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19 心のありか3

リリーの最後の学生生活は、どんどん過ぎていった。

リリーは変わらずアリサのサポートを続け、ルークと結ばれるように行動や発計算して言葉を作り上げた。そこに自分の感情などなかった。心の動きをを止めて、ただ頭で打算的に考えられただけのものだった。その甲斐あってか、少しずつアリサのことをルークは気に入ってはきているけれど、しかし変わらずルークはアリサよりもリリーのほうに気があるような態度を見せた。

そして、リリーは、シリウスとは変わらずに放課後の図書館で会って、一緒に勉強をして、マークが居なければそのまま黙り込んだまま2人で宿舎へ戻った。

シリウスに会えば会うほど自分の心が死んでいくのがリリーはわかった。しかし、ここで会わなければ本当に終わりだと思えば、死んでいく心を引きずってでもリリーは図書館へ向かわなくてはいけなかった。


呼吸すら忘れるような、自分は本当に酸素が吸えているのか、それさえもリリーにとって不確かな日々が鉛のように過ぎ去っていった。


また朝が来て、ベッドに寝転がっていたリリーはふと顔を上げてカレンダーを見あげた。そこで、もうすぐ3年生の冬休み前のテストがあることに気が付く。そして、それが終われば冬休みでエドモンド侯爵家へ帰らなくてはいけないということも。その時に、更に綺麗になった自分を見せて、エドモンド侯爵を喜ばせなくてはいけない。可愛がられなくてはいけない。


「(…痩せないと、もっと…)」


リリーは、寝巻きの下に手を伸ばして、体の肉付きを確認する。それにより、今までの経験からもう少し痩せられると確信すれば、リリーは、よし、と意気込んでベッドから起き上がる。テストがあるから、それにむけてもっと頑張って、いい成績だったことを報告したらもしかしたらエドモンド侯爵はさらに喜ぶかもしれない。

まだ静かな部屋で深呼吸をして、リリーは自分に気合を入れる。大丈夫、まだ大丈夫、闘える。最後の人生、何も諦めない。リリーはまだ寝ているアリサを起こさないように気をつけて立ち上がり、学校へ行く身支度を始めた。







「…え、ねえさま、お姉様!」


声をかけられて、リリーははっと息を呑んだ。顔を上げると、目の前にアリサが立っていた。


「あ、アリサ…」

「お姉様、下級生の方が呼んでいますけれど、…大丈夫ですか?」


アリサが心配そうにリリーの顔を覗き込む。リリーは頭を振って、笑顔をアリサに見せる。


「大丈夫よ。ありがとう、行ってくるわ」

「ええ…」


アリサはまだ心配そうにリリーの背中を見つめる。リリーは教室の扉の方へ向かう。そこには、見覚えのない下級生の女子生徒たち数名が頬を染めてリリーのことを見つめている。


「ええと、…何かしら?」

「あの、私たち、リリーお姉様に憧れていて…」

「これ、読んでください…!」


代表の1人が、真っ赤な顔でリリーに手紙の入っているだろう封筒を差し出した。リリーは、ありがとう、と微笑んでそれを受け取る。女子生徒たちは、リリーの笑顔をみるとまた頬を赤くして、きゃあきゃあとはしゃいだ。手紙を渡した女の子は、緊張のあまり鼻の上に汗をかいている。

まぶしい。

リリーはお礼を言って去っていく彼女たちの背中を見つめながらそんなことを思う。彼女たちがまぶしい。彼女たちは生きている中で、見えるものがきっときらきらかがやいているのだろう。好きなものを好きだと素直に思えて、顔を真っ赤にしてそれを伝えられる。どうして自分は彼女たちになれなかったのだろう。リリーは、もらった手紙に書かれた可愛らしい文字を眺めながら喉の奥がぎゅっとしまるのを感じた。








アリサやケイとジェーンたちそれぞれに昼食を誘ってもらえたけれど、エドモンド家に帰るまでにどうしても体を絞りたいリリーはその誘いを断った。昼食をとっていないため、そこを見せると優しい彼女たちに変に心配をかけるかと思ったからである。そんなこともあって、リリーは一人で中庭に来た。カフェテリアに行ってコーヒーくらい飲もうかと思ったけれど、周りの生徒達が食べている姿を見たら我慢出来ないかもしれないと思い、ご飯の匂いから逃げてこんなところにきた。

リリーは、午前中に女子生徒たちからもらった手紙を開いた。そこには、リリーの美しいところ、優しいところ、頭がいいところに憧れている、といったことが一生懸命に書かれていた。あなたみたいになりたい。どうしたらなれるのか。そう尋ねる彼女たちの文を読みながら、リリーは手が震えるのを感じた。

それでも私は、あなたたちになりたい。

リリーは、きっとひたむきに書いたであろう彼女たちの手紙に顔を埋める。

私はね、とっても美しく生まれて、4回も人生をやり直して繰り返していい方へいい方へ選択をし直して、頭もとっても良くなって、大きな家の娘でもあって、それでもぜんぜん幸せじゃない。なんにも上手くいかない。


