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13 あなたなしでは3

シリウスとの結婚へ向けての忙しさがそろそろ落ち着こうかという頃、オクトー家からお茶会の招待状が来た。リリーはそれを受け取ってやっと、もうルークが国へ帰る頃か、と思い出した。リリーにはもう、ルークのことを考える暇などなかったのだ。


「(ここで、アリサとの婚約発表かしら)」


ルークからの招待状を眺めながら、リリーは微笑む。結局アリサは学校へは入学してこなかったけれど、前世の様子からしてもおそらく社交の場でルークとアリサは顔を合わせているだろう。もしかしたら、学校に入る前から2人は恋人のように親しくなっていたのかもしれない。


「(…これでやっと、私の人生の繰り返しも終わる…)」


リリーは、安心で胸が一杯になるのが分かった。前世での心残りだった、アリサとルークが結ばれなかったことも、今世でやっと報われる。しかも今回は、自分もシリウスと幸せになれる。こんなに最高な人生のやり直しがあっても良いのだろうか。


「(…まあ、ルークがアリサに似つかわしいかと言われたら…)」


リリーは、招待状をテーブルにおいて、少し固まる。ルークは、人の容姿を笑うような男である。しかし、それ以外の部分では申し分ないといえばそうかもしれない。大国の王子様だし、頭もいい。容姿が整っているアリサに対しては優しく紳士的な態度で接するだろう。誰にでも欠点はあるのだと言われたら、他人の容姿を笑う心というのも、その人の欠点の一つということで呑み込めるだろうか。


「(…まあ、アリサが好きな人と結婚するのが一番。それ以上のことはない)」


リリーは、ふう、と息をつくと、ルークの婚約発表パーティー(予定)のために着ていくドレスを探そうと、使用人を呼びに部屋を出た。








ルークの開いたお茶会に参加するため、リリーはオクトー公爵家へ向かった。リリーが社交の場に参加することに、叔父と叔母はとても驚いていた。結婚すると変わるのねと、2人して言っていた。リリーとしては、婚約するアリサの幸せそうな姿を見に行くために参加しているだけだったけれど、そういえば、これから自分が社交の場に参加しない理由はないのか、とも気がつく。前世の運命から逆らうために、色々と制約してきたな、としみじみリリーは思う。これからは、誰かに美しさを見せつけるためでも、褒められるためでも、誰かと美しさを比較するためでもなく、ただ、他の人と交流するために参加できる。そんなことが、リリーには嬉しかった。



淡いオレンジ色のドレスを身にまとって、リリーはオクトー公爵家に足を踏み入れた。招かれた貴族はエドモンド侯爵家にいたころに顔を合わせたことがある上級貴族たちが多く参加しており、錚々たる面々だった。その中にも、懐かしい顔がちらほら見えた。どうやら、学校の同級生達を招待しているようだった。


「(そういえば、シリウスも招待されてたって言ってたな。家の用事で行けないし、行く気もないって言ってた…)」


あの日、リリーがエリックに暴言を吐かれた日から、どうやらシリウスはあの場にいたルークのことをよく思っていないようだった。リリーがルークの招待に応じることにシリウスは驚いていた。リリーは、確かに、暴言を吐いた人間の仲間が開いた社交の場に参加するなんて、客観的に見たら驚くのも当然か、と思った。リリーは、懐かしい人が参加するから会いたくて、とだけシリウスには伝えておいた。



会場で、リリーは卒業式以来の友人たちと再会して、談笑した。リリーは、途中でカトレアと合流すると、2人でパーティーの会場を回った。美味しそうなケーキやゼリーなども置いてあったので、ありがたく全種類頂いた。

エリックの姿も見えたけれど、リリーは見ないふりをした。向こうも、リリーのことなんか全く気にしていないようだった。エリックは、学校時代の男女の友人たちの輪にいたけれど、その中にモニカの姿はなかった。どうやら、モニカは参加していないようだった。


「(…まあ、あんなことがあったら来ないか…)」

「一体、何がおこるのかしらね」


リリーの背後から急に声がした。驚いてリリーが振り向くと、そこにはサーシャがいた。学生時代と変わらない様子のサーシャに、カトレアが、相変わらずね、とため息をついた。


