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9 3度目の初対面2

こうして、リリーの3度目の人生の幕が上がった。

2度目と同じように、リリーは目立たないことに徹した。社交の場には、前世よりもさらに出なくなった。ルークと一切関わらないためである。数少ない社交の場でも、ルークとは一切会話をしなかった。

リリーはいつも部屋の中で本を読んだり編み物をしたり、使用人と一緒にお菓子を作ったりしていた。


8歳の誕生日から数カ月過ぎたこの日も、リリーは使用人とクッキーをたくさん作り、それをテラー子爵に持っていった。リリーがテラー子爵の部屋に入ると、テラー子爵は書類を読む手を止めて、笑顔でリリーを迎えた。


「やあリリー。今日もかわいいね」


テラー子爵はそう言うとリリーの手を引き、優しく抱き寄せた。リリーはそんなテラー子爵に頬ずりをする。


「かわいいもんですか。そんなに不健康に太ってしまって…」


使用人と共に、テラー子爵に休憩のためのお茶を持ってきた母が、呆れたように言った。リリーは、ぐぬ、と固まる。

今世のリリーは、ケーキなどの甘味や、普通の食事も、特に制限せず好きなだけ食べていた。誕生日パーティーの日、気にせずにケーキを好き放題食べたら、そこからリミッターが外れてしまったようであった。

太るとか、肌に悪いとか、そんなことを気にせずに食べられることはリリーにとってこの上なく幸せで、そのおかげか、食べてはダメ食べてはダメと自分を律していた頃よりも心穏やかに過ごせていた。そのため、前世と比べて明らかにリリーはふくよかになっていた。

気まずそうに固まるリリーを見て、父はなんてことを言うんだ、と母をたしなめた。


「こんなにリリーは可愛いんだからいいじゃないか。不健康というけれど、どの医者が診てもリリーは健康だというんだから大丈夫だよ」

「でも、こんなに太っていては、縁談が…」

「そんな見た目しか見ないつまらない、しょうもない相手なんかこちらから願い下げだよ、ねえリリー」


テラー子爵はそう言ってまたリリーを抱きしめる。そんな父が嬉しくて、リリーはまたテラー子爵に頬を寄せる。母は、そんな2人を見て、はあ、とため息をつく。


「まあ、良いですけれど…」

「ほら、リリーがクッキーを焼いてくれたんだ。みんなで食べよう」


さあ君もほら、とテラー子爵は使用人たちにまでクッキーを配った。私の可愛いリリーのクッキーは絶品なんだ、と褒める様子は、もう娘にメロメロの父でしかない。リリーはそんなテラー子爵を、嬉しい気持ちで見つめる。母は、そんなテラー子爵に呆れながらも、しかし幸せそうに目元を細める。


「そろそろ暑くなってきたからね、来月、またあの湖へ遊びに行こう」


テラー子爵の提案に、やったあ、とリリーは跳ねる。リリーの大好きな、テラー家の避暑地である。ここはテラー家の財政状況が何度か悪くなって、持っている土地をどこかに売らなければやっていけない、となったときでも、先代の当主も、リリーの父も決して手放さなかった土地である。それくらい、テラー家にとっては大切な場所であり、リリーにとってもお気に入りの場所である。

リリーは、あの綺麗な湖を思い出したとき、ふと、シリウスのことを思い出した。今世よりはまだ社交の場に出ていた前世ですらシリウスとは学校に会うまでは顔を合わせなかったので、今世でシリウスと学校までに顔を合わせることはないだろう。


「(いつ会えるかはわからない、でも、いつかは会える。だから、しっかり食べて、健康でいる)」


シリウスの言葉を思い出し、リリーは小さく微笑む。そんなリリーをみて、テラー子爵は、どうしたんだ可愛い顔をして、と笑った。







夏が来て、リリーは父と母と毎年恒例の避暑地への休暇に向かった。別荘から歩いてすぐの湖を早速見に行き、リリーは夏の太陽に照らされてキラキラ光る水面を見つめて深呼吸した。


