4 気配
病院と役所、それから電車の中、そういう場所には様々な事情を抱えた人々が一様に介する。
立夏もまた、その一人にすぎない。
特に病院という場所は厄介で、人の本性が現れる場所でもある、と思っている。
昼休みに入った直後のあの映像と頭痛に疑問を抱きながら、立夏は体温測定をした。
しかし熱もなければ風邪症状もない。
単純にストレスが溜まっていることは明らかだが、一旦フタをした。
それからいつもの、患者たちに柔らかい笑顔を向けながら仕事をする。
ロビーで待つ患者の中に、先日腕の痛みを訴えていた男性が見えて、声をかけた。
「名利さん、お怪我の調子はいかがですか?」
「ああ、だいぶ良くなりましたよ。体のメンテナンスというのはやはり、必要ですね」
椅子に座った二十代後半くらいの、スーツを着た長身痩躯の男性が顔をあげた。
「それは、人間ですからね」
と、軽く答えたところ、名利は言った。
「人間っていうのは、本当に不便な生き物ですね。不便というより、不自由だ」
「それは、本当にそうだと思います」
吐息交じりに同意する。
すると名利は不意に廊下の先に目配せして、
「ちょっと、急用ができたので、また来てもいいですか」
「はい、伝えておきます」
言って、目を向けた先とは反対側の方向に歩いてゆく。
正面玄関は逆の方向だ。
声をかけるよりも早く、彼は革靴の音を殺しながら立ち去って、立夏は顔をしかめた。
とにかく、仕事だ。
受付の女性にその旨を伝えて、立夏は診察室の裏側に戻ることにした。
薬品棚を抜けて、電話機の前で立ち止まる。
たしか、休憩に入る前に、ほかの看護師に用件を伝えていた。
それが伝わっていない可能性があった。
「薬局へ問い合わせがあったはずですが、終わってますか?」
それまで二人で会話していた二人の看護師が、立夏を見るなり視線を逸らした。
立夏は言いたいこともすべてを封じ込め、担当医に確認するほうが先決だと判断する。
「佐久間さん怖いわね、怒ってるのかしら」
の声を抜け、誰も使っていない診察室から外に出ようとした、そのときだった。
再び頭が割れそうなほどの激しい痛みが走る。
思わず頭を押さえ、もう片方の手をベッドについてなんとかバランスを保つ。
額から冷たい汗が滴ったかと思うと、再び映像が流れ込んできた。
それは、数年間封じ込めてきた現実であった。