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20 最高の失恋2

カトレアの計画についての密談からしばらくたち、そろそろ春になろうかという頃、演劇祭のことで3年生の生徒たちは講堂に集められた、

リリーは、かなり緊張しながら講堂にやってきた。すると、リリーに気がついたルークが、リリーを自分たちのいたところに呼んだ。そこには、アリサにモモ、それにエリックとマークがいた。リリーは呼ばれるがままそこに向かい、アリサの隣に座った。ルークは、リリーの隣に腰を掛けた。普段なら、アリサとルークの間に自分が座るなどというミスはしないのだけれど、今日のリリーはもはやそれどころではなかったのである。


教師主導のもと、演劇祭の役ぎめが始まった。黒板に役が書き出され、そのたびに歓声が上がる。脚本役の生徒たちは黒板の隣に座っており、カトレアもその中に座っていた。

教師がすべての役を書き出すと、それでは決めましょうか、と声をかけた。すると、カトレアがリリーに目で合図をした。リリーは、どきりと心臓が脈打った。ざわざわと騒がしい生徒たちの中に勇気が埋もれそうになる。しかし、深呼吸をした。最後の人生。もう上手くいかないシリウスとの人生。ならばせめて、最後にきっぱりと、区切りをつけたい。

リリーは、ええい!と心のなかで叫び、手を挙げた。リリーの挙手に、ざわざわと話していた生徒たちが黙った。ルークやアリサが驚いたようにリリーの方を見ている。


「私、ヒロインの姫役がやりたい、です」


リリーの言葉に、生徒たちがざわめき出す。元々リリーの生徒人気は高かったため、リリーなら反対する理由がない、という空気になる。


「リリー・エドモンドでいいでしょうか」


教師が生徒たちに尋ねる。すると、賛成の拍手が広がる。それを確認した教師が、姫役の名前にリリーの文字を書く。リリーはそれを見てひとまず安堵のため息をついた。


「リリーなら、イメージ通りよね」


脚本役の1人がそう嬉しそうに声を漏らした。それに、他の脚本役も賛同する。

ヒロインが先に決まったなら、次は主役は誰にするか、という空気が広がった。リリーにあこがれる男子生徒たちの敵対の視線がばちばちと絡み合う。特別好きではなくとも、全校生徒から噂されるリリーとの相手役をしてみたいと思う男子生徒も少なくなく、俺もしたいなあ、という声がちらほら聞こえてくる。

牽制のしあいでなかなか1人に決まらない。しかしだんだんと、リリーの相手ならルークが一番いいか、という空気になってきた。リリーが、固唾をのんで見守っていたところ、カトレアがサーシャに合図を送った。すると、サーシャが手を挙げた。


「さっき、リリーがイメージ通りって言ってたけど、主役はどんなイメージなの?」


サーシャの声が講堂に広がる。そんなサーシャの疑問に、生徒たちは脚本役の方を見る。すると、脚本役たちは顔を見合わせる。


「まあ、イメージとしては…」

「背がうんと高くて、体ががっしりしてて…」

「あとは、ええと、そうそう、結構眼光はするどいわよね」

「寡黙な感じで…こう、背中で語るような…」

「髪は黒いわよね」


カトレアがどさくさに紛れて、髪の色まで指定すると、生徒たちは、髪の黒い生徒を探し始めた。講堂の中を生徒たちがそれぞれ探すと、1人の生徒に視線が集まった。それは、シリウスだった。周りからの注目に、シリウスは目を丸くして、かなり驚いた顔をしている。シリウスがぴったりだ、と内心気がついた生徒たちだったけれど、いや、シリウスでは華がない、と思ったのか、なかなか、シリウスはどうかという声はあがらなかった。


「(カトレアの計画が…あともう一押しなのに…)」


あせるリリーの近くで、モモが小声で、シリウスって、ちょっと…と苦笑いを漏らす。エリックも、いくら脚本役のイメージがあっても、王子って言われると、と声に出す。リリーは、また上手くいかないのか、と背中に汗をかく。すると、あっ、という声がした。声を出したのはマークだった。


「背が大きくて、体ががっしりしてて、寡黙で黒髪…って、わかった!シリウスのことか〜」


マークがぽんと手を叩いて、誰が似合うのかずっと考えてたから、やっとスッキリしたよ〜と朗らかに笑った。


「(ま、マーク!)」

「なら、イメージ通りのシリウスに決まりかな〜?」


マークの鶴の一声で、もう決まったようなものであった。生徒たちの中でマークに異論を唱えられるものなどおらず、そのまま主役はシリウスと決まった。

リリーは、少しの間放心してしまった。興奮で内側から熱くなる体を感じる。よかった、よかった、と心のなかで何度もつぶやく。


「彼でよかったの?」


ルークがリリーに体を寄せて、耳元で尋ねた。リリーは、ルークの瞳を見た。半信半疑の、リリーにあきれたような瞳が見えた。リリーはそんなルークの瞳をまっすぐに見つめて、そして、ええ、と頷いた。