「(やっぱり綺麗…)」


リリーは、そんな景色に感動して、なぜか目に涙が溜まった。やっぱり世界は美しいのだと、改めて感じる。


「(どうか次こそは、やり直さなくても済むようにしたい)」


リリーは、そう心の中で誓う。そんなリリーの後ろから、テラー子爵がリリーを呼ぶ声がした。


「リリー、私は釣りに行くけれど、リリーはどうする?」

「私は、お母様とお散歩をしようかしら」

「そうか、なら呼んでくる……」


テラー子爵は、急に激しく咳き込んだ。リリーは慌ててテラー子爵の側に寄り、彼の背中を擦った。テラー子爵はかすれた声で、すまない、と言いながらまた咳き込んだ。そのときに口元を押さえた彼の手のひらに、深い赤色の血がついていた。リリーはそれを見て動揺した。テラー子爵は、はっとして手のひらを握って隠した後少し黙り、そして笑顔を作った。


「すまない、驚かせたね。私は昔からよく風邪を引くんだ。この風邪も、すぐによくなる」


テラー子爵の嘘が、リリーにはすぐに見ぬけた。リリーは、目を伏せて、悲しさをぐっとこらえた後、父の目を見て微笑み、父の優しい嘘を信じたふりをした。


「今日は、釣りはやめたほうがいいのではないでしょうか。私とここで、静かに湖を見ていましょう」

「ああ、そうだな、そうするよ」


テラー子爵はそう言って、湖の側に座った。リリーは、その隣に腰掛けた。テラー子爵はさっと手のひらをハンカチで拭くと、何もなかったような顔をした。

夏の優しい風が、リリーの金色の髪を揺らす。テラー子爵は、そんなリリーの髪を優しく整えた。


「リリー、君は可愛い上にとっても優しい子だ。人の気持ちを考えられる。繊細で心まで美しい」


テラー子爵の言葉に、リリーは目を丸くする。アリサを虐めた過去を思い出し、目を伏せた。自分をこんなに愛してくれている父を裏切るような行動を、リリーは最初の人生でしてしまった。その事実に胸が痛い。リリーは目を伏せたまま、震える声で呟いた。


「…そんなことありません。私は、とっても利己的で、意地悪です」

「利己的だなんて、難しい言葉を良く知っているね!頭まで良いなんて、なんてことだ!」


テラー子爵はそう言って微笑む。リリーは、自分が8歳だと気が付き、苦笑いを返すしかなかった。テラー子爵はそんなリリーを見て目を細める。


「自分が一番なのは、少なからず誰しもがそうさ。たくさんのことが重なって、心がいっぱいいっぱいになれば、思いがけず意地悪なことだってしてしまう。そんな自分に呆れて、途方に暮れたことは、私にも何度もあった」

「…お父様も?」

「もちろん。でもね、私は、君と君の母に出会って、自分よりも大切な人を知った。だから、人生にどんなに失望しても、ここまで生きてこられた。きっと、君にもそんな人が現れる。君は優しいけれど、1人で抱え込んでしまうところがある。だから、君の不安ごと抱えてくれるような優しい人と出会えると、私は信じているよ」


テラー子爵はそう言って、リリーの肩を抱いた。リリーは、そんな父の顔を見上げた。そして、目に涙が溢れた。

3度目の人生にして、父の優しさがリリーには深く身にしみた。優しい父だとは思っていた。けれど、エドモンド侯爵の自分にする態度を経験して、よりテラー子爵の優しさを感じられた。そして、人生が上手くいかず、何度もやりなおす自分の情けなさと孤独に、父の無償の愛が痛いほどに心に染みた。


「…お父様」

「ん?」

「いなくならないで…!どこにも行かないで……!」


リリーは、テラー子爵の胸に抱きついた。そして、小さな子供のように泣きじゃくった。テラー子爵は、言葉が詰まった。何も言えない彼は、涙を必死にこらえて、リリーの頭を撫でた。優しい手のひらを感じながら、リリーはしばらく涙が止まらなかった。



避暑地での休暇からしばらくして、テラー子爵は病に伏した。懸命な看病も実らず、リリーが10歳になってすぐ、テラー子爵は帰らぬ人となった。

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