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勇者など要らない魔王討伐  作者: Enoki
序章 漂流する怪物
2/6

連続失踪事件



 俺——ユーレ・クライデにとって、ルシア・シュティーレとは? 

 

 そう問われれば、幼馴染という言葉が浮かぶ。

 

 聖暦638年。グレイス帝国帝都フェルベン、東街区B—9トロント通りの隣り合った家に俺たちは生まれた。同じ年に子供を授かったこともあって、両家の両親は自然と意気投合したらしい。物心ついたときには家族ぐるみの付き合いが始まっていた。


 そんな背景があるものだから、家族を失った今では最も親しい仲であると言えるだろう。


「じゃあ、貴方達は恋人なの?」


 時々そう言った質問をされるが、答えは否だ。

 矛盾する話にはなるが、それでは恋愛感情はないのかと問われると、上手く答えられない。むしろ、フェルベンで暮らしていた頃は此方から恋愛的な好意を寄せていた節もあって——。


 ルシアという少女は幼いながらにある種異様なまでに整った容姿をしていた。肩口で切り揃えられたプラチナブランドの金髪——今では腰の辺りまで伸ばしている——、少女らしいぱっちりとした黄金の瞳、真っ直ぐに上品に伸びた鼻梁、薄く可憐な唇、透き通った純白の肌、強いて挙げるならこのようになる。それら自体の完成度は凄まじいものの、美人であれば当然の条件であるとも捉えられるだろう。


 だが、それらが複合したときに醸し出される常世離れした美しさは、素人目に見ても常軌を逸していたと言っていい。具体的に何が、とは言い表せない。輪郭の細部を取って溢れ出る情報量か、それとも頬と唇の絶妙な対比(コントラスト)か、あるいは微細な表情筋の動きによる色彩豊かな表情だろうか。


 だが、周囲の反応はそれを如実に示していた。近所で評判の少女などという話では収まらない。彼女を知る者は誰もが彼女に一目置いたし、見知らぬ他人であっても気味が悪いほどに愛顧した。早い話、彼女は10歳に至るまでに10回以上も誘拐されたと言えば、その異常性は伝わるだろう。名家の生まれでもない庶民の娘が、だ。狂気の世界だ。


 だからそんなルシアと偶然にも親しかった俺は、間違いなく恋愛感情を抱いていたのだろう。

 

 しかし、それも家族が鏖殺されるという経験によって風化したものになって久しい。


 ——ユーレ・クライデにとって、ルシア・シュティーレとは? 


 だから、この質問に今一度答えるなら、こう答えるのが一番しっくりくる。


 ——帝都奪還を誓った同志であると。


 


 余談だが、成長した彼女の容姿は——蠱惑的な雰囲気さえ纏うその美しさは——見ているだけで鳥肌が立つほどであるということをここに記しておく。




 ◇◇◇




「騒ぎを起こしてどうするんだ」


「それは……、ああでもしないと、ユーレが言うこと聞かないと思ったから」


「…………」


 下宿屋『LIEN(リアン)』。その正面に位置する円形の広場。中央の噴水を中心として円形に配置されたベンチの一つに、俺とルシアは座っていた。

 

 短く刈り揃えられた淡緑色の芝に、やや黒ずんだ石造りの噴水の白色が映えている。憩いの場所だが、この時間の人気(ひとけ)は少ない。朝早くから広場のベンチで時間を過ごすという、どうにも年寄りじみたことをしているのは、俺たちくらいだ。


「…………でも、わかってくれたならいいんだけどさ。ユーレも付いてきてくれるんでしょ?」


 胸の内を言い当てられて沈黙を貫いていると、彼女は飄々と話し出す。一応、言質は取っておこうということだろうか。こういうところ、彼女は嫌に頭が回る。


「ああ、そうするよ。……でも、少し躊躇いがあるのも本当だ」


「躊躇い?」


「ほら、長いことお世話になったこの街に何もしないというのも恩知らずだろう?」


「四天王——百面(ひゃくめん)アーゾルグを討伐したんだから、十分過ぎるほど恩は返したんじゃない?」


「それはルシアの功績だろう。俺はまだ何も返せてない」


 義理堅いなぁー、などと彼女は呟いているが、全くの嘘ではない。事実、()()()は未だに恩に報いれていない。

 

