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20 最高の失恋 3

演劇祭に向けて、練習が始まった。舞台に出る役者の生徒たちだけでなく、大道具や衣装など、裏方に回る生徒たちも全員講堂に集められて、脚本役から台本が配られた。脚本役の生徒たちが前に座り、簡単に話の内容を説明をしていく。

話の内容はこうであった。とある国に王子、そしてその隣国に姫がいた。国同士は古くから友好関係にあり、王子と姫は幼い頃から親しくしており、お互い愛を育んでいた。しかし、周囲の国同士が争い出すようになり、その戦火に2つの国は巻き込まれてしまう。王子の国と敵対する国の王子が、姫の国を従わせるために武力で脅し、姫を自分の妃にしようとする。友好国である姫の国を助けるために、そして姫を取り戻すために王子の国は立ち上がる。そして王子は姫を敵国の城から救い逃げ出すが、その途中で討たれて倒れてしまう、というものである。

役者の生徒たちが輪になって座り、もらった台本を一度声に出して読んでみることになった。

渡された台本を読みながら、もうすでに涙する生徒もいた。


「(…また話が変わってる…)」


リリーは台本を読みながらそんな事を考える。カトレアはリリーをヒロインとして考えていると言っていたので、おそらくリリーの人生が変わればこの脚本も変わるのだろう。


「(そして、ちゃんと悲恋のストーリーになっている…)」


配役が決まる前にどんなラストをカトレアが考えていたのかはわからないけれど、おそらくリリーの失恋のための内容には変えられているだろう。カトレアが、例の作戦が決まった後に目を輝かせて脚本を直していたことがリリーの記憶に新しい。


「(…前世では脚本を役者に変えられたとか言って怒ってたのに…。まあ、私をヒロインとして考えているから、私を見てメイン脚本担当のカトレア自身が変えたいと思ったらそれでいいのか…)」


リリーは、そんなものか、と思いながら、どんどん台本を読み進める。すると、ラストシーンに書かれている部分に目を疑った。他の生徒たちもそのシーンに気がついたようで、少しずつざわつき出す。


「(……息絶えていくのを待つだけの王子と、その死を受け入れられずに泣く姫は、最初で最後の口づけを交わす……)」


リリーはあまりの驚きに、台本を持つ手が震えた。隣から視線を感じ、恐る恐る横を向くと、その部分に気がついたらしいシリウスが、まさかここまで…という疑いの目でリリーを見ていた。リリーは慌てて頭を振り、違う違う違う!と内心叫びながら身振りで否定する。


「いや、…それはやりすぎだろ」


そう、1人の男子生徒の声が上がった。それに同調するように、男子生徒たちがぽつりぽつりと非難の声をあげだした。


「学生の劇だぞ?そんな、キスシーンなんて…」

「今までの劇でそんなことあったか?」

「風紀というものがある」

「…というか、リリーとキスシーンなんて許せない」


そうぽつりと1人の男子生徒が言うと、端を切ったように、そうだそうだ!と、とうとう男子生徒たちが立ち上がって非難しだした。


「べつに、ただのフリでしょ?本当にするわけじゃないんだから、私は良いと思うけれど」


サーシャが、テーブルに頬杖をついてそう言った。すると、その周りに座っている女子生徒たちも、そうよねえ、と同調した。


「物語の深みにもなるし」

「台本を読んでみたけれど、とっても素敵なシーンよ。ここを変えたら盛り上がりに欠けるわ」

「本当にするわけじゃないし、それは観客側もわかるだろうし、構わないと思うわ」


ねえ、とサーシャとその周りの女子生徒たちが賛成の声を上げる。リリーは、サーシャとその周りの女子たちがリリーのシリウスへの気持ちを知っているのだと、彼女たちの様子で悟る。そして、控えめながらも、いつもリリーと仲良くしている友だちも、賛成の声をあげてくれている。


リリーのキスシーンを許さない男子生徒たちと、リリーの恋を応援したい女子生徒たち、そんな対照的なグループ同士の討論が始まる。まったく収拾がつかず、まとめる役の脚本役たちもおろおろとそんな2つのグループを見るだけである。

すると、生徒たちに進行を任せて後ろで見守っていた教師が、ゆっくりと前にやってきた。


「…まあ、…そうですねえ…、リリー・エドモンドも嫁入り前ですし、そこに変な噂が立つと困るでしょうしねえ……。まあ…今回はもう少しソフトなシーンにしましょうか。たとえば抱きしめるだけとか。どうですか?」


