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勇者など要らない魔王討伐  作者: Enoki
序章 漂流する怪物
5/6

遺族 2



 ◇◇◇




「いいのか? あんな口約束をして」


 住宅地から遠ざかりながら、ルシアに尋ねた。


「いいよ。だってこの事件を解決するのはユーレだからね」


 それはつまり、自分では解決する気もないのに約束を結んだという事だろうか。

 済ました顔の彼女に、呆れが胸中を埋め尽くす。


「……人任せが過ぎないか」


「でも、私も礼典の前にはこの事件を解決したいの。だから、1週間以内に解決するっていうのは嘘じゃない」


「大いに協力してくれるってこと?」


「違う。ユーレを信じてるってこと」


 彼女は笑みを浮かべた。

 午後の陽気が立ち込める裏通りは、雑貨屋や小さな露天がポツポツと並び、大通りに比べると人気が少ない。


「感謝すべきか、無責任だと怒るべきか」


(勇者)に信頼されてるんだから喜びなよ」


「……自信家でなによりだ」


 ため息と共に答えた。

 

 ローサム家の位置するコルク通りから『LAST LOUST』へは、歩いて二十分程の距離だ。俺達はシェフであり失踪したカッセル・ハイネマンが経営していたそのレストランを次なる目的地に設定していた。


 事件について推理を続けながら歩いていると、まもなくラグズ通りと記された標識が目に入る。コルク通りからはおおよそ北東に進んだ、中央からは離れた小さい通りだ。ハーネスさんから話を聞いた昨日時点では、『LAST LOUST』は店主の失踪した一週間前から営業を停止しているとのことであり、はっきり言って望みは薄い。


 ラグズ通りの中ほどに目的のレストランが見えてくる。

 一軒家を改装したようなこじんまりとしたレストランで、オレンジ色の切妻屋根が特徴的だ。正面ドアのガラスにLAST LOUSTという文字のマジックサインが括られているが、発光しておらず、ガラスの内側にはClosedと表示された板が吊るされている。


「閉店してるね」


「そうだな」


「諦める?」


「……そうだなぁ」


 『LAST LOUST』。

 ゲラーレンでは間違いなく三本指に入る老舗の名店。鹿や鳥、牛など多様な食材の燻製(ロースト)で有名な高級レストランで、上流階級の人々に高い人気を誇っている。ガウス商館出版の『コーカス山脈麓レストラン10選』に10年連続で選出されており、遠路から高級役人の集うここ数週間は予約がとれない盛況だったらしい。


 外から様子を窺うものの、ガラス窓には全てチャコールのカーテンが掛けられていて中の様子は把握できない。

 ハーネスさんの話によれば、『LAST LOUST』は店主であるカッセル・ハイネマンが家族ぐるみで経営していたレストランで、従業員はハイネマン夫妻とその息子である三人兄弟、そしてアルバイトの若い女性が二人だけだそうだ。店主でありシェフであったカッセルさんが失踪した今、営業再開の目処は立っていない。


「お前達、そのレストランに用か?」

 

 はたしてその調理技術は受け継がれたのだろうか、などと考えていると、不意に後ろから声を掛けられた。


 中年の男性が、通りで足を停めていた。白髪交じりのシルバーの髪を七:三に分けており、黒いスーツに身を包んだ姿からは洗練された印象を受ける。

 突然のことに驚きながらも返答する。


「はい。用といえば用ですね」


「煮え切らない言い方だな。だが、残念ながらしばらくは閉店だ。要のシェフが行方不明になっちまったからな」


「知っています。それについてお話を伺いにきたので。ところで、失礼ながらどちら様ですか?」


 格好から見て、男性がこのレストランの関係者であるとは思えない。あるいは、目的はルシアの方だろうか。親しい者しか彼女を認識できないはずなのだが。


「ああ。すまない。俺はロックスという。ここの店主とは古くからの友人だ」


 それは聞き覚えのある名だった。ハーネスさんの資料にプロファイルされていた名前だ。


「……では、カッセルさんが失踪した前日に居合わせたという?」


「なんだ、知ってるわけか。じゃあ、喜びな。お前達は当たりを引いたわけだ」

 