「じゃあ、どうするの?」


 軽く小首を傾げる彼女と伊達メガネ越しに目が合った。意趣返しとばかりに、軽く気取って言うことにした。


「一つ、事件を解決して見せようと思って。一度は小説の中の探偵に憧れた身としてさ」


「…………そう。なら、その事件っていうのは——」


「ああ、ここ最近、ゲラーケンを賑わせている連続行方不明事件だよ」


 その声は少し震えていたかもしれない。




 ゲラーレンは、アドラ王国最北端に位置していながら、決して小さい都市ではない。寧ろ、王国内でも王都レティカに次ぐ規模の大都市だ。

 

 こういった例はアドラ王国に限らず、他の国家でも頻繁に見られる。それは勿論貿易の中心地であったり、伝統産業の栄える都市であったり、あるいは戦争における要衝であったりするのだろう。だが、そこに魔獣という要素が付随することも見逃せない。

 魔獣という自然災害の動向が読みづらい都合上、中央と距離の離れた地方都市は独自に対策を取る必要があり、結果として首都以上に発展を遂げることもある。それが魔獣の脅威が大きい地域であれば尚更に。ここ、ゲラーレンはそんな理由で発展した都市であり、街を歩けば戦闘を生業とする者に頻繁に遭遇する。


 そんな大都市ゲラーレンで、現在住民を震え上がらせる事件が起きている。

 四天王討伐、その歓喜に沸いた吉日からおよそ一ヶ月後、とある冒険者の失踪から始まったとされるこの事件は、俗に連続失踪事件と呼ばれている。不定期的に一人ずつ、判明しているだけで既に5名もの人間が行方不明になっている。

 真新しいケースで言うと、つい4日前に新たな被害者が発覚している。現在進行形で起こっている事件なのだ。




「…………そうなるよね。私も何回か調査を依頼されたもの」


 そうだったのかと、俺は目を瞬かせた。

 だが、少し考えれば当然だ。気味の悪い事件が起きているなか、今や正義の象徴とも言える彼女に頼るのも道理だ。


「……断ったのか」


「ええ。だってそういうの、私、得意じゃないから。この街の衛兵は優秀だから、すぐに解決すると思っていたし」


 仕方がないでしょ、と彼女は肩をすくめる。


 ふと甲高い笑い声がして、其方を見ると、三人組の少年が広場に走り込んできていた。どこで拾ったのか、木の枝を振り回して跳ね回っている。街路の樫でも折ったのだろうか。


「でも、ちょうどいいかも。それなら、2人で依頼を受けようよ」


「——は?」


 先頭の少年が転けたのから目を離して、彼女を見た。


「だって、ちょうどいいでしょ。ユーレは依頼を解決したいんだし、私は式典が終わるまではこの都市から出られない。それに、依頼は私の方に来ているのだから」


 彼女は空を見上げながら、さも当然であるかのように告げる。

 絵画のような横顔を見ていると、此方までそれが当然のように思えてくるから不思議だ。


「……まぁ、いいけど。きっと、そう楽しいものじゃないぞ」


「別にいいよ。依頼なんて楽しいものじゃないし。そもそも無いに越したことないんだから。そういうものでしょ?」


 本気なのか、冗談なのか、わからない調子で彼女は言った。

 



 ◇◇◇




 ゲラーレン領主、ゼスター公爵の屋敷。

 立派な城にも見えるその建物の横に設けられた衛兵舎を、俺とルシアは訪れていた。


 彼女に失踪事件に関する依頼を出したのは、冒険者組合(ギルド)であるものと思っていたが、どうやら公権力からの直々の指名であったらしい。ゼスター公爵の力は強く、組織された衛兵は十全に警察機能を果たしていたが、どうも捜査は暗礁に乗り上げているらしい。それこそ、勇者とはいえ、一般人であるルシアに頼るほどに。


 応接室に通され、ソファーに腰掛けて待っていると、ノックと共に一人の男が現れた。


 くたびれた印象の男だ。お世辞にも衛兵とは思えない。

 油っぽい肌に、塊のような瞼を載せた腫れぼったい目。年季が入っているであろう、燻んだ緑色のジャケットを羽織っている。年は初老くらいだろうか。角張った細いリムレス眼鏡を掛けていなければ、浮浪者とでも勘違いされそうだ。


「……初めまして。私はハーネスと申します」


 対面に腰を下ろし、唇を舐めてから、一拍を置いて彼は言った。


「ここ衛兵舎に勤めておりまして、なにか事件が起きた際にアドバイザーのような事をしています。衛兵の方々は腕っぷしは強いですが、事件の捜査という面では訓練を受けていないので。そうですね。顧問探偵といえばわかりやすいでしょうか?」


