冒険者
冒険者。
それは定義として、冒険者ギルドに所属する満10歳以上の非正規労働者を指す。
彼等はギルドに斡旋された依頼を受注、その達成を確認されることで報酬を得る。
依頼内容は多種多様。魔獣討伐に始まり、旅の護衛依頼、農村の警備依頼、植物の採取依頼、等。基本的には危険が伴うものが多いが——だからこそ、わざわざ依頼するのであって——、中には単純に『仕事の人手が足りなくて困っている』といった依頼や、『街の清掃』といった依頼もある。
冒険者になる最大のメリットは、社会的身分が保証されることだろう。これが、傭兵との決定的な違いである。
冒険者ギルドは世界各地のあらゆる所にその手を伸ばし、今や聖アレス教会に肩を並べる程に勢力を拡大している。積み上げた信頼は厚く、冒険者証を所持していること自体に価値が生じている。
また、一部の冒険者には箔がつく。
等級制度——受注する依頼の難易度、達成率から総合的に判断してギルドが指定する等級には、銅、銀、金、白銀、白金、の5種類がある。その内、白銀級、白金級冒険者は全体の1%にも満たない割合であり、その実力はギルドの内外で非常に高く評価されている。白金級冒険者ともなれば、英雄視されることも多く、王族にも匹敵するような名声が手に入る。
——と、利点ばかりを述べてきたわけだが、実際のところ大抵の冒険者はその日を暮らすのだって必死であるし、死とも隣り合わせの毎日だ。仲間の死を目の当たりにしておかしくなってしまった、なんていう例も日常茶飯である。
ギルドの掲げる理念は『自由な任務と成果主義』。
その門を潜った先で待っているのは、理不尽なまでの競争社会だ。才有る者は瞬く間に飛翔し、才無き者は鏡の奥の自身に苦悩する。
加えて、ギルド側も冒険者の質を気にしているらしい。ギルド加入の審査が以前にも増して厳しくなったと専らの噂だし、依頼失敗の罰則は実際に厳しくなっている。
これが冒険者の実情。
時に愚か者と呼ばれ、不安定な生計を立てる者達であるが、最近になって常々思う。
——冒険者は今その最盛期を迎えているのではないかと。
◇◇◇
ムワッとした熱気が頬を打った。
冒険者ギルド、ゲラーレン支部。
中央区、教会や市議会が立ち並ぶ大通りの一画に存在するその建物に一歩足を踏み入れると、途端に世界は毛色を変える。
相変わらず、ものすごい人の数だ。まだ昼前だというのに酒を煽っている者もいて、絶えず人の声が飛び交い、喧々とした空気に満ちている。
石造3階建ての冒険者ギルド。一階は酒場、二階は依頼を受注するカウンターと大広間、三階にはギルド職員の控え室や会議室、その他小部屋が設けられている。一等地だというのにゼスター公爵の屋敷に並ぶほどの面積を有しているが、それでもかろうじて冒険者を収容できている。
現在、ゲラーレンに滞在する冒険者は大きく変化している。というのも、四天王討伐により、魔王討伐ひいては人魔大戦への参加に意欲的な冒険者は、多くが他の都市へと流出したからだ。
一方で、ゲラーレンには来る六日後に行われる礼典を一目見ようと様々な勢力の人々が集っている。冒険者もその例外ではなく、結果として、ゲラーレン在留の冒険者と新参者が入り乱れる格好になっている。
人々の間を縫うようにして、正面の大階段へ向かう。踊り場からT字に分岐しており、進行右に曲がって更に階段を上ると正面に受付カウンターが見える。
前を行くルシアは普段の変装に加えて白いマフラーを口元に巻いている。認識阻害の効果が付いている迷宮産の希少品だ。彼女であるということを強く認識している者を除き、その知覚機能に干渉して識別を阻むらしい。未だに半信半疑だが、周囲の様子を見る限りでは事実だ。
受付に辿り着くと、彼女は職員と二、三言話し、すぐに受付右手の階段に案内してもらう。彼女はギルドに多少の融通が効くから、取り次ぎは全て任せている。
「なんて言ってた?」
案内された階段を上りながらそう尋ねる。
特別な場合を除き、冒険者は立ち入れないフロアだ。
「ちょうど今朝来てたから、応接室で待っててもらってるって。昨日のうちに話を通しておいて良かったね」