「何がおこる、って、どういうこと?」

「あらカトレア、脚本家にしては想像力が足りなくってよ?」

「何?怪盗でも現れるっていうの?」

「あら、なかなか突飛な発想ね!ええそうよ、きっと何かがおこるわ…。ルーク・オクトーが、学校の同級生や、上級貴族たちを呼び寄せて、ただのお茶会なわけがないものね!」

「まあ…」


カトレアが周りを見渡して、まあ、そうね、と返した。リリーは、何が起こるのか考えを巡らせるサーシャを見ながら、今から実は王子でした発表と婚約発表がはじまります、と内心呟いた。


「(…そして、1回目の人生では、私の断罪式もありました…)」


リリーはそう思い出して胸の奥がしめつけられた。しかし、それでも、こんな風に会場を回れるのは、カトレアやサーシャたち友人のおかげだろう。そして、彼女たちに出会えたのもきっと、自分が生まれ変われたからだと、リリーはそう信じられた。


急に会場が静かになったと思ったら、ルークが登場した。ルークの従者が、ルークに注目するように参加者たちに促している。サーシャが、でたわ!とリリーとカトレアの背中を叩いた。


「本日はお集まりいただき、ありがとうございます」


ルークは、そう参加者に礼を言った。参加者たちは静かにルークの方を見て話を聞いている。


「相変わらず、顔がとてつもなく良いわね。性格も良いって学校でも評判だったわよね。一体何人の女生徒が彼に告白したんでしょうね。結局、誰の告白も受けなかったみたいだけど。1人や2人と付き合って別れてくれたらこっちだってもっと楽しかったのに」


サーシャが、チキンソテーを食べながらそう小声で話す。


「私、あの人キライよ。脚本に色々文句つけてくるのよ。しかも、言うこと聞いて当然な態度でね。何様よほんとに」


カトレアが、ぶどうジュースのグラスを持って、そうぶつぶつ文句を言う。リリーはまあまあ、と小声で話しながら二人の背中を擦った。


「実は私は、隣国アグラス国の王子だったのです」


ルークの言葉に、会場全体がどよめいた。サーシャとカトレアも、えっ!と声を漏らした。


「アグラス国って…あの大国の?ほんとに??」


サーシャが高速で瞬きを繰り返した。カトレアが、うそ…と声を漏らした。 


「何様って、王子様だったわけか…」

「隣国の王子と同じ学校に通ってたなんて、一生話の種にできるわ」


カトレアとサーシャがそれぞれ声を漏らす。ルークは、ざわめきの中言葉を続けた。


「跡継ぎ争いが起こっていたので、危険から身を守るために、このオクトー公爵家に世話になっていました。それも一段落して、私が次期王となる話もまとまったため、来週には母国に帰ることになったのです」


ルークの言葉に、また会場がざわめく。カトレアとサーシャは、驚きすぎてとうとう黙ってしまった。


「ですので、最後に、お世話になった皆様、学友の皆と話がしたくて、本日はこういった場を設けさせていただきました。どうか皆様、最後までお楽しみください」


ルークはそう言うと、全体を見回した。そんなルークに、参加者たちは温かい拍手を送る。リリーは、アリサが出てくるのをいまかいまかと待つ。

しかし、ルークは全体を見回し終わると、そのまま従者を引き連れて、参加者への挨拶に戻ってしまった。リリーは、そんなルークに拍子抜ける。


「…えっ、こ、これで終わり…?」


リリーはそんな声を漏らした。そんなリリーにサーシャが、これ以上なんかあったら、驚く力が足らなくなるわよ、と呆れたように言った。

リリーは、そんなサーシャの声がうまく聞こえないまま、ふらふらとルークのもとへと向かった。そんなリリーをカトレアが呼び止めるが、リリーには聞こえなかった。


リリーは、ルークの元へと向かった。ルークは、ちょうど一組の参加者夫婦との会話を終えたタイミングだったようで、目の前に来たリリーに気が付くと、やあ、と気さくに笑った。


