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勇者など要らない魔王討伐  作者: Enoki
序章 漂流する怪物
6/6

『金鬣』



「というわけだけど、何かわかったの? 私にはさっぱりだけど」


 ルシアの投げやりな言葉が、宙を舞った。


 正面の夕陽が少し眩しい。

 今日だけで3人の関係者に話を聞いて回った俺とルシアは、『LIEN』前の広場に腰を落ち着け、新たに得た情報をまとめ終えたところだった。


「事件の真相についてはまったくわからないな。けれど、確証を得たことはある……」


「……勿体ぶらないでよ」


 現時点でルシアに話す内容を精査していると、此方の沈黙に焦れたように、彼女が抗議の声をあげる。


「…….今日の聞きこみで、一番大きい収穫はなんだと思う?」


 仕方なく思考を中断して話す。一息に話さず質問で返したのは、我ながら捻くれた性根と意地のためだ。

 ルシアは数秒悩み、答えを出す。


「うーん……。カッセルさんが見たっていう不審な人影かなぁ」


「それもあるけど。もっと大きいのは冒険者ライルの様子が失踪前に不自然だったことだ」


「そこなの? でも些細な違和感程度だったんじゃ」


「ライルが無口で変化を見つけにくい人物だったなら、十分な異変だと考えてもいい。重要なのは異変の大小ではなく、異変があったということだ」


「……?」


 訳がわからない、とでも言いたげに彼女は首を捻る。


「時系列と一緒に考えてみて欲しい。ライルが失踪したのが11日、グズマンが失踪したのが15日、シグウェが失踪したのが16日、そしてカッセルが失踪したのが28日だ。加えるなら、もう一人の浮浪者が失踪したのは30日。……こうして並べてみると、一つだけ違和感がある。シグウェさんが失踪してから、カッセルさんが失踪するまでが異常に長い。それ以外は比較的短いスパンで起きていたのに対し、ここだけはおよそ二週間の期間が空いている」


「それがどうしたの?」


「5人の被害者の内、失踪前に様子がおかしくなったのは、ライル、グズマン、シグウェの3人だ。そして変化が無かったのは、カッセル、無名の浮浪者の2人」


「——! たしかに」


 共通項の整理。簡単な推理だ。

 ライル、グズマン、シグウェは失踪前に異変が見られた一方で、カッセルともう一人の浮浪者には異変が見られていない。浮浪者については、ハーネスさんから様子がおかしかったという話は聞いていないし、明日貧民街へ向かえば明らかになる。

 整理すると、音楽家シグウェが失踪した16日を境にして犯行が一旦止まり、被害者の様子もそれを境に変化している。これが意味することはすなわち——。


「つまり、犯人はシグウェさんが失踪した16日時点で動機を変化させた可能性が高い。もっと言えば、その時点で目的を達成したのかもしれない。もちろん、犯人が被害者達の様子を変え、行方不明にした方法も、その動機も一切が不明のままだから、可能性の域は出ないけど」


 ぱちぱちぱちぱち、と。ルシアが拍手をした。乾いた空に小気味いい音が妙に響いた。


「……やっぱりユーレは頭が回るね。嫉妬しちゃうくらい」


「思ってもないことを」


 冗談も大概にして欲しい。彼女は常人がどんなに努力しても得られないものを、たくさん持ち併せているというのに。


「それで、他には?」


「現状、これ以上は難しい」


 犯人の犯行方法、動機が明確でない以上、推理は暗礁に乗り上げる。


「え……、……何も?」


「……ああ」

 

 そう告げると、彼女はふと考え込むように顔を俯けた。

 差し込んでいた夕日が家屋の影に隠れ、広場は幾分か暗くなる。顔を上げた彼女の表情もまた、少し暗く映った。


「…………それはさ、何の嘘なの?」


 彼女の声は静かでいて、静かな広場を切り裂くような孕みを待っていた。


「何が?」


「そんなこと言ってさ。ユーレも大概私のこと舐めてるよね」


 ——やはりバレるのか。


 ルシアは決して鈍くない。ロックスさんにそうだったように、特に対人関係においては異様なまでの鋭さを見せることがある。だからこそ、それなりに本気で道化を演じたのだが。


「そこまでわかっているなら、ユーレならもう少し推理は伸びるよね? シグウェさんは失踪した日にゼスター公爵家を訪れている。仮に犯人がシグウェさんの失踪と共に目的を達成したのだとしたら、それは公爵絡みなのかもしれない。それくらいは考えて然るべきと思うけれど」


「だから敢えて言わなかったんだ」


「カッセルさんが見たという人影については? ロックスさんは失踪の2週間前くらいと言っていたけど。時系列で考えるなら、さすがに無関係とは思えないよね? 何より、グズマン・フォードが市内を徘徊していた時期と重なる」