ここへ来た目的はライルの冒険者パーティーである『エルノート』のメンバーへ事情聴取を行うことだ。ハーネスさんにもそうして欲しいと言われていたし、調査といっても他にやる事も思い浮かばないので、俺たちは事件関係者に話を聞いてまわることにしたのだ。
応接室Bと表示された部屋の前で立ち止まる。中では既に『エルノート』が待っているらしいが、防音扉のため声は聞こえない。
「サプライズした方がいいかな?」
「何もしなくてもサプライズだろ」
「そう? なら、普通にいくよ」
彼女は軽くノックした後で扉を開けた。
◇◇◇
「——ああ、あんた達? ライルについて訊きたいってのは?」
部屋に入った先では、二人の冒険者が長椅子に座っていた。短髪の大柄な青年と、ピンク色のツインテールにピアスと派手な見た目の女性だ。どちらも若く健康そうで、まさしく金等級冒険者というべきか、才気溢れる青年達という印象だ。
「そうです」
「何にせよ速くしてくれないか。俺たちも暇じゃないんだ」
入り口から手前に腰掛けていた青年が、顎をさすってそう言った。横柄な態度に思われるが、俺達よりは年上であるし、此方は待たせている立場なので気にしない。パーティーメンバーが一人欠けているはずだが、それほど悲壮感は感じられない。
俺とルシアは対面の長椅子に座る。
「最初に確認します。あなた方は冒険者パーティー『エルノート』で間違いありませんか?」
「ああ、そうだ。お前達は?」
「私達は連続行方不明事件に関して衛兵舎から依頼を受けました、冒険者のユーレ・クライデと——」
「『金鬣』のルシア・シュティーレです——」
しんと奇妙な沈黙が舞い降りた。興味なさげな表情が一転、驚愕と不審の眼差しが此方を見つめていた。
「え? ——は?」
「——え?」
青年とその隣の女性がそう口にした。その鼓動は、少し速まっているのではないだろうか。
ルシアはその言葉を聞いて、マフラーを外し、帽子も取り外した。
効果は覿面だった。
「——待って! 本物! 本物じゃん! 私ファンなんだけど!」
女性の方が弾んだ声を上げた。彼女は途端に、黒いリボンで結んだツインテールを揺らし、ルシアに詰め寄った。
黄色い歓声というものがあるなら、これのことを言うんだろうと傍らで思った。
「え! 初めまして。『エルノート』のラティスです。その、サインとか。いや握手! をお願いします」
「いいですよ」
ルシアは相手の勢いに怯むこともなく、笑顔で対応する。彼女にとっては、それも慣れた反応なのだろう。
「うわぁー、幸せ。いや、以前からギルドでは見かけていたんですけど、ほら、『金鬣』ってなるとちょっと話しかけてづらくて。それでアーゾルグが討伐されてから見なくなっちゃったからもう会えないのかなと思ってたんだけど、まさか! こんなところで会えるなんて!」
一秒たりとも途切れる事なく言葉を吐きながら、ラティスは確実に顔の距離を詰めていく。
「おいラティス、ちょっと落ち着け」
「うわぁ、近くで見ると本当に可愛い、っていうか綺麗ですね。同じ女子として恥ずかしくなってくるなぁ——あ、でも、指は固い! こんなに細い指なのに。本当に剣を振るってるんだ!」
「おいラティス、マジで落ち着け」
ルシアに密着して包み込むように手を握っていたラティスが、青年によって引きはがされた。先程までつまらなそうに爪を弄っていたと人物と同じだとは思えないほどの豹変ぶりだった。
「あ、すみません。興奮して……。えっと、何の用事でしたっけ?」
「はあ……。まずは非礼を詫びよう。まさか、かの勇者が訪ねてくるとは思わなくてな。俺はガイだ。よろしく」
青年がそう自己紹介する。ラティスとは対照的に、彼はルシアが変装を解いてなお落ち着いている。『エルノート』は、この二人に加えて失踪したライルを足した三人組のパーティーであったようだ。
再び話題が逸れるのも嫌なので、話を進めることにした。
「ご紹介ありがとうございます。では、早速本題に入ろうと思いますが——」
「え、ていうか、何気にあなたがユーレ? デュオで白銀級に昇格したっていう?」
