表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/73

8 守りたい人2

リリーと王弟との婚約が決まり、社交界では、リリー・エドモンドとは一体誰なのか、という噂が駆け巡った。

当の本人であるリリーは相変わらず社交の場には出ずにいた。しかし、父であるエドモンド侯爵は、そのことについて何も咎めなくなった。むしろ、今までよりもずっとリリーに優しくなった。彼にとっては王弟との婚約を決めて、家に対して大きな利益をもたらす娘が、かわいく思えたようだった。



アリサは、王弟がリリーを婚約者にと指名してきたことのお祝いを家族でした日の夜に、リリーの部屋にやってきた。瞳に涙をためたアリサは、本当にいいのですか、と涙で震える声でリリーに聞いた。リリーはそんなアリサを抱きしめると、いいに決まってる、と返した。


「あなたは幸せにならなくてはいけないの」


アリサの額を、リリーは自分の額と合わせた。アリサは、目から涙をこぼしながらリリーを見上げた。そして、おずおずと頷いた。そんなアリサを、リリーは優しい目で見つめた。




王弟との婚約が決まってしばらく過ぎたある日、マークがリリーの元へやってきた。どうやら、あの日のパーティーで汚したドレスの代わりにと、新しいドレスを仕立ててきてくれたらしい。リリーは、応接室でマークの持ってきたドレスを広げてみた。真っ赤なドレスで、豪華な飾りのついたものだった。リリーは、応接室で紅茶を飲むマークに、ごめんなさい、と謝った。


「私のせいでパーティーの日に悪者にしてしまって、さらにはこんなことまで…受け取れないわ」

「いいよ〜。リリーのためにオーダーしたものだから、受け取ってもらえなかったらこのドレスの行き場がないよ」


マークはにこにこと微笑む。そして、出されたチョコレートケーキを嬉しそうにほおばった。


「それに、リリーはこれから僕の叔母さんになるわけだからね。仲良くしよう」


マークはそう朗らかに言う。マークの言葉に、そうか、王弟はマークの叔父にあたるため、自分がマークの叔母になるのか、ということを思い出し、とてつもなく奇妙な気持ちにリリーはなった。


「私がマークの叔母さん…」

「リリー叔母さんだね。あはは」

「…リリーと呼んでもらえたら有り難いわ」

「まあ、甥の僕が言うのもなんだけどさ」


マークは、カップをソーサーに置いてリリーを見た。マークの綺麗な柔らかい金髪が揺れる。この綺麗なマークとあの王弟クリフの血がつかながっているなんて、遺伝子の神秘であるとリリーは思った。


「クリフ叔父さんって、世間から怒りっぽい、頑固、政治音痴とか散々言われてるけどさ」


マークはそう言ってから、優しい瞳でリリーを見つめた。リリーは、甥は本当の王弟の姿を知っているのだろうか、と心の中で思った。


「本当にそのとおりだし、愛人いっぱいいるし、しかもリリーより少し年上くらいの若い人ばっかりだしとっかえひっかえするし、あの体型からわかるとおり食べ物も豪華な物ばっかりたくさん食べてお酒もたっぷり飲むし、そうやって自分は散財する割に妻には倹約しろとか言ってお金使わせない、そんな叔父だけど、どうかよろしくね」


マークは爽やかにとんでもなく不安にさせることを言った。リリーはそんなマークを見つめたまま固まる。


「…何か良いところはないの?」

「僕の知る限りないね」


あはは、と朗らかに笑うマークに、リリーは途方に暮れる。マークはケーキをおかわりすると、また一口食べた。


「身内みんな引いてるよ〜。リリーみたいな若い人をお嫁さんに、しかも後妻にするなんてさ〜」

「…ですよね」

「ルークもがっかりしてるんじゃない?リリーが違う人と結婚しちゃうからさ」


マークの言葉に、またリリーは固まる。まるでルークの気持ちを知っているかのようなマークにリリーは驚きを隠せない。固まるリリーに、マークがどうしたの、と首をかしげる。


「いえ…どうしてルークのこと…」

「ああ、なんとなくだよ。ルークってリリーのこと好きそうだなって思ってたから」

「そう…」


まあ、ルークならなんとかできそうだけどね、とマークが呟く。リリーは、え、と声を漏らすと、マークは微笑んで、なんでもないよ、と返す。


「さてと、そろそろ帰ろうかな。ケーキも紅茶も美味しかったよ。ごちそうさま」


マークはそう言うと立ち上がった。リリーは、本当にありがとう、とお礼を言った。


「それじゃあ、またね。甥っ子のマーク」


リリーがそう言うと、マークは返事はせずに、にこりと微笑んで、それから、それじゃあね、と言って応接室から出ていった。






来週王弟とのお茶会が開かれるということが決まった。継父が準備した見覚えのある少女趣味のドレスを衣装箪笥にしまいこみ、リリーは本を読んでいた。

王弟との結婚が決まったけれど、なぜか心は穏やかだった。もちろん、王弟との結婚なんてしたくない。けれど、それ以上に、前世の自分がアリサにした罪を、清算できたような気持ちでいるのだ。だから、心は不思議なほどすっきりしていた。王弟との結婚の日が近づき、現実味を帯びてきたらまた気持ちが荒れる可能性もあるけれど。


