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20 最高の失恋 1

学校は冬休みに入り、リリーはアリサと共にエドモンド侯爵家へと帰った。久しぶりの2人の帰宅を、両親や使用人たちは大変喜んだ。

新年を祝うパーティーが開かれるというので、エドモンド侯爵と母は、リリーとアリサのために新しいドレスを用意したのだという。母は、アリサの頬を優しく撫でて、あなたにきっと似合う色よ、気にいるかしら、と微笑む。アリサはとっても嬉しそうに微笑み、まあ嬉しい、と母に感謝を告げる。リリーはそんな2人を眺めて、自分の努力が報われたことに安心する。


ドレスを試着するために、姉妹はそれぞれの部屋に戻った。リリーは、いつもの一番世話をしてくれる使用人に手伝われ、新しいドレスを試着した。深紅のドレスで、リリーの白く透明な肌によく似合うものだった。

鏡の前で、今日のために作り上げた体をリリーはぼんやり見つめる。使用人が、はあ、とリリーの余りの美しさにため息を漏らす。リリーは、それに気が付かないまま、ただじっと自分と見つめ合う。

すると、ノックのあと扉が開いた。リリーは鏡越しにエドモンド侯爵が入ってくるのが見えて、はっとして振り向いた。そして、お父様、と微笑んだ。エドモンド侯爵は、リリーの姿をしっかりみると、満足そうに微笑む。


「やはりよく似合う」

「ありがとうございます。こんなに素敵なドレス、とっても嬉しい」


リリーはそう言って微笑みながら、心が痛むのを感じた。無理やり痩せて綺麗になって、そうすることで保たれる父娘関係とは?甘えやわがままもありながらも、相手のことを思えて愛せたテラー家での暮らしが遠い遠い昔の話だ。リリーはただただエドモンド侯爵の顔色をうかがっている。

エドモンド侯爵は、リリーの部屋の椅子に腰掛けて、またリリーの方を見て笑みを深めた。


「お前は本当に美しいな。お前の学校での評判はよく聞こえてくる。見た目だけでなく、勉学も優秀だと」

「ありがとうございます」

「まあ、女の頭なんて良すぎてもしょうがないと思っていたけれど、周りからお前のことを褒められると悪い気がしないな」


ははは、と笑うエドモンド侯爵に、リリーは完璧に作り上げた笑顔だけを返す。相手を否定してはいけない。シリウスとのことはもう認めてもらえないにしても、エドモンド侯爵とは仲良くして、これからもいい家族関係を保つことも目標なのだ。


「お前も来年には卒業だな。卒業したら結婚相手を本格的に探さなくてはいけない」

「ええ、お願い致します」

「しかし、まだ卒業前だというのに、もうお前に縁談の話がいくつか来ている。学生だからと相手方には伝えたけれど、…卒業したら忙しくなるな」


エドモンド侯爵は楽しそうにそう笑う。リリーは、笑顔でいなくてはいけないのに、少しずつ瞳の火が消えていくのを感じた。それでも、耐えなくてはいけない。


「今一番いいと思っているのが、ハリソン伯爵家の次男だ。2回ほど破談になっているらしいから、もうすぐ35歳で独身だ。それでも、ハリソン家といえばもともとかなり大きな家だけれど、ここ数年でさらに勢力が強くなった家だ。エドモンド家とも是非仲良くしてもらいたい。よかったな、こんなに良い縁談があって。わけのわからん家の息子と別れて良かっただろう」


エドモンド侯爵の言葉に、リリーは、笑顔を作る元気すら失ってしまった。鏡に映る自分と見つめ合いながら、鏡越しに上機嫌な父親を視界の端に映す。


「どうした?」


ずっと結婚相手の候補を挙げていたエドモンド侯爵が、鏡ばかり見つめるリリーに尋ねた。リリーは、しかし鏡に映る自分から視線を外さずに、いえ、と頭を振った。


「なんでもありません」


そう答える自分がどんな気持ちでいたのか、リリーは自分のことなのに、鏡を見ながらわからなくなった。








短い冬休みが終わり、リリーとアリサは学校に戻ってきた。

久しぶりの学校を終えて、放課後になったリリーは、荷物を片付けた。すると、分厚い脚本を抱えたカトレアがこちらへやってきて、それじゃあまた明日、とリリーに手を振った。


