2 2度目の初対面1
「ーーーーさま、ーーさま、お嬢様!」
誰かに呼びかけられて、リリーははっと目を開けた。リリーは辺りを見渡すが、自分がどこにいるのかわからなかった。古い建物の一室のようで、家具などもエドモンド家のものより随分地味なものである。しかし、どこか懐かしい匂いがする。
「ここ、どこ…わたし…」
リリーは、自分はどうやら椅子に座っているらしいことに気がつく。ふと前を見ると鏡があった。そこに映るのは、懐かしい、幼い女の子の顔をした自分だった。白い肌、宝石のような瞳、桃色の頬、長いまつ毛。最後に見た自分と比べたら夢のように美しい自分に、リリーはつい自分の頬を両手で触った。
自分の後ろにいる、先ほど名前を呼んだ使用人の女性が、リリーの髪を整える手を止めて、心配そうに、お嬢様?とまた声をかけた。彼女をよく見ると、元の家に住んでいたとき、つまり実父がまだ生きており、母とテラー家に住んでいたときに世話になっていた使用人だとリリーは気がついた。
「(ということは、ここはテラー家屋敷…)」
リリーは、心臓がドクドクと脈打つのがわかった。これは夢だろうか。それにしてはあまりにもリアルだ。あのとき、ルークの屋敷で見た妖精が言っていた、やり直させてあげる、という言葉は本当だったのだろうか、とリリーは半信半疑で、つぶやく。
「お加減がよろしくないのですか?それとも、何か気分が沈むことでも?今日はお嬢様が8歳の誕生日をお祝いするために、たくさんの方がみえていますよ」
使用人の言葉に、リリーは今日が誕生日パーティーの日だとわかった。自分がいま着ているピンク色のドレスも見覚えがあった。この服を着て着飾った自分と、周りの視線を集めるルークが並んで、自分がものすごく惨めになった、というリリーにとっての負の記憶だけれど。
「(…そっか、今日初めて私はルークと出会うんだ…)」
8歳の誕生日に、リリーは自分の最大のコンプレックスを生み出す存在、そして、初恋の相手と出会うのだ。リリーは、ばっと頭を抱えた。
「(…私の人生、何から間違ったかって言われたら、ルークと出会ったことよ!ルークと出会って私は性格が歪んでしまったのよ…!!)」
まあ、ルークの美しさのせいであって、ルーク自身が悪いわけではない。リリーは肩で息をしながら、呼吸を整える。
「おっ、お嬢様、やっぱりお加減が…」
「気にしないで、ただの持病だから…」
「お嬢様にご病気があるだなんて、初耳なのですけれど…」
「とにかく、平気、気にしないで」
リリーは、ふーふー、と息を吐き、なんとか気持ちを落ち着けた。あの得体のしれない妖精が、どうやら自分の人生をやりなおすチャンスをくれたらしい、ということを少しずつ飲み込んできたリリーは、冷静になろう、と自分で自分を落ち着かせた。
「(せっかくやり直せるのだから、ルークに囚われない生き方をしたい。もちろん、王弟の後妻にもなりたくない)」
リリーは、そう心の中で呟く。ルークのことは好きだった。けれど、自分の容姿や性格などを考えれば、ルークに思いを寄せたらまた前世の二の舞になってしまう。それに、そもそもルークはアリサと結ばれる運命なのだ。だから、好きになったところで自分は報われない。それどころか、ルークとアリサが結ばれることに絶望して、さらに王弟の後妻になることになったら、またあんな化け物になってしまうかもしれない。あの日の自分を思い出して、リリーは寒気がして体を震わせた。
「(ルークに囚われず、容姿にも囚われない、そうやって生きたい)」
リリーは、鏡に映る幼い自分と目を合わせる。鏡から見える自分は可愛くて綺麗で美しくて、これで十分じゃない、とリリーは自分に言い聞かせる。
「(他人とは比べない。ルークとは比べない、というか、関わらない。静かに目立たずに生きる。そうする!)」
リリーは鏡の自分と視線を合わせて、うんうん、と頷く。そんなリリーを、また心配そうに使用人が見つめる。リリーは鏡越しに使用人と目を合わせると、大丈夫、本当に大丈夫だから、と笑ってみせるが、使用人は怪訝そうにしている。そんな使用人のことは気にせず、リリーはまた頭の中で、ルークとは関わらないぞ、ルークとは関わらないぞ、と頭の中で繰り返した。
リリーは、はたと自分が着ているピンク色のドレスを見て少し考えた。そして使用人に、ねえ、と声をかけた。
「今日のドレスだけど、…もっと落ち着いた色の…クリーム色で装飾の派手じゃないものにかえたいわ」
リリーの言葉に、使用人は、え、と声を漏らす。
「でも、せっかくお嬢様の誕生日パーティーですのに地味な格好なんて…」
「いいの!私、落ち着いた雰囲気の服の方が好きだし、似合うもの!」
「お嬢様には何でもお似合いだとはおもいますけれど…」
使用人は不思議そうに言ったあと、そんなにおっしゃるのなら、と言って、ドレスを探しに急いで部屋から出ていった。
リリーは、ふう、と息をついた。そして、窓の外を見た。懐かしい、昔の家の中庭が見える。リリーは、少しだけ落ち着いたあと、ふと、アリサのことを思い出した。
「(そうだ、アリサ…)」
リリーは、アリサの顔を思い出して胸が痛くなった。リリーにきつい言葉を投げかけられたときに怯えた顔をするアリサ、リリーが隣を通るだけで体を強張らせるようになってしまったアリサ。
自分は、なんて酷いことを彼女にしてしまったのだろう、という後悔の念がリリーに押し寄せる。結果的に彼女はルークと結ばれるとはいえ、リリーがしたことは到底許されることじゃない。リリーは、指先に力を入れて、ピンク色のドレスを握りしめた。
「(彼女に未来で会えたら、…謝る、のはおかしいか…前よりももっと、大切にしよう。…それくらいしか、私にできることはない)」
リリーは、はあ、と胸が苦しくて息が詰まり、重い息を漏らした。せっかくやり直せるのだから、今度こそは、可愛い妹を大切にしよう。リリーはそんなことを誓った。