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10 新鮮な学校生活3

宿舎に戻ったリリーは、自分の部屋に入ると、ソファーに座った。もう戻っていたカトレアが、おかえりなさい、とリリーに言った。リリーは、ええ、と心ここにあらずの表情でぼんやりと返事をした。そんなリリーに、カトレアが瞬きをした。


「…何かあった?」

「…何かあった…のかしら…」

「…?」


リリーは呆然とそう漏らした。そんなリリーを見て、カトレアは、そっとしておいたほうが良いと察したのか、それ以上は何も言わなかった。


リリーは、ソファーに体を預けて、ぼんやりと窓の外を見ていた。

あの、ルークの自分を見るときの軽蔑するような、嘲笑するような目が思い起こされる。今までの彼からは想像もつかない視線だった。

彼はいつでも誰にでも優しかった。そう、リリーは今日まで思っていた。でもそれは、今になって思えば、あのルークの輪の中にいた彼しかリリーは見てこなかった。そしてその輪には、美しい人しかいなかった。

リリーは、まだ信じられないような、いや、信じたくないような気持ちでいた。あの2回もの人生の中で抱き続けたルークへのイメージが間違っていたなんて、そんなこと、信じることがリリーにはできなかった。




学校の中で初めてルークと出会った日から、ルークがリリーに会いに来ることはもちろんなかった。前世のように、リリーを仲間に入れようとすることもなかった。ルークは、モニカを含む目立つ女子たちと、いつもの男子仲間と仲良くしていた。お昼時のカフェテリアでは、彼らはとても目立ち、彼らが歩く方向は誰が何をいい出したわけでもないけれど、他の生徒たちは道を開けた。リリーは、2回目の人生のときとは比べものにならないほど、果てしなく遠くからルークたちを見ていた。今世の自分では、ルークの視界になど入らないのだと、リリーは日を経るごとに実感していった。



リリーは、そんな悲しさを埋めるためか、今までの人生で一番勉強に身を入れた。一番仲良くしているカトレアが優秀な方の生徒だったことも影響された。カトレアと一緒にわからないところを教え合ったり、先生に質問したりする日々は、悲しい気持ちを紛らわせるのに十分なほど、充実していた。

そして今世でリリーは、カトレア以外にも、大人しいタイプの生徒達と仲良くすることができた。カトレアと本の感想を言い合っていたら、その本を読んだことのある生徒が話に入ってくることも多々あり、気が付かない間にクラスに友だちが増えた。1回目の人生では、リリーは目立ってはいたけれど友だちは少なかったし、2回目はそもそも友達と呼べる人が皆無に等しかったので、リリーには新鮮だったし、幸せなことだった。



そして、大人しいタイプ同士数人で仲良くしていると、モニカが集まっているリリーたちを冷笑的な態度で見てきた。モニカの周りにいる目立つ女子たちも、それにならって意地悪な視線を送ってきた。それはとても居心地が悪かった。リリーはそんなモニカを、やはり信じられなくて、ショックでもあり、怒りも湧いた。


そして、リリーは図書館へよく通うようになったことで、シリウスとよく話すようになった。マークやカトレアがいればみんなで話したり、マークがケーキを食べたいと言い出せば、みんなでカフェテリアに行ったりした。よく読む本の話や勉強の話、学校の他愛ない話などをした。そこでリリーはマークと一緒に幸せな気持ちでケーキを食べた。マークが勧めるケーキは全て美味しくて、感動した。よく食べるリリーを見て、シリウスは、美味そうに食うな、と微笑んでいた。

初めて4人でカフェテリアでお茶をして帰った日、カトレアが、マークって素敵よね、と呟いていた。異性のことを褒めるカトレアが珍しくて、リリーは目を丸くした。


「驚いちゃった。カトレアって、マークみたいな人がタイプなのね」

「タイプ…?タイプ、というより、うーん、顔と雰囲気が好きなのよ。自分の創作小説の登場人物にしたいくらい。あの、腹黒そうな、裏がありそうなところが素敵だわ…!あ、念のために言うけれど、私の妄想の中の話よ」


相変わらずのカトレアに、リリーは微笑む。さすがにあのほわほわしたマークに裏はなさそうだ、とリリーは心のなかで思った。リリーは、ところで、と話し出す。


「創作小説って?」

「私自分で話を書いているの」

「ええっ!すごいじゃない。もしよければ読んでみたいわ」

「ふふ、3年生のときのお楽しみにしておいて」

「3年生?」

「3年生は演劇祭があるでしょう?私、そこで脚本役になるのが夢なの。そのときに、自分で作ったストーリーを劇でやりたいの」


カトレアは、まあ、選ばれなかったらその時はもう読んでもらおうかしら、と笑った。リリーは、そんなカトレアに微笑んだ。


「きっとカトレアならなれるわ」

「本当?自信が出てきたわ」

「ええ、きっとよ」


リリーは、嬉しそうに笑うカトレアを見て、優しく目を細めた。







放課後、図書館で借りた本を返そうと、リリーは本を抱えて廊下を歩いていた。すると、曲がり角でリリーはモニカにぶつかった。その拍子に、リリーは本を落としてしまった。モニカは転びそうになったが、隣にいた女友達に支えられて、転びはしなかった。


