57.大河のゆりかご再び
鉱山から帰って来たタケオは、今、裸に剥かれ正座させられている。
「嫁を10日もほったらかしにして、どういうことだべ」
「マスターに女の匂いはありません。ただ、小狡いマスターの事ですカムフラージュして匂いを消している可能性はあるです。」
タケオの女性に対する信用度は、極限までゼロに近い。
ーー10日合わなきゃ嫁が増えると思われている。ーー
「タケオ、10日も居なくなるなら途中で一回帰ってきて説明してから行ってよね。心配で心配で夜寝れなかったんだからね。みんなで話して今日にでも探しに行こうとしてたんだから」
タケオは謝った。只ひたすら謝った。
彼女たちに発掘に夢中になって忘れてました。何て言ったらなぜ私たちを忘れたのかから始まり、永遠に解放はされない。
ーーー男は黙ってサッポXビールだーーー
それが家庭円満の秘訣である。
嫁には逆らわず、ただ謝る。これが大事だとタケオは悟ったのだ。これは全ての世界に通用する大原理である。皆、努々(ゆめゆめ)忘るるべからず。かしこかしこ。
◇ランド王国 王の執務室
「ついに、マケラ皇帝が死によったな。準備は万端であろう、経過を聞かせよ」
「は、決定式での混乱が起こり、帝都は混乱しております」
>>宰相は嘘をついた。
ここで何も起こらず仕掛け人が捕まったなどと言ってしまったら、国庫の金を相当使ったのに(自分もくすねた)失敗したなど言えるわけがない。
調査は、自分の処で行っているので暫くはバレない筈だ。
その内、戦乱に成ったら誰も詮索する奴はいないと踏んだ。
<<
「カリス将軍よ。そちの方はどうじゃ」
「は、ファイアーアントを3日後に放つ段取りです。エリート千人部隊は、4日後にニアの町まで1日の場所に陣を張る予定となっており、既に山に入りました。5日目には町の状況を見て占拠する予定です」
>> カリスは、嘘をついた。
宰相がミッションを完璧にクリアしているのに、ファイアアント吊り出し部隊が忽然と姿を消したなどと口に出した瞬間、首がコロッと地面に落ちる。
それにエリート部隊が活躍すれば奪取は余裕で可能だろう。(こっちは不意の襲撃だし)思ったより冒険者が多く苦戦した事にしよう。
もう撤退は絶対ない事を部隊長に命令しておこう。<<
◇
一方その頃、タケオ達は、ギルドから指名依頼を受けていた。
「F級冒険者にギルドは命令できないんじゃあないですか」
「はい、その通りなのですが、今回の大河のゆりかご迄の道程を知っているB級冒険者が3週間ほど別の町に護衛依頼に出てしまって、今知っているのはタケオ様しかおりません。
これは、領主様案件でギルドは断り難いんです。
どうかお願いです今回だけですから調査団の案内を引き受けてくれないでしょうか」
タケオにとって何のメリットもない。ゆりかご迄には集団を連れて行くと3日、調査1日、帰りで3日の最低7日は掛かるだろう。
今は、テンコと一緒に弾作りと各種充電を優先したい。
草履のような虫や魔ギ酸の研究もしたい。
高密度ミスリルに早く回路を変えたい。
「無理です。用事があるので受けられません」
そこに、領主の使いが来ていた。
「おい貴様、町の危険を案じて領主様が調査を命じられたのだぞ。それを断るとは何たる不敬、罰してもいいんだぞ小僧」
「では、お伺いしますが、我々はF級冒険者です。大河のゆりかご近くには、ファイアアントでなくてもB級、C級の魔物がうようよいます。F級冒険者の我々は、逃げるのは何とかできますが、貴方たち戦いますか?それとも逃げきれますか?我々では勝てないから勝手に逃げますよ。貴方たちの要請は案内と言っていますが護衛も含んでるでしょう。
本当にいいんですか。
受付嬢さんにはいつもお世話になってるから別件で無理と済まそうと思ったのですが、この前だって生きるか死ぬかだったんですよ。だから勇者と一緒にB級冒険者が付いて行ったんでしょ。F級冒険者が受けたら完全に全滅しますよこの依頼」
「そ、それは、・・・・」
「すみません。貴方達しか場所を知らなかったから無理な依頼をしてしまって申し訳ございません。この依頼はB級冒険者が帰ってきてからという事でお願いします。使いの方宜しいでしょうか」
「すまん、焦ってしまって、それなら君たちだけでも調査してきてくれないか」
「だから、勇者様にも言ったけど調査の専門家でない我々が見たってその辺にファイアーアントが居るか居ないかしか分かりませんよ。後で問題にされたって責任取れませんから」
「分かった。それでもいい。本格的な調査はしかるべき冒険者が帰ってきてから行うから、今すぐ危険がないか周辺を見てきてくれないだろうか」
