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17 恋する闘志1

リリーは4回目にして最後の入学式を終えた。リリーとアリサは同じ部屋だったので、入学式に向かう前の部屋で2人で身支度をしながら、緊張しますわ、などと話しかけてくるアリサに生返事をしながら、リリーは、なんとしてもシリウスに会わなければ、ということを考えていた。エドモンド侯爵により手紙が出せなかったことを話したかったし、なぜ手紙をくれなかったのかも知りたかった。

エドモンド侯爵は、シリウスから手紙が来ても渡さないとリリーに言っていたけれど、リリーは自分の身の回りの世話をしている使用人に懇願して、シリウスからの手紙が届いているかだけを知りたいと伝えたけれど、やはり届いていないと、そう聞かされるだけだった。彼女が嘘をついているようには見えなかった。


入学式の最中や、移動中など、リリーは必死にシリウスの姿を探した。しかし、シリウスを見つけることはできなかった。


「お姉様、どうかされましたか?」


アリサが、辺りを見回すリリーを不思議そうに見て聞いた。リリーは、それでもシリウスを探すのをやめずに、ええ大丈夫よ、と答えた。


「人を探しているの。今年入学しているはずで…あっ!」


見覚えのある黒髪を見つけて、リリーは慌ててその背中を追いかけた。そして、その人物の前に立った。リリーが見上げた男子生徒は、しかし、シリウスではなかった。リリーに通せんぼうされる形となった男子生徒は、リリーの方を見て、驚いたように瞬きをした後、え、ええと、どなたでしょう、と頬を赤く染めて尋ねた。リリーは、失礼、間違えてしまいました、と頭を下げて謝罪した。そして、失礼いたしました、とまたその男子生徒に謝ると、アリサのもとへ戻っていった。そんなリリーを、数人の生徒たちがざわめきながら見つめる。


「えっ、だれ、あの人…」

「あんな美人がいるって聞いたことないけど…」

「どこかのパーティーにいた?いたら絶対噂になるでしょ…」

「本当だれ…?」


生徒たちは口々に、リリーの美貌に驚きと感心の声を漏らした。アリサは、そんな周囲に気がついて、お、お姉様、とリリーの服の裾を引っ張る。しかし、シリウスに会うことしか考えていないリリーは、それには気が付かず、また生徒たちの波からシリウスを探すのであった。





「(…見つからない…)」


クラス内での自己紹介のあと、リリーは探し疲れた体を机に伏した。そんなリリーを、周囲の生徒たちは、あれが噂の…などとひそひそ話し合う。

恒例の自己紹介を、いつも通り簡単な挨拶で済ませたリリーだったけれど、リリーの美貌に驚いた生徒たちが、最初の授業が終わった後の休み時間で、ずっとリリーの方を見て何やら噂をしている。こんなご令嬢がいたかしらと驚いているようだった。しかしリリーは、それどころではなかった。とにかくシリウスに会いたかったのである。


午前の授業が終わると、リリーは耐えきれず、席を立ち上がって、男子のクラスに向かった。リリーのいる女子クラスの周りには、もうリリーの噂が回ったのか、同学年の男子だけでなく、他学年の生徒たちまでリリーを見に来ていた。リリーはその生徒たちの間を縫って、シリウスに会いに走った。生徒たちはリリーとすれ違うと、あっ!あの人!などと声を上げたけれど、リリーはそれすら聞こえずにいた。


シリウスのクラスの前に立ち、リリーはドアからシリウスの姿を探した。教室内には、ランチに向かった(かもしくはリリーを野次馬しに出ていった)男子生徒がほとんどで、数人しかいなかった。

リリーの登場に、残っていた数人の生徒たちは驚いて固まっていた。リリーは必死にシリウスを探すが、姿はなかった。


「君、もしかしてリリー・エドモンド?」


教室内にいた数人の男子の中から、ひとりの生徒がリリーのそばに来た。よく見ると、その男子生徒はマークだった。リリーは、走ってきたため息が切れ切れのまま、マーク…、とつぶやいた。そんなリリーに、えっ、と驚いたようにマークが目を開いた。


