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16 Don't give up, keep fighting3

ハワード子爵邸でのお茶会は、ガーデンパーティーだった。それに似つかわしい、からっと晴れた心地のいい天気の日だった。リリーは水色のドレスを着て、アリサは薄桃色の彼女によく似合う可愛いドレスを着ていた。

リリーは、両親やアリサと挨拶まわりをしながらルークの姿を探した。すると、奴はすぐに見つかった。彼の方を見て色めき立つ御婦人が周りにいるからである。リリーは、挨拶が一段落したのを見計らって、アリサを連れてルークのもとへ向かった。ルークもちょうど挨拶を終えたいいタイミングであった。アリサはルークに気が付くとぱっと頬を桃色に染めた。リリーはルークに、ごきげんよう!と声をかけた。ルークは、リリーを見ると少しだけ眉をつり上げ、リリーのことを全身ちらりと見た後、すぐに、こんにちは、と外面の良い笑顔を見せた。

そんなルークの失礼な様子に、リリーは内心でにやりとほくそ笑んだ。さあ刮目するのよアリサ、この男の本性を、と心の中でつぶやきながら。


「失礼、貴女はええと、」

「リリー・テラー改め、リリー・エドモンドです。お久しぶりですわ」

「ああ…」


ルークはそうそっけなく言った後アリサに気が付くと、やあ、と彼女に笑顔を向けた。アリサは、顔を赤くして焦った様子でいた。


「久しぶりだね、アリサ。元気だった?」

「(可愛い子にはそういう扱いよ。見た?アリサ?私とあなたへの態度の違い!よく目に焼き付けて…!!)」

「あっ、ご!ご、ごきげんよう、です…」


ぽぽぽと顔を赤くして、上手く話せない様子のアリサ。リリーは、アリサの様子を見て、そんなにこの男が好きなの…?とジェラシーを感じざるを得なかった。


リリーとアリサは、ルークと他愛もない話をした。ルークは基本的にアリサの方にしか話しかけず、リリーが話題を出せば、対応はしたけれど明らかにアリサと比べるとぞんざいに扱った。リリーはそんなルークをもっと引き出してアリサに見せつけるために、ルークに軽くあしらわれてもめげずに話し続けた。ルークは、少しだけ三人で話をすると、適当なタイミングで、それじゃあ失敬、と切り上げてさわやかに去っていった。ルークはまた別のご令嬢にすぐ話しかけられていた。ルークはそのご令嬢に対して紳士的な態度で接していた。リリーは少し奴を観察していたが、どうやら、自分より年上か、または同い年以下でも普通程度の見た目の清潔ささえあれば、奴は普通に接しているようであった。そして、明らかに見ためが美しい女性相手であれば明らかに社交性が増し、リリーのように明らかに平均以上に体型が太っていたりすると、見てわかるほど接し方がぞんざいになっていた。相手の見た目によって明らかに態度を変えているルークに、リリーは拒否反応から鳥肌が立った。

アリサは、まだルークと話したいことがあったのか、名残惜しそうにその背中を見送った。リリーはアリサの側にすすすと近づき、あの人、とこそこそ話しかけた。


「見た?ルークの、私に対する態度。私が太ってて醜いからって、私が話しかけたら嫌そうな顔をしていたわよ?」

「えっ?そ、それは、お姉様が馴れ馴れしく話しかけたから困惑されたのではないですか?」

「なっ、なれなれ…」

「ルーク様とお姉様は最後に会われてから久しいのでしょう?そんな方に対する態度では、お姉様がありませんでしたもの…。なんだか失礼でしたわ」


アリサが顔は困った様子でいたけれど、それに反してずけずけとそうリリーに告げた。初めてアリサにこんなにぐさりと言われたことに、リリーはこれから暫くの間立ち直れないかとしれないと思った。


「(私よりあの男をかばうほど、あの男が好きなのね…そうなのね…)」


リリーは、よろよろとよろめきながらアリサの方を見た。アリサは、あ、あそこにお姉様のお好きそうなケーキがありますわよ、と指をさす。無邪気な様子のアリサが眩しい。この笑顔を守りたい。そのために人生をやり直したのだ。