「彼がよかったの」


リリーの言葉にルークは目を丸くすると、そう、と冷たく吐き捨てると、リリーから距離を取り、隣のモモと、役決めの動向について笑って話しだした。リリーはそんなルークを見たあと、またまっすぐに前を見た。





その後の流れも、カトレアの描いたとおりになった。またサーシャの、ほかにも役のイメージはあるのか、という質問が投げられ、そのままイメージにあう生徒が数人役に当てられていった。アリサは姫の妹役になり、ルークはその相手役である主役の王子に仕える騎士となった。そしてカトレアは、王子と姫を巡って争う敵国の王子役にちゃっかりとマークを当てはめていた。役の中には、イメージは伝えつつも、この人という決定的なイメージがあるものがない役ももちろんたくさんあり、そういうものについては従来の通り挙手

推薦で決まった。

今までの人生で最も短時間で演劇祭の役割分担が終わり、講堂からリリーとカトレアは退出した。

人気のないところで、カトレアはふふんと鼻を鳴らした。


「どう、私の完璧な計画は」

「うん、さすがね。一瞬ひやっとしたけれど…」

「マークのナイスアシストのおかげね。たぶん彼、すべて読んでいて助け舟を出してくれたはずよ。私の妄想通りだとしたらね」

「…素直にあのタイミングで気がついて声に出しただけだと思うけど…いや、マークならそれはありうるかもしれない…もうわからない!」

「とにかく、私が手助けできるのはここまでよ。あとはあなた自身が、頑張ってきなさい。きちんと失恋してきなさい。今後の長い人生のためにね」


カトレアはそういうと、さて、今から脚本役で会議があるから、と言うとリリーに手を振った。リリーはそれに振り替えし、小さく息をつく。


「(これで、最後…)」


リリーは、そう考えながら1人、廊下を歩く。もう図書館へは行かないので、女子寮へと足を向ける。

繰り返しやり直して、最後はすべてを叶えるつもりだった。けれどもう、シリウスと結ばれるということが成し遂げられないことは決まっている。そのことをきっと悔やむだろう。3度目の人生をやり直さなければと自分の判断を、そして、あの日のようにアリサを恨んでしまうかもしれない。そうならないように、けじめを付けたい。せめてもう二度と最初の人生のように、誰かを呪う化け物にはなりたくない。思う通りにはできない人生を、うまくいかなくて失敗だらけの不完全なこの人生を愛したい。だから思う存分に、シリウスに失恋がしたい。


女子寮へ向かう途中の道で、リリーは誰かが自分の前に立ったことに気がついた。ゆっくり顔を上げると、そこにはシリウスがいた。リリーの方を、信じられないというような、そして、どうしてこんなことをと疑問に思うような、そんな顔をしていた。


「…カトレアと、謀ったんだろ」


シリウスが口をひらく。リリーは、少し黙ったあと、そうよ、と頷いた。シリウスは頭を掻き、なんでこんな事…と言葉を漏らした。


「…怒ってる?」

「…困惑している。君が何を考えているのかわからない」

「あなたのことを、しっかり諦めようと思ったの」


リリーは、そう言ってシリウスの瞳をまっすぐに見つめた。シリウスの瞳を見たとき、リリーは、随分久しぶりに、暗く重い気持ちではなくシリウスを見つめられていることに気がつく。


「あなたが私から心を離してから、ずっと私は、あなたときちんと向き合えていなかった。あなたも、私と向き合うことを放棄していた。考えたところで、もうどうしようもない結果が見えているから。でも、このままでは私はきっと後悔する。…だから…、だから最後にこの劇を通して、あなたにちゃんと失恋したい。自分の気持ちと、あなたと向き合って、あなたのことをきっぱり諦めたい」

「…」


シリウスはかなり長い間考えていた。その間、ずっと2人は見つめ合っていた。シリウスは、沈黙のあと、深い溜息をついて、そして、わかった、と言った。リリーは目を丸くしたあと、ありがとう、と微笑んだ。


「…ただ、俺なんかを主役に選んで、演劇祭がどうなるか知らんぞ…」

「大丈夫よ。カトレアの脚本は素晴らしいんだから」


リリーはそうにこりと微笑んだとき、自分の心がもうすでに少し清々しくなっていることに気がつく。シリウスは、またため息をついたあと、気が重い、とつぶやいた。そんなシリウスに小さく笑えるリリーがそこにいた。

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