19.劣等エルフ
俺は、トワールの町に戻ってきた。
「お前、死んだんじゃないのか」
この門番、失礼だな。
ああ、エルフが言ったんだな。あいつ死体も確認してないのに。
「いえ、知り合いの農家の牛が産気づいたんで手伝いに行ってました」
「え、知り合いに農家がいたの」
ニカっと笑ってオーク4匹の荷車を引いて門を潜った。
次に長く帰れなかったら、鶏が卵を生まなかったことにしよう。等とくだらないことを考えながらギルドに着いた。
天ぷら屋のおっちゃん改め、B級冒険者のゴンボと愉快な取り巻き5人が座っていた。
皆,驚いた顔をしている。ゴンボが隣のエルフの顔を睨みつけていた。
オークのお金を貰い、出て行こうとすると受付嬢が追ってくるが、無視して出て行った。
串焼き屋で2本串焼きを買っていつもの宿屋に行く。
玄関を掃き掃除する看板娘、名前をミキ(14才)と言う。
「あ、テツオさん。今までどこに行っていたんですか。お母さんと心配していたんですよ。もう、居なくなる時は、どこ行くか言っといてくださいよ」
「ミオちゃんごめんね。急に知り合いの家で牛が産気づいたんで手伝いしてたんだ。
部屋空いてるかな。」
何気なしに、串焼きを渡した。
「205号室が空いてるわ。ありがと」
「また手伝いに行くかも知れないから帰って来なくても気にしないでね。」
「いつもいる人が居なくなったら気にするでしょ。留守にする時は必ず言ってね」
「なるべく、善処致します」
「もうー」
膨れ面おミキちゃんを横目に、1週間分の宿泊費と食費を払い部屋に入った。
さて、相手はどう出るかだな。
次の日から毎日オーク狩りを続けたが、エルフが200m位離れながら付いてくるのが分かる。
同じ手で仕掛けるとは思えないが、普通に考えてあの攻撃を躱せる者がいるとは考えにくいだろう。
・
・
・
・
・
1週間くらい経った時だった。突然その時はやってきた。
右斜め後ろ50mに突然エルフが現れ、弓矢が放たれた。
俺は後ろを振り返らず、その矢を横に避けた。
「なっ」
エルフは驚きながらも・・・もう一矢飛んで来る。
今度は避けない。
”ボン”
強弓の矢が突き刺さると思ったろうが、不可視のシールドに突き刺さって霧散する。
ちょっと爆発するとき前に押されたな。攻撃力200は超えてるか。
”多重スパイダーシールド”は、予想通りの成果だった。
後ろを振り返ると物凄い勢いで宙を後ろに戻っていった。
”なんだなんだ?”
とりあえず、俊足で追いかけるが、追いつかない。
「直進ブースト」
ぐんぐんスピードを上げ、エルフに追いついた。
・・・
まず、戦闘直前で気配察知を掛けていたが、今は、森に入る前にONにしている。前回の教訓で、気配察知は常にしておかないと不意の対応が出来ない。
前回のエルフは、戦闘の集中を利用して矢を放ってきた。俺が反応できたのは、直前だったのを彼は見ていたはずだ。
つまり、死角からの自分の攻撃には反応できないと判断したはずだ。
矢を外したのは、自分の技量不足。
したがって、死角の斜め後ろから50mまで近づき確実に仕留められると判断したのだろう。
魔眼持ちなら気配察知を直前にしていたのも見破られていたかもしれない。
今回、魔眼持ちであっても、物凄く薄い魔力電波なので、最初からONにしておけば、まず気配察知をしているのは見破れない。
と言った所だろうか。
・・・
エルフは腰に付けていた縮むロープを腰のナイフで切って降りてきた。
「能力探知」
レベル32 魔攻64 MP20/280
やはり、あの弓矢は、100MPで200以上の攻撃力があったようだ。天弓だと思われるが、伝説級の弓である事は間違いない。
弓矢は魔力が無くて使えなくなったので横に放り投げ、ナイフで向かってきた。
こちらもナイフを出し応戦した。
”カキン” エルフのナイフが宙に飛んで行った。
前蹴りを腹に一発。
「ぐぼー、ごほごほ」
エルフは腹を押さえて、膝をついた。
「捕縛ネット」
ネットの中にエルフを捉えた。
エルフが切ったご太いロープを見ると”びろんびろん”と伸縮しているのはわかる。
これは、ゴーム樹脂で編んだロープだな。
ゴームの木の樹液を加工すると伸縮する弾力性のある物体になる。これを細く伸ばし、何十本も編み込むことで、弓矢のように人間を押し出したのだろう。
ちょうど、10m程離れた二本の木の上の方に巻きつけられていた。
そう言うことか、これは、ゴムの力で飛んでいたんだ。
彼は予めゴムロープを張り、どこに飛ぶか検証していたんだ。
つまり、一回目は、偶々オークとの戦闘中の場所がゴムで飛んだ時の伸びきった最終地点だった。
今回は右後ろ死角の50mに到達する最終地点に来たところだっただけだったんだ。
だから、いつもそこに来るのを用意周到に待っていた。
「危ねー、前回偶々気配察知を掛けた後に来たから直前でも少し反応できたけど、着地点が違っていたら少しの反応も出来なかったってことだ」
普通そんな事考えるか?、通らなかったどうするんだろう。
狩人が罠を張るのと同じだな。森に棲むエルフの経験と感と言うやつだろう。
気の長い話だが、やられた方は全く予想できない。
しかし、一瞬で近づいたし、逃げるのも反動で戻るから逃げ切れるだろうし。
「いい作戦だったな。但し、俺じゃなければな。」
「た、助けてくれ、俺はボンゴに言われてしょうがなかったんだ」
「はあ、しょうがなく殺したのは何人いるんすか」
「・・・初めてだ。だから見逃してくれ」
・・・
「この用意周到な罠が初めての訳ないでしょ!あなたは今まで何人の冒険者を殺したんですか」
「初めてだ、俺だって人間だ。殺すのには躊躇いもある。
なあ、見逃してくれよ。もう二度と旦那の事を狙ったりしないから」
・・
「あなたのその弓は、天弓でしょ。あなたの拙い腕前では、本来の力は引き出せないのに何で持ってるんですか?」
・
・エルフは下唇を嚙みしめた後、話始めた
・
「拙い腕前だと。里の奴も俺の才能を分かっていなかったが、お前も分かっていないんだ。
生まれた時から一緒に育った奴が、天弓を手にしてるのに俺はそいつの荷物持ちだぞ。
そいつより背も高くて力がある俺がなぜそいつの荷物持ちなんだ?
