10 新鮮な学校生活1
14歳の9月、リリーは3度目のパブリックスクールへの入学式を終えた。
久しぶりの制服を着て、リリーは1人で群衆の中を歩いた。そして、ちらちらとアリサの姿を探したが、見つからなかった。宿舎の部屋も、リリーはアリサではなく、前世の演劇祭で脚本役をしていたグレン男爵家令嬢のカトレアと同室だった。
「(教室にいけば、見つけられるかしら…)」
リリーは、他学年もいる集団からアリサを探すのは諦めて、1年生の女子クラスに向かった。
クラスに入ると、指定された席に皆座り、近くの席の生徒たちと初々しく会話をしていた。リリーは自分の席を探した後、アリサの名前を探した。しかしどこにも、アリサの名前はなかった。
「(…なんで…)」
リリーは予想外のことに慌てたけれど、そういえばアリサは自分よりも年が一つ下であったことを思い出した。前世では、自分がいたからアリサも一緒に入学しただけで、生徒の大半は14歳から入学するのだ。アリサが来るのは来年か、と気が付き、リリーは少し残念な気持ちで席に着いた。自分の隣は、部屋も同じカトレアだった。カトレアは、グレーの長い髪と、分厚いメガネという格好で、ほとんど顔が見えないように顔を伏せて本を読んでいた。あんなに前髪が長くて本が読めるのだろうか、とリリーは少しの間カトレアを見てしまった。すると、リリーの視線に気がついたカトレアが、リリーの方を見た。リリーは、ご、ごめんなさい、と謝った。
「その…本!本、私も好きだったから、【愛とはいずれ】、素敵よね、ヒロインの性格が健気でいじらしくって…」
「ええ…。あら、あなた、同室の」
「あ、し、失礼、リリー・テラーです」
「カトレア・グレン。よろしくね」
カトレアは、前髪のせいでどんな表情かわからないまま挨拶した。そんなカトレアに、リリーは微笑み返す。
すると、リリーのクラスの、中年でふくよかな男性教師が教室に入ってきた。いつもの通り、教師は自分の簡単な挨拶をすると、生徒たちに自己紹介をするように促した。リリーは、自分の番が来ると、簡単に自己紹介をした。生徒たちは、そんなリリーに温かい拍手を送る。そして、すぐに次の生徒の番になった。リリーは、すっと席に着きながら、あれ、と思った。
「(…なんか、あっさりしてる)」
1回目の人生でも、2回目の人生でも、リリーは自己紹介のときは騒がれた。だから、3回目の人生にして普通に自己紹介が終わってしまったことに違和感がした。この違和感を知りたくて頬杖をついたとき、ふっくらした自分の頬が手に触れた。するとリリーは、理由を理解した。
「(…そうか…)」
自己紹介が終わると、次の授業までの休み時間になった。リリーは、お手洗いへ向かい鏡に映る自分を見た。そこには、前世のスマートな自分とは似ても似つかないふくよかな自分がいた。
「(これなら、騒がれないわけだ)」
リリーは、まじまじと自分のことを見た。今まで特に意識して鏡を見ていなかったけれど、こう見ると自分なのに自分ではないように見えた。
「(これが、幸せの日々の代償か…)」
リリーは、二の腕の肉を掴みながらそんな事を考える。甘いケーキにクッキー、マフィン、シュークリーム、それらの味を思い出しながら罪悪感が湧いた。
「なにをしてるの」
冷たい声がして驚いて振り向くと、そこにモニカがいた。リリーは、モニカ、と口を開いた。
「ええと、何かしら」
「ずっとそこにいると、手が洗えないのだけれど」
モニカは、そう冷たく言い放った。リリーは、あれ、モニカってこんな子だっただろうか、と心の中で慌てる。リリーは、ごめんなさいと謝り、鏡の前からどいた。すると、モニカは手洗い場の前に立ち、一緒にいた女子と並んで手を洗いながら、あの方幅をとるのよね、と笑った。
リリーは、逃げるようにその場を去った。あのモニカの言い方と目線、明らかにリリーを見下していた。
「(2回目の人生のときも、1回目となんだかモニカの印象が違うと思ってた…)」
リリーは教室に戻りながらそんな事を考えた。おそらく、目立つリリーには下手に出て、目立たないようにしている美しいリリーには上から接して、そして、今の太ったリリーは見下して接している。リリーは、モニカに対するクラスのまとめ役というイメージがガラガラと音を立てて崩れ去るのを感じた。
