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19  心のありか4

シリウスに連れられて、アリサとルークも一緒に保健室へリリーは向かった。保険医によれば栄養が足りていないとのことで、とりあえずこれでも食べなさいとクッキーを渡された。リリーはベッドの上に座りながら、前にもこれを食べたことがある、と思いながら、保険医に言われた通りクッキーをぽりぽりと食べだした。糖分が頭に回り、リリーは少しずつ思考がクリアになっていくのを感じた。


「しばらくここでゆっくりして。私がまた様子を見にくるから、それで大丈夫そうなら寮に戻りなさい」

「…はい。お騒がせしました…」


保険医は、ちょっと会議があるから、誰かは付き添ってあげてね、言って部屋から出ていった。リリーは三人の方を向くと、迷惑をかけてごめんなさい、と頭を下げた。そんなリリーに、優しい笑顔をしたルークが近づいた。


「具合が悪かったから、さっきはなんだか様子がおかしかったんだね」


ルークはリリーの前にしゃがみ込み、リリーの顔をのぞき込んだ。そして、青白いリリーの頬を見つめると、困ったように眉を曲げながら微笑んだ。


「テスト前だし、寝てなかったんだろ。少しの間だけどゆっくりしなよ。俺がここにいるからさ」 


ルークはそう言うと、シリウスとアリサの方を振り向き、遅くなるし2人は帰りなよ、と声をかけた。


「シリウスはアリサを送っていってあげて」


ルークはそう言うと、またリリーの方を見た。アリサは、リリーの方に近づき、大丈夫ですかお姉様…、と心配そうに顔を覗き込んだ。

 

「具合が悪いのに、私、気が付かなくって、わたし…」

「……アリサ…」

 

リリーは、自分を責めて泣きそうなアリサの、その手を握ることすらできなかった。前世で彼女にしてきたことを悔いていたのに、その罪を償うつもりでいたのに。自分は変われない。結局何も、何度やり直してもこのザマだ。ルークは、ぐすぐすと鼻をすするアリサの肩を優しく叩くと、大丈夫だよ泣かないで、と慰めた。


「ほら、明日も学校なんだ。2人はもう帰りなよ」


ルークはまた2人にそういった。リリーは、はっとシリウスの方を見た。シリウスは、頭を少しかいたあと、視線は地面に移した。リリーはそんなシリウスに一瞬で察すると、目を伏せた。彼はきっと帰るだろう。


「…お騒がせしてごめんなさい。ここまでついてきてくれてありがとう…」  


リリーは、そう無理やり笑顔を作ると、そのまま視線を下にして膝の上に置いた手をぎゅっと握りしめた。


「…いや、俺が残る」


そんなシリウスの声に、リリーは顔をうつむかせたまま目を見開いた。ルークは、半分笑いながら、え?と声を漏らした。


「結構だ、君は帰りなよ」

「最初俺が彼女を送っていた。責任は最後まで俺が持つ」


シリウスはルークの方をまっすぐ見つめてそう言った。ルークは笑顔だけれど、シリウスに対する敵対心を完全に見せる雰囲気を出した。


「…シリウス・ワグナー。ワグナー男爵家の人間だよね。リリーの誕生日パーティーのときに会ったことを思い出したよ。あの時も、やたら彼女と仲が良さそうだったね」

「…」

「ただ、あの時は彼女もテラー子爵家にいたから、だから君と仲良くできたんだ。今はもう違う、ということはわかってるだろ?」

「…」


黙るシリウスに、ルークは勝ち誇った顔をする。しかしシリウスは、ルークから視線をそらさず、口を開いた。


「…俺はただ、彼女を心配しているだけだ。そこに家の事は関係ない。それに、アリサ…だったか、彼女が俺みたいな初対面の男に送られるより、顔見知りの君が送ったほうが安心するだろ」

「…」


今度はルークが黙った。ルークは、一瞬悔しそうに顔をしかめたあと、いつもの爽やかな笑みに戻した。


「それじゃあ、リリーのことは任せるよ」


ルークは素直にそう言うと、行こうか、とアリサに声をかけた。アリサは、リリーの側から立ち上がると、シリウスに、お姉様をお願い致します、と頭を下げて、そしてルークについて部屋から出ていった。