 嗄れた声で一息に話す彼の様子に些か呆然とする。それは彼の声に確かに知性が感じられたからでもあるし、衛兵舎にそのような存在がいた事に対する驚きもある。

 だが何より、彼は俺とルシアを隔てなく見つめていた。何気に珍しいことだ。このような場面では大抵、人々の視線はルシアに吸い込まれるように其方を向く。

 

「初めまして、ハーネスさん。冒険者のルシアです」


「初めまして、同じくユーレです」


 軽く会釈を入れて彼女に続く。


「冒険者などと……。お噂は予々聞いております、勇者様」


 ハーネスさんは再び唇を舐めた。額にやや脂汗が浮かんでいた。


「前置きは結構です。本題に入りましょう」


「はい。では、僭越ながら——」


 そうして彼は連続行方不明事件の概要について語り出した。




「最初の被害者はライル・アクター、ギルドに所属する金等級の冒険者です。彼は先月10日にクレイト遺跡——貴女がたが百面アーゾルグを討伐した跡地の調査に向かいました。調査は恙無く進み——そこには魔王軍の残党もいなかったそうなので、無事に帰還したそうです。その夜は疲れたと言って、ライルは一人で宿屋に戻ったそうです。口数は少なかったようですが、パーティーメンバーから見ても別段珍しいことではありませんでした。しかしその翌朝、彼は突如失踪しました——」


「二人目の被害者はグズマン・フォード。此方は正式な職に就いておらず、スラム街で暮らす浮浪者でした——家族がおらず、知り合いも少ないので、身元の特定にはとても苦労しました。それでも、できたんです。何故だと思います? 彼は失踪の直前で奇妙な行動を取っていたんです。具体的には街の至る所を練り歩いていたそうです。スラム街から外れた路上で蹲る姿も確認されています。スラム街の知人が言うには『異常に活発だった。どこにそんな体力があったのだ』と。ライルの失踪から四日経った15日彼の行方はわからなくなりました——」


「三人目の被害者はシグウェ・ローサム。彼はその方面では有名な音楽家、具体的にはバイオリン奏者でした。大通りに一軒家を構えており、妻と二人の子供がいます。資産家のパーティーに呼ばれる事も多く、色々な会場で演奏を披露していたそうです。彼が失踪したのは16日。その日、彼はゼスター公爵家で行われた舞踏会に、ウェルカム演奏を依頼されて参加していました。しかし、演奏を披露する前に急用ができたと言って退席、その後戻ってこなかったそうです。不思議な事に、公爵家を警備していた門兵等は彼の姿を見ていないと主張していました。また、彼の家族に事情を聞いたところ、『失踪の前日から部屋に籠りきりで少し様子がおかしかった』と話してくれました——」


「ここから少し時間が開きます。シグウェの失踪から12日経った28日。四人目の被害者——カッセル・ハイネマンが行方不明になりました。彼は中央区ラグズ通りで小さなレストランを営むシェフでした。事件当日もレストランを開いており、彼の友人が閉店するまでその姿を目撃しています。何か言動におかしな点はなかったかと訊いたところ、『最後には麦酒(エール)まで飲み交わしたが、至って普段通りだった』と話していました——」


「余談ですが、私達はこの時点で捜査を始めました。彼の営むレストランは小規模ですが、ゲラーレンでも指折りの名店でしたから。『LAST LOUST(ラスト・ロースト)』という名前を知りませんか? そう、それです。著名な音楽家に続き、有名店の店主まで失踪したとあって、衛兵舎内でもこれは深刻な事件なのではという声が強まりました——」


「五人目の被害者は、これはやや特殊なのですが、グズマン・フォードと同じく浮浪者です。実際、この時点では、私は失踪したのは今までに挙げた四人のみであると思っていました。グズマンについて調査する過程で今月1日にスラム街を訪れていたのですが、そこでとある住人から聞いたのです。『そう言えば、いつも正面の瓦礫に住んでいるおじさんが昨日から姿が見えない』、と。瓦礫に住んでいるとは言い得て妙でした。近づいてみると、確かに家屋の陰に立て掛けるように瓦礫が積まれており、そこには人一人が蹲れるくらいのスペースがありました。そこで普段暮らしていた浮浪者が突然消えたそうなのです。付近の者に確認を取りましたが、間違いないそうです。周囲との関わり合いが薄い人物であったため、被害者の名前すらわかりませんでした。しかし、『最早死ぬのを待つばかりの老人で、今更どこへ行くとも思えない』という証言が多く、五人目の被害者が判明しました——」