すると、急に部屋がノックされた。リリーは本を読みながら、はあい、と返事をした。部屋に入ってきたのはルークだった。えらく真剣な顔をしていて、リリーはそんなルークを見て、あっ、と思い出した。


「(そうだ、王弟との婚約が決まったあとルークがここに来るんだった)」


リリーは、思い出して鳥肌が立つ。自分は前世のこの日、ルークと話し終わった後に窓から見えた抱き合うアリサとルークを見て、豹変してしまったのだ。豹変というよりも、ギリギリ保っていたものがとうとう破裂したのに近いかもしれないけれど。

しかし、前世とは心の持ち様が違う。リリーは、不思議なほど落ち着いた気持ちでルークの瞳を見ることができた。


「…ルーク、久しぶり。元気だった?」


リリーはそう言って微笑む。ルークは悲しそうに瞳を歪めて、ねえリリー、と言ってリリーの前に来た。


「…本当に、あの男と結婚してもいいのか?」


ルークの怒っているような、悲しんでいるような言葉に、リリーは落ち着いた様子で頷く。


「ええ。もう決めたことだから」

「正気じゃないだろ。あんな年上の男の後妻になるだなんて。しかも、あの男は評判も良くない。君が幸せになれるとは思わない」


ルークの言葉に、マークが前に話していた事を思い出してリリーはゲンナリする。身内からみても他人からみても間違いなく悪い男であることがわかったところで、リリーにはどうしようもないのだけれど。


「君の父上がこの話を断れないのはわかる。でも、だからって、こんな、君が犠牲になるようなことになってほしくない」

「それでも、家のためだから」

「でも、」

「ありがとう、ルーク。あなたはいつでも優しかった。最後にこんな風に本気で私のことを思って言ってくれて、会いに来てくれて、嬉しかった」


リリーは微笑む。ルークはそんなリリーに、唇を強く噛んだ。


「あの日、俺は君のことが好きだと言った。待ってほしいとも。…待てないというのが、君の答えなのかな」


ルークはそう振り絞るように尋ねた。リリーはそんなルークを見つめ、頷く。そして、ごめんなさい、と頭を下げた。ルークは、両手の握りこぶしに力を入れた。


「婚約者のいる女性の部屋に、いくら友人といえど、男性が来るのは良くないわ。これで最後にしましょう」


リリーはそう言って、椅子から立ち上がる。そして、ドアの方を見つめる。


「さようなら、ルーク」


リリーは、微笑む。どうかあなたには、笑顔の私を覚えていてほしい、そんなことをリリーは願う。このあと、ルークはアリサと結ばれる。それで良い、それで良いのだ、そうリリーは言い聞かせるけれど、何故か涙が溢れそうになった。それを必死にリリーはこらえた。

ルークはリリーの前に立ったまま、動かない。少し長い間の後、ルークはリリーに近づいた。リリーは、そんなルークに驚いて後ずさる。


「な、なに、どうしたの…?」


リリーがそう口を開いたとき、ルークはリリーを強く抱きしめた。リリーは、ルークの強い力に抱きしめられて、動くことができなかった。


「る、ルーク…」

「俺と逃げよう。ここから」

「えっ…」


驚くリリーを、それ以上何も言わずにルークは姫抱きにして、部屋からリリーを連れ去ってしまった。




あれよあれよとルークの用意していた馬車に乗せられて、オクトー公爵家の家に連れてこられた。エドモンド家よりもさらに立派な家に、リリーは目を丸くする。

ルークが姫抱きにして連れてきた女性を見て、オクトー家の使用人たちは目を丸くした。


「る、ルーク様、そのお方は…」

「後で説明する。俺の部屋に連れて行くから、俺の部屋にお茶の準備をしてくれ」

「は、はい…」


使用人たちは、わけがわからないままそれぞれ準備をしだした。そこに、騒ぎを聞きつけたオクトー公爵とその息子2人がやってきた。2人の息子は、顔も背格好もよく似ており、灰色の髪をしていて、長めの前髪の下から三白眼が覗いていた。