「……そうです」
「えぇー、普通に凄い人じゃん! 握手お願いします」
「おい、いい加減にしろ」
ガイがラティスの頭を引っ張ったく。彼女は悲鳴を上げ、恨みがましい目でガイを見ながら引き下がった。
「では改めまして、ライルさんの失踪についてお聞きします」
そうして、ようやく俺達は本題へと移った。
「——ライルさんの普段の様子はどのようなものでしたか?」
俺の方からそう聞いた。メモ帳を開き、ペンを構える。
ルシアは特に何をするでもなく静観している。付き合ってもらっている立場であるし、構わない。
「無口な奴だったよ。依頼のときも最低限のやり取りだけだった。仕事以外での関わりはほとんど無かった。だから、俺達もプライベートで何をしていたかは知らない」
「では、パーティーを組んだきっかけは?」
「俺が誘ったんだ。あいつはグレイス帝国出身らしくてな、六年前にここへやって来たらしい。あんた方と同じだろ?」
人魔大戦が始まって以降、ここアドラ王国は三国同盟を結び、『人類共同戦線』を謳いながら、戦争による難民の受け入れにも積極的な姿勢を見せた。ゲラーレンにはその中核の都市として、巨大な難民キャンプが設けられ、郊外には多くのグレイス帝国難民の為に共同墓地も建設されている。
それが最前線の都市である事は無償の善意ではない事を仄めかすものの、当時何の後ろ盾も無い子供だった俺達が、申請もなく国境を越え、風雨に晒されずに夜を越せたのは紛れもなくこの施策のおかげだ。
そして、ライル・アクターという冒険者もまた、同じ境遇だったのだろう。
「いつもギルドの端っこで酷い面してるもんだから、俺が声を掛けてパーティーに入れた。まぁ、その後もろくに親交は深まらなかったが」
「そうね。でも、帝国人だと結構いるじゃない? グート地区の方に行ってみると、塞ぎ込んで全然話さない人。ライルもそんな感じだったなぁ」
難民連棟拡張地区、通称グート地区。
なるほど。皮肉にも理解の易い話だ。
「パーティーを解消しようとは思わなかったのですか?」
「実力は確かだったからな。年も近かったし、仕事はしっかりしてくれたから、言うほど文句は無かった」
「失踪の前に不審な点はありましたか?」
「知っている限りでは無いな」
「——ありがとうございます。次に失踪当日についてお聞きします。あなた方はクレイト遺跡の調査に向かっていましたね。その時のメンバーは、他に白銀級冒険者パーティー1組、ゲラーレン衛兵隊7名、聖アレス教会の神官1名、クルセナ魔法学院の学者1名、それに吟遊詩人が1名飛び入りで参加したと聞いていますが、間違いありませんか?」
「ああ」
「吟遊詩人が参加した理由については知っていますか?」
失踪の直前に行われたクレイト遺跡——アーゾルグ討伐跡地の調査は、人類の勝利を大々的に宣言する為のものだった。四天王アーゾルグが討伐されて以降、魔王軍の撤退が度々報告されており、それを確固とする目的で、ゼスター伯爵が各機関を招集し調査を主導したのだ。ギルドからも白銀級冒険者パーティー『メトゥス』が選出された、重要な任務であった。
だからこそ、吟遊詩人の存在は浮いて見える。
「ああ、何でも有名な吟遊詩人らしいぞ。俺も詳しくは知らないが。取材、とか言ってたな」
「はいはい、補足。その吟遊詩人はレーナさんだよ。知らない?」
ラティスが手を挙げて再びガイの前に乗り出す。
「名前だけは聞いています」
「多分今一番人気な吟遊詩人じゃないかな。なんでも、彼女が歌を歌うと勝利が舞い降りるらしいよ」
「勝利ですか……」
「そう! あと、すごい綺麗な人だった! うーん、こうして見たらルシアさんには劣っちゃうかもだけど、でも同じくらい綺麗だった。勝利するってのも信じちゃうくらい!」
「——へぇ」
ルシアの顔を横目で盗み見ながら、何気なく呟く。
少しばかり好奇心が疼いた。
「あれ、やっぱり気になる?」
「いえ。それで、彼女が同行した理由を教えていただけますか?」
「取材で合ってるよ。アーゾルグ討伐をテーマに新しい詩を書いているんだって。その取材」
