28 .能力差別解放軍
エルフの里から2か月ぶりに帰ってきた俺は、宿屋の異変に気がついた。
夕食時に帰ってきたのだが、いつもの大男が居ない。それに厨房に熊が居る。
何で?
これはどういうことか、わが愛しの妹ミキちゃんに聞いてみた。
「驚かないで聞いてね。私、新しいお父さんが出来たの」
しょえーー、そりゃ驚くわ。
厨房から熊が出てきた。D級冒険者ベイアだ。
「よう、タケオ久しぶりだな。実は宿屋の厨房をすることになったんでな。まあ、所謂転職だな」
その横に顔がテカテカのお母さんが、熊の腕にしがみ付いていた。
「タケオさん、彼と一緒になったの。もう彼ったら積極的で即2人目が出来そうだから籍を入れたの」
あらら、熊・・・食っちゃったの。・・・・ジビエ系
ーーー
タケオは、自分が助かるためにベイアを犠牲にした。ギンギン定食を毎回食べさせられたベイアは、もう爆発しちゃった。ってやつだ。
どうしてこうなったかの詳細は、欲求不満の二人、どちらがどうとか言うのは野暮だろう。ただ、子供の名前にギンは付けないで欲しい。
彼の冒険者引退を早め、再就職先まで斡旋してしまった事にタケオは気づく時は来るのだろうか
ーーー
"クンカ・クンカ”
「女の匂いがする」
何時もの様にタケオチェックをするミキちゃんだ。
ーするどいー
「いやー、冒険中に助けた女の子がいたから匂いが移ったのカナー」
「これは、私が経験した事が無いような匂い。この頃のお母さんからもこんな匂いが・・」
ー女の感? やばいー
「あー、今日は旅の疲れを取るのにお風呂屋さんに行こう」
そそくさとその場を退場するタケオであった。
この町には、大衆浴場がある。基本的に家庭にお風呂は無い。
風呂のある家は、貴族か相当裕福な家である。
庶民は、月に1,2回、リフレッシュのために通う贅沢な行事なのだ。
もう少しフラウの香りを付けておきたかったが残念だ。
別に隠すつもりはないが思春期の女の子に刺激が強いかなーと思うちょっと大人の階段を登った余裕のタケオであった。
お風呂で体を石鹸で洗う。こちらの石鹸は、獣油に灰を混ぜたもので、あまり汚れは落ちない。何度も洗い流しフラウ臭が無くなる。
ああ、会いたい。あの香しい匂いを嗅ぎたい。
1年以内だから1日だって以内だよな。
ああ、フラウ会いたいよー
―ー 盛りのついた猿 ーー
湯船に入る。
既に浴槽には何人もの先客がいた。
風呂では、才能差別解放軍の話題で持ちきりだった。
「また商隊が襲われたって」
「ああ、才能差別解放軍の仕業らしい。あいつら見境ないからな」
「でも、解放軍とか大層な理念で旗揚げしたんだろうに」
「俺の息子の友達の隣の家の息子の友達がさあ、解放軍に入ったんだが、おかしいと感じて命からがら逃げ出したんだと。町で勧誘されたんだが、才能差別反対のため、各地域に支部がありそこで修行すると言っておきながら、いきなり山に連れていかれて国境に行く街道の見張り番にされたんだと。パン一個渡されて通行人を一人殺すまで待ってるんだと。」
「だけど、本気で能力差別を思ってるやつもいるだろ。絶対抵抗するよな」
「その為の街道での人殺しなんだよ。抵抗する奴はそこで殺され魔物の餌にされるのさ。」
「じゃあ、才能差別反対するものが皮肉にも殺され、殺した奴だけが仲間になるって事か」
「ああ、人殺しになれば、ばれりゃあ死罪か一生奴隷だ。
何回も殺るうちに身も心も極悪盗賊の出来上がりってえわけだ」
「女は、犯され奴隷で売るか殺される。子供は首を捻ってそのまま殺されるそうだ。
結局、才能差別を本気で反対している奴は消え、お宝は取り放題、女は犯し放題だ」
「町の衛兵とか領主は何もしてくれねえのか」