白髪交じりの老紳士であるオクトー公爵は、リリーを見ると目を丸くした。


「る、ルーク様、その方はクリフ様の婚約者でございますけれど…」

「俺は、彼女を国につれていくことにした」


ルークの言葉に、オクトー公爵は目を丸くして、腰が抜けそうなほど驚いた。そんなオクトー公爵を、息子2人が支える。


「まあ、ルーク様がそういうなら、さすがのクリフ様もそうするしかないよな」

「ちょうど良かったんじゃない?あんな若い子を後妻にもらうだなんて、民衆も好色王だってすっごい批判してたし」


息子2人が口々に言うのを、やめなさい、とオクトー公爵がたしなめる。2人は、オクトー公爵にそう言われると黙った。しかし、リリーの顔を見ると、また口を開いた。


「うっわ!すっげー美人!!」

「うーわ許せんわあの好色爺さんまじでありえん」

「ルーク様もこんな美人と結婚なんてうらやましー」

「まあでもルーク様は隣国の、」

「やめなさいと言っておる!!」


オクトー公爵の叱責に、さすがに2人は口を閉じた。ルークは、騒がせてすまない、後で詳しく説明する、というと、リリーを連れて三人の前から去った。





ルークの部屋に通されて、リリーは椅子に腰掛けた。そして、準備されたお茶を一口飲んでおちつかせようとしたが、そんなものでは何も落ち着かなかった。リリーはカップをソーサーに置いて、恐る恐るルークを見上げた。


「…あの、いったい…」

「…すまない、強引なことをしてしまった」


ルークは、リリーに謝罪した。しかし、でも、と続けた。ルークの瞳は、まっすぐにリリーを見つめている。


「本当は、もう少し話がまとまってからにしたかった。でも、このまま君を他の男にとられるわけにはいかないんだ」

「ルーク…」

「…実は、俺は隣国の王子なんだ」

「そ、そう…(知ってたけど)」

「…あんまり驚かないんだな」


不思議そうにするルークに、リリーは慌てて、驚きすぎると反応できないの、と付け加えた。そうか、とルークは特に気にしない様子で言った。


「父が死んで、王位継承権のことで兄弟が揉めてしまって、俺の命が危なかったから、友好国であるこの国の隣国の王子であることはこの国の王家とその中のわずかな親戚にのみ知らせて、俺はこのオクトー公爵家に養子として世話になっていたんだ。俺が、次期王になることがもうほとんど纏まっていて、来月にも親しくしてもらった人たちを招いて、隣国の王子であった事を告白して、今までの礼と別れを告げようと思っていた」


ルークの言葉に、リリーはゴクリと生唾を飲み込んだ。そのときに自分は前世で断罪されたのだ。

ルークは、リリーの手を取った。そして、リリーを見つめた。


「どうか、俺と一緒に国へ帰ってほしい。君のことが好きなんだ。君の父上は俺が必ず説得する。王弟との婚約も俺が何とかする。君は何も心配しなくていい。君の、嘘偽りない気持ちを聞かせてほしい」


ルークのまっすぐな言葉に、リリーは心が揺れる。言われてみれば、友好国とはいえ、この国と隣国の力の差は歴然で、隣国の王子が言えば、王弟といえど言うことを聞かざるを得ないのかもしれない。

ルークは、リリーの手を握り直し、さらに強い力を込める。


「リリー、俺と結婚してほしい」


リリーは、動機が激しくなるのを感じた。

ルークとこのまま結婚したい。ルークと一緒にルークの国へ行って幸せになりたい。

でも、アリサは?


「(アリサは可愛い。性格もいい。社交界での評判もいい。ルークじゃなくてもきっといい縁談はたくさんある)」


ルークが例えリリーと結婚しても、アリサは幸せになれる。でも、自分はルークの手を取らなければ王弟と結婚しなければならない。


「(でも、アリサはルークのことが好き。それを知っていてルークと結婚なんてしたら、アリサは私を恨むかしら)」


リリーは考えすぎて目が回りそうになる。ルークが、リリー?と心配そうに声を掛ける。リリーは、ええと、ええと、と言葉を探す。


「(どうしたらいい?どうしたら正解?一体何が正解??)」


リリーは頭から湯気が出そうになるほど脳みそをフル回転させた。しかしわからない。


「(でも、本当ならアリサはルークと結婚できていた。それでも、こんなに言ってくれるルークの手を離したくない)」


一体どうしたらよかったのか。一体何をどうすればもっと良い未来が作れたのだろうか。リリーは考えすぎてめちゃくちゃな頭で、ああやり直したい、とぽつりと呟いた。


「またやり直したいの?」


急に視界が真っ暗になったと思ったら、リリーの目の前に、昔見たあの羽の生えた妖精があらわれた。


「あ、あなたは…」

「ねえ、どうする?やり直す?」

「そ、そんなこと、できるの?」

「うん。しょうがないから、やり直させてあげるよ」



妖精の言葉に、リリーは目を丸くする。妖精は、リリーを見てニッコリ笑った。そんな妖精を見つめながら、リリーはだんだん気が遠くなるのを感じた。











はっとリリーが目を覚ますと、リリーはテラー家の屋敷にいた。懐かしい使用人がリリーの長い金髪をきれいにとかしている。見覚えのあるピンクのドレスを身に着けた幼い自分を鏡で見たとき、リリーは、また8歳の誕生日パーティーの日に戻っている、と気が付いた。2回目のやり直しの時よりも、ずいぶん落ち着いた気持ちで。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