で手のひらをたたいた。リリーとシリウスは、少しの間の後、再び台本を読み始めた。しかし、なんとも2人の間にぎこちない空気が流れる。シリウスと向き合って話すことなんて久しくなかったので、リリーは台本があるとはいえ、どんな顔をしていいのかわからなかったのだ。
「僕も練習に入れてもらおうかな〜」
マークが3人のところへやってきた。リリーは、救世主!と思いながらマークを見つめた。
「僕の演技、どうしたらいいかカトレアに指摘してほしかったし〜」
「あらマーク、あなたは素晴らしかったわ。あなたはそのまま、あなたのままでいて」
「ほんと〜。ありがとう〜」
嬉しそうに笑うマークに、満足そうなカトレア。リリーは横目でカトレアを見ながら、楽しそうだな…と心の中で呟いた。
しばらくマークを交えて4人で練習したあと、今日はお開きとなった。シリウスは台本を片付けると、図書館へ向かった。カトレアは、脚本役で会議があるからと、講堂から出ていった。残ったリリーとマークは、2人で寮まで帰ることになった。
マークと帰ることが久しぶりだと、リリーは廊下を歩きながら思った。マークはしばらく他愛のない雑談をしたあと、そういえば、と言った。
「リリーが図書館に来なくなったから、シリウスとのこと心配してたんだ〜。もう諦めちゃったのかなって。そしたら、シリウスを主役にしようとするものだから、一体どうなってるのかなって、びっくりしてたよ〜」
マークは笑いながらそう言った。リリーは、やはりマークにはばれていたのかと気が付き、ぐぬ、と固まった。
「やっぱり、あなたも気がついていて、それで助け舟を出してくれたのね。…ありがとう」
「ぜんぜん〜。それに、面白そうって思ったからさ〜」
「面白そう?」
「あのシリウスが舞台に立つなんて、しかも主役だなんて、面白そうだからさ。定石でいえばルークを王子役にするものだけれど、それを覆すなんて、わくわくしちゃうよね」
そう言ったマークの笑顔に、リリーは固まってしまった。リリーの頭の中のカトレアが、ほらみなさいとほくそ笑む。その想像をかき消すように頭を振り、リリーはマークの方を見た。
「ええと、面白そうだから、助けてくれたの?」
「それが半分」
「…もう半分は?」
「…リリーはさ、」
マークは、リリーの方を見てゆっくり話しだした。リリーは、そんなマークの方を見つめ返す。
「リリーはさ、どうしてこんなことを考えたのかな。シリウスは苦しんでたよ。君は気がついていたかわからないけれど、ずっと。君が用事で図書館に来なければ辛そうな顔をして、君が図書館に来たらきたで辛そうだった。君のこと、断腸の思いであきらめたと思うよ。それなのに、君とこんなラブストーリーの主役をさせられて、…しかも全く柄じゃないのに舞台に上げさせられて。君はシリウスのこと、きちんと考えてこんなことしたのかな」
マークの言葉に、リリーは一瞬息を呑んだ。リリーはまっすぐにマークを見つめる。そして、ゆっくりと口を開く。
「シリウスもそんな思いでいるのなら、なおさらそうした方が良いと思う」
リリーの言葉に、マークは目を見開く。
「私は最後にシリウスときちんと、向かい合いたい。劇を通してだなんて無理やりかもしれない。けれどそうすることで、本当に別れられると思うから」
マークはリリーの瞳をしばらく見つめたあと、ふっと吹き出した。そして、あはは、と笑った。そんなマークに、リリーは呆然とまばたきをする。
「ど、どうしたの?」
「いや、ごめん…君が僕と同じ事を思ってるっておもったら、なんだかおかしくって」
くすくす、とまだ笑いが残るマークに、リリーは、彼の意図が読めずに首を傾げる。マークは笑いながら口を開く。
「シリウスはさ、自分の頭の中で考えて、それで自分の世界で完結しちゃうところがあるからね。彼頭が良いから、今までそれで正解してきちゃったんだろうね。だからたぶん、彼も君ときちんと話したほうが良い。劇の登場人物の台詞を借りてでも」
マークの言葉を、リリーはじっと聞いていた。リリーは少しだけ目を伏せた後、ゆっくり息を吸った。そして、微笑んだ。
「マークって、シリウスのことをよく考えてあげているのね。…友だちだものね」
「うん、でも、シリウスがどう思ってるかはわからないけれどね〜」
「また、恐れ多いなんて言うかしら」
「あはは〜、そうかも〜」
そう微笑むマークに、リリーはまた微笑む。すると、マークはまた口を開く。
「それにしても、楽しみだね〜。あのシリウスがどれだけ演技が上達するのか〜」
あはは〜と朗らかに笑うマークに、先ほど、面白そうだから、と言った彼の顔がちらつくリリー。リリーは、深く考えたくなくて目を瞑って頭を左右に振る。
「(…いや、違うわ。マークはただ無邪気にそう言っているだけ…それだけよ…今さらあの救世主のマークにまで裏があるなんて、そんなわけ…)」
「そうだ、練習終わりにまたみんなでケーキ食べようね〜」
リリーがこないとケーキ一緒に食べてくれる人がいなくてさ〜と笑うマークに、やはり自分の考えは杞憂だとリリーは思い直した。リリーは、もちろん、と頷き、マークと一緒に歩いた。