「僕のこと知ってるの?」

「(…また私は…!)あ、あなたは、有名ですもの、とびきり高貴なお家の方ですから…」

「なんだか恥ずかしいな。普通に接してくれるとうれしいな」


マークはにこりと微笑むと、そういえば、と続けた。


「僕の友だちが、君に会いに君のクラスに行ってたけど」

「えっ??」 


リリーは目を丸くして、ほ、ほんと…?と半信半疑でマークに尋ねた。マークは、うん、と微笑んだ。


「もしかして、君も彼に用?行き違いになっちゃったかな〜?」

「あ、ありがとう!今すぐ戻るわ!」


リリーは、そう言ってマークにお辞儀をすると、走ってクラスに戻っていった。やっぱりシリウスも、自分にあって話したいことが会ったのだと、そう浮足立ちながら。





「…あのエドモンド家のご令嬢のはずだけと、元気な子だな…」


マークはそうぽつりとつぶやくと、お昼ごはん食べに行こうかな、と言って廊下に出た。そのとき、教室に入ってきた生徒とぶつかりそうになった。


「わあっ」

「わ、悪い…」


マークが顔を上げると、そこには背の高い黒髪の生徒がいた。生徒は気まずそうに、怪我ないか、とマークに尋ねた。マークは、平気だよ〜と微笑んだ。


「ええと、君は…」

「…シリウス、シリウス・ワグナー」

「ああ、そうそう。もうお昼ご飯食べたの?」

「あ、ああ」

「そんなに急いで食べて、どうしたの?」

「……教室で勉強したくて」

「ええ〜!」


マークはまばたきをして、すごいねえ…と感嘆のため息をついた。シリウスは、すごくない、と頭を振った。


「俺、他の奴らと違って何も勉強してこなかったから、少しでも早く追い付きたいんだ。それだけ」

「それでもすごいよ!…そうだ、よかったら僕、わからないところあったら教えるよ〜。今からお昼ご飯食べてくるから、終わったらそっち行くね〜」


マークの言葉に、シリウスは目を丸くした。そして、頭を振った。


「そんなこと頼めない。俺なんか、そんな、フィリップス家の方と、恐れ多くて関われない」

「も〜やめてよ〜、ここは学校なんだし、ね?僕勉強好きだし」


マークは、それじゃあまたあとでね〜、とシリウスに言うと、カフェテリアへ向かっていった。シリウスは、そんなマークの背中を、少しだけ呆然と見つめていた。






リリーは、自分を振り返る人たちの間を抜けて、教室に戻ってきた。教室の扉の前には、頬を染めて俯くアリサと、ルークがいた。


「(あれ、ルーク…?)」

「お、お姉様…!」

「あっ、いたいた」


ルークはリリーを見つけると、笑顔でリリーの方へ親しげな様子で向かってきた。そんなルークに、周りの野次馬の生徒達は黄色い声を上げる。リリーは、内心青筋を立てながら、しかし、表面上はとびきりの社交的な笑顔で、あらルーク、と応えた。どうやら、マークの言っていた友だちとはこの男のことだったと、リリーは今気がついた。内心がっかりしながらも、表情にはださず、リリーはルークに微笑んでみせた。


「あなたもここに入学したのね、3年間どうぞよろしくお願いしますわ(社交辞令)」

「こちらこそ。…でも、驚いたよ、昔から知ってる君だって、最初わからなかったもの」

 

ルークはそう言って優しくリリーに微笑む。まるで、昔から親しくしていたかのような言い草がリリーの癇に障ったけれど、そんなことでこの和を乱すわけにはいかない。リリーは、あら、と口元を押さえて微笑む。


「ふふ、なんだか恥ずかしいわ」


そう言って花が咲いたように笑うリリーに、周りの野次馬生徒達がまた黄色い声をあげる。ルークも、そんなリリーを見て一瞬言葉を失った後、あ、あはは、と取り繕うように笑った。そんなルークに、リリーはまた心の中の拳を硬くした。さあよく見るのよアリサ、これがあの男の本性よ、と内心唱えながら。