・
ふと考えた。そう言えばあそこにはファイアアントの巣の方から縄がぶら下がっていたな。土台もあってそのままにしていた。勇者たちは脅威がないかしか見ていないから気にしなかっただろうが、本格的に調査されたら縄が張ってあったと推測される可能性が高い。あの時あの場所で縄を切れる人間は、俺達しかいなかった事は周りに聞けば分かってしまう。じゃあなぜ俺たちが縄を切ったのかとなると在らぬ邪推をされ、俺たちがファイアアントを外に出した後切ったと思われかねない。今も行くのを渋ってるから余計邪推されかねない。
これは、迂闊だった。
「うーん、そこまで言われたら善良な冒険者は断りにくいですね。
では見て来るだけという事で。これも町の為なら仕方がないですね。
年を押しますが、近くにファイアーアントがいないか見て来るだけですよ」
「ああ、頼む。取り合えず領主から脅威があるかも知れないと言われているのにそのまま待っていたなどと言えないものだから」
「分かります―。宮仕えは大変ですもんねー」
「いや、私としても町の人が理不尽に死んでいくのは耐えられない。もし誰かの故意的な行為で起こっていたのだとしたら見逃すことは出来ない」
「私も受付をしていますが、思いは同じです。町が壊滅したらなんて考えたくもないです。どうかこの町の為にもよろしくお願いいたします」
この人たち良い人なんだ。ちょっと自分が恥ずかしくなったタケオであった。
こうして俺たちは、また大河のゆりかごに行く事になった。
俺達家族で行くなら、充電も出来るし研究も出来る。
・・証拠隠滅もね。
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・
今、大河のゆりかごにいる。
速攻で杭を大河に流し整地した。
ファイアアント側の杭と縄も大河に流した。
もう滑空は最高に気持ちがいい。あっという間に渡ってあっという間に帰って来た。
「タケオ凄いな。おらにも作ってくれ」
「僕にも」
「私にもお願い」
「ああ、実は作ってあるんだ」
家族ランデブーもいいな。今度、皆で空飛んで遊びに行こう。
ふふ、これで俺たちが切ったことは闇の中だ。
しかし、あんなに真直ぐに考えてる人達がいたなんて、今まで俺の周りの奴らは、碌な奴が居なかった。
人の命は平等だと言うが、人の命を虫けらの様に扱う人より、こんな人達と一緒に生き残っていきたいと思うタケオだった。
・
折角来たので草履のような虫の研究がしたかった。
こいつら、何喰って生きてんだか分からない。ただ魔ギ酸の中で生きられるのはなぜなのかだ。
まさか宿屋で魔ギ酸を出して床に穴でもあけたら大変な事になる。なので、野外で観察実験だ。
虫籠の一匹を出し、収納に入れてある魔ギ酸を頭からかける。
虫眼鏡(この日の為に虫眼鏡の倍率を極限まで上げた)で観察すると虫の上で本当にギリギリで膜の様に魔ギ酸が浮いているのが分かった。少しすると真っ赤な魔ギ酸が黄色く変色していく。薄い黄色になったら下に落ちた。それを虫が吸っているではないか、これは、食べてる?
思い切って手の先に付けてみた。指に溶ける感覚はない。
思わず舐めてみた。何だこの甘さは、蜂蜜より何倍も甘いがすっきりしている。
何回かしていると最初に一瞬だけ振動したように見えた。
これ振動波だ。それも超高速振動波だ。
5匹を代わるがわる魔ギ酸をかけ食わせた。満腹になったようなので虫籠に戻した。
魔ギ酸を食べた自分のお腹は大丈夫のようなので全員に舐めさせたら皆目の色が変わった。
これを量産すると言い出したのだ。
やっぱり女の子は、甘味に弱いんだろうか、それともこの世界に甘味は余りないからだろうか。俺は前者のような気がする。
だって目がハートマークなんだ。あのオーキですら。
恐るべし甘味。
虫の満腹が如何して分かるかだが、段々甘味に変えず、魔ギ酸を下に落としている。どうも振動の仕方を変えているようだ。
次にミスリルの剣で刺してみた。背中の甲羅の小さな突起の形が変わる。物凄い速度で周波数が上がっているような気がする。
これはもっと微細に見える虫眼鏡の開発と振動数、波の大きさを計測する魔導回路を作らないと正確な事が分からない。
とにかく、賢者の隠れ家から持って来た魔法陣の書物を片っ端から振動する魔法陣を読みまくった。
肩たたき用のとんとんとんから始まり、円運動の振動装置は、これは目で見なくても振動で知らせる装置だ。(何に使うんだろう)
波動振動?を魔力でONOFFを繰り返し、幾重にも位相振動を重ねる?それを平らなシールドへ?