教師が脚本役に尋ねる。脚本役は顔を見合わせると、さすがに教師に言われれば反論するわけにもいかず、はい、と頷いた。リリーがちらりとカトレアの方を見ると、明らかに残念そうな顔をしているのが見えた。



しばらく話し合いをしたあと、今度は役者の生徒や大道具役の生徒、衣装役の生徒など、役割によって分かれて話し合いが始まった。

役者の生徒たちについては、とにかく来週までに台詞を覚えてくるように、ということで今日のところは終わることになった。

リリーは、台本を見つめながら、またやるのか、劇を…と、不思議な気持ちになった。台本を鞄にしまい、部屋に帰って暗記しようとリリーが思っていたところ、台本を持ったマークがカトレアに質問をしにいっていた。


「ちょっと教えてもらってもいいかな〜?」

「ええどうぞ」

「僕がやる敵国の王子って、無理やりリリーがやる姫をお嫁さんにしちゃうでしょ?それって、姫のことが好きだからってことでいいのかな〜?」

「いいえ違うわ」


カトレアが、眼鏡の奥の瞳を光らせてそう答える。


「敵国の王子は、恋心なんて抱かないの。ただ、姫の国を従わせたいがために、冷酷な気持ちで姫を奪うの。そこに愛情なんか芽生えないわ。だってあなたはあなたの国を大きくすることしか頭にないんだもの。あなたは人のことを道具にしか思っていない、残酷なほど冷たい心を持っているの」

「(もはや゛あなた゛って言ってるわよカトレア…)」

「なるほど〜。よくわかったよ、ありがとう〜」


そう、朗らかに笑うマーク。そして、こだわりの部分を語ることができて満足そうに口元を緩めるカトレア。


「(…カトレア楽しそうだな…)」

「お姉様、どうぞよろしくお願いいたします。劇でも妹だなんて、なんだか面白いですわ。でもとっても嬉しいです」


にこにこと微笑みながら、アリサが話しかけてきた。リリーはアリサの方を向いて微笑んだ。


「こちらこそよろしくね」

「私、ルーク様の相手役だなんて、務まるかしら…」


アリサは頬を赤く染めて恥ずかしそうに、そして嬉しそうに微笑んだ。ルークの相手役をしたがっていたけれどできなかったアリサの顔を思い出したリリーは、ありさのそんな笑顔が見られて、心の底から嬉しくなる。


「アリサ演じる姫の妹は、ルーク演じる王子の騎士と、戦火の中2人で逃げていくんでしょう?良いじゃない、2人はハッピーエンドなんだから」

「や、やですわお姉様!げ、劇ですわ…!」


アリサは赤い頬を両手で押さえた。そんなアリサが可愛くて、リリーは自然と笑顔になる。するとアリサは、自分はルークと結ばれる役だけれど、リリーはシリウスとそうではないことに気が付き、眉を悲しそうに下げる。


「あの、あのお姉様、あの…劇、ですから…現実とは、違いますから…」


慌てるアリサに、リリーはわかってるわよ、と微笑む。そんなリリーに安心したようにアリサははにかむ。

アリサは、それでは、というと、ルークとエリックとモモがいるところにむかった。3人とも役があり、それぞれ台本を読みながら楽しそうに話している。周りを探しても、役がある生徒の中にモニカはいない。今回の人生で、モニカは裏方に回ったようだ。最近の彼女の学校での立ち位置からしたら、そうなるのは仕方のないことなのかもしれない。しかし、これまで演劇祭ではすべての劇で舞台に上がっていた彼女が、この人生だけ舞台に上がらないとなると、なんとも変な気持ちになる。舞台に上がることだけが正義ではない。そう前世からわかってはいるけれど、モニカはまるで舞台から降ろされてしまったようで、リリーにはとても複雑だった。




そうして、台詞の暗記に精を出す日々が始まった。リリーは台詞を読み込み、なんとか暗記した。

2ヶ月後舞台に立つのだと思えば、体を絞らなければという念にかられたけれど、シリウスの言葉を思い出し、程々にきちんと栄養をとるようにした。少しウエストがきつくなったりもしたけれど、食べたおかげでセリフを覚えるための脳がよく動いている気がして、それならいいかと、リリーは考えるようにした。


リリーがセリフを暗記している間、リリーの友人たちは、毎日放課後集まって準備をしているようだった。放課後になるといそいそと準備の場所へ移動する彼女たちを見つめながら、リリーは前世を懐かしい気持ちで思い出しながら、大変だったけど楽しかったなあ、と口元を緩める。

ジェーンとケイは衣装係になったようで、リリーに似合うドレスを準備するわと息巻いていた。リリーは、楽しみにしてる、と2人の手を握った。

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