5 新たな気づき3
アリサの誘いを断ったため、なんとなく何もせずに宿舎に帰ることが気が引けたリリーは、図書館に寄ることにした。勉強する気は特になかったが、物語の本でも借りようかと思ったのである。
図書館に向かうと、生徒たちが、静かに本を読んだり勉強したりしている姿が見えた。借りたい本を何冊か選んだあと、リリーは図書館の中を少しだけ歩くことにした。
基本的に図書館は私語厳禁だけれど、自習室のなかの一カ所だけは、自由に会話して良いスペースがあった。そこの前を通ったとき、見知った顔をリリーは見つけた。
「(シリウスに、マーク?)」
シリウスとマークが、2人で向かい合って勉強をしているようだった。リリーは、2人って仲が良かったんだ、という事実を初めて知った。
リリーは2人に近づき、こんにちは、と声をかけた。2人は同時に顔を上げて、リリーの方を見た。
「あれ、リリー」
マークはおっとりとした笑顔を向けた。シリウスは、いつもの無愛想な様子で、よ、と軽くリリーに挨拶をした。
「2人で勉強?」
「そうだよ〜」
「俺がマークに勉強を教えてもらってる」
シリウスがそう言うと、僕も教えることでより理解が深まるから、とマークは返す。マークは成績優秀で、だいたいいつも学年で一番の成績だったはずだ。ルークも成績はトップクラスだけれど、マークには勝てなかったような記憶がある。
「2人って仲が良かったのね」
「仲が良い、というよりも、マークが親切で俺の勉強を見てくれてるだけ」
「えー、仲良しでいいでしょ」
あはは、とマークが朗らかに笑う。そんなマークに、いや、とシリウスが頭を振る。
「俺なんかが、フィリップス家の方と仲が良いなんて、おこがましい話だ」
「も〜、やめてよ〜。ここは学校なんだからさ」
ね、とマークが微笑むが、シリウスは頑なに、いや、と頭を振る。そんなシリウスに、真面目だなあ、とマークは笑う。リリーは、そんな2人に小さく微笑む。
「マークは、シリウスと約束してたから、ルークたちと学校探索行かなかったんだね」
「そだよ〜」
マークの言葉にシリウスが、え、と言葉を漏らした。
「何か約束があったのか?」
「今日急に誘われただけだよ。シリウスとの約束の方が先だったから断ったけど」
「それは悪かったな。俺のはもういいから、そっちに行ってくれ」
「いいよ〜。僕も勉強したかったし。…それより、2時間くらい勉強してるし、ちょっと休憩しようか」
マークは、うーん、と背伸びをしたあと、リリーも行く?と尋ねた。リリーがいいのと聞くと、マークはもちろんと笑った。
3人で図書館をでて、カフェテリアに向かった。リリーとシリウスはコーヒーを、マークは紅茶とケーキを頼んで席に着いた。リリーの向かい側に2人は座った。
「マークって、本当に甘いものが好きなのね」
リリーは、おそらく今日のお昼もケーキを食べているであるうマークを見ながら言った。マークは、まあね、と微笑む。
「それで太らないんだから、羨ましい…」
「そんなん気にしないで、ちゃんと食えよ」
シリウスがコーヒーををソーサーの上に置いて言う。リリーは、いいの、と言いながらコーヒーのカップに口をつけた。
「リリーって、前はサラダしか食べてなかったけど、いつもそうなの?」
「ええ、まあ…」
「そんなんだと、そのうち倒れるぞ」
シリウスが呆れたように言う。リリーは、倒れたことないから大丈夫、と返す。
「それより、シリウスって勉強熱心なのね」
リリーはそう言って話題を変えた。前世の記憶を思い出すけれど、シリウスの成績については覚えがなく、そこまで飛び抜けた成績ではなかったのだろう、とリリーは思った。だからこそ、勉強をよくしているシリウスの姿が、あまりリリーにはピンとこなかったのだ。
シリウスは、まあ、と小さく返す。そんなシリウスに、マークが微笑む。
