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18 小賢しくとも1

リリーの最後の学校生活は、それなりに順調に過ぎていた。

リリーは基本的にはアリサ達と仲良くして、昼休みの時間はシリウスと勉強したり、ルークたちの輪に入ったりした。そして大抵の放課後はシリウスやマークと図書館で勉強して、時にはルークたちとカフェテリアや教室で話したりした。

リリーは、一人で昼食をとったり、休み時間を過ごすこともあったけれど、全学年の生徒から有名だったリリーは、そこで男女関わらず声をかけられることが多々あった。これも、4度目の人生を生きているからこその余裕が伝わっているのだろうか、とリリーは思う。2度目は多少声をかけられたけれど、1度目はそんなことはほとんどなかった。あんまりにも心が刺々しくなっていて、生きることに余裕がなかったからかもしれない、とリリーは思った。リリーは特に拒絶したりせず、笑顔でそれらの生徒に対応した。


婚約者など特に決まった人がいないリリーに、告白してくる男子生徒もちらほら現れるようになった。様々な男子生徒から熱い視線を浴びていたリリーだったけれど、エドモンド侯爵家の彼女に想いを告げる男子生徒といえば上級貴族の子息ばかりで、やっぱり自分がシリウスと結ばれようとすることは無謀なことなのだろうか、とリリーの心には暗雲が立ち込めていた。


この日も、リリーは一人でカフェテリアで昼食をとっていた。午後のまぶしい日差しを窓から見つめながら、一人静かに食事する時間は、今後の人生の展開について日々思考をめぐらしている彼女にとって貴重なものなのだ。

サラダとコーヒーといういつもの昼食を終えて、このまま本でも読もうかと考えたリリーの前に、見知らぬ上級生の男子生徒2人が笑顔で現れた。リリーは、2人ににこりとほほ笑みを返す。すると、男子生徒たちは嬉しそうに笑みを深くする。


「この席、座ってもいいかな?」


こういった誘いは今世のリリーにはよくあることであった。またか、と思いながらも、前世でよく人と関わって幸せに生きてきたリリーには、どうしても人からのこういう声かけを無下にはできず、リリーは笑顔のまま、どうぞ、と答える。

2人はリリーの向かい側に座り、お互いが持っていた紅茶のカップをテーブルに置いた。そして、自分たちがそれぞれどこぞの伯爵家と侯爵家の子息だと自己紹介をした。それぞれ、よく名前を聞くそこそこ大きな家であった。一人の男子生徒が、リリーの方を見て口を開いた。


「いつも一人で食べてるの?」

「いいえ。でも、よく一人で食べてます」

「そうなんだ。もし相手が捕まらないことがあったら、声かけてくれたら、俺達ならいつでも…」

「ああ、リリー、こんなところにいたんだね」


そんな声のあと、リリーの肩に手が置かれた。リリーの背後に立った人物を見た男子生徒2人は、げ、という顔をした。そして、お互い気まずそうに顔を見合わせると、なんだ、ルークと約束してたんだね、と言うと、そそくさと席から去っていってしまった。リリーがちらりと視線を移すと、少し遠くの方にアリサたちが座って昼食をとっている姿が見えた。あの場所から、リリーが男子生徒に声をかけられているのを見て、ルークはやってきたのだろう。こうやって、男子生徒に声をかけられているとルークが間に入ってくることが多々あった。ルークも全校生徒から有名な生徒であり、オクトー公爵家といえば、学校の中ではフィリップス家の次くらいに高貴な家柄のため、ルークがこんなふうに威嚇しに来ると、男子生徒たちはすごすごと帰るしかなかった。

リリーは、コーヒーを一口飲んだあと、あんなに感じ悪く言わなくても、とルークに告げた。ルークは、リリーの隣の席に座ると、はあ、とため息をついた。


「君は危機感がないんだよ。俺たちの誘いを断って一人でいるから、こんなふうに声をかけられるんじゃないか。俺が来なかったらどうなっていたことか」

「楽しくお話して終わりよ。彼らに他意はないわ」

「そういうところが危機感がないっていうんだ」

「仮に彼らにそういう気があったとして、あなたには関係のないことでしょう」


リリーは、そう言ってルークをはねのける。恐らくルークは、リリー(の顔)に気がある。しかし、彼は隣国の王子という立場である手前、軽々しくリリーが好きだということは言えないため、ルークは、何か言いたそうな顔をしたあと、口を噤む。2度目の人生では、リリーはルークに気があったし、それがおそらくルークにはバレバレであったから、自分から離れようとするリリーをルークは引き止めて、最後にはさらって行ってしまった。けれど、今世では、自分はルークに気はないのだと、わからせなくてはいけない。そして、あなたが結ばれる相手はアリサなのだと、理解させなくてはいけない。リリーはまたコーヒーを飲んだあと、向こうでランチをしていたアリサの方を見て、アリサ、と名前を呼んでルークを置いて彼女の方へ近寄った。そして、コーヒーのカップを持ったまま、空いているアリサの右隣にやってきて座った。