「気分でも悪いの?」


肩をぽんと叩かれて、顔を上げるとカトレアがいた。手には分厚い紙の束を持っている。リリーはかすれた声で、カトレア…と呟いた。カトレアは、リリーの隣に座って、また肩を叩いた。


「どうしたの?最近ずっと顔色悪いわよ?」

「…ほら、テストが近いでしょ?昨日も遅くまで勉強してて…」

「あら、もうすぐテストだったわね。私はこっちに気合い入れてたから」


カトレアは、分厚い紙の束をリリーに見せつけて得意げな顔をする。リリーは、そうか、もうすぐ演劇祭か、と気が付き、脚本役は今大変でしょ、と苦笑いを漏らす。 


「まあね。でも、好きなことだから時間を忘れるわ。今回のテストの結果も忘れることにするけど」

「ふふ。カトレアの台本楽しみにしてるわ」

「ちなみに、あなたをヒロインにして書いてるから」


カトレアは、ふふんと鼻を鳴らす。そんなカトレアに、リリーは苦笑いを漏らす。


「それはうれしいけど、私、ヒロインなんて…」

「あら、実際ヒロインをやってなんて頼んでないわ。だって、あなたには向いてないでしょう?」


リリーは、カトレアの言葉に目を丸くする。前世でヒロインを指名された記憶があったために、そんなカトレアの言葉が予想外だったのだ。


「…向いてない、かしら?」

「ええ…って、あら、もしかしてやる気あった?それならそんなに嬉しいことはないけれど」


カトレアの言葉に、リリーは小さく吹き出して、そしてクスクスと笑った。カトレアはそんなリリーを見て、少し安心したように笑った。


「ねえ、何かあったなら話くらいなら聞くわよ」


カトレアの言葉に、リリーはまた目を丸くする。


「あなたの悩みって脚本の参考にもなるし…って、念の為に言うけれど冗談よ?」

「…話…」


リリーは言葉に困る。聞いて欲しい話ならいくらでもある。それでも、積もり積もったものが多すぎて、しかもここのところろくに食べていないため頭も上手く回らず、何を話せばいいのかが全くわからなくなった。なぜなら何も上手くいっていないから。全てが駄目だから。

リリーは少し黙ったあと、苦笑いを漏らした。


「…ごめんなさい、何から話せばいいか……もう少し整理してから、…聞いてほしい」

「…そう」


カトレアは、無理に聞き出そうとはせず、またぽんとリリーの肩を叩いた。


「いつでも、いくらでも聞くから、また言いなさい」


カトレアはそう言うと立ち上がり、ちょっと脚本の書き直ししてくる、と言ってリリーに手を振った。








冬休み前最後のテストが終わった。

リリーとシリウスとマークはいつもの通りカフェテリアに集まり、テストを見直した。マークが予想していたより難しいテストだったらしく、見直しにはいつもより時間がかかった。

すべての見直しを終えた後、休憩中の雑談として、順位の確認をすることになった。テストの結果は、健闘もむなしく、リリーの順位は2位。そして、マークは当然の1位。そしてシリウスは、ずっと後ろから数えたほうが早かったけれど、とうとう上位層に食い込もうかという順位に上がってきた。マークは、シリウスの成績を見て、本当にすごいよ、と感心した。


「ほとんど勉強しないで入学したのに、こんなにできるようになるなんて。もとから頭がいいのもあるんだろうけれど、本当に努力したね、すごいよ〜」

「…そんなことない。2人がいたからだ」


シリウスの言葉に、そんなことないよ〜、とマークが答える。シリウスは、いや、と頭を振る。


「…急に家の跡継ぎになって慌てている俺に、辛抱強く付き合ってくれて、感謝してる」


シリウスの言葉に、リリーとマークは言葉を詰まらせる。シリウスは、跡継ぎとして育てられていた兄を突然病で亡くし、兄の代わりに跡継ぎとなった。跡継ぎとしての勉強のため、学校が始まるぎりぎりになって入学が決まっており、それまではほとんど勉強をしてこなかった。


「…すごく優秀な兄だったから、…家を助けたいって、いつもそう言ってたから、だから俺がその代わりになりたいんだ」

「…なれるよ、シリウスならきっとね」


マークはそう言って微笑んだ。そんなマークに、シリウスは、ああ、と呟いた。


「…そうだ、今日はエリックにも呼ばれてたんだった」


マークはそう言うと、ごめんね〜、と言って立ち上がった。シリウスが、悪い、とマークに謝った。


「こちらに付き合わせてばかりになってしまったな」

「いいのいいの〜。でも、最近テスト前だからって断りすぎてたから、ちょっと顔出してくるよ」


マークはそう言って、じゃあまたね、と手を振って去っていった。リリーはマークに手を振った後、横目でシリウスを見た。マークが居なければ、またあの重い空気が流れ出すのである。リリーは少し考えた後、テスト終わりだし、今日は頑張らないでおこう、と思い、笑顔を作りながらシリウスに話しかけた。