「(3回目の人生にして気がつくなんて…)」
人生の奥深さを、リリーは改めて感じた。どこか呆然とした気持ちで教室に到着したリリーは席について、ほとんど何も考えられないまま次の授業の準備を始めた。
前世のように、リリーの噂を聞きつけてリリーを見に来る生徒などもちろんいなかった。リリーはなんだか拍子抜けしたけれど、それはそれで過ごしやすかった。
リリーは、隣の席で部屋も同じのカトレアと仲良くするようになった。カトレアは、おとなしく口数が少なそうに見えたが、仲良くなると結構おしゃべりであることがわかった。本をたくさん読んできたリリーは、本好きのカトレアと話があった。
放課後、リリーはカトレアと一緒に図書館へ行こうと廊下を歩いていた。すると、クラスの目立つ女子たち3人の輪にいるモニカが、リリーとカトレアを指さして、でこぼこが凄すぎる、と笑った。その言葉に、周りの女子たちも笑った。おそらく、リリーが小太りで、カトレアが小柄で痩せているからだろう。リリーは、そんなモニカに対して、青筋が立つのを感じた。
「(あの子、あんな人だったなんて…!)」
仲良くしていた前世があることが、なんだかリリーは悔しくなってきた。モニカたちはひとしきり笑うと、あっ、とうれしそうな声を上げた。すると、その視線の先には、ルークとエリックとマークがいた。4人の女子たちは、3人の元へ行くと、カフェテリアに行こうか、などという話をして歩き出した。
「ほんっと、嫌な感じよね、モニカ・コリンズって」
カトレアは苦々しい顔をした。リリーは、そんなカトレアを見て、あんなの気にしないで、とフォローした。するとカトレアは、あなたもね、と言った。
「やっぱり、モニカはルークが好きなのね」
そんな声がして、リリーとカトレアが振り向くと、前世でも噂好きだったベル子爵家令嬢のサーシャがいた。
「サーシャ!」
「美男美女だし、お家柄も良い同士、お似合いよね。噂では、まだモニカの片思いらしいけれど、結構押せ押せらしいわよー、積極的よね!」
サーシャは楽しそうにそう話す。そんなサーシャの話に、リリーは目を丸くする。
「(えっ、モニカってルークが好きだったの?)」
今までそんなことを感じたことがなかった。それとも、今世は前世と違ってルークの輪の中にリリーもアリサもいないから、モニカの気持ちも変わったのだろうか。
「(そんなこと知らなかったってことばっかりだよ3回目の人生なのに…!)」
リリーは、情報量が多すぎてくらくらしてきた。サーシャは、カフェテリアへ様子見に行ってくる!と嬉々として去っていった。リリーはそんなサーシャの背中を苦笑いで見送る。
「勝手に目立つ者同士で仲良くしてたら良いのに。私たちまでわざわざ視界に入れてわざわざ悪口言わないでほしいわ」
カトレアがそう毒づく。仲良くなって知ったが、カトレアはなかなか毒舌である。リリーは、ほんとよね、と苦笑いをする。
「私が綺麗じゃないからって、なぜ見下してくるのかしら」
なぜ容姿が劣ることが見下す理由になるのか、とリリーは非難しようとしたけれど、それは1回目の人生で自分がしていたことだと思い出す。人と容姿を勝手に比べて、そして、自分が勝つことで安心していた。リリーは、自分のしてきたことの気持ち悪さを身に持って知り、口をつぐむ。
すると、カトレアが、え?と首を傾げた。
「綺麗じゃない…?そう?私はあなたのこと綺麗だと思うわ」
「ええっ、そ、そう?」
「なぜみんな綺麗だと気が付かないのか初日からずっと不思議だったけれど、あなたって私の好きな顔なのね、きっと」
そう言ってカトレアは笑う。前世でも同じ事を言われたとリリーは思い出し、顔を綻ばせる。
「その、幸の薄そうな、幸せになれなさそうなところも特に好きよ」
「(…それも前世で言われた)」
「あっ、私の勝手なイメージよ、気を悪くしないで、ごめんなさい」
カトレアは慌ててリリーに謝罪した。リリーは笑いながら、もう!と彼女の背中を擦った。するとカトレアも笑った。




