1 悪役令嬢の誕生2
夕食を終えたリリーが部屋に向かおうとしたとき、リリーは自分と年の近い女性が向こうから歩いてくるのを見た。
「アリサ!」
リリーが声を掛けると、アリサと呼ばれた少女は、お姉様、とリリーを呼んだ。
彼女は、アリサ・エドモンド。エドモンド侯爵と前妻とのこどもであり、リリーにとって血の繋がらない妹である。
リリーよりも1 つだけ年が下の妹ではあるけれど、彼女はリリーと比べるとずいぶんみすぼらしい格好をしていた。ほつれてくすんだワンピースに、手入れのされておらず、適当に結んだだけの茶色の髪。アリサも十分に美しいはずだけれど、そう見えないほど彼女の身なりはみすぼらしかった。リリーと並ぶと、本当に同じ家の姉妹かと信じられないような扱いの差が見えた。
「…今度のお茶会、あなたも参加するでしょう?」
「え、ええと…着ていく服がありませんから…」
アリサは悲しそうに眉を下げたあと、リリーを心配させないように笑った。リリーは、ぎゅっと眉をしかめたあと、もう、と困ったように笑ってみせた。
「私のものがあるじゃない。ほら、また声を掛けるから、選びにいらっしゃい」
「お姉様…」
アリサは、安心したように笑うと、ありがとうございます、お姉様、とリリーに礼を言った。
アリサは、継母であるリリーの母に、前妻のこどもだからといじめられていた。実父であるエドモンド侯爵も、リリーの母には何も言えないようで、アリサのことは見て見ぬふりをしている。使用人たちは、アリサが幼い頃からいた者はリリーの母が辞めさせてしまったため、彼女の味方になってくれる者は誰もいなかった。
リリーが14歳のとき、パブリックスクールに入学することが決まったが、当然のようにアリサは学校に行かせないことで話が進んでいた。そこでリリーが、同じ家から一人の娘だけ学校に通わせないと周りから変な噂が立つと訴えたため、アリサはリリーと一緒に学校へ行くことができることになった。
継父も母も、リリーのことは蝶よ花よと可愛がった。それに対するアリサへの扱いがあまりにも落差があり、自分には見せない冷たい顔をアリサにする両親が、リリーには恐ろしかった。
それでも、リリーはアリサを可愛いと思っていた。エドモンド侯爵家にリリーが母と共にやってきた日、母を亡くした幼いアリサが、嬉しそうにリリーに抱きつき、おねえさま、と人懐っこい笑みを浮かべた日のことを、リリーは忘れられないからだ。
それに、アリサはとても素直で、健気で、リリーにとってはとても可愛かった。そして、アリサも、家の中で唯一自分に優しく接してくれるリリーのことを慕って、懐いていた。
ハワード子爵邸にて、お茶会が開かれた。広い庭で開催されたガーデンパーティで、天気も良く、リリーは、こんな良い日でよかった、と思いながらも、なんとなく気分は重かった。
自分が選んだドレスは、私によく似合っているし、髪型も髪飾りも完璧。今日のために、普段よりさらに食事に気を使ったから、体型もばっちり。大丈夫、私は可愛い、私は美しい。
そんなことを頭の中でぐるぐる考えながら、リリーは椅子に座って用意されたお茶を飲む。ふと、一緒に参加したアリサが、自分の貸したドレスを着て嬉しそうに歩いている姿を見つけて、リリーは微笑ましくて笑みがこぼれる。
ふと、リリーの視界に軽食が並べられているテーブルが目に入った。そこに並ぶ輝くケーキやクッキーたちがまぶしすぎて、リリーは目眩がした。リリーは、甘いものに目がない。しかし、体型を維持するために、常に我慢していた。それでも、パーティーの時は少しだけ食べてもいいと、自分でルールを作っていた。
どれを取りに行こう、とリリーがわくわくしながら考えていると、背後から聞き慣れた声がした。
「こんにちは」
リリーが振り向くとそこにはいつもの笑みを浮かべたルークがいた。黒いスーツは、彼のスマートな、しかししっかり筋肉がついた体によく似合っている。周りより高い身長と、この国では珍しい青髪の彼は相変わらず目立っており、周りの視線を集める容姿をしているのに、当の本人はそれを意に介さない様子である。
やっぱり気に食わない。リリーはそう心の中で毒を吐く。
しかし、表面では笑みを浮かべて、ごきげんよう、とリリーはルークに返してみせた。ルークはにこりと微笑むと、相変わらず元気そうだね、とリリーに言った。
「ええ、おかげさまで」
「相変わらず君は美しいね」
「心にも思っていないお言葉をどうも。ルークこそ、相変わらず麗しいですわね」
「はは、心にも思ってなさそうだ」
「麗しい、とは、思っているわよ」
「あはは。その言い草を聞くと、君が元気だって伝わるよ。学校を卒業してしまってから、君とのやりとりができなくて残念だったんだ」
ルークは、そう言うといつもの人懐っこい笑顔を向けた。その笑顔に、リリーは目を丸くして、固まってしまう。すぐにはっとして、平静を取り繕うけれど、自分の頬が少しずつ紅潮していくのを感じる。
そう、リリーは、ルークに惹かれている。最初は、まさかこの私があんな男を、と誤魔化していた。けれど、端麗な容姿と、優秀な頭脳をもっていても、それをひけらかさず、優しくて、誠実なルークに、リリーは不本意にも心を動かされていた。
「お姉様!」
アリサがリリーとルークの方にやってきた。アリサは、ルークに気がつくと、あっ、ルーク様、とお辞儀をした。ルークは微笑んで、やあアリサ、と返した。
「君のドレス、よく似合っているね」
「ふふ、ありがとうございます。お姉様に選んでいただきましたの」
アリサは嬉しそうにそう微笑む。リリーは、そんなアリサにつられるように微笑む。アリサは、自分の身なりに対して無頓着で、可愛い顔をしているのにもったいない、とリリーはいつもついムキになって、彼女に似合うドレスを血眼になって探してしまうのである。
「(可愛い、といっても、私よりは劣るけれどね)」
ふふん、と心の中で得意げになった瞬間、リリーはまた自己嫌悪した。ああまた、私はこんなふうに容姿を他人と比較して、自分の方が優れていると安心したがってしまう。可愛い妹までも安心するために比較してしまった。この、歪んだ自分が、リリーは憎かった。
「(ああもう、この性格、なんとかならないかしら…)」
「お、お姉様…?」
「気にしないで、ただの持病だから」
「じ、じびょう…」
きょとんとするアリサに、それを見て笑うルーク。そんなルークを見ながら、いや、あんたのせいや、とリリーは心の中でハンカチを噛む。
ルークは、ほら、とリリーに向かって微笑む。その笑顔を見つめて、またリリーは固まってしまう。
「せっかくのガーデンパーティーなんだ、きれいに咲いている花をもっと見に行こうよ」
ルークの言葉に、アリサは、はあい、と嬉しそうに返す。リリーは、え、ええ、と呟く。
この人が好きだ。
リリーは心の中で叫ぶ。この人が好き。恨めしい気持ちもあるけれど、それでもやっぱりリリーは、ルークに惹かれていることは間違いなかった。