「…」

「…」


リリーはベッドに腰掛けたまま固まっていた。シリウスは、リリーから離れた保険医の椅子に座って黙っていた。


「…横になったらどうだ」 


長い沈黙のあと、シリウスがそう言った。リリーは、え、ええ、と言って、もたもたとしながらベッドに寝転がった。しかし、まったく休める気がしなかった。


「(残ってくれたことは素直にうれしい。けれど、いっそ1人にしてほしい…)」


リリーは、重い空気に耐えられずにそんなことを考えてしまう。リリーはしばらく黙ったあと、ありがとう、とシリウスに言った。


「…倒れたのを、助けてくれて、ありがとう。…それとごめんなさい、すごく迷惑をかけてしまった」

「……いや」


シリウスは、そうぶっきらぼうに返すだけだった。リリーは、もうきっと話すことはないのだろうと思い、いっそ寝てしまおうかと、布団を顔までかぶり目を固くつぶった。


「…ちゃんと食ってるのか」


シリウスが尋ねてきた。リリーは、そんなシリウスに驚いて目を見開いた。リリーは、少し黙ったあと、ええ、と答えた。


「いや、嘘だろ」

「…まあ、昔よりは…食べてない、かな…」

「……入学式の日、驚いた。見た目がすっかり変わっていて。…でもすぐに、誰かわかった」


シリウスの言葉に、リリーはゆっくり体を起こした。すると、保険医の椅子に座るシリウスと目が合った。リリーは、上半身を起こしたまま、少しだけ笑った。


「綺麗になっていてびっくりしたでしょう」

「…別に」


シリウスの返しに、リリーはまた少しだけ笑う。シリウスが見た目などを特に気にしないとわかっていたから出た冗談に、少しだけシリウスが乗ってくれたのが嬉しかったのだ。しかし、綺麗になった自分を見せたかった気持ちがあったことも確かで、それを素直な気持ちで見てもらえなかったことは少しだけ悲しかった。リリーは目を伏せて口を開いた。


「…お父様にね、痩せろって言われたのよ。痩せて綺麗になれって。……私ね、言う通りにするって決めたの。甘い物大好きだったのに我慢して。…結構頑張ったんだから」


リリーは、布団の中で両ひざを立てて座り、膝の上に顔を置いた。シリウスは、リリーの方を見た。


「…なんでそんなこと」

「なんで、…なんで、そっか、なんで…」


リリーは、ぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。リリーは、ゆっくりと、震える唇を動かす。


「あなたとのことを、お父様に認めてほしかったから…」


リリーの言葉に、シリウスはまったく理解ができない、という顔をした。


「…なんでそうなるんだよ…」

「可愛い娘だって思ってもらえたら、大事にしてもらえたら、私の望みを聞いてもらえると思ったの」

「…はあ…そんなの上手くいくわけ無いだろ」


シリウスが、呆れたようにため息をつく。シリウスは椅子から立ち上がり、リリーのそばに来た。そして、またため息をついたあとリリーを見ながら口を開いた。


「そんなに痩せて、…もうこんな馬鹿なことやめろ。本当に死んてましまうぞ」

「…やめろってどういうこと?私に諦めろっていうの?」


リリーは、静かに言った。シリウスは口を噤む。リリーは、瞳に少しずつ涙をためる。


「どうしたら上手く行ったの?どうすればよかった?これが間違ってるっていうのなら、私は何をしたらよかったの?」


リリーは、涙をこぼしたあと、自分の膝に顔を埋めた。涙はとめどなく流れてきて、リリーは肩を揺らして泣いた。

シリウスは、そんなリリーを黙って見つめていた。しばらく黙ったあと、ゆっくり口を開いた。


「俺のことを本当に好いてくれているのなら、」 


シリウスの言葉に、リリーは涙で濡れた顔を上げた、シリウスは、リリーの瞳をまっすぐに見ていた。リリーの大好きな青緑色の瞳が、少しだけ揺れていた。


「そうなのだとしたら、もう俺には関わらないでくれ」


リリーは、はっと息を呑んだ。しかしリリーは、すんなりとその言葉を受け入れられた。もしかしたら、そのとどめを、もっと前から刺してほしいと、自分を止めてほしいと、そう願っていたのかもしれない。


「俺たちは一緒にはなれない。でも生きていれば、必ずいつかは会える。きっと2人で会っても、何もなく昔みたいに笑える日がいつかは来る。それが数年後か数十年後か、それはわからない。でもいつか必ずその日は来る。生きてさえいれば」


シリウスの言葉を、どこか遠い話のようにリリーは聞いていた。リリーは静かに涙をこぼしながら、ずっと黙っていた。


リリーの涙が乾いた頃、保険医が戻ってきた。保険医はリリーの様子を見ると、帰っても大丈夫と言った。リリーとシリウスは終始黙って寮まで歩いていった。

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