「(…あなたがそんなに好きなら、私はあなたを応援する。頑張ってアシストする。…あんな男で本当に良いのかは甚だ疑問だけれど、それでも、自分の判断は捨てる…)」


リリーは、アリサに手を引かれてデザートが並んだテーブルにつれてこられた。アリサと一緒にケーキをとりながら、リリーは、不本意ながらも、しかしアリサが好きな人と結ばれるのが一番だという結論に立ち戻り、そう決意した。






エドモンド侯爵家に来て半年が経とうかという頃。パブリックスクールへ来年の秋から入学しようという話もまとまってきた。リリーは、学校に入学してからが、アリサとルークのアシストの山場だと、自分で自分を奮い立てていた。


リリーが気になることといえば、シリウスからの返事がないことだった。エドモンド侯爵家に来てから一度もシリウスからの手紙はなかった。シリウスになにかあったのかと考えた時、リリーはすぐにシリウスの兄であるユリウスのことが浮かんだ。前世でシリウスがユリウスの話をした時、入学する1年前に亡くなったと言っていたから、ちょうど時期でいえばこの頃かもしれない。それならしょうがない。けれど、なにも連絡がないと心配になる。リリーは、どうしていいのかわからずに、ただ手紙を出し続けるしかなかった。


リリーは書いた手紙を封筒に入れて、ポストに出してもらうように使用人に頼むため部屋から出た。ちょうど部屋を出てすぐにみつけた使用人が、リリーの身の回りの世話を一番よくしてくれる使用人だったため、リリーは彼女を呼び止めた。


「ごめんなさい、手紙、また出しておいていただけるかしら?」


リリーは、使用人に手渡した。使用人は、はい、と返事をしながら宛先をちらりと見た。その時の瞳の変化に、リリーは違和感がした。使用人は手紙を受け取ると、かしこまりました、と言ってそそくさとその場を去ろうとした。リリーは、待って、と呼び止めた。使用人は、びくりと不自然に体を揺らした後、ぎこちなくリリーの方を振り向いた。


「な、なんでございましょうか?」

「手紙、出してくれてるのよね?」

「え、ええ、もちろん…」

「ねえ、その宛先から返事が一度もないの。ここに来てから一度もよ。前まではちゃんと手紙をくれていたのに」

「…」


使用人の表情が苦しそうにゆがむ。しかし、何も言わずに口を噤むだけである。リリーは、ねえ、と使用人の瞳を見つめる。使用人は、自分の仕える家のお嬢様でありながら、毎日世話をする中で、使用人の自分にも飾らずに優しく接してくれるリリーに対して思うことがあるのか、顔を歪め手を震わせて、申し訳ありません、と絞り出すように声を出した。リリーは、え、と声を漏らした。


「…なに、どういうこと…?」

「お嬢様……」

「ねえ?」

「私が手紙を出すなと言ったんだ」


背後から足音と声がした。声の方を見ると、厳しい顔をしたエドモンド侯爵がそこにいた。使用人は、旦那様、と言うと深々と頭を下げた。エドモンド侯爵は、使用人から手紙を奪った。そして、宛名を確認すると、深い溜息をついた。


「ワグナー男爵家の息子と親しくしているようだな。お前の母から聞いていた」

「ええ、それが何か…」

「わからんのか?テラー家にいたときはどうだったか知らんが、今では家格があまりにも違う。お前はエドモンド侯爵家の娘だ。それに相応しい相手と結婚してもらう。こんなド田舎の、農民に毛が生えたような貴族なんか話にならん」


エドモンド侯爵は、そう吐き捨てると、リリーの書いた手紙を破り捨てた。リリーは、悲鳴をあげて、慌ててその手紙を拾い集めようとしたけれど、エドモンド侯爵は靴でそれを踏みつけた。リリーは地面に膝をついたまま、エドモンド侯爵を震える唇を噛み締めて見上げた。