「ええまた明日。脚本、頑張って」

「ありがとう。あなたは今日も図書館?」

「え、えっと、…いいえ、もう帰るの」

「そうよね、さすがに休み明けにしないわよね」

「そうじゃなくて、…もう行かないの」


リリーの言葉に、カトレアは眼鏡の奥の瞳を丸くする。リリーは、視線を下に移したあと、カトレアの方を見て微笑んでみせた。


「もう図書館へは行かないの」


リリーは、それじゃあね、とカトレアに手を振った。すると、カトレアが、ぽんとリリーの肩を叩いた。


「ねえ、前に私が話したこと覚えてる?」

「え?」

「話ならいつでもいくらでも聞くって」

「…でもまだ、纏まってなくて、」

「いくらでも聞くって言ってるでしょう。ほら、行くわよ」


カトレアはそう言うとリリーの腕を引いて歩き出した。









人気のない中庭のベンチにリリーとカトレアは座った。2人は1月の寒空の下で少しの間だけ沈黙した。しばらく黙ったあと、リリーは口を開いた。


「…シリウスにね、」

「ええ」

「もう関わらないでくれ、って言われたの」


カトレアは、少し黙ったあと、そう、とだけ言った。リリーは、膝の上に乗せた手に力を込めた。そして、苦笑いを漏らした。


「私が、シリウスを無理やり追いかけて、…苦しめてた。絶対に諦めないなんて息巻いて、結局、好きな人のことなんか見えてなかった。大切なのは、シリウスと両思いになることでも、結婚することでもなくて、シリウスを幸せにすることだったのに…」

「…」

「冬休みにね、お父様に言われたわ。シリウスと別れて良かっただろって。お父様は、もっといい家との縁談を探してくるからって、張り切っていた」

「…」

「…」

「…そう」


カトレアは、そう言うと、ゆっくり息を吐いた。そして、リリーの背中を優しくさすった。


「辛かったわね」


リリーはカトレアの瞳を見た。カトレアの瞳が、リリーを心配するように揺れる。リリーは、カトレアに抱きつくと、カトレアの小さな肩に顔を埋めた。カトレアは、リリーの背中をとんとんと優しくたたいた。


「こればかりは仕方ないわよ。誰のせいでもない。どうにもならなかった。あなたはよく頑張ったわよ」

「…カトレア…」


リリーは、肩を震わせて、カトレアの背中に抱きつく。もし彼女が、リリーが実は4度目の人生なのだと知ったら、なんでもっと上手くやらないんだと叱るだろうか。リリーの下手な生き方に呆れるだろうか。

