13 あなたなしでは1
シリウスからのプロポーズがあってから初めての休日に、リリーとシリウスは2人でテラー家に向かった。シリウスがこの家に来るのは、8歳のとき以来で、テラー家に着くと、シリウスは久しぶりだな、と漏らした。
事前に、2人から叔父へは手紙を書いていたとはいえ、叔父がどういう反応をするのかわからなかったため、応接室で待つ2人は緊張していた。いつもポーカーフェイスのシリウスですら、緊張しているのがリリーにも伝わった。
2人の前に、叔父と叔母がやってきた。2人はいつもの優しい人柄からは想像つかないほど真剣な顔をしており、リリーは緊張がさらに高まった。2人は椅子に座り、リリーとシリウスの方を見た。お互い自己紹介をした後、シリウスが話しだした。
「手紙にも書かせていただきましたが、彼女と結婚させていただきたいのです。どうかお許しをいただけませんか」
シリウスの言葉に、叔父と叔母は口をつぐんだ。叔父は少し黙ったあと、君は、と口を開いた。
「君は、ワグナー家の人間だね」
「はい」
「この家も人のことを言えたものではないけれど、そちらの経済状況は悪いと聞いている。その面で、リリーがつらい思いをしないだろうか」
「おっしゃる通り、ワグナー家は裕福ではありません。しかし、祖父の代から少しずつ改善しています。俺も、学校で家の財政状況を改善するための勉強をしてきました。俺が家督を継いだ後も、今よりもっと状況を良くしていきます」
「…」
叔父は、腕を組んで考え込んだ。叔母は、そんな叔父の背中をさすり、あなた、と声を掛ける。リリーは、不安そうに叔父を見上げた。
「…リリー」
「は、はい…」
「彼が好きなんだね?」
「…はい」
リリーは、まっすぐに叔父を見て答えた。すると、叔父は目元を指で押さえて、ぐりぐりと押さえた。
「もうこんな日が来てしまったんだな…」
叔父の声が震えていた。叔母は口元を緩めて叔父を見ていたが、しかし彼女も目元に涙を浮かべていた。リリーは、恐る恐る口を開く。
「お、叔父様…」
「いや、すまない…。君たちから手紙をもらってから、リリーがこの家に残ると言ったときのことを思い出していたんだ。まだ10歳くらいだっただろうか。その頃からずっと、私はリリーを、いつまでも小さな女の子だと思っていた。小さくて可愛い娘だって。…でも今日、結婚したいと相手を連れてきたリリーをみたら、もう立派な女性になっていた。いつの間にか、君は大人になっていた」
叔父は、そういうと鼻をすすった。叔母は、ハンカチで目元をぬぐった。
「最初から、君たちを反対するつもりはなかったよ。それでも、彼の隣で幸せそうなリリーを見たら、寂しくて寂しくて…」
おいおいと泣き出した叔父に、リリーは近寄り、彼の背中を撫でた。叔父は、リリーの手を取って、彼の手で包んだ。
「彼は君に優しいかな?」
「ええ、とっても優しくて、素敵な人よ」
「それならよかった。幸せになりなさい。私も君たちのために力を尽くすから」
「叔父様…」
リリーは、叔父の瞳を見つめながら、涙が溢れてきた。リリーは声をつまらせた後、震える声ではい、と頷いた。
学校のこともあり、テラー家でゆっくりすることもできず、結婚の了承を得て、昼食を一緒にとったあと、リリーとシリウスはテラー家から去ることになった。
馬車に揺られながら、リリーは窓の外を見ていた。慣れ親しんだ街の景色がどんどん遠ざかる。学校から卒業したら、シリウスと結婚するのだと思うと、嬉しい気持ちと同じくらい、さみしい気持ちが湧き上がる。
昼食のとき、リリーが、結婚相手を他に探していたのではないかと叔父に尋ねると、叔父は笑って、年末年始の休みのとき、結婚の話をしたときのリリーの顔を見てから、なんとなくもういい人がいるのかと察して、まだ探していなかった、と言っていた。そんなに顔に出ていただろうかと、リリーは赤面した。
「(…叔父様も叔母様も、いつも私のことを考えてくれた。大切に育ててくれた)」
父と母の代わりになって、リリーを幸せにしようと、いつも心を尽くしてくれていたようにリリーは思う。そんな2人に、リリーはどんな感謝をしたら良いのかわからなかった。
前世の継父がリリーを家のための道具にしか思っていなかったため、余計に2人が優しい人に、リリーは思えた。
馬車に揺られながら、ふと、向かい側に座るシリウスの方を、リリーは見た。
「来週はワグナー家へお伺いするのよね?」
「ああ」
「…なんだか緊張してきたわ…」
「緊張しなくていい。手紙でもう伝えてあるし、了承もえてるから、顔を見せるだけと思ってくれ」
シリウスがさらっとそう言った。手回しが早い、とリリーは感心する。言葉数は少ないけれど、先を読んでいろいろと行動できるシリウスがすごいと、リリーは素直に思った。
リリーは、窓の外を見てすこし微笑んだ後、なら、ワグナー家に行くのを楽しみにしているわ、と言った。シリウスは、え、と首を傾げた。
「あなたが生まれて育ったところがどんなところか、はやく知りたいから」
リリーの言葉に、シリウスは目を丸くした後、小さく口元をほころばせた。
「君が育った家は、良いところだった」
シリウスは、窓の外を眺めて、今度はゆっくり街を見たい、と呟く。
「今度、あなたを私の一番お気に入りの場所に連れていきたいわ」
「お気に入りの場所?」
「ええ。避暑地がある別荘よ」
「前に聞いたな。君がそんなに気に入っているのなら、どんなところか気になるな」
シリウスは、優しい表情でそう言った。リリーは、そんなシリウスの瞳を見つめる。青緑色のきれいな瞳が、窓から差し込む光りに照らされて、きらきらと光る。
「あなたの瞳の色とそっくりな、綺麗な湖があるのよ。あなたに紹介したい」
リリーの言葉に、シリウスは瞳を少しだけ大きくした。そのあと、小さく微笑んでリリーを見つめた。
「楽しみだ。君と一緒に、そこへ行けることが」
シリウスの優しい言葉に、リリーは、嬉しくて、でもどこかくすぐったくて、くすくすと笑った。




