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16 Don't give up, keep fighting1

リリーが10歳になってすく、テラー子爵が亡くなった。葬儀も終わると、しばらくリリーと母は落ち込んでいた。沈む心をなんとか持ちこたえようと、母娘2人で励ましあって日々を過ごしていた。

テラー家のことは、テラー子爵の弟であるリリーの叔父が爵位を継いだので、叔父が全てを取り仕切ることになった。叔父夫婦は心優しく、いつまでもこの家にいたら良いと、リリーと母に言っていた。


葬儀では顔を合わせたけれど、父を失ったことへの心の整理がつくまではお互いリリーはシリウスとは会わなかった。手紙のやりとりだけは続いていたので、お互いの近況は伝え合っていた。

会おうと声をかけてくれたのは、シリウスだった。リリーの11歳の誕生日が過ぎてしばらくした頃、初夏の季節になってたくさん野菜ができたから取りに来い、とのことだった。


久しぶりにリリーは、ワグナー家に足を踏み入れた。相変わらずの優しい使用人たちに出迎えられて、リリーは応接室に足を踏み入れた。リリーがソファーに座ると、ワグナー男爵が、ひさしぶり!と明るい笑顔で迎えてくれた。


「また暑くなってきたね。野菜が育ってありがたいけど、暑いのは苦手なんだよ」


明るく話しかけてくれるワグナー男爵に、リリーは笑顔を返す。笑顔のリリーを見ると、ワグナー男爵は安心したように微笑んだ。


「野菜を取りに来いなんて、色気のない誘いでごめんね。シリウスは不格好なことしかできないから」


ワグナー男爵の言葉に、リリーは少しだけ目を丸くする。ワグナー男爵の言葉から想像されるシリウスが、なんだかそのまんまのシリウスらしくて、それが嬉しく思えてリリーは顔をほころばせた。


「もう来てたのか」


畑仕事をしていたらしい格好のシリウスが、部屋に入ってきた。ワグナー男爵は、呼んでおいてなんだその言い方は、と笑う。リリーは、久しぶりに見るシリウスの顔に、少し胸が高鳴る。


「野菜、こっちだから、取りに来い」


シリウスはそう言うとリリーを手招きした。リリーは頷き、ワグナー男爵にお辞儀をすると、シリウスの後を追いかけた。




シリウスが連れてきたのは、いつもシリウスが農作業をしている、屋敷の畑だった。青々とした苗の葉っぱが、初夏の青空の下で揺れている。生命の息吹に、溢れるような自然の力に、リリーは心を動かされる。

畑には使用人たち数人も収穫作業をしていた。シリウスは、袋に入った野菜の袋を指さした。


「これがトマト、とうもろこし、それに、なすもある」

「こんなにたくさん…、ありがとう」

「栄養があるから、たくさん食え。…少し痩せたんじゃないか?」


シリウスが、少しだけ心配そうにリリーに聞いた。確かに、父が亡くなってから気落ちすることが多く、食べられないこともあったため、リリーは前より少しやつれた。しかし、それでも十分にふっくらしている。リリーは笑って、大丈夫、と言った。


「なんなら、もう少し食べない方が見た目が良くなるかも」

「バカ言うな。食わないなんて体に毒だ。しっかり食って、栄養つけろ」


これ、馬車に積んでもらえ、とシリウスはリリーに言った。リリーのお付の使用人が、野菜の入った袋を馬車に積み込みだした。それを見ていたワグナー家の使用人たちが、荷積みを手伝い出した。

シリウスは、汗をぬぐったあと、少し黙った。その後、口を開いた。


「今からもう少し畑いじりするんだ。またそこで本でも読んでるか」


シリウスは、いつもリリーがいる木の陰を見ながら言った。リリーは、ありがとう、と微笑んだ。


「でも今日は、みんなが畑仕事してるところ見てようかな」


リリーはそう言って、風で乱れた髪を耳にかけた。シリウスは、そんなリリーを見て安心したように口元を緩めた。


「思ったより元気そうでよかった。…これでも、心配してたんだ」

「あなたが書いてくれる手紙から、心配してくれてるのは感じ取ってた。ありがとう。あなたのおかげで、なんとか立ち直れそうよ」

「…ゆっくりでいい。無理だけはするな」


シリウスは、そうリリーに言うとリリーに背中を向けて、畑を触りだした。そんなシリウスの背中に、リリーは愛おしい気持ちがあふれて微笑む。


「あれ、君がリリーかな?」


声がして、顔を上げると、シリウスに少しだけ似た男性が立っていた。シリウスと同じ黒い髪に、青い瞳をしており、雰囲気はシリウスに似ているけれど、彼よりもだいぶ優しそうな空気感をまとっている。

シリウスは、その声を聞いて振り向いた。そして、兄さん、と声を漏らした。


「用事、終わったんだ」

「うん。またすぐ午後から父さんと仕事で出かけるけど。…ねえ、それよりこの子がリリーでしょ?」

「…そうだけど」

「やっぱり。はじめまして、シリウスの兄のユリウスです」

「はじめまして。リリー・テラーです」

「はじめまして。シリウス、女の子をこんな暑い外に出させたら駄目じゃないか」

「あ、いいんです。私、ここで見てるのが好きだから。よくここで本を読んだりしてるし」


リリーの本、という言葉に、ユリウスは目を丸くして、そして優しく微笑んだ。


「シリウスに【愛とはいずれ】を紹介してくれたのは君だよね?苦労はしてるけど、毎日頑張って読んでるみたいだよ」

「…兄さん」


シリウスが、少し恥ずかしそうに呟く。そんなシリウスを見て、あはは、とユリウスが笑う。弟らしいシリウスの様子が面白くて、リリーはくすくすと笑った。


「弟と好きな本を共有できて楽しいんだ。本なんか絶対読まないやつだったのに、弟のこんな姿が見られてすごく嬉しいよ。君のおかげだよ、本当にありがとう。シリウスと仲良くしてやってね」