 スーツ姿の固い印象と、砕けた物言いにはチグハグさを感じるが。当たりを引いたというのは間違いない。ある意味で、カッセルさんの家族よりも話したかった相手なのだ。


「では、お話を聞かせていただけますか?」


「お前達が何者かわからないままではな」


 彼は冗談めかして肩をすくめる。


「冒険者のユーレ・クレイデです。冒険者証はここに」


 ロックスさんに冒険者証を手渡す。

 薄い鉄製のプレートに氏名、所属パーティー、等級、所属ギルドが刻まれている。所属や等級が変わる毎にギルドが無償で更新するため、今はパーティー無所属、推定白銀等級、ゲラーレン所属と記されている。肝要なのは右上に刻まれたギルドマークで、ギルド特製の魔法によって刻み込まれた幾何学模様は薄く虹色に光っており、偽造は困難と言われている。

 彼の視線は目ざとくそれを確認した。


「そっちの彼女は?」


「その前に場所を移してくれませんか?」


「……まあ、いいが」


 不思議そうにしながらも、彼はこちらの提案を受け入れてくれる。そして此方に向かってきたかと思うと、『LAST LOUST』のドアに近寄り、あろうことか懐から鍵を取り出して開錠してしまった。


「なら、話は中でしようか」


 そう告げるロックスさんに続いて、俺達は突然のことながら街随一の高級レストランに足を踏み入れた。




 ロックス・ギルガー。

 ゼスター公爵の下、都市庁舎に勤める文官であり、カッセルさんの友人である男性。くわえて、カッセルさんの最終目撃者であり、失踪の前日深夜に『LAST LOUST』を訪れていた人物だ。いずれ訪ねようと思っていたが、幸運にも面会は大きく前倒しになった。


 一目でオフィスワーカーだとわかる黒いスーツに、整った身だしなみ。彼は「失礼、たばこはいいかい?」と前置きをすると、足を組み葉巻を咥えた。口腔内で時間をかけて香りを転がし、十分に堪能したのだろう、白い煙を吐き出した。


「白銀級に、勇者とはね。随分と本気だな」


 ロックスさんは虚空を見つめて誰に向けるともなく呟いた。俺達は『LAST LOUST』の中、中央のテーブル席に座って向かい合っていた。


「……もともと依頼は彼女だけにされていましたが」


「そうなのか? まあ、本気には変わりない。……ところで、ハーネスはどうした? あいつが投げたのか?」


「ハーネスさんを知っているのですか?」


「ああ。少し前に俺にも会いに来た。あそこの頭脳だ」


 思わぬ名前が出てきたが、考えてみれば衛兵舎と都市庁舎には繋がりがあっても不思議ではない。エリートである公爵直属の文官から見て、ハーネスさんは『頭脳』と称されるようだ。


「彼も平行して捜査を続けていると思います」


「そうか。……話を逸らしたな。で、聞きたいのは、27日のことか?」


「そうです」


 先月27日。

 カッセル・ハイネマンはレストランの営業終了後、旧友であるロックス・ギルガーと二人きりで面会した。彼の家族はラグズ通りを北に10メートル程行ったすぐ近くの自宅に帰っており、『LAST LOUST』に残ったのは二人のみ。そして、彼らが別れた深夜から翌日にかけて、カッセルさんは行方不明になっている。状況だけで判断するなら、ロックスさんは事件の重要参考人とも取れるが、彼らの旧交は多くの者が証言するものであり、容疑は限りなく低いと考えられている。


「ハーネスに聞いてないのか?」


「もう一度捜査して欲しいと頼まれたもので」


「……相変わらずの変人ぶりだな。連邦出身の奴はどうにも好かん。……いいだろう。話してやる」


「ありがとうございます」


 此方が頭を下げると、ロックスさんは葉巻を灰皿の溝に差し込んだ。煙が不規則な流線を描きながら天井へと消えていった。


「——別に大したことはない。俺はただ友人としてカッセルに会いに行き、あいつはそれに応じたというだけの話だ」


 彼の、歳を感じさせないハキハキとした発声が、分厚いカーテンに薄く照らされた店内に響いた。


「その日、俺は仕事が終わり、久しぶりに友人の顔が見たいと思った。知っているかもしれないが、カッセルとはお互いに家業を持ちながらも月に一度は顔を合わせるくらいの親友だった。40年来の親友だ」