「君は、えっと、リリー・テラーだね?」

「る、ルーク…」


リリーは、半信半疑の気持ちでルークを見つめた。まさかこれだけで発表は終わりじゃないよね、という気持ちを込めて。

ルークは、驚かせてすまないね、とか、騙すつもりはなかったんだ、などと軽い様子で言葉を続ける。


「ルーク様、父上が呼んでますよ」

「早くきてくださいってさ」


ルークの背後から、双子の兄であったルイとレンが顔を出した。ルークは、今行くよ、と答えた。ルイとレンは、リリーに気が付くと、あれ、と呟いた。


「お友達とお話し中でした?」

「父上には言っておきますよ」

「ああ、いいんだ、もう話は終わったから」


じゃあねリリー、とルークはリリーに手を振った。リリー、という言葉に、双子の兄弟が、ん、と首を傾げた。


「リリー?なんか聞いたことあるな…」

「なんか覚えあるよ、誰だっけ…」

「ああ、一度話したことあったんじゃないかな?彼女の誕生日会で。ほら、テラー子爵家の」


ルークの言葉に、一瞬の間のあと双子は目を見開いた。そして、あ!あの時の!!と、2人同時に声を上げた。


「えっ?あの時の超絶美少女だよね??えっ、マジのマジ??」

「うっそ、ほんと??こんなことある??俺、出会ってからずっと君のことが好きだったんだけど」

「俺も好きだったよ。君を街一番のケーキ屋さんに連れて行ってあげたかったよ」

「もちろん、あの時のリリー・テラーにね」

「痩せて可愛かった時のね」


それじゃあさよなら、と双子は声を合わせて手を振ると、颯爽と去っていった。その背中を、呆然とリリーとルークが見つめる。


「(…なんだあの失礼ツインズ……!!)」

「ごめんね、彼ら、悪気はないんだ」


ルークは苦笑いでリリーに返す。リリーはそんなルークを見ながら、あなたも同類ですけどね、と心の中で悪態をついた、


「それじゃあね」


ルークはそう言って歩き出した。リリーは、ま、まって、と呼び止める。ルークは、立ち止まり、不思議そうな顔でリリーを見つめた。


「まだ何か?」

「あの、…あなたに、誰かいい人がいるって、か、風の噂で、聞いていたんだけど…」


リリーが尋ねると、え?とルークは訳が分からない顔をした。


「そういう噂はよく流れるけど、だいたいただの嘘だよ。俺は立場上、国に戻って、そこで決められた結婚相手と結婚するから」

「で、でも、アリサは…」

「アリサ?」


ルークは首を傾げた。そして、エドモンド侯爵家のご令嬢のことかな、と呟いた。


「彼女も友人の1人だよ。彼女との噂がもし流れていたとしても、噂に過ぎないよ」

「で、でも…」

「それじゃあ俺、呼ばれてるから」


ルークはそういうと、リリーを置いて歩き出した。リリーは、そのまま体を動かすことができず、立ち尽くすしかなかった。




しばらく立ち尽くすリリーに、周りの貴族たちが怪訝そうな顔をしだした。リリーは、それに気がついてはいたが、体が動かなかった。しかし、無理やり体を動かして、ゆっくり移動した。


「(…アリサとルークが、結婚しない…?)」


リリーは、壁に手をついて、なんとか歩いた。周りの喧騒に頭痛がする。

なぜ、アリサとルークは結ばれていないのだろうか。まさか、リリーがエドモンド侯爵家へ行かなかったからだろうか。リリーがアリサとルークのことを結びつけるように、1回目の人生では知らぬ間に働いていたのだろうか。それを、3回目の人生では、テラー家にリリーが残ったから、2人のアシストができずに、2人は結ばれずに終わってしまったのか。


「(2回目の人生でも、そういえば私は、アリサとルークが結ばれるように動かなかった…2人から離れて過ごしていた…)」


1回目の人生では、なんやかんや、ルークの輪にリリーはいたから、そのときに知らず知らずのうちにアシストしていたのだろうか。


「(わからない…わからない…)」


リリーは、体が震えた。アリサがルークと結ばれるはずだったのに、自分が、その運命を変えてしまったのかもしれない。そう考えると、罪悪感で頭がつぶれそうになる。吐き気がして、上手く立つことすらできない。