おかしいだろ。子供のころは、毎日虐めていた奴の荷物持ち何て出来るかよ。子供の時、川に突き落として遊んでいる時、そのままにすれば良かったと何度後悔したかわかるか?
だから、寝ている時に心臓を刺して殺してやったんだよ。子供で死ぬより長生きしたんだから喜んで死んでくれたと思うよ。」
「その人の天弓を盗んだんですか?」
「盗んでない。天弓もあいつが使うより俺が使った方がいいに決まってる。力が出ないのは未だ馴染まないだけだ。」
「まさか、馴染ませる為に人を殺していたってことじゃあないですよね?
そんな馬鹿げた理由で。」
「馬鹿だと。俺を馬鹿にするな。里の奴も許さない。絶対強くなって皆殺しにしてやるんだ。だから練習のために新人冒険者を的にしたんだ。彼らは最高の天弓士の経験になれて光栄に思うだろ。」
こんな自分勝手な奴を生かしておいたら被害が拡大するのは目に見てる。
「なあ、俺の言ってること分かっただろ。助けてくれよ。お前だけは絶対狙わないからさー」
・
元々許す気はない。殺しに来た奴を許すほど寛容さも大きな度量など猫の額ほども持ち合わせていない。
殺されてから、相手が裁判になって死んだって泛ばれる訳ない。死んだら終わりだ。
それでなくともこの世界の命は簡単に消えるのだから。
「わかった。俺は殺さない」
「本当か、やはり分かる人間もいるんだな。へ、へ、へ」
横たわるそいつの前に立った。
”へぐっ”、”へぐっ”、”へぐっ”
俺は、そいつの頭を踵で数回踏み叩いた。
気絶しているのを確認し、捕縛ネットを解除した。
防具、服を脱がし、真っ裸にした後、手足を丈夫なロープで縛った。
口に猿轡をして転がし、天弓は収納に仕舞う。
服、防具はフォジックの魔法で10m穴を掘り、絶対見つからないように埋めた。
「おい、起きろ、
お前のは歪んだ志だが、自分が殺した奴もきっと志があったと思うぞ。
お前がここで死んだら無念かもしれないが、そいつらだって無念だろう。
きっとお前を殺してやりたいと思うだろうな。
でも、俺は聖人君子じゃあない。
自分で生きるので精一杯だ。掛かる火の粉は払うだけだし自分の手を汚すのも好きじゃない。
お、そろそろお迎えが来るぞ。じゃあな生きていたらまた会おう」
森からごそごそ音がする。
気配遮断のマントを被り、茂みに隠れた。
そこにゴブリンが5匹ほど現れた。
「ぎゃぎゃ、ぎゃぎゃ」
「んー、んー、んー、んーー」
両手両足が縛られているので、逃げられずジタバタしている。
喋れた方が良かったかな。
”ゴン、ゴン、ゴン、ゴリ、ゴリ、ゴリ、ゴリ”
「んーー、んがー」
ゴブリンが棍棒で頭を勝ち割ろうと何度も叩いている。
”ゴシュ”、”ゴシュ”、”ボシュ”
「あがー、あ」
レベル32もあるエルフがゴブリンにやられている。頭が”ボシュ”となった。終わったようだ。
ゴブリンが引き摺って行く。村でお食事会が始まるのだろう。
エルフには、気絶している間に魔力吸収で極限までMPを吸いつくした。
MP1くらいだと余裕でゴブリンが勝つ。
どんなに強いやつでも、この世界ではMPが無いと簡単に負ける。
オークでなくゴブリンをおびき寄せたのは、オークに食われるとそのオークが狩られて俺たちの食卓に並ぶのは、ちょっと夢に出てきそうで。
・・・
あり得ないこととは分かっている。でも。
こいつに殺された人達がゴブリンに痛い目を見ながら殺されたら少しは”ざまあみろ”と喜んでくれるような気がしたから。
俺の自己満足だって分かってる。でも。
・・・
”お前は、考え方が腐っているからユグドシアルに認められなかったんだ。最低の劣等エルフなんだよ。”と心で叫んでその場所を去った。