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第九話 ファリシス


《ファリシスside》


「ここは、本当に……何なのよ!どうして、どうして……本当ならカイルス様と一緒に……」


 ガサガサと鳥のような動物が頭を掠めるのを感じて、思わず体を屈める。さっきからずっとこの調子である。


 本来なら今日はカイルスと楽しい1日を過ごせる筈だった。あの女を排除して、晴れてカイルスと付き合うために偽の証言を集めたりしていた。そして今日こそその決行日である。昨日の時点では勝利を信じて疑わなかったというのに、どうして、どうして……


 カイルスに家からのエスコートは出来ないと言われ、後少しの我慢だと思いリシスと共に馬車で卒業式に向かった。しかし、お気に入りの髪飾りを忘れたことに気づきお父様とお母様と共に屋敷へ戻ろうとした。その途中に何者かに襲われ、今この暗い森の中に放置されている。


 木が高く生い茂っているため、全く太陽などが見えずどれほどここにいるのかも、そもそもここがどこかも分からない。


「……あら?」


 足に無数の切り傷ができ、もう歩けないと立ち止まった時に気がついた。生物の音が全くしない、非常に静かな場所である、と。


 刹那、後ろに気配を感じ取り半ば反射的に後ろに倒れ込んむ。


「……っ……」


 声にならない程の悲鳴。目の前にいたのは真っ黒い豹。こちらに今にも飛び掛からんとしているのを見て慌てて逃げようとするが、全く体が動かない。


(カイルス様……)


 案の定自分に飛びかかってきた所で目をつぶる。そして、そんな自分を絵本の王子様のように助けてくれはくれないかと、カイルスを想った


 しかし、いつまで経っても襲われる気がせず恐る恐る目を開ける。


「……本当に、来てくださってのですか?」


 先程まで飛びかかろうとしてきたその豹は、腹の部分からドクドクと血を流し倒れている。それを見た瞬間は凄く嬉しかった。きっとカイルスが助けに来てくれたのだ、と。もう安心していい、と。


 ただ、素直に喜べなかった。女の勘が何か尋常じゃないものの存在を告げている。


「グルァ?」


 ”それ”は突如として現れた。まるで無から有が生まれたように、その3メートルに近い巨体であるというのに、気配は

無く目で見るまで全く分からなかった。


 見た瞬間に理解する。"それ"から逃れるすべなど無いと。今、辺りが異常に静かであるのも"それ"を畏れてのことであり、先程の豹も"それ"から逃げていただけで自分の方に来たのは偶然だった。


 熊のような風貌で、右目が赤いことから魔法が使える魔獣であることが分かる"それ"。しばらくはこちらに見向きもせず、その豹を喰らっていたが半分ほどで辞めてこちらの方を向く。


「……」


 悲鳴すら上がらなかった。どう考えても逃げられる訳がない。


(……本当に、ごめんなさい)


 何に対してかは分からなかった。両親にかもしれないし、カイルスに対してかもしれなかった。しかし、少なくともウェルリンテに対しては思っていた。今さらながら、独りであることの絶望を知り、死への恐怖も身に沁みた。ウェルリンテに謝った所でこの状況が変わらないとしても、もし最期に何か叶うとするならウェルリンテに謝りたかった。


 全てを諦め、脱力し、またもや目をつぶる。けれど、今回は助けなど求めず、ただただ死を待ち続けるだけ。


 頭の先に爪のような鋭く冷たい物が当たるのを感じて、遂に終わるのだな、と頭が妙にクリアに認識する。


「食べ物を粗末に扱ってんじゃ無いわよ!」


 これを聞いた時には地獄に来たのかと思った。地獄での裁判で食べ物を粗末に扱った罰を受けている声だと思った。しかし、どこかで聞いたことのある声。普段思い描く閻魔と違い女性の声。ある意味閻魔より怖いのかも知れない人の声。


「……ウェルリンテさん」


 目をゆっくりと開けると、そこにはよく見知った人。昨日まではあれ程憎々しいと思っていたあの女性。手には彼女の背丈ほどもあるレイピアを携えている。


 ウェルリンテは声に気づき、こちらの方を振り返る。その顔はまるでこの世のあらゆる摩訶不思議を1度に見たかのような不思議そうな顔をしていた。


「……え?ホントにどうしたの?『ウェルリンテさん』なんて……どっか頭でも打った?見た所外傷はないようだけど、もしかして熱ある?」 


 こちらの方へ小走りで来て、おでこに手が当たる。ウェルリンテの手は恐怖に晒されていた私の心に暖かく染みた。


「あれぇ?無い?……ルーヘントになんかされた?うん、きっとそういうことだ。そういうことにしておこう。」


 ウンウンと頷きながら、そのレイピアを丁度起き上がって来ようとしたその熊の魔獣の胸に、正確無比に刺す。


「取り敢えず、帰ろっか。色々と面倒くさくなっちゃったからね。貴方へのざま……仕返しはもういいや。」


 そう言ってこれまでの経緯を話してくれながら、森の中を歩いた。


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