64.勇者登場
俺達は、黒狼族5名と共に、イキト村東地区の赤い染みを隈なく調査した。
「タケオさん、なぜ家のない処に赤い染みが在ると分かったんですか」
「これは、仮説なので確信に至るまでは、もう少し理由を説明するのは待って欲しい。まだ幾つか確認したい事がある。それ次第で内容が変わるし、打つ手が変わって来るんでな。見当違いかもしれんし」
タケオは、教都にいる勇者に早急に来るよう手紙を書き、足の速い黒狼族の若者に託した。
「もし、俺の仮説が正しければ、この少し凹んだ場所は完成間近に土台を作って赤い染みを作るはずだ。そこで君たちにここを掘れるだけ掘って中に水を流して欲しい。」
意味も分からず黒狼族の男たちはスコップとツルハシで
”ガッツン・ガッツン・スコッ・スコッ”して行く。
俺も準備があるので、テンコと二人で魔導回路を作り始めた。
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翌日、勇者達が到着した。
勇者ハヤトは、ニンニクをたすき掛けし、鉄を十字にした物を持ち、銀の短剣をぶら下げ、木の玉を真珠のネックレスの様に紐に通したものを手に持ち、赤い筆で書いた悪霊退散の紙を体中に貼ってきていた。
木の玉ネックレスと鉄十字を持ち、両腕を上下に動かし、お尻を横にフリフリするダンスを踊りながら”悪霊退散・・ナーム・ナーム・・・アーメ・・”と歌っている。
勇者、・・・・斬新なミュージカルでもするのかな。
「タケオ君、急いで来たんだけど何か分かったのかな。
出来ればタケオ君が全部解決してくれても僕は全然気にしないんだよ。僕は、了見の狭い男じゃないんだ」
勇者の手は震えている。心なしか唇も震えているようだ。
「勇者様、今回の件は、未だ仮説の域を出ませんので説明は、次の雨が降るまで、もう少しお待ちください」
俺達は各自雨が降る日を想定して、全員の行動練習と準備を行った。これは俺の仮説を証明するためである。
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3日後、朝からしとしとと雨が降り出した。
タケオとテンコは、悪魔信仰アジト付近で待つ。
暫くすると、黒い霧が”すー”っと出て来る。
黒い霧が行く方向を3か所に絞ったが、予想方向の3番目に行くようだ。
数百m離れた建物の屋上にいるオーキから3のマークが見える。
勇者たちは、1番目のポイント、黒狼たちは2番目のポイントにいるため、3番目のポイントの観測地に移動する。
俺達は、ある装置をアジトの魔法陣らしきものに取り付ける。
「マスター、あの魔法陣は何ですか。見た事もない模様が渦の様に巻いているです」
「あれは、魔法陣じゃない、、、魔導回路だ」
初めて見る魔導回路だが、回路の流れと魔鉱石密度から極大のMPチャージャーだと分かった。回路線の滑らかな作りは自身の作品よりも優れ、最も負荷なく動作しているはずだ。大変勉強になる。
そして中心に渦巻く装置は、MP吸収装置になり地下に超強力なMP貯蔵装置があるはずだ。どんな装置か見てみたいが、相手を倒さない限り見る事は、叶わぬ夢になりそうだ。
「マスター、設置完了です」
「よし、離脱するぞ」
俺達は、離脱し南の地区へ戻ってきていた。
南地区で東地区に近接する倉庫を借り、ここを拠点に今回の調査をしてきた。
チームは、黒狼族5人、勇者チーム5人、われわれ4人の混成チームだ。
ほぼ、確信が持てたので全員に説明することにした。
「皆も薄々は、感じていると思うが、この赤い染みは、魔法陣だ。それも感応変異型魔法陣になっている」
「感応変異型?何だべ」
「ここが今回、確信が持てなかった理由のひとつだ。
皆も分かったと思うが、悪魔信仰アジトを大きく囲む6つの赤い染みだけ大きかったと思う。
そこに、繋がる小さい染みがアジトから6本伸びている。何処に魔力を流すかで稼働する魔法が変わるんだ。
最初は、ダミーを作って分かりにくくするためかと思ったんだが、一個一個解析するとそれが稼働するものだと判明出来たのは、今回の赤い染みの3つの位置が大変重要だったんだ。
今の広大な魔法陣の完成度は恐らく9割以上出来ている。
6個の魔法陣を解説すると、
1個が、魔法陣を活性化する魔法陣でこれは準備段階で必ず起動される。2回目以降魔力が通過した点だけが10m上空に魔法回路を浮かび上がらせる。
2個目が、霧散型魔力吸収魔法陣で、恐らく強烈な魔力吸収をまき散らされると魔力を瞬間的に抜かれた人間は、ショック死する。つまりこのイキト村は、全滅する。
3個目が、大型魔導砲になっていて、地対地大型ファイアーボムを放てる。射程距離は分からないが、教都なら確実に一発で消し炭に出来るだろう。
4個目が今回の3番目のポイントに影響しているんだが、これはテレポートだと思う。初めてこんな大規模な陣を見たので解読に時間がかかったが、それも相当の出力を持っていて地下数百メートルだろうと数千キロ離れていても大型魔獣をテレポートできる。」
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みんなの息が一瞬止まった。
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「それは、暗黒竜も・・・・・」
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「その通りだ。3番目のポイントは、このテレポートを優先していると考えて間違いないと思う」
みんな、誰も固まったまま動けないでいる。
「マスター、でも完成してないですよね」
「テレポート魔法陣としては、一か所を抜かし完成している。黒狼族が掘った地点以外は今回で完成してしまったことになる。
まだ、5番目の魔法陣が完成していないから稼働しようとは思わないだろうが」
黒狼族の若者が質問してきた。
「5番目、6番目の魔法陣とは何でしょうか」
「5番目は、必要あるのかないのか分からないんだが、固定待機魔法だと思う。複合魔法に使う為だと思うんだが、何と何を組み合わせると何になるのかは、見当もつかない。
6番目の魔法陣は、恐らく完成しても解読できるかも分からない。最初の起点から真直ぐ伸びてるだけで、その先が未だ造られていないんだ。一つのピースでどう変わるか余りに通り数が
多過ぎて見当もつかない」
勇者は、意を決したように”きっ”と目を見開き、タケオい問うた。
「なぜ、雨の日に作業しているんだろうか」
「この魔法陣は、巨大でありながら繊細です。地面に杭型の点を打ち、10m真上に展開するだけで微妙な狂いが上空では大きな誤差になってしまうので、雨で地盤が緩まない様に発動まで屋根を付けて微妙な狂いを抑えているんだと思います」
「タケオ君、あとどのくらいで完成するんだい。」
「今回でほぼ出来たので、次の回には完成すると思います」
「もう倒さないと、教皇国は滅びる事になるよね。」
「おそらく、そのまま稼働させたら滅びる事になると思います」
「もう、戦うしかないって事だ。」
「問題は、倒す方法が分からないのです。
今までの考察でもやろうとしていることは分かっても相手の能力は頭を手で押さえて自殺させる事ぐらいです。
それも本当に頭を押えないとできないかも分かっていません。
黒い霧になるのも物理、魔法も効くのか効かないのかも分かりません。
戦うとすると一発勝負になるという事です」
みんなが、ごくりと唾を飲み込んだ。