「シリウス、自分の家の領地が経営難だから、自分が勉強してなんとかしたいんだって」
「へえ、立派ね」
「…まあ、他の生徒たちと違って、俺は元々勉強もきちんとしてこなかったから、マイナスからのスタートだけどな」
「大丈夫だよ。僕でよければこれからも教えるし」
マークの言葉に、かたじけない、とシリウスは言う。
「マークも親切よね、そんなに力になってあげるなんて」
「こんなに熱心だから、力になりたくって。それに、シリウスっていい人だから」
「…いい人…」
シリウスが不思議そうに首をかしげる。そんなシリウスに、マークは微笑む。リリーは、前世では気が付かなかったけど、2人って気が合うんだな、と思った。
半時間ほどの休憩が終わると、2人はまた図書館に向かった。2人と別れて、リリーは宿舎に戻ることにした。
女子寮に戻る途中、やあ、と聞き覚えのある声が背後から聞こえた。リリーは少し体を震わせたあと、ゆっくり振り向いた。そこには、いつもの笑顔のルークがいた。
「…ルーク」
「やあリリー。今から帰るところ?」
「ええ、まあ…」
「俺もなんだ。女子寮まで送るよ」
「えっ?!…あ、ありがとう…、でも、あなた1人なの?」
「うん。なぜ?」
「アリサから、あなたたちと放課後一緒にいるって聞いていたから」
「教室に忘れ物したから、皆に先に帰ってもらってたんだ」
「そうなの…」
「君の来てくれなかった学校探索、楽しかったよ」
ルークの棘のある言い方に、リリーはぎくりとする。そして、横目でルークを見た。
「…あの、当然のように私をあなたたちの仲間に入れないでほしいのだけれど」
「当然のように、というか、当然でしょ?リリーが俺たちといるのは」
「勝手に決めないでくれるかしら。どうしてそんなに仲間に入れたがるのかわからないわ」
「というか、俺からしたら、頑なに離れるリリーの方が不思議だよ」
ルークの言葉に、リリーは固まる。ルークは、固まるリリーの瞳を見つめる。秋の風が、2人の間を通り過ぎる。
「ねえリリー、俺、何か君に嫌われるようなことをしたかな」
ルークが、ゆっくりとそうリリーに尋ねる。リリーは、はっとルークの方を見上げる。ルークの悲しそうな瞳が見えて、慌てて目を伏せる。
「…違うわ」
リリーはそう呟く。そう、ルークが何か悪いことをしたわけではない。ルークと一緒にいると、自分が自分自身と上手くいかなくなるのだ。決してルークが悪いわけじゃない。それが上手く伝えられなくて、リリーはもどかしい。かつて好きだった人に悲しい顔をさせてしまう自分が情けなくて、それでもどうしたら良いのかわからない。
「違うのよ、…ごめんなさい」
「謝ってほしいわけじゃないんだ。俺はただ、君と仲良くしたいんだ」
ルークはそう言って、リリーの手を握る。そして、ね、とリリーの瞳を見て言う。リリーは、そんなルークから目が離せない。
「…私と仲良くしたいって、思ってもらえるのは嬉しいの。それは本当よ、本当なの、でも…」
「でも?」
「……目立ちたくないのよ」
リリーは言葉を選んでそう言った。ルークは、そんなリリーに目を丸くする。
「あなたといると、どうしても目立つの。…それが、嫌なのよ」
「何か、俺といることで悪く言われたの?」
「そういうわけではないけれど…」
リリーは言葉が詰まる。前世のようにルークと接したい。自分の軽口に軽口で返して笑うルークが見たい。でも、それでは前世の二の舞になるだけ。リリーは、目を伏せたあと、ルークを見上げた。
「私、どうしてもあなたと一緒にいるわけにはいかないの。…ごめんなさい」
リリーはそう言うと、ルークの手から離れて、彼に背を向けて逃げ出した。悲しくて、虚しくて、目から涙があふれそうになった。好きな人と結ばれないと自覚して人生を歩いていくことの苦しみを、改めてリリーは感じた。




