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7 忘れたい気持ち3

宿舎に戻ったリリーは、部屋に戻るなりベッドにうつ伏せになった。



ーー君のことが好きだからだ



ルークの言葉が頭の中で再生される。リリーは、信じられない気持ちから高揚して、胸が高鳴る。


「(ルークが、私のことを好き…)」


リリーは、深呼吸をして速すぎる胸の鼓動を整える。リリーの知らない間に、未来が変わっていたのだろうか。


「(前世と比べたら私は目立たなくなった。…だからルークは私に惹かれたの?)」


リリーはそんなことを考える。でも、前世の方が明らかにルークとの関わりがあったし、今世では幼い頃からほとんど関わりなどない。どこに自分に恋をする要素があったのだろうか。


「(まあでも、前世の自分は異性から評判が悪かった、という気づきはしてたし…)」


リリーは、前に感じた事を改めて思った。容姿が整っており、キラキラ目立ちまくる女性よりも、慎ましい性格の方が男性受けがよかったということだろうか。だから、ルークも今世ではアリサではなく自分のことを好きになった。


「(いや、アリサもどちらかというと控えめだ…。でも、今世ではルークは私を選んだ。ルークが私のことが好き、ルークが私のことが好き)」


そんな、夢みたいな現実にリリーは喜びが隠せない。しかしすぐに、でもアリサはどうなるの、という不安が胸に押し寄せる。

アリサに幸せになってほしい気持ちと、自分がルークと幸せになりたい気持ちがせめぎ合う。


「(そういえば、ルーク…)」


ルークに好きだと言われたときに、続けてルークが話していたことをリリーは思い出す。


ーー俺は、本当は自分の一存で君に想いを告げていい立場にないんだ。詳しくはまだ言えないのだけれど…


言葉を選びながらリリーにそう言ったルークに、隣国の王子であることを隠している彼の事情を知っているリリーは、彼の気持ちを何となく察した。国の王位継承権のある人が、軽々しく他国の貴族に告白などはできないだろう。


ーーだから今は、君の返事は聞かないでおく。俺が、君にそう思っているのだということだけ、胸の片隅に置いておいてくれないかな。


そう返したルークの言葉をまた思い出し、リリーは赤面した。しかしすぐに、アリサを思い出して胸が痛くなる。

そんな忙しい感情に振り回されながら、リリーはなかなか寝付けない夜を味わうことになった。






演劇祭の練習が本格的に始まった。リリーは、特にルークとのやりとりが多いため、必然的にルークと話すことが多くなった。想い合う相手同士の役のため、視線を合わせたり手をつないだりする場面の練習をルークとするたびに、リリーは胸が高鳴り、そんなリリーの様子を知ってか知らずか、ルークは優しい瞳でリリーを見つめた。



今日の劇の練習が終わり、リリーが片付けをしていると、ルークが、お疲れ様、と声をかけてきた。リリーは特に意識していないような素振りで、お疲れ様、と返す。すると、アリサとエリックもリリーとルークの側にやってきた。


「おっ、主役同士調子はどうなんだよ?」


エリックに尋ねられて、ルークは、まかせてよ、と返した。本番まであと1週間もない。アリサが、リリーの方を見て、お姉様、と言った。


「お姉様が本番に着られる衣装、とっても素敵でした!きっとお姉様にお似合いです」


アリサが両手を合わせて微笑む。そんな健気なアリサに、リリーは胸が痛む。


「俺も、見るのが楽しみだよ」


ルークがそう言って微笑む。そんなルークに、リリーは嬉しくなる。そんな2人を見たエリックが、おっ、という顔をした。


「なんだよ、ご両人。脚本に入りきってるのか?」


にやにやしながらルークを小突くエリック。そんなエリックに、脚本だけどさ、とルークが返す。


「話は良いんだけど、ハッピーエンドじゃないところが気に入らないな。せっかくなら王子と姫が結ばれるようなエンディングにしてほしかったよ。ね、リリー」

「ええっ?えっ、え、ええ、ええと…」


急にルークにそんなことを言われて、リリーは動揺する。ルークは意味ありげな微笑みをリリーに向け、そんなルークを見たエリックが、確信を得たかのような含みのある笑みを浮かべる。

リリーが目をウロウロ泳がせていたとき、ふと、アリサにリリーは視線がいった。視線を下げて、明らかに落ち込んでいる様子の彼女が見えた。アリサは、リリーが見ていることに気が付くと、はっと表情を明るくして、ほんとうですわね、とリリーに微笑んでみせた。


「(やっぱり、アリサはルークのことが…)」


リリーは、知っていたはずの事実にまた罪悪感が湧いた。





そうして、あっという間に演劇祭の本番がやってきた。

用意された衣装を纏ったリリーは文句なく美しく、周りの生徒たちは息を呑んでいた。

リリーは舞台の袖にたち、幕が上がるその時を待っていた。


「素敵だよ、リリー」


王子の衣装を着たルークが隣にやってきて、リリーに微笑みかける。リリーはそんなルークを見上げる。衣装を身にまとったルークは本当に綺麗で、自分はこの人にいつも容姿のことで負けてきて、そのせいで美しさに執着するようになった、ということを思い出した。敵対視はしていた、けれど、確かにこの人が自分は好きなのだ、とも。