 本当に、何が嫉妬だ。

 推理の土台を与えただけで、瞬時にこれほどまでの仮説を立てられる。才能の煌きとは斯くも恐ろしい。


「言及しなかった理由でもあるの?」


「だから敢えてだよ。こうして考えつくなら、話す必要もないだろ?」


「ねぇ……。ユーレ、他にも何か隠しているよね。ユーレが隠し事をしているのはずっと前からだけど、今回はさすがにわかりやすいかな」


 俺は言葉に詰まった。


「私、これでも結構本気で怒ってるけど」


 ——何と言葉を返すべきか。

 一つだけ弁解するなら、俺の行為に彼女を貶めるといった意図は微塵もないということだ。けれど、だからと言って、そう簡単に打ち明けられるものではない。

 

 無難に謝罪の言葉を返そうと口を開いたのと、広場に数人の足音が聞こえたのは同時のことだった。俺の謝罪は儚くも、彼の言葉に掻き消された。


「あれ、ルシアじゃん! やっぱりここにいたー!」


 聞き覚えのある声だ。俺にとっても、ルシアにとっても。振り向けば、見覚えのある赤みの強い黒髪が目に入る。


 ルシアの所属する白金級冒険者パーティー『金鬣』のメンバーがそこにいた。

 声を掛けたのはギース・クレベル。パッチリとした大きい瞳に、少し少年らしさの残る顔立ち。束になった短髪は毛先が遊んでおり、受ける印象は快活そのものだ。


 その後ろには、長身の男性クルス・ジェイドに、エルフの女性アルディス。いずれも見知った顔ぶれだ。

 誰もが例外なく強い魔力を放っており、只者ではないと雰囲気だけでわかる。彼らこそ、ゲラーレン最強の冒険者の一角『金鬣』。アーゾルグを討伐したことを加味すれば、今や世界屈指の冒険者集団と言っていいかもしれない。


「ギース。今真剣な話をしてるから、後にしてくれない?」


 話が逸れるかと思ったが、ルシアはギースに向けてそう言った。パーティーメンバーに対しては冷たい対応だ。

 どうやら、彼女はそう簡単に追求を止める気はないらしい。けれど、俺にとっては紛れもなく好機であって、軽い気持ちで声を出した。


「いや、話はちょうど終わったところだ。そっちの要件を言ってくれて構わ——」


 その言葉を言い終えることはできなかった。


「——ユーレ!!」


 ルシアの叫び声が一帯を裂いた。

 シンと、一切の音が消えてしまったようだった。俺と金鬣はもちろん、草木まで黙りこくっていた。

 見なくても、というか誰だってわかる。ルシアは本気で怒って(キレて)いた。


「……」


 一瞬の後、俺は地雷を踏み抜いたのだと遅れて気づいた。

 

 反射的に肩が跳ねていた。無理があるとわかりながらも、素知らぬ顔でギースの方に顔を逸らした。

 

「……」


「……」


「……わかったよ、ユーレ。そういう態度を取るなら……、今はいい」

 

 此方の意思を的確に理解したルシアは、押し殺した声でそう言った。


「————でもこの精算は絶対に後でしてもらうからね」


 氷の手で心臓を掴まれたようだった。魔力の波動は、抑えこまれているにも関わらず身体を震わすのに十分な圧力を発していた。


 俺は微かに抱いた恐れを表情に出さないように努めながら、あくまでもギースに向かい合った。

 ルシアの言葉を、意思を否定するのは到底不可能に思えた。空気がひりつき、肌を刺した。

 

 けれど、それが功を奏した。

 それが基本的に場の空気を読まない少年の気を引いた。


「……なんだ、ユーレもいたのか」


 ルシアに対して驚いた顔を浮かべていたギースは、此方に気づくとあからさまにトーンを落として言った。感情がありのままに態度に出てしまうことは彼の美点であり、……欠点だ。

 

「……悪かったな」


「そう思うなら、行動を改めろよ。悪評がルシアにも付きかねない」


 手痛い言葉だ。

 悪評という言葉に心当たりはある。元凶は前のパーティーメンバーだが、俺達のパーティーには確かに悪い評判が立っていた。


「わかった、謝るよ。すまない」


 謝る以外の選択肢がない。いつもならルシアの援護が入るが、今はそれもない。火事の先に(ドラゴン)だ。


「……それでルシア、何をしてたんだ?」


 此方の謝罪に何の反応も示さず、ギースはルシアへと話の矛先を変えた。


 手痛い対応だ。

 だが、これだ。この無神経さ。立て込めていた重い雰囲気をものともせず、ルシアに切り込む鬼才。

 

「……連続行方不明事件の捜査。前に衛兵舎から依頼を受けてたでしょ」


 ルシアはやがて憎々しげに端正な口を開いた。

 