「これからも仲良くしようよ」

「ええもちろん。姉妹ともどもよろしくおねがいします。ね、アリサ」


リリーはそう言ってアリサの両肩を抱いて、自分の側に引っ張った。アリサはルークを目の前にして、また頬を赤く染めた。ルークは、もちろん、と微笑んだ後、それじゃあね、と言って去っていった。

リリーは、心の中で舌打ちをしながらその背中を見送った。そして、ルークの背中に見とれ続けるアリサに近づき、こそこそと話しかけた。


「ねえ、ねえアリサ」

「なっ、なんでしょう、お姉様?」

「みた?あの態度。私が太っていたときと全然対応が違うわ。なんだかあの人、おかしいと思わない?ねえ、そうでしょう?」


そう言ってほしい気持ちでリリーはアリサにひそひそと告げ口をするけれど、アリサは、ぽかんとした顔をした後、眉を下げて悲しそうな顔をした。


「あ、アリサ?」

「私には、ルーク様がそんな不遜な態度をとっているようには見えませんでしたわ。…なんだか私、お姉様が他の方の悪口を言っているのを聞くの、悲しいです…」


アリサの汚れなき指摘に、リリーはぐぬと固まる。もしかして自分は、4度も人生をやり直しているから、うがった見方しかできなくなってしまったのだろうか。リリーは、ご、ごめんなさい、気をつけるわ、とアリサに謝った。そして、そんなにアリサがルークを好きなら、もう応援をするだけにしよう、と何度目かの決意をした。


「お姉様、ランチに行きませんか?私、お腹がすきましたわ」


アリサはそう言ってリリーの腕を引いた。リリーは、え、ええと、と呟いた。シリウスを本心では探したかったけれど、かといって初日にアリサをひとりでランチに行かせるのも心許なかった。どうしようか考えていたところに、ねえ、と声をかけられた。振り向くと、モニカがいた。前世での、つらくあたってきたモニカに対してどんな態度を取って良いかわからず、リリーはぎこちない笑顔を浮かべた。


「も、モニカ」

「あら、名前覚えててくれたの?これからよろしくね、リリー」


モニカは、そう爽やかにリリーとアリサに微笑みかける。このモニカは、まさに最初の人生の時のモニカのイメージそのもので、やはり彼女が人によって態度を豹変させる女性なのだとリリーは改めて確信した。前世での冷たい態度が忘れられず、リリーはモニカとあまり接したくないとすら思ってしまった。


「ねえ、今からランチに行くんでしょう?私も一緒に行っても良い?」

「え、えっと…」


正直とてもいきたくなかった。モニカの顔を見ただけでなんとなく食欲がなくなるとリリーは感じていた。しかしアリサは、友達が増えるのが純粋に嬉しいのか、もちろん、と快諾している。リリーは、こんなに性格がきつい人とアリサを近づけてもよいのかと迷ったけれど、前世ではうまくやっていたことを思えば別に構わないのか、という考えも浮かぶ。


「(ど、どうする、どうする私…)…あっ…」


リリーはふと、一人の女子生徒と目が合った。彼女は、モモ・ダンである。ダン伯爵家の令嬢で、桃色の少しくせっ毛がかったショートボブヘアーの、たいへん可愛らしい女子生徒である。3回目の人生では、モニカと一緒にルークの輪に入っていた。そして、3回目の人生でエリックが告白して玉砕した相手である。


「(この子とは直接あんまり関わったことないけど、前世では癒し系とか言われてたし、モニカと2人きりにするよりはマシか…)」


アリサを好きだったエリックが好きになった相手なのだから、どこかしら似ているのだろう。さらに、エリックがアリサのことをまた好きになり、ルークとの仲を邪魔する存在にならないように、エリックの恋心の防波堤として彼女はいいかもしれない、などと小賢しいことを瞬時に考えたリリーは、目が合ったモモに声をかけ、彼女の傍に近寄った。


「ねえ、あなたランチは済んだ?」

「え?いいえ、まだよ」

「それなら、モニカと一緒に私の妹とランチを食べてくれない?私、どうしても外せない用事があって」

「ええ、もちろんいいわ」 


モモはそう言って朗らかに微笑んだ。その笑顔にリリーは安心して、アリサに、それじゃあね、と手を振ると、またシリウスを探しに教室を出た。

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