「あっ、リリー…」


この会に参加していたらしいマークが、リリーに気が付くと、こちらに近づいてきた。リリーは、ま、マーク、と声を漏らした。マークは、リリーの顔を見ると、目を丸くした。


「だ、大丈夫?顔が真っ青だよ…?」

「ま、マーク…」

「とりあえず、こっちから離れて、どこか座れるところへ…」


マークはリリーの手を引いた。何やらマークの様子がおかしくて、リリーは首を傾げる。どうやらマークは、リリーが向かっていた方向にいるご婦人たちから離れたいような素振りを見せていた。そのご婦人たちが、何やら話をしながら、移動を始めた。マークが、気まずそうに、ほらはやく、とリリーの腕を引く。しかしリリーは、体に力が入らなくて、足が動かない。


「でもほんと、どうかされちゃったわよね、エドモンド侯爵家の奥様は」

「後妻様、でしょう?」

「そうそう。実の娘を虐めてるんですって」

「ろくに社交の場にも出してないみたいよ。下働きみたいな扱いをしてるって」

「エドモンド侯爵様は何もおっしゃらないのかしら?」

「後妻が可愛いんじゃない?」

「エドモンド侯爵家のご令嬢、そういえば結婚が決まったらしいわよ」

「相手は?」

「あのトマス家の三男ですって」

「ええーっ…、もう40とかじゃなかったかしら?」

「あんなにお金があるのに、ここまで結婚相手が見つからなかったなんて、お察しなお相手よね」

「ご令嬢が気の毒だわ。まだ16くらいでしょう?」

「ほんとうに、恐ろしい後妻よね」


マークが、その噂話をかき消すように、ほらはやく、とリリーの手を引く。マークに連れられて歩きながら、リリーは、頭の中がくらくらとするのがわかった。


「アリサ、…アリサアリサ、ありさあ…っ!!」


リリーは、マークの腕を払い、走り出した。マークが、リリー!と呼び止めたが、彼女は止まらなかった。











「私のせいだ…」


リリーは、オクトー公爵家のパーティー会場から走りながら、そう涙ながらに声を漏らした。


「私のせいだ、私が、私のことだけ考えていたから…!」


オクトー公爵家の中庭で、リリーは躓いて転んだ。顔と膝に怪我をしたのか、そこがじんと痛むのを感じた。リリーは、地面に体をつきながら、ぎゅっと、手で地面の砂を握りしめた。


「アリサは、ルークと幸せになるはずだった…。お母様だって、あんなに悪評が立ってしまって…」


リリーは、涙をぽたぽたとこぼした。自分が、やり直したいなんて願わなければ、アリサはルークと幸せになっていた。自分が、うまくやっていれば、母はあんな悪評が立つことはなかった。

上手くいったのは、自分だけだ。私はまた、自分だけ幸せになろうとしている。


「わたしは、どうしたら、…どうしたら…っ」


うう、うう…とうめきながら泣くリリーの前に、またあの妖精があらわれた。リリーは、妖精の登場に気が付くと、恐る恐る顔を上げた。


「…あなたは…」

「またやり直すの?」


妖精は腕を組み、呆れたようにリリーを見た。リリーは、だって、だって…と、子どものように言うと、また大粒の涙をこぼした。


「私が浅はかだった…。勝手に上手くいくんだって、アリサのとルークは私の知らないところで結ばれてるものだって、楽観的になってた…。深く考えることを放棄してた…!アリサに幸せになってもらいたいなんて、口では言いながら、自分ばかり幸せになろうとしてた…!」

「別にいいじゃない。君がアリサを不幸にしたわけじゃない。しかも、君は幸せになれる」

「私は、…私は、アリサの幸せなしには、幸せになれない…!心から喜べない…っ!」


せっかくシリウスと幸せになれそうだというのに、心触れ合える友人がたくさんできたというのに、両親以外に自分を愛してくれる家族を見つけられたというのに、それでもリリーは、どこかで泣いているアリサの顔が浮かぶと、もうどうにもしようがなくなるのだ。

小さな子供のように泣き続けるリリーに、しょうがないなあ、と妖精はため息をついた。


「人生をやり直させてあげる。それでも、これが最後だよ」


そんな妖精の言葉の後、リリーは視界が真っ暗になった。

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