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1 悪役令嬢の誕生3

もうすぐリリーが18歳になろうかという頃、事件は起こった。真剣な顔をした継父と母が、リリーを呼び出した。


「国王の弟、クリフ様が、お前を妻に迎えたいとおっしゃっている」


継父は、喜びと興奮を抑えきれない顔をしていて、反対に母は絶望の顔をしていた。リリーは、え、と少し長い間のあとに声を漏らした。


「(王の弟って…)」


リリーは頭の中をぐるぐると回転させて記憶を掘り起こす。今の王が50歳ぐらいだったはずだから、弟はそれより少し若いくらいだろう。先月行われた社交パーティーで顔を合わせたから覚えているが、背が低くてよく肥えた、高圧的な態度を取る男性だった。リリーは血の気がさっと引くのがわかった。


「前の奥様が亡くなられて久しいものだから、後妻を探していらしたところ、お前が目についたようだ。さすが俺の娘だ」


向かい側に座る継父は、誇らしそうに笑う。リリーはそんな継父を見て、父と言えど、可愛がっていたと言えど、所詮自分の出世のために喜んで娘を売る男だったのだと今更気がついた。いくらなんでも、王の弟の要望に応えないわけにはいかない。だからせめて、もっと可哀想がってくれたらよかったのに、とリリーは思う。そうしてくれればせめてもの慰めになったのに、と。


「ねえあなた、クリフ様は、リリーにもし他にいい人がいるのなら、アリサでも構わないとおっしゃっていたわ。アリサのことも気に入ったって」


母が、継父をすがるような目で見つめる。継父があきれたようにため息をつく。


「そんなの、リリーの方が喜ばれるに決まっているだろう。リリーの方が明らかに美人なんだから」

「でも、…でも、こんなの…たった17歳の女の子が、50にもなる老人の後妻だなんて、リリーがあんまりにも惨めだわ…!」


わっ、と母が顔を手で覆った。継父が、何を言っているんだ、というような顔をして母を見る。リリーは、なら、16歳のアリサは可哀想じゃないのだろうか、という思いが母に対して湧き上がるが、母は確かにリリーが可哀想で泣いてくれているのだと思うと複雑な気持ちになる。

年不相応に泣きじゃくる母を見て、呆れたようにため息をついたあと継父は、なら、と口を開く。


「なら、アリサにするか。私の家の娘が嫁ぐなら、どちらでもいいのが本音だ。お前がそういうのなら、アリサにしよう」


継父の言葉に、母は顔を上げ、ええ、そうしましょう、と目に涙をためたまま微笑む。

助かった。

リリーはそう思い、体のこわばりが解けるが、しかしすぐに、嫌なもやもやが腹の底から湧き上がって気持ち悪くなる。

助かった。

助かった。

でもそれは、自分だけ。


「(…アリサが、あの人のところにお嫁さんに出されてしまう…)」


リリーは、気持ち悪さにえづいた。口を手で押さえ、肩で息をした。大丈夫?と母がリリーを心配するが、リリーは返事ができない。

お姉様、と無邪気な笑みを浮かべるアリサが浮かぶ。リリーにとって彼女は可愛い。優しくて、素直で、リリーを真っ直ぐに慕ってくれる。幼くして母を亡くしたからか、いつもどこか心細そうで、でもそんなことを隠そうと作る笑顔がどうにも健気で、リリーはいつも、彼女を守ってあげなくてはと思っていた。アリサが母に冷たくされても、継父に血の繋がりを疑うような態度を取られても、母に従う使用人にぞんざいな対応をされても、それでもリリーは、自分だけはアリサの味方でいようと、そう思っていた。そして今も、彼女を助けられるのは自分しかいない、とリリーは思った。


「…いいえ、お父様、私が、クリフ様と結婚させていただきます」


ほとんど反射的にリリーの口からでた言葉だった。言い終えた瞬間からリリーは後悔に塗れた。それでも、引き返せない。そうか、とうれしそうな父の顔と、また絶望の顔をする母がリリーには見える。2人と長い間結婚についての話をしたが、リリーはその記憶がほとんどなかった。





そうして、リリーと王弟クリフとの結婚は決まった。再来月にリリーが18歳になるのを待ってから正式に結婚することになった。

継父は結婚が決まったその日から上機嫌になり、より一層リリーを可愛がるようになった。代わりに母はすっかり憔悴してしまい、さらにアリサに当たるようになった。




継父から、来週クリフと会うときに着ていくドレスを準備してもらったリリーは、そのドレスをベッドに敷いて、ぼんやりと見ていた。フリルが多い白いドレスで、もうすぐ大人の女性になろうとしているリリーには少し少女趣味のように思えるデザインだった。