「なぜ…なぜこんなひどいこと…!」

「ひどくなどない。これは父親として当然のことだ。お前は将来私に感謝する。こんなくだらない家との結婚を諦めさせてくれてありがとうございます、とな」

「まって…、待ってください、私、シリウスのことが好きなんです、もうずっと前から…!本当に優しい人で、だから…」

「好きだったらなんだ?優しい人だったらなんだ?そんなもの関係ない」

「でも、でも…」

「そんな世迷い言を言っている暇があれば早く痩せろ!そんなみっともない体で恥ずかしくないのか?良い縁談を見つけるためにも、もっと見た目に頓着しろ」


エドモンド侯爵は、側にいた使用人に、ゴミを片付けておけ、と吐き捨てた。使用人は、おろおろとリリーを見ながら、は、はい…と応えた。エドモンド侯爵は踵を返した後すぐに、地面に膝を付けたままのリリーを一瞥して口を開いた。


「そのワグナー男爵家の息子から手紙が来たら渡さないように使用人には言っていたが、お前がここに来てから一通も届いてないようだぞ」


そう言うと、エドモンド侯爵はリリーを置いて歩き出した。

リリーはしばらく体を起こせなかった。使用人が、呆然とするリリーの肩を、お、お嬢様…と半分泣きながらさすった。


「(…シリウスとは、結婚できない…)」


リリーは、呆然とそんな事実を復唱した。そんなこと、少し考えたらわかったことだったかもしれない。貴族の中でもかなり力のあるエドモンド侯爵家と、経営難のワグナー男爵家では、家格は到底合わないと。そして、娘を政略結婚の道具にしか思わないエドモンド侯爵が、そんな家格の合わない結婚を許すはずがないと。それでも、前世で、好きな人と幸せになる、という優しい価値観の中で育てられてきたリリーには、このエドモンド侯爵の思想まで考えがいたらなかったのだ。迂闊だった。リリーはそう思うと、自分の間抜けさが悔しくて体が震える。

リリーは床に手を付けて、そして、ゆっくり息を吐いた。


「(これが、最後の人生よ、それなのに、それなのに…!)」


リリーは、ゆっくり指先に力を入れた。自分の迂闊さが憎い。かといって、その想像がついていたところで、何か自分に先回りしてできていたことがあっただろうか。リリーは、ぎゅっと拳を作って握りしめた。

諦められない。

この家にいたらシリウスと結婚できないというのなら、いっそこの家から出てしまおうかともリリーは考えたけれど、それでは母が悲しむし、家出をしてまでワグナー家に嫁いだとなれば、エドモンド家からワグナー家への当たりは強くなるだろう。そんなことは軽率にはできない。

リリーは唇をかみしめる。こんなことで、シリウスを諦められない。こちとら、もう4回も人生をやっているのである。そしてもうやり直せない。それなのに、こんなことで諦めるわけにはいかない。ましてや、一度結ばれることができたのに、自ら手放した相手との結婚だ。リリーは震える唇で言葉を紡ぐ。


「…や…る…」

「ど、どうされましたか、お嬢様…?」

「痩せる…!痩せてキレイになる…!」

「(…さっきの話からなぜそこになる…??)」


リリーはばっと立ち上がって、頬を数回平手打ちした。使用人はそんなりリーを見上げて、お、お嬢様、お気を確かに…!と慌てた。リリーはそんな使用人を見て、大丈夫よ、私は平気、と笑顔で返す。しかし使用人は、不可解そうに、そして心配そうにリリーを見つめる。


「(お父様の言う通り、痩せて綺麗になる。言うことを聞く可愛い娘になる。そして、あの冷酷なエドモンド侯爵にすら情をわかせて、シリウスとの結婚を認めさせる…!)」


エドモンド侯爵がリリーに対して気に入らない部分を改めて、エドモンド侯爵に可愛がられる娘に生まれ変わり、そしてシリウスとの結婚を許してもらう。そんな少し強引なプランをリリーは練り上げて、よし!とまた気合を入れた。