「…今日は、お開きにしましょうか」

「そうだな」


2人は机の上を片付けると、席を立ち上がった。そして、また宿舎まで無言のまま歩き出した。


予想通りの無言の時間のまま、リリーの女子寮前までたどり着いた。リリーは、いつものように、ここでやっとシリウスの目を見た。


「あの、…それじゃあ」

「…【愛とはいずれ】全部読んだ。…もうかなり前だけど」


シリウスの言葉に、リリーは、え、と声をもらす。シリウスは視線をリリーから外して、地面の方を眺めている。リリーは、そんなシリウスに苦しい気持ちが湧き上がる。


「兄さんと、」


シリウスが口を開く。リリーは、視線の合わないシリウスの目を見る。


「…兄さんと、その本の話をよくしたんだ。兄さんはいつも忙しそうにしてて、話せる時間なんてほんの少しだったけど、…この本のおかげで、楽しい時間が過ごせた。この本があったから、兄さんとの良い思い出ができた」


シリウスが、ゆっくりとリリーの方に視線を移す。リリーは、シリウスの瞳を見つめ続ける。シリウスと、何の疑問もなく見つめ合えた日々が遠い。儚くて、もう消え入りそうなほど遠い記憶にしか、もうない。


「(…シリウスに、ユリウスとの思い出を、作ってあげることができた)」


リリーは、そんな事実を心のなかでつぶやく。果たしてそれは正解だったのだろうか。最良の選択だったのだろうか。


「(ユリウスが亡くなることがわかっていたのなら、私になにかもっとシリウスに教えてあげられることがあったのだろうか)」


リリーは、呆然と考える。死は避けられないとしても、もっと彼らにいい思い出をつくる機会をつくれただろうか?できたとしたらどうやって?どこでどうすればよかった?最良の選択を選び続けることなんて不可能だ。わかってはいても、リリーの中で自分を責める声が止まろうとしない。


私は一体、どこでどうすれば一番よかったの?


「…リリー?」


背後から声がして、振り向くと、ルークとアリサがいた。どうやら、いつものメンバーでの集まりは終わり、ルークがアリサを女子寮前まで送ってきたらしい。リリーは、ゆっくりとルークとアリサを見る。よかった、上手くいっている、二人のことは間違ってない、大丈夫。リリーはそう頭の中で繰り返して安心する。

アリサは、リリーとシリウスを交互に見ると、あっ、と声を漏らして頬を赤くした。そんなアリサに、どうしたの、とルークがたずねる。アリサは、ひそひそとルークに耳打ちの仕草をした。


「あの方、お姉様の好きな方なんです」


アリサのルークへの内緒話は、しんと静かな4人の間では普通に聞こえてきてしまった。シリウスは、気まずそうな雰囲気を醸し出し、リリーはリリーで突かれたくない痛い部分だったので、黙り込んでしまった。ルークは、えっ、と少し眉をしかめて声をもらす。

アリサは、姉が好きな人と二人でいるところを見られてわくわくした表情でリリーとシリウスをまた交互に見た。しかし、2人の重苦しい空気に笑顔が固まる。


「…も、もしかして、う、うまくいってない、とか、でしょうか…」


おずおずとアリサが口に出した言葉に、リリーは息が止まった。リリーは、気がつけばアリサを睨みつけていた。

うまくいっていた。

うまくいっていたのに。

それなのに私は、あなたのためにやり直した。

あなたのせいで私は全部やり直すことになった。

そのせいで今、私はなんにもうまくいってない、あなたのせいで、今。


「…お、お姉様…」


リリーの怒りの視線に怯えたアリサが、すすすと後退り、ルークの服の裾をつかむ。ルークは、そんなアリサを庇うようにリリーの前に立つ。ルークの後ろから見える、怯えた瞳を潤ませるアリサに、リリーは我に返ったようにはっと息を呑んだ。


「(…私、今…)」


心臓が異常なほど速く脈打つのをリリーは感じていた。頭までドンドンと叩かれたように痛い。

今のアリサの瞳が脳裏に焼き付いて離れない。リリーは、あの瞳を観たことがあった。何度も何度も。前世の自分が虐めたアリサの瞳だ。


「(この過ちを後悔してやり直したのに、私は、どうして…)」


リリーは、気持ち悪さにえづきそうになる。また自分が化け物になろうとしている。その事実にあきれを通り越して虚しくなる。

リリーは体中から汗が出てきて、体が震えてきた。立っていられずに、リリーは地面に倒れ込む。それを、側にいたシリウスが支える。


「り、リリー、どうした」

「か、…かがみ…」

「はあ?」

「鏡……私の、顔…」


リリーは、血の気の引いた顔でうわ言のように呟いた。そんなリリーに、そんなのいいから、とシリウスは一喝すると、リリーを抱き上げて、保健室に向かった。

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