ユリウスはそういうと、それじゃあまたね、と手をふって去っていった。シリウスは、ユリウスの背中を少しだけ見つめながら、赤い頬で気まずそうに頭を掻いた。


「読んでくれてるのね、嬉しい」

「…まだ半分だけど」

「すごいじゃない。あの話結構長いのに」

「まあ、少しずつ面白さが分かってきた、気がする。わからない言葉は兄さんに聞いてるんだ」

「お兄さんは、もう家の仕事をしているの?」

「ああ。毎日どこかしらに出かけてる。優秀だから教え甲斐があるって、父さん嬉しそうだ」


シリウスは、まるで自分のことのように誇らしそうにそういった。未来を知っているリリーは、そんな横顔が切なくて、リリーは言葉に詰まる。

シリウスは、少しだけ黙ったあと、畑の方へ向かった。そして、畑作業をしだした。


「またうちに来いよ。…君がいないと、つまらないんだ」


シリウスの言葉に、リリーは目を丸くする。シリウスの表情は背中を向けているから見えないけれど、耳まで赤くなっている。リリーは、ゆっくりと微笑む。そして、静かにシリウスの背後に近づいて真後ろにしゃがみ込み、そして、大きな背中に抱きついた。シリウスの背中が驚きで揺れ、そして固まる。


「私も。…寂しかった」

「…」


シリウスは固まったまま、言葉を失っていた。リリーは、そんなシリウスに微笑み、首元に頬をこすりつける。そんな2人の様子を、あらあらと微笑ましそうに使用人たちが見つめる。そんな使用人たちに気がついたシリウスが、恥ずかしそうに慌てて、しかしリリーを振り払うことなどせず、どうしていいかわからず困惑していた。そんなシリウスを見たリリーは、途方もなく幸せだったから、微笑んだ。











シリウスからもらった野菜を持って、リリーはテラー家に戻った。たくさんの野菜を見て、料理の当番の使用人たちは嬉しそうに保存場所に野菜を移していった。叔父や叔母も、またお礼を言わないと、と言っていた。


「…シリウスの家に行っていたのね」


叔父たちが去った後、母がリリーにそう聞いた。リリーは、ええそうよ、と返した。母は、そう、と少し歯切れ悪く答えた。リリーは、そんな母の様子に、お母様?と聞いた。


「どうなさったの?」

「…リリー、私今ね、エドモンド侯爵とお付き合いをしているの。結婚も考えている」


リリーは母の言葉に、とうとうこの時が来た、と思った。また未来が動き出す、これから自分がすべきことが増える。リリーはこれからエドモンド侯爵家へ母といき、アリサとルークをくっつけるために奔走し、そして、母とアリサの関係を良好に保ち、そして、エドモンド侯爵との関係も良いものに築いていく、というミッションがある。最後の人生の新たなフェーズに入ることに、リリーは緊張感が走った。

リリーは、驚いた顔を作り、そうなの?と声を漏らした。


「おめでとうお母様!お母様の新しい幸せを、心から応援するわ!」

「…本当に良いの?エドモンド侯爵家へ行っても…」

「もちろんよ、お母様が幸せになることが一番だわ!」


リリーは、そう言って母に抱きついた。お母様もお寂しいかったでしょう、心細かったでしょう、と言って、リリーは母を抱きしめた。母は、そんなリリーをゆっくり抱きしめ返し、ありがとう、と涙声でつぶやいた。





リリーが13歳になってからしばらくして、リリーと母がエドモンド侯爵家へ行く日が決まった。

叔父と叔母は、リリーを見送るときに、さみしいさみしいと、何度も言ってくれた。前世では2人のもとで育ったリリーは、寂しさで胸が一杯になり、涙を目にためながら2人に抱きついた。2人は、そんなリリーの頭を優しく撫でた。


「いつでも帰っておいで。リリーの部屋は残しておくから」

「叔父様、叔母様、今日まで本当にありがとうございました。私、お二人のことが大好きよ」

「リリー…」


叔父は、こらえきれずにおいおいと泣き出した。そんな叔父の背中を、叔母が撫でた。


とうとう、リリーは母とともに馬車に乗り込んだ。そして、エドモンド侯爵家へ向かった。

母がエドモンド侯爵と再婚したことは、すべてが決まってからシリウスには直接伝えていた。シリウスはとても驚いていたけれど、おめでとう、とだけリリーに伝えた。それから手紙のやりとりはしていたけれど、引っ越しの準備などでなかなかシリウスに会う暇がリリーにはなかった。エドモンド侯爵家へ引っ越して、落ち着いてからまたシリウスに会いたいと、リリーは思っていた。エドモンド侯爵家は、テラー子爵家からはそこまで離れていないけれど、ワグナー男爵家との距離はテラー子爵家にいた頃よりも少し遠くなるので、これからは会うことが大変になりそうである。それでも、そんなこと気にならないくらい、リリーはシリウスに会いたかった。


「(アリサにも、シリウスを紹介したい)」


リリーは、これから再会するアリサの笑顔を思い出して微笑む。次こそはあなたを幸せにする。そんな決意を改めてしながら。

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