1 悪役令嬢の誕生1
ーー鏡よ鏡、この世界で一番美しいのはだあれ
たくさんの装飾品があしらわれた豪奢な鏡の前で、リリー・エドモンドはため息をつく。リリーのエメラルドグリーンの瞳に映るのは、この世で2人といないとも思わしき、美しい女性の姿。手入れをされた金色のやわらかく長い髪は、ウェーブがかっている。小さな顔に乗せられているのは、鼻筋の通ったすっきりした小さな鼻、形のいい花びらのような唇、大きな瞳、長いまつ毛。そして、華奢ながら、女性らしい柔らかさも感じられる体躯。誰が見ても彼女のことを美しいと言うだろう。
こんなにも美しいのに、それなのに、なぜか彼女はいつも満たされない。
「リリーお嬢様、お茶会の招待状をいただきました。ハワード子爵のご令嬢からです」
ノックのあと、扉を開けて入ってきた使用人の女性が、リリーに手紙を渡す。リリーは、その宛先をちらりと見たあと、ああ、あの人ね、と呟いた。
「(あの人より私のほうが美しい。だから私のほうが目立てる。だいたいあの人、美人のような素振りをするけれど、ついてるお顔があれじゃあまるで冗談みたいなのよね)」
ふふん、とハワード子爵家令嬢の顔を思い出しながら、瞬時にそんなことを考えたあと、リリーは額に手を当てて頭を垂れた。
「(……なんて、私はまたこんなはしたないことを…)」
リリーは、自己嫌悪をしながら、あーっ!!と頭をかく。そんな彼女の様子に、使用人が慌てて、お、お嬢様、と彼女を宥める。
「…いいの、気にしないで。いつもの発作だから…」
「そ、そうでございますか…。…そうだ、お茶会に着ていくドレスをご用意いたしましょう。何かご要望はありますか?」
「…そうね、…赤色の、装飾が派手なものにしようかしら」
「かしこまりました。ご希望に沿うものを、何着か探してまいります」
そう言うと、使用人は礼をして部屋から出ていった。
リリーの母ーー前テラー子爵夫人が夫の死後、リリーが13歳のときに前妻を亡くしたエドモンド侯爵と再婚してからは、以前よりも更に華やかな生活をリリーは送るようになった。お茶会やパーティーの誘いの数は以前よりも数倍増えたし、着ていくドレスや装飾品の数も以前よりずっと増えた。そのことが、社交界で目立つリリーにとっては、容姿を見てもらう機会が増えて嬉しいような、そうでもないような、複雑な感情を生み出すのである。
使用人がいなくなったのをみて、またリリーはため息をつく。ソファーに腰をかけると、体がどっと重いのを彼女は感じた。
彼女は、美しいがゆえに、人の視線を集め、常に容姿を見られ、評価されてきた。そのため、自分の容姿に対して常に不足していると感じるようになっていた。
「(それもこれも、あの男のせい…)」
リリーは乱した髪を櫛で直しながら、恨めしげにそう心の中で呟く。
あの男とは、オクトー公爵家子息、ルーク・オクトーである。彼との出会いは、リリーの8歳の誕生日パーティーであった。
リリーは産まれてからこの方、可愛い、綺麗、美しいと褒められて持て囃されて生きてきた。自分のことは本当に容姿が秀でていると自負していたけれど、それ以上は思っていなかった。
しかし、その8歳の誕生日パーティーの日、リリーはルークと初めて出会うことで、自分よりも容姿で目立つ人物に出会ってしまった。
この国ではあまり見かけない、綺麗な青みがかった髪は太陽の光にあたるときらきらと輝き、髪の色と同じ青色の瞳は宝石のようで、彼の年に似合わずに落ち着いた物腰と優しい笑顔は、周りの人を惹きつける力があった。
「リリーも美しいけれど、あの方はもっと目を引くわね…」
そう評価する周りの声の多さに、リリーは初めて劣等感を知った。
オクトー公爵家に養子としてやってきたというルークは、オクトー家の兄たちとパーティーの参加者と談笑していた。そんな姿を、絶望を感じながらリリーは見ていた。自分が着ていたピンク色のドレスが急に自分には不釣り合いに見えて、その場から逃げ出したくなったことを、彼女は覚えている。
「はじめまして、ルーク・オクトーです」
ルークは、そう言って親しみやすい笑みをリリーに向ける。リリーはひきつりながらも、はじめまして…と返す。ルークと並ぶことで、周りは更にリリーの容姿を彼と比べてくる。そして、彼女は彼に負ける。
「今日はとってもいい天気だね」
「え?え、ええ…」
少年からの問いかけに、リリーは目を丸くする。ルークは微笑み、日差しが暖かくて気持ちいいね、と返す。その笑みを、周りはうっとりと見つめる。
幼いリリーにとっては、今までは自分が一番美しかったのに、それを揺るがす存在があらわれたこと、そして、揺るがす側は、あんなふうにのんきに笑えるということ、それらに衝撃を受け、それ以降彼女の容姿に対するコンプレックスを燻らせることになる。
それからも、ルークとは年が同じこともあり、何度も会い、交流することになる。14歳のときから3年間通っていた全寮制のパブリックスクールでも同じ学年として彼らは関わりがあった。
年を重ねるごとにルークは、少年から青年へと見た目を変え、幼い頃の儚げな印象から精悍な雰囲気に変わった。そのため、17歳になり美しい女性へと成長したリリーは、ルークと同じ土俵では容姿を比べられなくなった。しかし、昔の衝撃は、現在進行系で彼女を蝕んでいた。