「ここの合鍵も渡せるほどの?」


「その通り。いい反応だ。……俺達はお互いをリスペクトしていた。俺はカッセルの出す料理に喝采していたし、あいつも俺の経理作業に唸っていた」


 惚気が続いた。これはあれだろうか? 近年密かに認められつつある同性愛というものだろうか。


「だが、魔王軍のごたごたでしばらく会っていなかったから、実に三か月ぶりの会合だった。店に着いたのは夜の10時くらいだった。閉店の一時間後だ。カッセルはローストチキンを用意して俺を待っていた。家族はもう帰っていたから、二人きりだった。…………それからの事を細かに説明する必要があるか? 俺達は近況報告をし合い、酒を飲んで、世の奴らがやるように旧交を温めた。……ここを出たのは深夜1時くらいだ。お互いそこまで酔っぱらっていたわけでもない。カッセルも無事に家に帰るものと思っていた」


 俺達が何も言わないのを見ると、ロックスさんはわざとらしく「以上だ」と付け足した。

 本当に何の変哲もない話だった。前半のリスペクトが何とやらという話の方が長く感じるくらいだ。

 彼は葉巻を手に取り、ゆらゆらと揺らした。


「カッセルさんの言動になにか不審な点はありませんでしたか?」


「なかったな」


「些細なことでも構いません」


「思い出話も含めてあいつそのものだった」


 ロックスさんの口調は確信に満ちたもので、親友の変化を見逃すはずがないと主張しているようだ。


「あなた達が別れた後、カッセルさんはすぐに家に帰りましたか?」


「そうだろうな。俺達は帰り道が逆だから見ていたわけではないが。俺は店を出て右に、あいつは左に行った。ラグズ通りを抜けて振り返った時にはもう見えなくなっていた」


「カッセルさんが失踪した理由について心当たりはありますか?」


「そんなものない」


 彼のきっぱりとした断言に此方の質問も尽きた。進展がなかったわけではない。これで、可能性はだいたい一つに絞られた。


「それで? 質問は終わりか?」


 考え事をしていると、白い煙を吐き出しながらロックスさんが訊いてきた。「はい」と口に出そうとしたが、それはルシアによって遮られた。


「はい、質問」


「ようやく喋る気になったのか、勇者」


「閉店しているとわかっていたのに、どうしてこの店にやって来たんですか?」


「様子を見に来たんだよ。カッセル抜きでも営業しているかもしれないからな」


「嘘ですね」


 間髪入れずにルシアは言い放った。


「あなたは合鍵をすぐにポッケから出しました。鍵の束にでも入れているならともかく。ふつう友人のレストランの合鍵を常に持ち歩きますか?」

 

「……しないだろうなあ」


「つまり、あなたは最初から目的があってここを訪れるつもりだった。ねぇ、ユーレ? これって犯人は現場に戻ってくるってやつじゃない?」


 ルシアは最後にこちらを振り向いて指摘を続けた。

 

 素直に驚いていた。彼女の鋭い洞察力に。俺が考え及んでいない点を彼女は的確に突いていた。

 しかし。…………いや、犯人というのは決めつけすぎではないだろうか。


 返答を求めて、ロックスさんに視線を向けた。


「悪くない推理だ、勇者。…………ちょっと待ってろ。一つ思い出したことがある」


 ロックスさんは自嘲したように笑みを浮かべて、葉巻を置き、席を立った。ルシアの言葉に対して否定も肯定もしなかったが、依然として余裕のある態度は崩れていない。


 カウンターの隣から厨房に抜け、ドアを開いて裏に入り、姿を消す。少し物音がした後、彼はすぐに戻って来た。手に抱えているのは一通の手紙だ。


「俺がここに来た理由だ」


 そう言って三つ折りにされた手紙を目の前に持ち上げる。茶色く燻んだやや分厚い紙面は、高価な羊皮紙だろう。表面には『我が愛する家族へ』という一文と、真紅の封蝋が為されている。


「それは?」


「遺書だ。カッセルのな」


「どうしてロックスさんが?」


「頼まれたからだ。まさか一週間足らずで手にするとは思わなかった」


 推し量るに、有事の際にはロックスさんが遺書を回収する手筈になっていたのだろう。想像からは離れた代物が出てきたが、彼がここを訪れた理由は理解できる。

 だから、気になるのはその後の言葉だ。カッセルさんが遺書の存在を伝えたのは一週間前、すなわちカッセルさんの失踪直前になるが。とすれば、カッセルさんは失踪の直前に自らの死を予感していたのだろうか。