「同行を許された訳は?」
「衛兵隊が許可したから。彼らが調査隊のリーダーだったからね。あたしらはどっちでもよかったし、他も同じだったと思う。……でも華が出たのはよかったかなぁ。ムサい男ばっかだったから」
「……まあ、そういうわけだ。そこまでおかしな事ではないだろ」
ガイがラティスを椅子深くへ引き摺り戻す。
「——わかりました。ありがとうございます。では、調査の様子はどのようなものでしたか?」
「まず、俺たち冒険者と衛兵隊が先行して魔族の残党がいないかを確かめた。遺跡内は見事にもぬけの殻だった。で、安全が確保されたあとに他のメンバーが入ってきた。それからはほとんど自由行動だったな。一応、俺たちと『メトゥス』は外の警備に当てられたが、結局魔族は一人たりとも現れなかった」
「他の方々は何をしていましたか?」
「調査じゃないのか? 壁画を観察したり、魔族が残していった痕跡なんかを調べていた。ああ、それと。アーゾルグの遺体は玉座の間に放置されていた。腐りかけていたがな。おかげで楽に死亡の確認ができた。やつらも冷酷なものだ」
「最悪な匂いだったよー」
「例の吟遊詩人は?」
「彼女も好きに行動していたよ。途中で死体の確認にも立ち会っていた」
調査メンバーに不審な点は無かったと。あくまで彼の視点ではあるが、メモに記す。
「——ライルさんとは一緒に行動していたのですか?」
「最初の方はパーティーで固まって行動していたが、途中からは俺たちも各々好きに行動していた。ライルも同じだ」
「では、ライルさんは単独で動いていたと?」
「多分な。とはいえ、調査が終わる頃には無事に集まっていた」
「何か不審な点はありませんでしたか?」
「不審な点と言われてもな。さっきも言ったが元々無口なやつだし、調査後もいつも通り無口だった。何を考えていたかなんて結局わからなかった」
「…………」
一通り話を聞いたが、手ごたえは感じられない。というか、正直言ってまるで糸口がない。
ライルの性格も災いして、そこにはグニャグニャして不定形な、取っ掛かりのない物語が横たわっている。手を突っ込めば何かを発見できることはわかっているが、彼等の証言だけでは表面を滑るのみだ。
「案外、単にゲラーレンを旅立っただけかもな。俺らに何も言わずに」
ガイが口にしたそんな可能性すら、容易に成り立つ。
「確かに。最後だけなんか優しかったしね」
「……はい? 詳しく教えていただけますか?」
「ああ、うん。ほんとにどうでもいいことだけどね? ライルに一応『打ち上げ来ない?』って誘ってみたら、ほら、『メトゥス』の人達とも一緒だったから。そしたら、『ごめん、今日はいかない』って。いつもは『俺はいい』とか『俺は暇じゃない』とか言って突っぱねるのに。なんか珍しくて今でも覚えてるんだよね」
「……そう、ですか。ありがとうございます。最後に確認しますが、調査後に別れて以降、ライルさんとは会っていないということでよろしいですね」
「ああ」
「私も」
「ありがとうございます。これでお聞きしたいことは全て聞けました。ご協力ありがとうございました」
エルノートに向け頭を下げる。
収穫はあったものの、怪しさを払拭するにはまだまだ足りないだろう。
ルシアに退出しようと合図しようとしたところで、ふとラティスが疑問を投げかけた。
「……ルシアさんは質問しないんですか?」
「私はいいです。あくまでユーレの調査ですし、あまりこういうのは得意じゃないので」
「わ、信頼してるんですね。羨ましいなー。私はもっとルシアさんと喋りたかったのに」
「また機会があれば、そのときにお喋りしましょう?」
「ほんとに!? 約束ですからね!」
ルシアにはしっかり敬語を使うあたり、彼女は本当にファンなのだろう。現在進行形で再びルシアに飛び掛からんとする勢いで詰め寄っている。それを防ごうと構えているガイとは、傍目にも相性の良いパーティーだ。
視界の端に爽やかな新緑がよぎり、寂寥が胸を打つ。
「では、これで失礼します。時間をとっていただきありがとうございました」
そう告げて、俺は応接室から退出した。