そして時は過ぎ、リリーは14歳になった。パブリックスクールに入学する一ヶ月前、リリーとアリサは学校から届いた制服を試着していた。その姿を、エドモンド侯爵と母が嬉しそうに見つめていた。


「あらあらあら、2人ともよく似合うわ!」

「ふふ、ありがとうございます、お母様」

「うーん、でも少し、ウエストが緩いかもしれません…」


リリーはスカートのウエストを気にしながら鏡の前に立つ。そして、鏡越しに目が合ったエドモンド侯爵にリリーは微笑みかける。鏡に映るリリーの手足はすらりと細く、そして長い。ウエストはきゅっとしまって細く、しかし、体は平坦ではなく、女性らしい柔らかく綺麗な体のラインをしている。顔は小さく、透き通るような白い肌をしている。形の良い鼻。花びらのような唇。そして、長い睫毛の下の大きな瞳は、見つめていたら吸い込まれそうである。そんなリリーを、満足そうにエドモンド侯爵が見つめる。


リリーはあの日から死ぬ気でダイエットに挑んだ。好きなものを好きなだけ食べられる幸せな生活から一転したリリーの毎日は、まさに地獄のようだった。甘いものを断つことは、並大抵の精神力では耐えられなかった。しかし、リリーには目標があった。まずはエドモンド侯爵の意に沿う娘になって気に入られること。そして、ルークが太った自分に見向きもしないのであれば、見た目を変えて美しくなれば、ルークのコミュニティにも潜り込みやすくなり、よりアリサとのアシストがしやすくなれるのではないかという打算。

これまでとは違い、目的を持って美しくなろうとするリリーは、苦しさの中に楽しさも感じられた。そうして、前世の知識を生かして、ほぼ拷問のような食事制限と、リリーのダイエットを見て感心したエドモンド侯爵家がつれてきたどこか遠い国で流行っている美容体操たるものの教師の指導の末、細く美しい体型を手に入れた。

痩せたことで生まれ変わったように美しい見た目の女性へと変貌したリリーに、エドモンド侯爵は大満足のようで、今までとは比にならないほどリリーを可愛がるようになった。


「最後に寸法をとったときより、また一段と痩せたんだな。よし、仕立て屋にすぐ連絡しよう」

「ありがとうございます、お父様」


お礼を言って微笑む美しいリリーに、ほとんどつられるように笑うエドモンド侯爵。リリーは、よし、娘をかわいがっているな、と再確認しながらまた一層笑みを深くする。

そして、リリーはまた、鏡に映る自分を見つめる。久しぶりにこの姿の自分を見た気がして、なんだか懐かしく、自分じゃないようにも見えた。好きなものを好きなだけ食べる人生も良いけれど、こうやって様々な服が似合う美しい自分でいる人生も楽しいかもしれない、とリリーはぽつりとおもう。そして素直に、綺麗になった自分をシリウスに見てほしいとも思った。

アリサは、リリーの方を見ながら頬を染めて、口を開いた。


「なんだかどきどきします。お姉様と学校に通えるなんて、夢のようだわ」


リリーは、そんなアリサの言葉に自然と笑顔になる。リリーはアリサの手を優しく、自分の手で包んだ。


「私も嬉しいわ。不慣れな学校生活で不安でしょうけれど、何か困ったことがあったら、なんでも私に言うのよ?」

「あら、お姉様だって学校は初めてでしょう?」

「(ぐ、ぐぬ…)わ、私は姉だもの!困ったことがあるのなら頼らないと駄目よ!」

「うふふ、はい」


アリサは嬉しそうに微笑む。リリーはそんなアリサを見られるのが幸せで口元が緩む。そんな仲睦まじい姉妹を見て、両親は微笑ましそうに目を細める。

リリーは、4回目の制服を身にまといながら、心を引き締める。学校生活が始まればまた新たな難問が立ちはだかる、けれど、それに負けたりはしない。戦い続ける。そして、必ずすべての幸せを手に入れる!そう意気込んだ。




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