「カッセルさんは一週間に遺書を書いたのですか?」


「ああ。俺は犯行の直前に遺書を受け取ったわけだ。…‥皮肉なもんだろ」


「詳しくお聞きしても?」


「遺産は全て家族宛てだ。親友に銅貨一枚たりともくれないってのも酷いと思わないか?」


「……はあ」


「興味のない話には生返事か。最近の若者は礼儀をわかってないな」


 急な言い掛かりに俺は口をつぐんだ。遺書の内容を聞いたわけではない。それくらい彼も理解しているはずだ。

 

 ロックスさんは此方の対応にため息を吐いて、不服げに続けた。


「……カッセルはな、こう言っていた。2週間前くらいに不審な人影をよく見たと。そいつは見窄らしい見た目で浮浪者のようだったらしい。そいつが怖かったんだと。身の危険を感じて遺書を書いてしまうぐらいに」


 ——不審な人影、そして浮浪者。

 ハーネスさんの操作資料には書かれていなかった情報だ。


「そのとき、俺は笑っちまった。だからって、普通遺書を書くかってな。……お前はどう思う? 勇者」


 白煙をくゆらせ、彼はルシアを見やった。


「なんで私?」


「なんとなくだ」


「……そう。じゃあ答えますけど」


 彼女は怪訝な眼差しで応じながらも、ゆっくりと口を開いた。


「遺書を書いたってことは、カッセルさんはただ怖かったんじゃありません。死を感じさせるような恐怖を感じたことになります」


「それがどうした?」


 カッセルさんが問いかける。

 

「これはそう簡単にできることじゃありません。ただ見るだけで、相手に死を感じさせるなんて。でも、例えば私にならできる。でも、そこらの人ではきっと無理」


「何が言いたい?」


「実戦的な感覚に基けば、です。魔力量に絶対的な差があれば、死を錯覚させるのは容易い。さらに、視覚的に死のビジョンを送る魔獣や魔物なら、その壁はさらに低い」


「……」


「つまり、その不審な人影は、相当な強者(つわもの)なのかもしれません」


 ——本当に今日のルシアは冴え渡っている。

 探偵役は最初から必要なかったと思えるほどに。


「……なるほどな」


 そう言うロックスさんの声音は、少し不満気だ。

 彼にとっては実感の得られない話だろう。あるいは、アーゾルグでも一目見ればきっとわかるだろう。


 彼は少し乱雑に葉巻の先を灰皿に押し付けた。

    

「……最後に一つ聞いていいか?」


「はい」


「……仮にその人物が失踪事件の犯人だとしたら、お前達はその強者とやらを追うことになるが。まさか取り逃がすことは無いだろうな?」


「……」


 きっとこんな場面では迷わず肯定の言葉を吐くべきだろう。それでも俺は躊躇してしまった。


「もちろん」


 そんな俺を追い越すように、ルシアはごく自然に言った。

 ロックスさんはそれを聞いて呆れたように笑みをこぼした。俺も同じ気持ちだ。


「……頼もしい限りだな。言ったからには実行しろよ。俺も少しぐらいなら手を貸してやる」


 そう言って、ロックスさんは懐から名刺を取り出した。差し出されたそれを、俺は素直に受け取った。

『ゲラーレン市庁舎 法制官 ロックス・ギルガー』と記されている。


「閉店の時間だ。とっとと出てけ」


 礼を言おうとすると、彼は一方的にそう告げ、シッシと出ていくように手で合図した。


「感謝くらいあっても良いのでは?」


 ルシアがそう言った。目が少し怖い。


「何へのだ? 話をしてやったんだ。感謝するのはそっちだろう」


「……」


「……ご協力ありがとうございます」


 ルシアの代わりにそう告げ、彼女を引っ張るようにして店を出た。ややキレ気味な彼女の気持ちもわかるが……、彼のおかげで捜査は大きく進展した。

 ラグズ通りを抜けて振り返っても、ロックスさんは『LAST LOUST』から出てこなかった。






連続失踪事件 時系列

※暦は変えていません。


○12月10日 

 四天王討伐


○1月10日 

 遺跡調査

 

○1月11日 

 ライル・アクター(冒険者)失踪


○1月15日

 グズマン・フォード(浮浪者)失踪


○1月16日 

 シグウェ・ローサム(音楽家)失踪

 

○1月28日 

 カッセル・ハイネマン(シェフ)失踪

 

○1月30日 

 衛兵ハーネス捜査開始


○1月31日 

 浮浪者失踪

 

○2月4日 

 プロローグ


○2月5日

 ep3〜5


○2月11日 

 降誕礼典

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