76.◇閑話 竜人リュウカン
竜人リュウカンは、白竜山の麓、竜人族の里で生まれた。
リュウカンの父は、竜守隊3番隊の隊長として、長きにわたり白竜山周辺を守る戦士だった。
小さい時は、リュウカンの自慢の父だった。父の様になりたいとひたすら鍛錬に励んだ。
族長には、槍の才能を認められ、将来は槍撃隊への入隊を期待された。子供の頃は、同じ年頃の者には一歩も二歩も秀でていた。
リュウカンは、子供が学ぶというか歴代でも習得出来た者は無い、”竜牙突”を習得しようと鍛錬を開始した。
白竜が指導した指南書のみが竜人族に伝書としてあるだけで発動方法は分かっているが、一生を費やしても入口すら到達したものはいない。
一般的に言えば迷惑極まりない無理難題書である。
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竜牙突とは、一突至上突きとも呼ばれ、一撃必殺の突き技である。
書のだいたい要約:入口は竜の呼吸法を習得する。
入りの吸いを呼の圧により魔力を圧し、
その流れの渦に魔力の根源を
・・・うんぬんかんぬん・・・・
1mmの球にして穿つ。
とある。
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彼は、少し天狗になっていたのかも知れない。
彼は必死に習得しようと頑張ったが、何の成果を出すことも無く、思春期を迎える事となった。地道に鍛錬を積んだ周りの同い年くらいの若者達が頭角を現し初め、何も進展しなかったリュウカンは、気付いてみると凡百の一人になっていた。
挫折した彼は、遊び惚けるようになり、父からも叱られ、叱られれば叱られる程意固地になり、全く鍛錬をしなくなった。
そして段々と里での行き場を無くしていったのだった。
それでも槍撃隊は、彼の憧れであり、目標である。当然彼は、槍撃隊の入団試験を受ける。
入団試験はいたってシンプルで、入隊希望者で戦い、勝ち残ったものが1人入隊となる。これが半年毎に行われ、何度受けてもいい。
リュウカンも最初の頃は、いい所までは勝ち残る時もあるのだが、中々、決勝迄は行けなかった。ここ一年は、一回戦で即負けるようになった。
そろそろ諦めようか考えていた18才の時、一回戦で15才の初めて参加した者との対戦になった。
彼は強く、リュウケンは全くいい所なく敗れてしまった。
彼の槍の柄で頭を押えられ、
「ま、まいった」
「ははは、リュウカンさん貴方有名ですよ。貴方に当たりたいって皆言ってますよ。ワンパターンの連撃しかないから簡単に倒せるって。本当だったんですね。」
「な、何」
「もう竜兵士の試験は、辞めた方がいいですよ。子供で連撃できれば凄いと言われますが、大人になっても子供で凄い程度の技しか出せないんじゃあ。手の内分かったら、こっちが負ける方が難しいんじゃないですかね。
貴方の事、皆さん何て言ってるか知らないでしょ。試験の日だけ槍を使って、それ以外の日は槍が物干し竿になってるって。鍛錬もしないで試験は受けるなんて我々を馬鹿にしてますよね。
皆、物干しリュウカンって言って笑ってますよ。
もう、本業の洗濯屋になったらどうです」
「俺は、神童と呼ばれたリュウカンだぞ。侮辱す”ぐあっ”」
16才の男は、リュウカンを押えている槍の柄を”グリッ”。
「お前なあ、俺より年上のくせに周りと比べて自分がどの辺の力があるかも解からないんだろ。
もう、あんたが勝てる相手は、この里には子供しかいないよ。
腕試ししたいんだったら、前に剣闘王戦で準優勝と名乗った奴が、武者修行に里に来ていたのを見たんだが、竜守隊の隊員の方といい勝負だったから、剣闘場でもいって優勝すれば俺達ぐらいの腕前にはなれるだろうよ。
今のあんたは、何時も負け続けた為か怖気づいて、足は踏み込みが甘いし、周りから何時攻撃されるかびくびくしてる。
まあ、その辺の剣闘士にだって勝つのは無理だろうがな」
「「「「「あははは」」」」
周りの試験を受ける者だけでなく、試験管迄笑い出した。
「畜生、俺だって練習すればそんな奴には負ける筈がない。お前らにだって負けやしないんだ。」
押さえつけている若者が、リュウカンの牙に、唾を吐きかけた。
「ぺっ、散々自分の才能に胡坐を掻いて遊んできたくせに、今更練習するだと。そんな奴にこの里で誰が付き合うか阿保。
お前は、もう終わってるんだよ。消えろクズ」
”ドガッ”
最後に若者は、リュウカンに踵で蹴りを入れ、仲間と共に去って行く。
「本当、どうしようもないクズだよ。親父の顔が見てえよな。こんなクズに育てるなんてな。どうせ牙に唾吐かれても決闘する勇気も無いだろうし、まあ、戦っても絶対負けないけどな」
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竜人の世界では、牙に唾を吐く行為は、最大の侮辱であり、この侮辱を受けた者は相手を決闘で倒さない限り、一生腰抜けと呼ばれる最大の恥だ。
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周りの友人も囃し立てる。
「親父もクズなんじゃねーか。はっはっは」
・
・
”ズブリ”
リュウカンと対戦した若者の胸元に槍の穂先が真っ赤な血を”ダラダラ”流しながら生えている。
「ぐごがああああーー」・”どすん”
若者が倒れると、その後ろには、リュウカンが立っていた。
「え?」
周りの者は、一瞬何が起こったのか分からなかった。
竜人はプライドが高く、卑怯な手で相手を倒す行為は、最も蔑まれる行為であり、竜の里を追放されるか嬲り殺しにされる。そんな行為は誰もしないと思っていた里の者は、リュウカンの行動が少しのあいだ理解できず固まってしまった。
若者に刺さっている槍をリュウカンは抜いて叫び出した。
「親父の悪口はいいが、俺を蔑むのは許さない。俺は、竜牙突を身に着けようと回り道しただけだ。俺は神童そして最強の竜戦士になる男だ。お前らなんかより絶対強くなる。何時か仕返しに来るからな。首洗って待ってろよクズどもーー」
そう言ってリュウカンは、誰にも何も告げず、竜人の里を逃げ去って行った。
「俺は、剣闘王になって強い事を証明してやる。
その後は、武者修行して何時か竜人の里に戻って皆殺してやる。俺の前に立つやつは、皆殺しだ。
ふへへへ、俺を馬鹿にする奴は皆殺してやる。覚えてろよ」
竜人の若者は、リュウカンの心を大きく捻じ曲げてしまった。
少しは持っていた母親への思い、少しは持っていた親しい人との情。
全ては、吹き飛ばされた。
最早、彼の頭の中に善悪の枷は無いだろう。