リリーが重いため息をついたとき、部屋のドアがノックされた。使用人が開けた扉から入ってきたのは、なんとルークだった。


「ルーク…」


リリーは、椅子から立ち上がり、ルークを見た。ルークは、やあ、と小さく微笑んで見せた。今一番会いたくない人だと、リリーは心の中で呟く。


「…いくら幼い頃から親交があるからといって、婚約が決まった女性の部屋に、男性が一人で訪ねるのはマナー違反じゃなくって?」


リリーは、今できる精一杯の強がりをしてみせた。ルークは、固いこと言うなよ、といつもの調子でリリーに話しかける。リリーは、どうぞ、とソファーにルークを促した。ルークはそれには従わず、リリーの前に歩いてきた。


「どうしたの?」

「…本当に、あの男と結婚してもいいのか?」

「一体なによ、急に」

「正気じゃないだろ。あんな年上の男の後妻になるだなんて。しかも、あの男は評判も良くない。君が幸せになれるとは思わない」


そんなことをわざわざ言いに来るなんで、相変わらずお節介な男だと、リリーは思った。昔からそうだ。正義感が強くて、まっすぐで、だからといって、曲がっている人を力で無理やり正すようなことはしない。周りとの調和がとれる器量と優しさがある。そんな男なのだ、ルークは。リリーは目を伏せて、ルークから視線をそらした。


「…言葉が過ぎるわ。相手は王弟殿下よ」

「君の父上がこの話を断れないのはわかる。でも、だからって、」

「勝手に決めつけないで!」


ルークの、自分を憐れむような視線に耐えきれず、リリーは声を荒げた。ルークは口をつぐむ。この人には、自分が可哀想だと思われたくない。哀れだと、同情されたくない。好きな人に、自分がこんなに惨めなのだと、晒したくない。

リリーは顔を伏せ、唇を噛んだあと、ゆっくり顔を上げた。


「…王族との結婚よ?願ったり叶ったりだわ。これ以上の素晴らしい相手との結婚なんて、この国の中ではほとんどないもの。私、美しいから、どうしても目立ったみたい。私の美しさはこういうチャンスのために磨いていたんですもの。やっと実になって、報われたわ。あーよかった!本当によかった!!」

「リリー…」

「さあ、私は結婚の準備で忙しいの。ほら、早く部屋から出てくれるかしら?」


リリーは、ルークを追い出すように早口で捲し立てた。ルークは少し黙ったあと、急に来てすまなかった、と言うと部屋から出ていった。


ルークが去っていく足音を聞きながら、リリーは一人になった部屋で、床に座り込んだ。そして、声を上げて泣いた。涙がこみ上げて止まらなかった。

もし叶うなら、ルークと結婚がしたかった。リリーは、心の中で実ることはなくなった夢を叫ぶ。ルークのことが好きだった。本当に、本当に。


少しの間の後、リリーは涙を拭いながら立ち上がった。すん、と鼻をすすりながら、ベッドに敷かれた呪われた衣装にもみえるドレスを一瞥する。

ふと、窓の外が目に入った。窓に近づき、下を見ると屋敷の中庭が見えた。


「(あっ……)」


リリーは、そこにいた人物に目が丸くなる。そこにいたのは、抱き合うアリサとルークの姿だった。


「(いつの間に、2人…)」


リリーは、急に足の力が抜けて、その場にしゃがみ込んだ。そして、両手で顔を覆った。

いつの間に2人は?

私の結婚が決まってから?

それとも、もっと前から?

頭の中がパンクしそうなほどぐちゃぐちゃで、リリーは気持ちが悪くなる。目眩がして、リリーの視界がぐにゃぐにゃに歪む。


「(私はアリサの身代わりになったのに)」


リリーは、ぽつりとそんなことを思った。本当なら、リリーではなくアリサが王弟の結婚相手だったのに。リリーは、服の裾に爪を立てる。服の生地がキリキリと音を立てる。


「(私はアリサのために、自分を犠牲にして王弟との結婚を受けたのに、それなのにあなたは、ルークと幸せになろうとしている…本当なら私がルークと幸せになれたはずなのに)」


リリーの中で、アリサに対して黒い感情が渦巻く。いつもそう。私はいつも、アリサのために無理をしてきた。それをあなたは、のうのうと享受してきた。呑気に笑って、私の苦労も知らずに、今だって、好き勝手に生きて、好きな人と抱き合っている。その幸せが私の犠牲の上に成り立っているとも知らずに。


「許せない…」


リリーは確かに、自分の中で新しい自分が芽生えたのを感じた。リリーは、さらに強く自分の服を握りしめた後、高らかに笑った。


「許さないから、アリサ」


そう言ったリリーに、今までの彼女の面影はなかった。


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