「お姉様!」

「ここ、空いているかしら?」

「もう座ってるじゃん」


アリサの斜め向かいに座るエリックがそう言って笑うと、アリサの左側に並んで座っていたモモとモニカがくすくすと笑う。アリサの向かいの席が空いているから、ここがルークの席だろうか、とリリーは予測する。

リリーは、ふふ、と笑いながら、内心、お前のことも許してねえからな、と青筋を立てる。エリックの前世でのリリーに対する豚発言から、彼はリリーの中で敵認定だけれど、ここで波風を立てても何にもならないので、リリーは表立っては社交的に接している。

ルークが後からこちらへ戻ってきて、アリサの向かいに座った。エリックの隣のマークが、おかえり〜と声を掛ける。


「不届き者は追い払えたのか?」


エリックがルークに尋ねると、まあね、とルークが答える。モニカが、すごいわよねー、と頬杖をつきながらリリーに話しかける。


「一体何人から思いを寄せられてるわけ?」

「大げさよ。他愛ない話をしてるだけ」

「前は、上級生の女子生徒に囲まれてたよね〜」


マークがそう言ったので、リリーは、そうそう、と笑った。


「私の髪型の真似をしたいって言ってもらったの。でも私、アリサから教えてもらいながらやってるからうまく教えることができなくて…。ねえアリサ、また教えてほしいの」


リリーはアリサの方を見て尋ねる。アリサは、ええ、もちろん、と微笑む。


「たしかに、アリサっていつも髪型綺麗よね」


モモが、そう言って隣のアリサをまじまじと見る。それにつられるように、ルークとエリックの視線もアリサに集まる。アリサは、ルークに見つめられて少し顔を赤くする。モモは、年頃の女の子らしく、美容やおしゃれの話題には敏感なので、この話題に乗ってくることをリリーはわかっていたのである。リリーは、内心にやりとしながら、たたみかけるように口を開く。


「そうそう、アリサに教えてもらった花のオイル、なくなりそうなの。また家に届けてもらわないと」

「花のオイル?」


モモがリリーの思った通りの反応を見せる。リリーは、アリサの毛先を優しく手で持ち上げると、ほら、髪が綺麗になるの、とモモに見せる。アリサのつやつやとした、男性にはない女性らしい髪を、ルークとエリックが目で追う。モモもアリサの髪を少し触り、ほんとだ!と感動する。アリサは、照れくさそうにはにかむ。リリーは、そんなアリサに微笑む。


「まだ私の分が残っていますから、お姉様にお渡しします。モモとモニカも、よかったら使ってみて?」


アリサの言葉に、リリーとモモは、えー、いいの、ありがとう!とはしゃぐ。モニカも、ありがとう、とアリサにお礼を告げる。アリサはほほ笑んでそれに返す。それを見ていたルークが、口元をゆるめる。


「アリサは優しいね」


ルークの言葉に、アリサは頬をぽぽぽと染める。そして、そんなこと…、と謙遜をする。そんなアリサにの頬を、リリーがなでる。


「そうやっていっつも控えめなのよね。そんなところがいじらしいわ」


リリーは、常に思っていた本心を述べた。けれど、ルークにアリサをよく見せるためにわざわざ言った言葉だと思うと、なんだか薄っぺらく感じてしまい、胸に冷たい風が吹いた。

リリーの計算通り、ルークはアリサにより好印象を持ったようだった。リリーはほっと胸をなで下ろし、コーヒーをまた一口のんだ。

ふと、リリーは空になったコーヒーカップに気がついて、新しいのをいただいてくるわ、と言って立ち上がった。

リリーがいなくなってからも話題が尽きず、賑やかな輪から遠ざかりながら、自分だけなんだか不自然だ、とリリーは思う。考えすぎなほど会話を計算して、アリサとルークが結ばれる未来のために動く。リリーは、ルークがリリーに話しかけても、すぐに全員の話題になるように言葉を選んで返すようにしたし、アリサがよく見えるように計算して話題を提供した。そのおかげか、ルークはリリーのことがまだ好きではあるが、確実にアリサに好印象を持ち出している。


「(…アリサの幸せのため。そしてそれは、後悔しない自分の人生のためでもある)」


そうはわかっていても、リリーはここまで自分が打算的に動けることがとても驚きで、そして、少しだけ哀しくもあった。

リリーは、新しいコーヒーの入ったコップを見つめて、深い溜息をついたあと、心の中で気合を入れると、アリサたちのいる席へ戻っていった。

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