もしもう一度やり直せたら。

リリーは心のなかで欲張る。もしまたやり直せたら、そしたらもっと上手くやりたい。今よりもっと、もっとうまく生きたい。


「(…でも、5度目の人生でも私は、もっと上手くやれたらと思うのだろうか…)」


リリーはそんなことをぽつりと考える。やり直せばやり直すほど、もっとこうすればああすればと考えて、結局いつも満ち足りない気持ちになるかもしれない。


「(それでも、こんな破れかぶれの人生を、これからも生きていかなければいかないなんて)」


リリーは、そう考えるとまた泣きそうになった。そんなリリーを、カトレアがまた優しく撫でた。


「完璧は素晴らしい。でも、不完全な部分があれば愛おしい」


カトレアの言葉に、リリーはまばたきをする。カトレアはゆっくり微笑むと、リリーの肩をつかみ、少し体を離して視線を合わせた。


「あなたのその不完全な部分を、愛おしい部分を、まずはあなたが愛してあげてみたら?」

「…カトレア…」

「私の脚本なんて、こんなに書き直しても不完全で、ほかの脚本役からダメ出しがいっぱい来るんだから。…あ、そうだ!」


カトレアは、リリーから体を離すと、自分の鞄から脚本を取り出した。そして、これ、とリリーに見せつけた。


「あなたヒロインに立候補してよ」

「えっ…ええ?前に私には似合わないって…」

「ええ柄じゃないわ。でも、顔はいい。そもそも、あなたをモデルにして話を書いてるんだもの」

「だ、だからって…」

「そして、主役をシリウスがやる」


カトレアの爆弾発言にリリーは固まった。かなり長い時間固まったあと、慎重に、え、と言葉を漏らした。


「え、えっと…聞き間違いかしら…」

「もう一度言うわ。シリウスが主役をやる」

「いや…ねえ、私の話を聞いていた?シリウスからはもう二度と関わるなって言われたのよ?」

「そんなこと言ったって、どうせ向こうもあなたに未練があるに決まってるじゃない。この劇で、恋人役をしっかり演じきって、その後はパシッと諦める」

「いや、ちょっと、そんなの…待って、そんなこと…」

「その面白そうな話に混ぜてもらいたいわ」


リリーとカトレアの背後から、ぬっとサーシャが現れた。リリーは、ぎゃっ!と声を漏らし、背後に立つサーシャを見あげた。サーシャはにやにやとした顔を浮かべて、リリーの隣に座った。カトレアは、ほんとに神出鬼没よね、とあきれたようにため息をついた。


「リリー・エドモンドがシリウス・ワグナーに失恋してしまったのね?ああもう、どうやってマーク・フィリップスの話を混ぜないように噂を流そうか悩んでいたところに、流す前に破局してしまうなんて…」

「あら、結局流そうとしてたのね」

「(サーシャが素直に引き下がるわけないとは思っていたけれど…)」

「それで、最後の思い出作りに演劇祭で恋人役をやるの?良いじゃない!最高に楽しそう!」


サーシャが興奮した様子で話す。リリーは、ええ…と引き気味で話す。カトレアは、良いじゃない、とリリーの背中を叩く。


「劇なんて寓話よ。フィクションよ。それを承知で、最後にきちんとシリウスと向き合いなさい。有耶無耶に終わったほうが引きずるわよ」

「で、でも…。あっ!そ、そもそも、主役とヒロインになんてどうやってなるの?周りからの了承がなくちゃ、ましてや主役級の2人なんてなれないわよ」

「まあ、リリーは文句ないだろうけど、シリウスはちょっとどうかしらね」


サーシャがそう言って腕を組む。リリーは、シリウスのことはもちろん好きだったけれど、舞台で主役を張れる華があるかと言われると素直に頷けない。するとカトレアが、眼鏡の奥の瞳をにやりとさせた。


「私にいい考えがあるわ。あなたとシリウスを主役級に配置させる方法が」

「えっ?」

「あなたには舞台上でヒロインを演じるよりも更に柄じゃないことをしてもらわなくちゃいけないけれど…ついでにあなたの妹とルークも相手役にしてあげるから、一肌脱ぎなさい」

「えっ?えっ?」

「サーシャ、あなたにはガヤになってもらうわよ」

「あら、私の得意そうなことじゃない。まかせて」


サーシャは微笑む。そんなサーシャに、頼むわよ、とカトレア。リリーは、まだ混乱した様子で2人を交互に見る。


「あなたがヒロインだなんて、筆が乗るわ…!さっそくそれ用に少し修正しなくちゃ。失礼!」


カトレアは脚本を持つと立ち上がった。そして、リリーの方を振り向いた。


「辛いのはわかる。けれど、いつまでもぐすぐす泣いていては駄目よ。この劇でしっかりけじめをつけなさい。一度きりの人生なんだから」


カトレアはそう言うと口元を緩ませて、背中を向けて歩き出した。


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