 彼女は対応せざるを得ないのだ。

 風向きは反転して良好だ。俺は素知らぬ顔を続けていた。


「断ってなかったか?」


「ユーレと受けることにしたの」


「なんでこいつと……」


「だって、この中で一番賢いのはユーレでしょ」


「——っ」


「秘密主義には辟易するけどね」


 顔にはため息を押し殺したような表情が滲んでいる。睨まれたところで反応は見せない。


「……こっちはこっちで大変だったんだぞ。皆、こぞってルシアはどこだってな。相手してるだけで疲れる」


 ギースが語気を強めた。彼の苛立ちがよく伝わってくる。


「……そう。迷惑かけたね」


「いや、ルシアのせいじゃない……」


 彼は慌ててそう言った。


「ああ、それで要件なんだけど。カイル司祭が明日もう一度教会に来てくれって。礼典の段取りを少し変更したいらしい」


「明日……。わかった。伝言ありがとう」


 少しの沈黙が訪れる。

 要件を伝え終えたギースだが、このまま立ち去るのも憚られるらしい。クルスさんはいつも通り冷静に此方を見ているし、アルディスに関してはそもそも俺たちに然程関心がない。欠伸を浮かべて眠そうだ。


 街灯がオレンジに光った。いつのまにか周囲は随分暗くなっていた。

 

 帰ろうかな。ここに長居するのは精神に悪そうだ。


「皆は何していたの? 今日は揃っているけど」


 上手く抜けようとしたところで、ルシアに裾を掴まれた。態勢を崩されて、俺は情けなくベンチへ戻った。

 彼女はそのまま何事もないようギースに問いかけた。


「討伐依頼だ。クラム村近くの森で魔獣の群れを狩ってきた」


「任せちゃって悪いね」


「しょうがない。今のルシアがいたら依頼どころじゃなくなるから」


「私がいなくても大丈夫そう?」


「ああ。今は前みたいな脅威はないから。余裕だ」


「ふふっ。頼もしいね」


 余裕だと告げるギースの言葉には何の驕りもない。パーティーメンバーが欠けようが、彼等には然程影響はないのだ。

 ——冒険者の頂点。全冒険者の憧れ。白金級冒険者。それは人間の域を踏み出した者達の世界だ。その多くは仲間とのしがらみを嫌い、ソロで活動しているが、その点彼ら『金鬣』は稀有なパーティーと言える。

 

「クルス、右腕はもう大丈夫そう?」


「ああ、ほぼ完治したと言っていい」


「良かった。出発には間に合いそうだね」


 一般に、冒険者は仲間を集い、共に依頼に当たるパーティーを形成する。ギルド規定によれば、正当な評価を得ることのできるパーティーの上限人数は8人。それ以上の人数でパーティーを組むこともできるが、そうして達成された依頼は等級判定に参照されない。


 等級は冒険者組合(ギルド)によってパーティー毎に審査される。冒険者組合(ギルド)としても依頼達成時の様子を見ているわけではないため、個人毎に評価を下すのは難しい。

 余談だが、この規則の穴を突くと、少し面白い事ができる。例えば、冒険者になったばかりの新人が『金鬣』へ加入すれば、彼はすぐにでも白金級冒険者になることができるのだ。勿論、これは『金鬣』側に何のメリットもないため、実際には起こり得ない。


「ルシアの魔力、久しぶり」


「そうだね、アルディス。久しぶり」


 何が言いたいかというと、パーティー内での実力が乖離している場合、実力の高い者にとってパーティーメンバーの存在は足枷でしかないのだ。パーティーの人数が多い程、報酬が分散し、取り分が減るだけだ。

 そして、先にも言ったとおり、白金級冒険者は人間を超越したような化け物共。彼らは余人には理解できない領域に立ち、須く我が強く、協調というものを知らない(偏見)。故にこそ、パーティーを解消し、ソロで活動することが多くなる。


「せっかく集まったし、夕飯でも食べてかないか?」


「うん……。そうしようか」


 だから、白金等級という高みに至って尚、パーティーを解消しないというのは意外と珍しい。目の前で平和な会話を続けている彼等は、世界中で見ても相当稀なパーティーだ。加えて、『金鬣』は単独でも白金級へと至れるような、一角(ひとかど)のメンバーが揃っている。世界で唯一四天王を討伐した事実が、それを証明している。


「——じゃあ、ユーレ」


 その声で、現実逃避していた思考は、冷や水をかけられたように舞い戻った。

 そんなに低い声を出さないで欲しい。美人は怒るべきではないのだ。


「明日は用事ができたから、次は明後日ね。——ちゃんと弁明を考えてこないと、本当に許さないから」


「……わかったよ」


 ほとんど敵を前にしたような声音だ。今斬りかかられていないのが不思議なくらい。それでも仲間と話した分、ある程度は落ち着いているのだろう。沸騰する火山が沸騰するやかんくらいにはなっているはずだ(意味不明)。


 中央公園の方に歩く彼等を見送る。

  

 明日の目的地は貧民街。我ながら最低だと自覚しているが、ルシアがいなくて都合が良かったかもしれない。敵の正体に確信が持てないまま身動きが取れなくなるのは、避けなければならない。


「ユーレ。あまり気負いすぎるなよ」


「ありがとう、クルスさん」


 焦っていたのを見抜かれただろうか。去り際にクルスさんに声を掛けられる。

 『金鬣』では最年長の大人。俺とルシアがゲラーレンにやってきた当初から世話になっている、恩人だ。


「……無理な話だ」


 吐息ほどの声で吐き捨てた。





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