 それからさらに約30分、俺たちは被害者の足取りを描いた地図、証言を記したメモなどを受け取りながら、事件の詳細を聞いていた。

 彼の話に引き込まれていたと言っていい。それくらい彼の語り口は卓越していた。ふとした拍子に、中央政府の文官を目の前にしているのではないかと勘違いしてしまう程に。

 

 だから、彼が話を終えると、自然に沈黙が流れた。俺もルシアも思索を巡らせていたため、壁に掛けられた振り子時計だけが、カチカチと音を上げていた。

 ハーネスさんはというと、ほとんど一方的に話していたものだから流石に喉が渇いたのだろう、しきりに口に水を含んでいた。


 ——5人の被害者。

 職業、年齢、居住地区といずれもバラバラ。強いて共通点を挙げるなら、二人目と五人目の被害者はどちらも浮浪者であること、そして被害者が全員男性であることくらいだろうか。失踪直前に不審な行動をとる者もいれば、普段通りの者もいて。活発になる者もいれば、無気力になる者もいる。普通に考えて、訳がわからない。

 

 卓上には彼が用意した数多の資料が散らばっていた。ぼんやりと眺めていると、その中の一つが目がついた。ハーネスさんが要所要所で開いていたメモ帳だ。思えば、一度も中を見させてもらっていない。


「そちらのメモ帳は何なのですか?」


 興味本位で聞いてみた。


「……ああ、これですか。これは私が普段調査を行う時に使用しているものでして。乱雑に書き殴ったものですから、お見せするようなものでは」


「でも、少し見てみたいです」


 顔を上げたルシアが口を挟んだ。

 

 すると、ハーネスさんはメモ帳を取り、此方へ渡すでもなく、胸の前で大事そうに抱えた。土汚れの目立つ裾が小刻みに震えていた。


「…………勇者様の頼みとあれば、是非にも応えたいところですが、こればかりはお断りします」


 俺はそこで少しばかり目を見開いた。

 傍ではルシアも同じような表情を浮かべていたに違いない。


「どうしてですか?」


「探偵としてのくだらないポリシーなのです」


 もともと猫背の人だったが、先ほどまで哲人のように思えていた姿が一回り小さく見えた。

 不思議と、彼から目が離せなかった。


「……捜査とは平等な立場の者が平等な視点で行うべきものなのです。しかし、この手帳には私の主観的な意見が多分に含まれていますから。きっと、あなた方の捜査に悪影響を与えてしまいます。ですからどうか、あなた方には純粋な視点から調査を進めて欲しいのです。私の意思が反映されないように。そのために、今回お話しした情報も取捨選択させていただきました」


 そう言って、ハーネスさんは深々と頭を下げた。

 

 俺とルシアは突然の行為に慌てた。どうにもいけないことをさせてしまった気がして、罪悪感に塗れた。


「いえ、無理を言ってすみません。ご配慮ありがとうございます」


「はい、配慮に感謝いたします——」


 実際に興味深い考えだとは思った。今までに聞いたことのない主張だったが、それは確かに彼なりの信念を感じさせるものだった。

 取捨選択したという情報にはおおよそ想像が尽く。おそらくは、容疑者や、それに関係する情報だろう。関係者の名前は一通り把握したが、誰を疑っているとかいう話は不自然なほどに聞いていない。


 本音を言えば、ハーネスさんの推理も含めて話を伺いたいところだったが。消化不良の感情を流し込むように、唾を飲み込んだ。

 

「ご理解いただき、ありがとうございます」


 やがて、顔を上げたハーネスさんはそう言った。

 

「——では、伝えるべき情報は全て伝え終えました。申し訳ございませんが、業務の隙間を縫って来ているもので、私は退出させていただきます。あなた方は衛兵舎が閉まるまではこの部屋にいていただいて構わないと聞いておりますので、ゆっくりしていってください」


「此方の資料はどうされますか?」


 机の上の紙束を指して、そう聞いた。


「そちらは差し上げます。あなた方の為に清書したものですから、どうぞ持ち帰ってください」


 最後にぺこりと一礼して、ハーネスさんはそそくさと応接室から出て行った。

 本当に、至れり尽くせりの対応だ。


「……ねぇ、あの人のことどう思った?」


 足跡が聞こえなくなったところでルシアがそう聞いてきた。


「不思議な人だったな、良くも悪くも」


 見窄らしい見た目も含めれば奇人とまで言えそうだが。ゲラーレン衛兵舎の目覚ましい活躍ぶりの裏に、彼の姿が映った気がした。





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