62.聖獣アクリス
黒狼族のおばばから渡された地図には、ご丁寧に王都への道順が書かれていた。
特に問題視する所は無く、王都へ行くのに直線的に一番近いルートを示していた。
だが、イキト村は、大森林に近い為、直接行くとすると大森林沿いの道の方が早い。
もう一つ気になる点は、3km程離れて尾行が付いていることだ。彼らは鼻が利く。
1時間程歩くと大森林に向かう道と王都へ向かう道の追分に着く。追分は、20軒程の小さな宿場町になっていた。何食わぬ顔をしながら王都へ行く道を早歩きで歩く、段々速度を上げ、2時間程して相手が付いて来なくなったのを感じ取り、少し林になって見通しが悪くなった所でテンコ特性臭い消し(良く分からない木の根っこ)を体に擦り付け、一気に滑空飛行をして数十キロを飛び、大森林沿いの道へと戻った。
我々は、黒狼族の示すルートをワザと無視して大森林沿いの道を進むことにしたのだ。
全員が気配遮断のマントを羽織り、街道を誰にも見つからない様、馬並みの早さで進んだ。
夕方になる頃、猛スピードでこちらに進む二頭立ての馬車に出くわした。
「どけ!ひかれても知らんぞ!どけ!」
御者は冒険者風の男で、荷台の檻には小さな真っ白な鹿が恐怖に怯えて座っていた。
その檻の周りを剣を片手で掲げながら、4人の男が守っているようだ。
「あれは」
フラウが暴走する馬車の前に飛び出し手を広げ制止させようとする。
危険と見たオーキがその前に立った。
「グヮォーウ」
・
「「ヒヒーン」」
二頭の馬車馬は、前足を目いっぱい前に出して急ブレーキを掛けた。
「「「「うわーーー」」」」
御者含め5人の男たちは、吹っ飛んで道の端へ転げて行った。
”がしっ”
鉄格子の檻もオーキの方に飛んでくる。オーキは軽々と受け止めフラウの前に優しく置いた。
フラウは、真っ白な小鹿を檻から出して抱き上げ、癒しの波動で心を落ち着かせた。
そこに、先程転げて行った冒険者達が立ち上がって来た。
「痛ててて、お前ら何て言うことをしてくれたんだ。これは、町長からの依頼に基づく正当な行為なんだぞ。冒険者なら自分達がした事分かってんだろうな。返答次第じゃ犯罪者だぞ」
タケオは、今の状況が呑み込めていない。これは、不味いかもしれないと思っている。
そこにフラウが、
「貴方達こそ分かってやっているの。ユグドシアルの聖獣アクリスを捕まえるなんて許されると思ってるの。貴方達の行動で人類に影響が及ぶのよ」
・
「ちっ、こいつエルフだ。仕方がねー」
”チャキッ” 男たちは剣を構えた。
「テンコさん、傷めつけてお仕舞なさい。ふおほっほっほ」
”ドゴ・バグ・ゴキ・バコ”
「た、た、助けてくれ、俺達は頼まれただけなんだ。本当に正当な理由なんだ」
冒険者たちは、依頼書の写しを見せてきた。そこには極秘の赤い判子が押されていた。
「これ、国の関係者に見つかったら、関係者全員晒し首だぞ」
この世界で、人間が聖獣に害をなす場合は、晒し首になる。これは、あのランド王国ですら同じなのだ(彼らはぎりぎりを突いてくるが)。この世界の均衡を守る聖獣に仇なすという事は、敵対する暗黒のものになると宣言するようなものだ。
当然、田畑の恵みは無くなり、天候は荒れ、日も差さぬ大地に住むことは人間にはできない。もし、このようなアクシデントが起きれば、その国の王を初め、名だたる重鎮がエルフを通じて許しを請う事となる。つまり、人類がこの世界に生きる事を放棄する事と同義語なのだ。
・
フラウが風の向きを気にしながら口笛を吹く。
”フューイー・フューーイ・フューイー”
風に金色の長い髪が靡き、膝下までのスカートが煽られる度に彼女の美しい脚線美が見え隠れする。
俺だけが見ていい光景だ。この瞬間だけでも愛おしい。
・
森の方が光り出し、すーっと大きな真っ白なヘラジカが現れた。体高7,8mはあるだろうか、フラウの前で鼻を近づけクンクンしている。二人は見つめ合い、何か納得したようでこちらを向いた。
「我の子を助けて呉れた事を感謝する。ただ、この地は我らは必要とされないようだ。去ることとしよう。」
いきなり、頭に言葉が流れてきた。これは念話だろう。
そう言って立ち去ろうとした時、大鹿は振り返り、