「ここからは、大きな声じゃ言えねー。もっと近くに、絶対に他の人に言っちゃいけねーぜ」
お喋りおじさんの近くでダン・ダン・Xンボの耳になる。
「いいか、ここの町長は、極端な才能至上主義者で、自分の息子が2歳の時にクロ(才能が全く無い蔑称)だと分かった途端、息子と母親は病死になった。勤めていた奴が言っていたが、前の日までぴんぴんしていたのによ。顔には紫の斑点があったから毒殺だろうとな。今の母と子は、生きてるから才能が有ったんだろう」
「じゃあ町長が絡んでるのか」
「衛兵含め、町長が黒幕だ。最初に話した息子の友達の話だと隊員の奴が門を出る茶色い紙を貰っていたんだと。その後、街道で待ち伏せさせられていると茶色い紙を広げて”商人が10人来るから金貨1枚赤鼻に払わなきゃ”って言ったんだと」
「おい、赤鼻って町長のあだ名か」
「ああ、だからその息子の友達は逃げ帰っても盗賊から自分のことが町長にばれれば殺されると思い、家族に全員町から出ようと言ったんだが誰も取り合わずその子だけ町から出たそうだ。そしたら次の日膾切りにされた家族が川に浮かんでいたとよ」
とんでもない集団だな。町長もグルだから今まで討伐依頼も出なかったのだろう。町長にとっては、才能差別反対者を殺し金まで貰える一石二鳥の案なのだろう。
才能差別反対を掲げることで逆に殺すことが彼にとっては笑いが止まらないのだろう。
実際にこの盗賊団の討伐依頼は、ギルドで見た事は一度もない無いな。
クロの才能の俺としては、胸糞悪い話だが、噂話で断罪するほど短絡的思考は持っていない。それにこれは領主案件だろ。領主も能力主義者だと収集つかないが。
・
風呂屋を出て小腹を満たすため、いつもの串焼き屋に向かう。
大きい串焼き一本を買い小さいのを2本買う。その2本を隣の母娘に渡す。3か月前位に串焼き屋の隣で露店をする母娘だ。エルフの里に行っていたのでお久しぶりだ。
お店は針糸の行商をしている。色々な針と色々な糸、待ち針、糸通しなども売っている。
「はい、どうぞ」
「ありがと、タケオ兄ちゃん」
この娘ミミ7才は、暇なとき露店の近くで一緒に遊んでいたかわいい子だ。俺にとっては、ミキに次ぐ2番目の妹だ。
「タケオさんあまり甘やかさないで下さいよ。」
「すみません。こんなかわいい妹が居たらいいな。と思ってしまって、ねえミミちゃん」
肩車しながら、走り回る。
そんな中で、お母さんが
「私たちも、商いも落ち着いてきたのでそろそろ故郷に帰ろうかと」
「そうですか、寂しくなりますね。それじゃあ、針を10本と全ての色の針糸を売ってください。」
「無理して買って頂かなくてもそれなりに稼げましたので、それに故郷に帰るのは、大分売れたので糸づくりの為に帰るだけですから」
「いえ、大切な人が出来まして、彼女も色々と縫物をしていたのでプレゼントしようと思いまして」
「お兄ちゃん。恋人はミミだけだよ。浮気はだめだよ」
「はは、ごめん。ミミちゃんも大好きだよ」
「もう、ミミだけ好きになんないといけないんだから」
かわいいミミちゃんと遊びながら針糸を買い、宿に戻った。
ベイアのエプロンは前の夫のものをしているが、小さいので新しく縫う事を聞いていた。結婚のささやかなお祝いで針と糸を贈った。
3日後ミミちゃんは旅立って行った。
故郷が国境に近い街なので才能差別解放軍がいる事が心配だったが、大きな商隊について行くので安心との事だった。
ちょっと護衛しようかとも思ったが、全てについて行ける訳がないので、それこそ過保護だと思い止まった。
◇
それから暫く、ファントム・バットの高圧縮魔石とユグドシアルの使用方法を研究するのであった。