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15 君に見せたかったもの2

シリウスが一緒に避暑地へ行くことを、リリーの両親は快く承諾した。父も母も、リリーのシリウスへの気持ちは勘づいていたので、かわいい服を用意しないと、や、おいしい料理を準備しないと、など、普段よりも慌ただしく2人は避暑地でのバカンスの準備をしていた。両親に好きな人がばれていることは、リリーは小っ恥ずかしい気持ちに放ったけれど、四回目の人生にもなれば、自分の気持ちを親に知ってもらうことが、なんとなく嬉しく思えた。特に、もうすぐ別れてしまう父には、見せることができない大人になった自分が結婚するであろう相手を紹介できたことが、リリーには嬉しかった。




夏の暑さが本番を迎えた頃、リリーたちとシリウスは、テラー家の避暑地へやってきた。別荘に招待されたシリウスは、ワグナー男爵に持たされた様々な手土産をテーブルに広げた。使用人は、それを夕食に出しましょう、と慌ただしくしまった。父は、気を使わなくてもよかったのに、とシリウスに笑った。シリウスはいつもの無表情で、いえ、と頭を振った。


「お世話になるのだからと、父が」

「もう家族みたいなものなんだから」


ねえリリー、と父が嬉しそうにリリーの方を見たので、さすがに恥ずかしくてリリーは赤い顔を俯かせた。そんなリリーを、くすくすと笑いながら母が見つめた。


「そうだ、シリウスは釣りが好きなんだろう?用意するよ」

「ありがとうございます。でも、まずは散歩がしたくて」

「そうか、ゆっくりしておいで。暑いから気をつけて」


シリウスは、はい、というと立ち上がった。リリーも、それに続いて立ち上がった。母は用意してあった帽子をリリーに被せて、今日は天気が良くて良かったわね、と微笑んだ。リリーは、そうですね、と微笑み返した。






リリーとシリウスは、別荘から少し歩いて、湖のほとりまで来た。草木がおいしける辺りは、夏の日差しが避けられたし、湖からふく風が心地よかったので、不快な暑さをあまり感じなかった。シリウスは、へえ、と湖を眺めながら感心したように言った。


「本当に綺麗だな」


シリウスの言葉が嬉しくて、リリーは口元を綻ばせる。


「そうでしょう?あなたに見せたかったの」

「…なんでそんなに俺に見せたいのかわからんけど」


シリウスは不思議そうに呟く。そんな横顔を、リリーは少し黙って見つめる。前世で結婚のお願いを両家に取りに行った時の会話は、今はもうリリーの中にしかない。リリーの生まれ育った場所を見たいと思ってくれたシリウスはもういない。またそのシリウスに出会えるだろうか。そんな不安がリリーに押し寄せて、リリーは言葉が詰まる。

黙ったリリーに気がついたシリウスが、横目でリリーの方を見た。そして、少し気まずそうに湖の方に視線をやった。


「…釣りをしたら楽しそうだな」


シリウスがぽつりとつぶやく。リリーは、ええ、お父様がここにくるといつも釣りをしているわ、と答えた。シリウスは、そうか、と返した。

湖の水面がきらきらと、夏の太陽に照らされる。それが綺麗で、だからリリーは胸が締め付けられる。自分はこれからもシリウスといられるのだろうか。何度も人生を繰り返しても正解にはなかなかたどり着けないことを知っているから、余計に心が不安定になる。

それでも、信じて進むしかない。リリーは、そう思い直す。今度こそは、全てを手に入れてみせると決めたのだ。自分の幸せも、アリサの幸せも。すべて叶えてみせるのだと。


「…シリウスにはね、私の好きな景色を見せたかったの」


自分の幸せを叶えるために、リリーは、変な小細工はしないでおこうと、今は思った。素直になろう、大切な人に伝えたいことを、素直に言おうと。

シリウスは、リリーの方を見た。そして、少しだけ視線を落とした後、湖の方へ視線をやった。


「…初めて君と会った時、君は俺を好きだって言ったよな」

「ええ」

「初対面なのに、ずいぶん変なこと言うんだなって、思ってたんだ」

「(ぐ、ぐぬ…)そ、それはそうよね…」

「しかも、俺なんかにって」


シリウスの言葉に、リリーは、え、と声を漏らす。シリウスは、水面を眺めながら少しだけ黙る。シリウスの瞳が、湖のようにきらきらと輝いている。


「俺、そんな一目惚れされるような感じじゃないし」

「(…ごめんなさい、一目惚れではない…)」

「不思議だったけど、でも、君といたら、そんな違和感はどうでもよくなった。君と一緒に何でもない話をして、笑って、それがどうしようもなく楽しい」


静かな優しい風が、2人の間を通り抜けていく。リリーの長い髪が揺らされる。シリウスの黒髪が少しだけ揺れる。シリウスは、リリーの方を見た。


「俺は、君のことが好きなんだと思う」


シリウスの言葉に、リリーは目を丸くした。シリウスは少しだけ赤い頬をリリーに見せた後、ふいと顔をそらしてしまった。

リリーは、胸の奥からあふれる気持ちが抑えられなくなって、その気持ちのままシリウスに抱きついた。その勢いに、シリウスの体が不安定になる。シリウスの体が後ろに反り、背後の湖に体が突っ込みそうになる。