「ご、ごめんなさい…」


今までは仲良くしてきた友だちに対してとは思えないほど、リリーは弱々しい声が出た。リリーはモニカの目さえ見られなかった。モニカは、苛立ちを顔に出したあと、ふんっ、と顔をそむけ、何も言わずに友達を連れて去っていった。


「あの方、いい加減に幅があるのを理解してほしいわよ」


モニカは、リリーに聞こえるように女友達に言った。女友達友達は、可笑しそうに笑った。その声を聞きながらリリーは、本をすぐに拾うことができなかった。

背後から足音が聞こえて、ゆっくり顔を上げると、そこにはシリウスがいた。


「シリウス…」

「手伝う」


シリウスはしゃがむと、散らばった本を集めてくれた。リリーはそんなシリウスを呆然と見つめた。シリウスは、集めた本をリリーに渡した。リリーは、ありがとう、と力なく言った。シリウスは少し黙った後、リリーから視線を外して窓の外を見た。


「…女は色々難しいらしいな」

「え?」

「マークが言っていた。…マークには4人姉がいるらしいから、色々知っているんだろう」

「ま、マークにお姉さんが4人…」


あの朗らかなマークに、女は難しいと言わしめるとは、なかなか強烈な姉たちなのだろうか。リリーは、少し想像して小さく吹き出した。そんなリリーに、安心したようにシリウスは口元を緩めた。


「…ありがとう、シリウス」

「大したことじゃない。…あ」


シリウスが、リリーの手にある本を見てかたまった。リリーは、え、と声をもらしてシリウスの視線の先を見た。リリーが好きで何度も借りている、【愛とはいずれ】であった。


「この本、私好きなの。何回も借りているわ」

「…そうなのか」

「シリウスも読んだことあるの?」

「いや。…俺の兄さんが好きだったんだ、その本」

「お兄さん?」


リリーは、シリウスに兄がいた事が初耳だった。シリウスは、ああ、と頷いた。


「優しくて、賢くて、俺の自慢の兄さんだった。…1年前に、突然病気で死んでしまったけれど」

「…」


リリーは、言葉を失った。シリウスは、悪いな、こんな話、と謝った。リリーは、ただ頭を振った。シリウスは、窓の外を見て、おかげで急に跡取りになってしまったから、これまで自由に生きてきたのに慌てて勉強しだしたっていうわけだ、と言った。リリーは、そう…と呟く。


「ねえ、私、今からこの本を返しに行くの。よかったら、次シリウスが借りたらどうかしら?」

「…その本を?」

「ええ。お兄さんが好きだった本、一度読んでみたらどうかしら」

「…そうだな、そうするか」


シリウスがそう言うと、リリーは微笑んだ。そして、図書館へ向かって歩き出した。シリウスは、そんなリリーの隣を歩いた。


「とっても素敵な本だから、この本が好きだなんて、きっとお兄さんも素敵な方だったのね」


リリーの言葉に、シリウスは目を少し見開いて、それから嬉しそうに、ああ、と言った。そんなシリウスを見て微笑んだ後、リリーは、あ、と声を漏らした。


「…って、私もこの本が好きだって言ってるから、これじゃあなんだか自画自賛みたいね」


リリーが困ったように笑うと、優しい顔をしたシリウスと目が合った。リリーは首をかしげる。


「どうしたの?」

「いや、…表情がコロコロ変わって面白いな、って」



シリウスは、そう言って優しい瞳でリリーを見る。そんなシリウスに、リリーは固まって、少しずつ頬が染まるのを感じた。リリーはシリウスから目を逸らして、あ、ありがとう、と照れたように笑った。リリーは、窓の外に視線をやる。もうすぐ冬が来る校庭の木々は寒そうで、これから厳しい季節が訪れることを感じさせる。


「シリウスが、あんなに頑張って勉強していた理由がわかったわ」

「そういうわけだ。あとは、俺の家の領地が貧しいから、もっと勉強してなんとかしたいってのもある」

「すごいわね、シリウスって」

「別にすごくはない」


シリウスは、なんでもないように言った。リリーは、そんなシリウスの横顔を見つめて微笑む。マークが、助けたい、と思う気持ちがリリーにはよくわかった。


「私、やっぱりあなたと仲良くなりたい」


リリーは、シリウスと初めて会ったときに伝えた言葉をシリウスに伝えた。シリウスはそんなリリーに目を丸くした。


「…仲良く、なったんだと思っていた」

「えっ?え、あ、そ、そう、そうよね、仲良しよね」

「…相変わらず変なやつだな」


シリウスが、真面目にそう返す。リリーは、あ、あはは、と苦笑いを漏らす。


「ひとつ聞いても良いか?」

「ええ、何でも聞いて」

「どうして、俺と仲良くしたいと思ったんだ?」

「どうして……、未来が、変わるかもって思ったから」

「未来?」


首をかしげるシリウスに、変なことを言ってしまった、とリリーは後悔した。リリーは、少し考えた後、やっぱりそのまま思ったことを伝えようと思った。


「あなたの考えていることが、私にとってはなんだか新鮮で、私のこれまでの変われない人生に、新しい風を吹かせてくれるかもって、そう思ったの」

「…なんだか哲学的だな」

「…やっぱり変なこと言ってるわよね…」

「まあ、言われて悪い気はしないな」


シリウスは、そう言って口元を少しだけほころばせた。そんなシリウスに、リリーはにこりと微笑んだ。そんなリリーにシリウスは少し目を丸くした後、ゆっくりと優しい瞳で微笑んだ。

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