2.別離
タケオ10才の秋。
村は近年不作が続いている。どの家も余裕はなく、貧しい生活を送っていた。
10日ほど前から母さんが咳き込み始め、高熱にうなされるようになった。
この村に医者はいないし金もない。父さんは、朝早くから薬草を採りに山へ出かけって行ったが、秋になり草も枯れ始め、簡単には見つかりそうもない。
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数日が経った。
「コホコホ、 タケオ変わったことは無い?」
「特にないけど、前にグレンから家が”候補”に入っているって聞いたけど何だろう」
・・・・・
「・・・それは、周りの子も知っていたの?」
「ロレンが終わるまで話しちゃいけないとか言ってたけど」
・・
「そう・・・とにかくお父さんが帰ってきたらみんなで話しましょう・・・コホコホ」
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しばらくすると、外が騒がしいので出てみるとそこには荷車に乗せられた父親の姿があった。
「父さん、父さん どうしたの。何か言ってよ」
揺すっても、揺すっても、もの言わぬ父の姿があった。
数人の村人の中からロレンの父親が前に出てきた。
「親父さんは、帰る途中に足をケガしたんだと思う。
その後魔物に襲われたが、村の門で事切れたんだと思う。」
「父さん、父ーーさーーん」
ロレンの父親が泣きじゃくる僕の肩を叩きながら
「とりあえず、中に運ぼうか」
ドアの前まで運んでくると、ドアの内側から
「そこに置いて行ってください。ここまで運んで頂きましてありがとうございます。」
「え?中まで運ぶよ。遠慮しなくてもいいぞ」
「いいえ、結構です。そのままドアの前に置いて行ってください。結界があるので中には入れません」
「ちっ、おい行くぞ」
「どおせ長くないんだ。後でゆっくり頂くさ。ぺっ!」
唾を吐き捨て、村の人達は去っていった。
・
ドアから引き摺りながら、父さんをベットに何とか載せた。
涙が止まらない。何も考えられない。どうしていいかわからない。
父さんがいない世界なんて今まで考えたこともなかった。
呆然と立っていると。
「タケオ!しっかりしなさい。そんな弱い心ではこの世界は生きていけないわよ。
父さんにいつも言われているでしょ。思い出しなさい。」
・・・「はい」
そう、いつも父さんに言われていた。
”父さん母さんが死んでも冷静に分析する胆力を身につけよ”とそして必死に解決策を探し出せ。それがこの世界を生き残る最低条件だと。
よく見ると父さんは鞘に納まった剣を握り締めたまま息絶えていた。
「タケオ、まず父さんの足首、膝を見て頂戴」
「足首がコブが出来たみたいに腫れてる。」
「父さんの背中はどうなってるの。うつ伏せにして見て」
「斜めに切られてる。これは剣での傷だよね」
「次は服に血糊が固まっている所を切り裂いてどうなっているか教えて」
「お腹に穴がいっぱい開いてるよ」
・・・・・
「コホ、コホ・・・」
母さんがフラフラなので、母さんをベットに寝せた。
「結界まで張って、魔力を使い続けると病気が悪化してしまうよ」
「もういいの。」
「もう良くない。母さんまで居なくなったら僕はどうしたらいいの。結界は止めて療養に専念してよ。お願いだから」
「それよりこれから話すことをお願いだから聞いて頂戴。
まず、”候補”についてだけど、2軒隣の老夫婦が去年火事にあって2人とも死んじゃったことは、知っているでしょ。」
「うん」
「去年の候補は、その老夫婦だったのよ。この村は不作が続くと口減らしのために悪いことをした家族や村に役に立たなそうな家族を殺して冬の貯えを強奪していたの」
「そんなことしたらお役人さんに捕まっちゃうでしょ。いつも父さん母さんが言っているじゃない」
「そうなのだけれど、村長含め、村のみんなが口裏合わせして火事で納めてしまうの。こんな悪いことをすればいつか自分に返ってもっと酷い目に合うのに。
この村の風習として100年以上続いているようだけど、父さんは当然黙っていなかったの。老夫婦の場合は後から知ったため、証拠を掴めなかったけど、村の皆には今度やったら役人に訴えると脅しをかけたのだけど、それで反感を買い、今回父さんがケガをして帰ってきたのを見つけた村のものが総出でお父さんを殺したとみて間違いないわ。
タケオは聞いたんでしょ。家が候補だって」
「それじゃ、父さんは、逆恨みで殺されたってこと。
候補になったってことは、遅かれ早かれ、家族は全員殺されるってこと?」
「そうね、この村で剣を持っているのはロレンのお父さんだけよね。後ろから切りつけて、倒れたところを皆で斬りつけたという事だわ。傷口を考えると、魔物にやられた傷は、噛みつけば引き裂かれるのに穴が開いているのは、槍か鍬などで突かれている傷よ。彼らで間違いないわ。」
怒りがこみ上げてくる。グレンもロレンも知っていて僕を殺すことに何の躊躇もないということだ。この村全部に火をつけて皆殺しにしてやる。殺してやる。殺してやる!。
体が怒りで震え始めた。
「タケオ、冷静になりなさい。ゴホ、コホ、あなたの今の力でどうやって戦うというのです。お父さんの言葉を思い出しなさい」
父さんは、生き残ることが最優先と言っていた。
10回負けても生き残れば11回目に勝てる。勝つときは絶対情けをかけるな必ず仕留めよと。
勝つためには、絶対隙を作るな、過剰と思うほど準備をし、相手がどの手を打っても対応できるよう準備をせよ。
勝てる戦いでも必ず逃げ道を用意せよ。不測の事態はいつでも起こると。
これは、父さんの遺言となってしまったが、僕にとっては、生き残る最低条件として肝に命じている。
「タケオ、まず、ここから脱出しなければ先はないでしょう。
数日は結界を張り続けることは可能だから、その間にお父さんと見つけた洞窟に食料を誰にも見つからないよう夜中に移動してちょうだい。
今、私の体に心配などしている暇はないの。お父さんの遺体もそもままでいいわ。」
こうして、僕は、途中まで山間部を縫い、物資を荷車を使い運んだ。山を登るにはリュックに背負い洞窟に物資を置いてきた。
10才の体では、一度に多くは運べない。
夜中休みなく運んだが、3日かかってしまった。
その間にも母さんは衰弱していった。
「はー、はー、はー、タケオ冷静に聞いてね。冷静によ。私は、ついて行くことは出来そうにないわ。ごめんね。
私が死んだら父さんと一緒に家に火をつけて焼いて頂戴ね。
死んだ後に村の人に弄ばれるのは勘弁してほしい」
「そんな、母さんまで僕を置いてかないで。お願いだよ神様なんでもするから母さんを助けてよ。」
「タケオ、母さんはあなたと一緒にいて本当に幸せだった。出来れば15才の成人までは一緒にいたかったな。・・」
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それから、1時間と経たずに母さんは父さんの元に旅立ってしまった。
僕は、10才にして天涯孤独の身となった。
朝方に家に油を撒いて火を付けた。
黒い煙が天に登っていく。
「これから俺は、二人に教わったことを旨に一人で生きていく。何があっても生き抜いてやる。空から見ていてくれよ 父さん、母さん。」
周りの家から人が来るのが見える。
見つかったら殺される。静かにその場を去りながら考える。
まず自分を磨いて強くなるしかない。そんなことを考えながら、洞窟へ向かうのだった。
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