「オーガ族の娘、お前はユグより天元の柄を授かっているだろう。それにはパートナーがいる。
いつか必ず王家の谷へ行くのだ。」
そう言い残し、小鹿を連れて森に消えて行った。
ーーー
アクリスは、純白の透き通るような肌のヘラジカの大きいもので、体長が大きいもので10mになる。温和で人間の味方であり、ユグドシアルの聖獣である。
アクリスは、守護する場所を決めるとそこに人が住んでいれば普通は生きている限り守護してくれる。
森の浅い場所に棲息し、強力な魔獣が人里に降りると”キュオーーン”と鳴き10km四方の各里に危険を知らせ、殆どの場合は、撃退してくれる。
魔獣がスタンピートを起こしても守護する町や村は、通らないよう誘導する。
消毒石と同じ力を持ち疫病を未然に防いでくれる。
正に、町や村の守り神のような存在なのだ。
このアクリスは、300年前に自身が子供の時、崖の挟間に嵌って動けなくなった自分を、助けてくれた少年に恩を感じ、この地域を守っていたのであった。
それも今日で終わるだろう。
ーーー
俺達は道を戻り追分の宿場町に戻った。夜になったが、町長宅に冒険者5人を投げ捨てた。
それを見た町長は、
「お前たちは何者だ。これはギルド発行の依頼だぞ。これは犯罪行為だ。皆来てくれ!」
町長は大声で宿場の人に招集をかけた。宿屋から鎌や鍬を持った中年の男女が集まって来た。
「皆、こいつらを捕まえろ。アクリス捕縛を阻止した重罪人だ。殺しても構わん」
皆は、タケオ達を取り囲みじわじわと近づき出した。
「オーキさん、教えて差し上げなさい。ふおほっほっほ」
オーキは、薙刀を虚空から取り出し、一閃くるっと振り回した。
”ブオーーーー”
大風が舞い、全員が10m程吹っ飛んだ。
「今度、そこから前に一歩でも進んだら首と胴体は繋がってないよ。心して動くことをお勧めする。
後、木の上からクナイ投げようとしている黒狼族の人、投げる動作をした瞬間に頭が無くなるから仕舞っておいた方がいいよ」
みんなが動かなくなったのでタケオが話し出した。
「町長、何でアクリスの子を襲ったんだい。死んでいたらこの町の全員が晒し首になる所だぞ」
「ふん、アクリスが聖獣と言っているが、一度も助けられたところを見た事などないわ。そんな迷信を信じて町が寂れていくのを見ている方が異常だわい。」
「だからと言って、悪さをしていない聖獣を捕まえる理由にはならんだろう」
「アクリスの肉の脂にはな、美白、美肌、皮膚病治癒の効果があって美容液として高額で売れるんだよ。迷信で飯が食えるか。この町は、国境近くの宿屋に客を奪われ廃業寸前なんだ。別に居なくてもいいものなら役に立って貰った方が御利益があるってもんだろうが。違うか若造」
こいつらは、自分達の事しか考えていない。見えなければいい等と短絡的思考に走らせたのは、逆にアクリスが脅威を遠ざけたからかも知れない。
所謂、平和ボケと言うやつだろうか、大森林の近くで塀も何もなく子供が遊び、大きな魔獣被害もなく、疫病にかかったこともない。だから起こらないのは必然で未来も起きないと心の奥底で思っているのだろう。だから危機に対して考えが甘いどころか感じてもいない。
きっと彼らに何か伝えてもきっと理解されないだろう。
「お前たちに、アクリスからの伝言を伝える。
もうここは守らないとさ。何か起こったら今まで起こらなかったことを感謝でもするんだな。何言ってるか自分でも分からんがな。
それから、今回の事は、国には報告しないでやる。アクリスがが居なくなってしまっては、証拠がないからな」
そう言って我々は、イキト村に向かうのであった。
・
”シュッ” ・”ガキン” ・”ザン”
「ぐあー」
暗闇から不意に襲ってきた黒狼族の右腕を叩き切った。
最早、俺に不意打ちは通用しない。
「ばばあとじじいに伝えとけ、今からお前らは敵だ俺達に近寄っただけで今度は真っ二つにする。執く狙ってくるなら今度は村ごと焼き払うとな。」
夜になっていたが、この辺に泊まる気になれず、全員で滑空飛行し、イキト村まで一日の所にミスリルハウスを出して停まることにした。
王家の谷って何だろう。依頼が終わったら調べてみるか。