「…この劇の間だけでいい」


隣に立つルークが、リリーの手を握った。リリーは、ルークをまた見上げる。ルークもリリーの瞳を見つめる。


「この物語のように、君を俺の恋人だと思ってもいいかな」


ルークの言葉に、リリーは目を丸くする。ルークは笑って、でも、と続ける。


「この物語のような結末にはなりたくない。それは我儘かな」


ルークの言葉に、リリーは目に涙が浮かぶ。


「我儘なんかじゃない」


ルークが、え、と声を漏らしたとき、幕が上がった。観客である下級生たちの歓声も上がる。舞台のライトに照らされたリリーが、ルークに微笑む。そして、周りには聞こえない音量で言葉を紡ぐ。


「だって、私もそうだったらって、思っていたから」


聞いたこともないほどの拍手と歓声で、舞台は始まった。リリーは、決められた台詞を紡ぐ。ルークは、少しだけ間があったあと、台本の通りの台詞を口にした。


演劇は大成功のうちに終わった。割れんばかりの拍手と歓声が3年生たちを包み、彼らに達成感を感じさせた。



演劇が終わり、様々な片付けを終えて、クタクタな体で3年生たちは打ち上げパーティーへ向かった。

リリーは、なんとなく打ち上げのような騒がしいところへ行く気分になれず、けれどヒロインが行かないのもどうか、という気持ちがせめぎ合ったまま、教室に1人でいた。

すると、廊下を歩く音が聞こえて、顔を上げた。するとそこには、勉強道具を脇に抱えたシリウスがいた。


「シリウス!」

「いいのか、姫がパーティーにいなくて」


シリウスの言葉に、リリーは、う、と言葉を詰まらせる。


「そういうあなたはどうなの?パーティーに行かずに勉強?」

「俺は大道具役。いてもいなくてもかわらない」

「そんなこと…」

「もうすぐ卒業だから、後悔しないように、勉強したいんだ」


シリウスの言葉に、来月には卒業してしまう事実をリリーは思い出した。長いような短いような、そんな3年間だったと、そうリリーは思う。

前世では、卒業して間もなくしてリリーは王弟との婚約が決まって、それからあのルークとアリサの婚約発表パーティーと、リリーの断罪式があった。今世ではどうなってしまうのか、リリーにも予想ができなかった。

そういえば、卒業してからはシリウスと会うことはなかった、とリリーは思い出す。せっかく親しくしていたのに、シリウスと会えないことが、リリーには少しさみしく思えた。


「ねえ、シリウス」

「なんだ?」

「私たち、卒業してもいつか会えるのかしら」


リリーの言葉に、シリウスは目を丸くした。そして、さあな、と返した。


「さあなって…」

「エドモンド侯爵家みたいな立派な家と、俺のところの家では、会う機会もないかもな」

「そんな…」

「でも、いつかは会えるのかもな。わかんねえけど」

「なにそれ…」

「いつかは会えるかもしれない。それが数年後か数十年後か、それはわからない。だから、ちゃんと食って健康でいろよ」


シリウスの言葉に、リリーは倒れて保健室に運ばれた日のことを思い出す。リリーが、あのときはごめんなさい、迷惑をかけて、と言った。するとシリウスが、口元を少しだけほころばせた。


「姫役、良かった」


シリウスはそういうと、それじゃ、と言ってリリーから背中を向けた。リリーは、ありがとう、とその背中に言った。すると、振り向かないでシリウスは手をひらひらと振って返した。リリーは、そんなシリウスの背中を、見えなくなるまで見ていた。


「こんなところにいた」


声の方を見ると、ルークがいた。


「ルーク」

「いくらパーティー嫌いだからって、ヒロインが不在の演劇祭打ち上げパーティーは如何なものかって思わない?」


ルークが呆れたような顔をしたあと、小さく笑った。そんなルークに、リリーは首をかしげる。


「いや、相変わらずだなって」

「相変わらず?」

「野良猫みたいってこと」

「だから、野良を…」


リリーは、そう言いかけて止める。なんとなく、前世の自分ではなく今世の自分をルークが好きになったということは、前世のような軽口を叩いては駄目なのかもしれない、と思ってしまったからである。

ルークはそんなリリーを見て、野良はやめて、でしょ、と笑う。リリーは、わかってるんじゃない、とつんと返す。そして、そう言ってから、心の中でしまったと呟いた。


「(気をつけていたのに、結局前世みたいな話し方になってしまう…)」

「あはは、ごめん、でもさ、可愛いって意味だよ。それはわかってるか」


ルークがいたずらっぽく笑って言う。リリーはそんなルークの方を見て、少しずつ頬が染まるのを感じた。そんなリリーを見て、ルークは優しく微笑むと、リリーの手を、両手で包んだ。


「どうか、君が許すなら」


ルークはそう言って、真剣な眼差しでリリーを見つめた。リリーはそんなルークの瞳を見つめ返す。


「僕の告白に返事をするのを、もう少しだけ待ってほしい。明確な日は言えない。理由もいえない。…でも約束する。僕の心は君にあると」


ルークの言葉に、リリーは目を見開く。そして、ゆっくりと頷いた。そんなリリーを見て、ルークは嬉しそうに目を細めて、ありがとう、と返した。

この人と幸せになりたい。そんなことを、リリーは願ってしまった。教室にはリリーとルークしかいなくて、だから、この世界すら2人きりなのだと、そんな錯覚を起こしてしまう。

この未来がどうなるのかはわからない。それでも、ルークの手を取りたい。そんなことを、リリーは静かにおもった。

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