「あぶないあぶない!湖に落ちる!」

「ああっ、ごめんなさい!」


リリーは慌ててシリウスの体のバランスを戻そうと、シリウスの両腕を陸側に引っ張る。シリウスは、なんとか体勢を持ち直して、はあ、と息をついた。赤い顔のままのシリウスが、リリーと向かい合った。リリーはそんなシリウスをみて、自分も少しずつ頬が紅潮していくのを感じる。


「…」

「…」


2人は向かい合ったまま、視線を合わせられずに黙り込んだ。湖の水面が揺れる音がする。リリーはシリウスの腕をつかんだまま離さないけれど、何を話したら良いか頭に浮かばす言葉が出ない。

シリウスは、しばらく黙ったあと、小さな声でありがとうと言った。リリーはゆっくりと、シリウスの方を見た。シリウスは、リリーの目を見たあと、ゆっくり口元を緩めた。


「君に好きだと言ってもらってから、毎日が楽しい」


シリウスの言葉に、リリーは瞳を大きくする。そして、ゆっくりと微笑んだ。


「私も同じ事を思ってる」


リリーは、シリウスの腕を掴む力を少しだけ強くした。シリウスは、リリーの瞳をみて微笑んだ。そして、2人は手をつないで、湖の方を眺めた。

こんな瞬間が、永遠に続けば良いと、リリーは願った。






夕飯の時間になり、リリーとシリウスが別荘に戻ると、豪華な夕食の準備がされていた。母が2人に気が付くと、あらお帰りなさい、と微笑んだ。


「ただいま戻りました。…お父様は?」

「ああ…少し、風邪を引いたみたいなの。たいしたことないのよ、本当に。でも大事を取って休んでいるの」


本当に大したことないのよ、と念を押す母に、リリーは察する。前世でも、テラー子爵はこのときに体調が悪そうだったのを、リリーは思い出したからである。リリーは母の優しい嘘を信じたふりをして、そうなんですか、と微笑んだ。


「それじゃあ、夕食の時間まで少しだけあるから、お父様のお加減見てきます」


リリーはそう言うと、テラー子爵の部屋へ向かった。




テラー子爵は、別荘での自分の部屋のベッドの上で寝ていた。テラー子爵はリリーに気が付くと、ああリリー、と笑って体を起こそうとした。リリーは駆け寄って、寝たままで大丈夫です、と父を止めた。父は、少し黙ってリリーを見た後、すまないね、と言って、体を横に戻した。リリーは、ベッドのそばの椅子に腰を掛けた。


「お加減はいかがですか?」

「大丈夫だよ。すまないね、せっかくの楽しい時間に水を差してしまって」

「そんなことお気になさらず、ごゆっくりなさってください」

「…本当にリリーは優しいね。こんなに心が優しくて、賢くて、可愛い娘を持てて、私は、幸せ者だよ」


テラー子爵はそう言って微笑む。リリーは、そんな父を見て微笑み返す。テラー子爵は、そんなリリーを優しい表情で見つめた後、ゆっくり口を開いた。


「…シリウスが好きなんだね」

「え?」


突然の言葉にリリーは驚くが、すぐに、はい、と頷いた。そんなリリーに、テラー子爵はまた微笑む。


「…君が生まれた時、可愛かった…。天使が空から落ちてきたのかと思った。きっと、世界で自分より大切なのは、この子と妻だけだと思ったし、いつかこの子が好きになるだろう相手にものすごーく嫉妬した。君が生まれたその日にだよ?」


テラー子爵はそう言って笑った。リリーは、そんな父の瞳をまっすぐに見つめた。テラー子爵は、そんなリリーの瞳を優しく見つめ返した。


「でもいざ、君の好きな人を見たら、嬉しかった。この子はもう私の目の届かないところへ行こうとしている、と思ったらとてつもなく寂しい。けれど、それと同じくらいに安心した。私がいなくても、君はもう1人じゃない」


テラー子爵は、ゆっくりとリリーの頬に手を伸ばした。そして、優しく娘の頬を撫でた。リリーは、その手に自分の手を重ねる。


「可愛い可愛いリリー。君の花嫁姿が、もう目に浮かぶよ」

「…お父様」


リリーは父の手を握った。気が早すぎるかな、と父は笑う。リリーは、そんな父を真っ直ぐに見つめる。


「でもね、歳の割に君がなんだか大人びているから、そんな気が早い想像をしてしまうんだ」

「お父様…」

「シリウスは、優しい子だ。きっと君を幸せにしてくれる。大丈夫だ。お父さんがそう言うんだから、信じなさい」


リリーは、もうすでに、自分の先が長くないことを悟っている父の胸中を想像すると、胸が張り裂けそうになった。寂しくてかなしくて、大声で泣き出しそうになる。しかし、リリーは、何も知らないフリをして、いつもの柔らかな笑みを浮かべる。涙は決して見せない。


「お父様、私、必ず幸せになります。ぜったい、ぜったいに」


そう言って、リリーは父の手を握る力をまた少し強めた。テラー子爵は、必ずなれるよ、と優しい声をかけた。リリーは、父の瞳を見つめて、黙って頷いた。




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