さっぱり分からない。
取り合えずそのまま魔法陣を作ってみた。魔力が少ない内は水を垂らすと蒸気になった。スゲー。
魔力量を増やすと、
”ガタガタ” 「熱っ熱っ熱っ」
上手くいかない。これは難しい。とにかく試作を作って見よう。
草履のような虫を細かく観察すると背中の突起が何か影響しているような気がするので、シールドではなく同じ突起の付いた振動板を作り形状を変えてみた。
”ブウーン ンンンンンン”
お、上手くいったぞ。
「そうか、超小さな突起を振るわせて同調させていたんだ」
これから、計測器など色々作らないと振動数を上げるのは難しいな。実用化までには大分かかりそうだ。
それから、高密度ミスリルは魔力を流すと魔ギ酸でも溶けないことが分かった。
これで、高密度ミスリルの板を作れば、宿屋でも魔ギ酸の研究が出来る。盾を作ればファイアアント対策にもなるな。
次に高密度ミスリルの魔導回路を作ろうとしたが、オリハルコンの錬金ペンでは、細かく作れない。これは、魔力循環力が高密度ミスリルの方が圧倒的に高いからだと思われる。いかに史上最強の硬度を持つオリハルコンでも微細な作業においてこの世界では魔力の手助けが無いとできないようだ。
そこで、オリハルコンのペンで、超高密度ミスリルの大きめのペンを2本作る。この2つのペンをペン同士で交互に精密に磨いていくと使用可能な錬金ペンが出来上がった。
疑問なのは、賢者トウースは、最初にどうやってオリハルコンの錬金ペンを作ったのかだ。尖ったオリハルコンでも2個あったのだろうか。
しかし、超高密度ミスリルは、普通のミスリルより10倍くらい重たい。作業が大変だし、ペン以外で使い道が見つからない。
・
ある程度の成果はあったので野外研究を終わりにして帰途につこうとした時、10人のフルプレートの兵士たちに囲まれた。
知ってはいたが、何もしなければ立ち去るつもりだったのだが、
「おい、お前らここで縄張ってる奴を見なかったか」
「さあ、昨日来た時には何もなかったですよ」
「そうか、まあいい。どっちみち俺達を見た時点で帰れないけどな。皆、2人のおねーちゃんは切るなよ。お楽しみが減っちまうからな。まず後ろのオーガからだ」
にへらとした表情で兵士たちは剣を抜いた。
だいたいレベル10 魔攻93 MP93程度だ。
こういう下種野郎は本当にどこからでも湧いてくるな。
「テンコさん、手足を砕いて差し上げなさい。なるべく殺さないようにの。ふおっほっほっほー」
「はい、です。」
「何だと、てめー嘗めてんのか、俺達は黄色以上の才能の集団だぞ」
テンコは、爪から五本の太い糸を出した
”バキ・バキ・バキ・バキ””バキ・バキ・バキ・バキ””バキ・バキ・バキ・バキ””バキ・バキ・バキ・バキ”
「てめーふざけんな!」
一人が切りかかってきたが、尻尾の糸で剣を持つ手首を巻かれ
”グギョキ”
「ぎゃー」
制圧に5分も掛からなかった。
「テンコ、ポーションとか身に着けてるものを剥ぎ取れ」
「タケオ、おらに向かってきたのに、なんでテンコがやるだ」
「だって、オーキがやったら手加減したってみんな原型が無くなっちゃうだろ。」
「ひいっ」
手足を折られた兵士たちがちょっとオシッコ臭くなった。
隊長格に聞いてみた。
「なぜ、ファイアアントを町に向かわせた。ランド王国の兵隊さんだろ。何しようとしてる」
「言う訳ねーだろ。俺は軍人だ。拷問したって吐かねーぞ」
「うん、そうだね。」
俺は、隊長格の男を大河に投げ込んだ。
”あああーーーー”
「助けるかどうかは、俺達次第だけどね。殺しに来た奴に容赦はしない」
嫁たちだって修羅場を何度も潜っているんだ。そんな甘ちゃんは家族にいない。この世界では何時殺されるか分からない。
「さて、次は誰かな。喋る気がある奴はいるかな。俺達も自ら進んで人殺しはしたくないんだが」
「助けてくれ、何でも話す」
「おい、止めろ。それでも軍人か」
軍人魂のある奴はこいつだけのようだ。
タケオは、襟首を掴み大河に投げ入れた。
”あああーーーーー”
「後、喋るなと言う奴いるか?」
・
・
そして、一人の兵士が話始めた。
「俺達は、ランド王国エリート千人隊の兵士です。
我々の任務は、マケラ帝国ニアの町陥落と国境の占拠です。
ファイアアントをニアに放ち、疲弊した所を本隊が襲う計画でしたが、放つものが連絡を絶ち調査に来た部隊です。
俺達は、才能優秀者として無理やりこの軍隊に入れられたものです。決して自分から志願したわけじゃないんです。どうか助けてください。家に帰れば家族もいます。家に帰ってもう二度としません。許してください。お願いします。お願いします。」
「それでファイアアントが使えなくなって千人隊はどうするの」
「隊長は、それでもニアに攻め込むと言っていました。既に二日後夜にはニアへ攻撃するはずです」
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「大体分かった。しばしここで待っていてくれ」
俺達は家族会議に掛ける事にした。